わたしは価値を創る

大阪在住の経営コンサルタントのブログです。

リアル「半沢直樹」 JAL再生は、ドラマよりも奇跡だった

jal再生
(2020年9月17日メルマガより)

テレビドラマの「半沢直樹」はご覧でしょうか。

7年ぶりに放送された人気シリーズの続編ですが、今シリーズも期待以上のドラマチックさで、大ヒットしています。

その「半沢直樹」はいま航空会社の再生を巡って展開していますが、これは現実にあった日本航空(JAL)の破綻と再生をモデルにしています。

2010年、JALは会社更生法の適用を受け経営破綻しました。

当時は民主党政権です。政府主導による自力再生が失敗した結果でした。

JALといえば、典型的な半官半民の会社でした。官僚の天下り先であり、有力政治家からのごり押しによる赤字路線を多く抱えていました。

社内では「国のいう通りしてきた結果だから、国が何とかしてくれる」と危機感がなく、むしろ労使闘争に熱心だったといいます。

多くの識者も、いくら会社更生法を適用しても、JALを再生させるなんて無理だろうと考えていたようです。

(過去50年で会社更生法を受けた会社が再上場した例は7%だそうです)

ところが、わずか3年弱でJALはV字回復し、再上場を果たします。これは再上場の最短記録でした。

もちろん、法的整理したのですから、莫大な借金の殆どはチャラになり、政府系金融機関からの多額の融資も与えられました。

しかし、破綻に至った原因が取り除かれない限り、再生できるはずがありません。

いったいJALに何が起きたのか?

ある意味、ドラマ以上に奇跡的な再生だったといえるでしょう。

今回は、次の2冊を参考に、JAL再生について書いてみたいと思います。



どうか最後までお読みください。

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なにが奇跡だといって、2010年代のJALの再生ほど奇跡的なものはなかったでしょう。

負債総額2兆3千億円を抱えて、戦後最大の倒産にいたったJALの内部は、複雑怪奇な状態でした。

政治家のごり押し路線。天下り天国。危機感のない社内。慢性的な赤字体質。複雑な労使関係。

まるで伏魔殿のようで、まともに再生するのは難しいと誰からも思われていました。

再建を任された京セラ名誉会長の稲盛和夫氏には、期待よりも同情の声が多かったものです。

ところが、ほんのわずかの期間でJALは、再生し、再上場を果たします。

あまりに鮮やかすぎて、未だに理解できないと思われているほどです。

いったいJALに何があったというのでしょうか。


JALはなぜ破綻したのか


日本航空(JAL)は、戦後間もない1951年、政府主導で設立された会社です。

日本の高度経済成長にあわせて規模拡大し、1980年代には世界トップの輸送実績を誇るまでになりました。

しかし、この時期に、JALの特徴的な問題が蓄積されていきました。

成長期に事業の多角化を進めるのは間違いではありません。JALも、ホテルなど関連事業に手を広げていきましたが、その投資計画は大甘なもので、赤字の温床となっていきました。

半官半民の会社ですから、官僚の天下り先となっています。社内の体質は文字通り官僚的で、機動性に欠き、計画の見直しも遅れたようです。

大物政治家によるごり押しの航空路線開通も頻繁にあったようです。

なにしろ空港の建設は大きな利権が見込める機会ですから、力のある政治家はそれを見逃しません。地元への利益誘導として、空港建設、航空路線の開通が横行し、そんなごり押しの赤字路線を多く抱え込まされました。

官僚による天下りと政治家のごり押しが繰り返される状況では、まともに経営する意欲も薄れてくるというものです。内部にいる人間が、自分の権利を守ることに執心するのは、無理のないことかも知れません。

山崎豊子の「沈まぬ太陽」に描かれたように、JAL内部では労働組合の力が大きく、しかも複雑でした。

沈まぬ太陽(一〜五) 合本版
山崎 豊子
新潮社
2015-03-20


労使協調を得意とする経営者を外部から招いた時期もありましたが、問題を複雑にしただけだったといいますから、一筋縄ではいきません。

それでも経済が成長しているうちはよかったのです。が、1990年になり、日本の経済が停滞するようになると、JALの業績にも陰りが見えてきます。

2000年代になると、海外での紛争や戦争が頻発するようになり、航空市場は冷え込みます。JALの業績は急激に悪化していきました。

JALは経費削減に取り組みますが、複雑な社内体制が邪魔したのか、いずれも不十分で、抜本的に業績を回復させるには至りませんでした。

そして2010年にとうとう破綻に至ってしまうのです。


法的整理


ドラマ「半沢直樹」では、主人公半沢の前に、政府主導のタスクフォースが大きな敵として立ちはだかります。

ところが、銀行団の協力を得られずに、タスクフォースの計画は失敗に終わりました。

実は、現実にも、当時の政権与党であった民主党前原誠司国交大臣肝いりのタスクフォースがJAL再建を目指しますが、同じく銀行団の信任を得られずに、頓挫してしまったという経緯がありました。

JAL再生に、1兆3千憶円もの借金をどうするかは喫緊の課題です。ありていにいうと、チャラにしないと再生できません。法的強制力を持たないタスクフォースがうまくいかないのは、ある意味、仕方ないことでした。

そこで会社更生法の適用に至ったわけですが、今度は法的強制性があります。

ドラマでは、債権放棄をあくまで拒否しようとする半沢ですが、実際は、ほとんどチャラにされてしまったのですな。

もっとも、借金がなくなったからといって、企業がピカピカになるわけではありません。

放漫経営の原因を取り除かなければなりません。

使いすぎている経費を絞るのは当然です。実際には、広げすぎた事業を縮小せざるを得ず、それに伴い多くの人員に辞めてもらわなければなりません。

かなりの人数を犠牲にしなければ、再生などできないのです。

しかし、そのためには、皆が正しく危機感を持ち、残った者も相当の痛みに耐える覚悟を決めなければなりません。

さらにいうと、リストラしたからといって、それで企業が良くなるわけでもありません。残った者が、前向きになり、困難に打ち勝つ意欲を持たなければ企業再生などできないでしょう。

皆が希望を抱き、一致団結して進んでいくには、強力なリーダーが必要です。

伏魔殿のようだった組織を引っ張っていけるような経営者はいるのか?

それが大きな課題でした。


稲盛和夫の登場


稲盛和夫氏は、1932年鹿児島の生まれです。鹿児島の大学を出た後、京都の化学メーカーに就職するも3年で退社。京都セラミック(京セラ)を設立します。

もともと会社を興したいという野心があったわけではなく、気持ちは一介の技術者だったようです。それがよかったのかも知れません。生来まっすぐな気質の稲盛氏は、儲けることが目的となってはいけない、それよりも「人間として当たり前を大切にする」ことこそが重要だと考えました。

すなわち「嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ」こうした当たり前を経営の指針としたのです。

この稲盛氏の考えの源流は、「論語」に書かれた孔子の思想にあり、儒教教育という形で薩摩藩に綿々と受け継がれたものだったと考えられます。

孔子は、皆が本来の善性を発現すれば、人間社会は豊かで幸せに満ちたものになると考えました。

これを経営に採り入れることは、いまでは「理念経営」といって、時間はかかるが機能すれば絶大な効果があると知られています。

しかし、日本人の多くが金持ちになりたいという単純な欲望を標ぼうして疑わなかった戦後から高度成長期において、理念などは抽象的なお題目だと思われていました。理念を大切にしようとした稲盛氏の経営手法は、実は先鋭的なものだったと思います。


そんな稲盛氏に、タスクフォースが行き詰った前原国交大臣が、JAL再生を依頼します。

京セラを一代で世界的企業に育て上げ、KDDI設立に加わり、三田工業をわずかな期間に再生した手腕は、賞賛されて余りあります。

しかし、それ以上に、既得権益にまみれたJALを一つにまとめるには、純粋に利他の心を持つ稲盛氏でなければ務まらなかったでしょう。

稲盛氏は、迷った末に了承します。

報酬ゼロでJALの会長に就任。まさに産業界への最後の恩返しという思いでした。


アメーバ経営


稲盛氏がJALに来た時、連れてきたのは、たった2人でした。

京セラの社員でさえ、もっと大がかりな再生チームを作って乗り込むと考えていたのですが、これは個人の仕事だから京セラには迷惑はかけられないと稲盛氏は考えたようです。

ただ稲盛氏には武器が2つありました。そのためのエキスパートを連れてきたのです。

その1つが、京セラが誇る「アメーバ経営」というものです。

京セラを創業した当時、経営の素人だった稲盛氏は、現行の会計制度に困惑します。

法律で決められた会計制度は、税金を決めるためと、投資家が投資の判断をするために作られたものです。

それが必要な制度であることは充分にわかるものの、もっと経営者が、経営状況を理解しやすいような制度はないものか。稲盛氏はそう考えました。

そこで社内の会計担当者と相談し、稲盛氏自身が求める会計のルールを作っていきました。

いまこの瞬間、会社は利益を出しているのか。どの部署が儲かっているのか、どの部署が足を引っ張っているのか。

それがわからなければ、各部署へ指示のしようがありません。発破もかけられません。1か月、2か月遅れで報告されても、遅すぎます。

そこで稲盛氏と会計担当者は、社内を小さなグループに分け、それぞれが儲けを出しているのか、いないのかが瞬時にわかる会計の仕組みを作り上げていきました。

この小さなグループのことを「アメーバ」と呼びます。

この会計報告は全社員に知らされるので、末端の従業員に至るまで、自分の所属する部署や自分自身が、どの程度経費を使い、どの程度利益を出しているのか、赤字なのかが、瞬時にわかります。

経費には、自分が直接使ったものだけではなく、普段意識していないものもあります。電気代や場所代やトイレの補修費や火災保険の費用など。これらを全て細かく分けて、各アメーバに振り分けていくのだから相当の手間です。

しかし、それをやらなければ、正確な経費と利益が出ません。

収入も同じです。営業が売上を上げたからといってそれがすべて営業の手柄ではありません。背後には、企画を立てた人も、商品を作った人も、交通費を清算してくれた人も、給与の評価をした人もいます。それぞれが収益を上げるために貢献しているのです。だから収益も細かく振り分けていかなければなりません。

実に途方もない作業ですが、それが公平に振り分けられると、従業員全員が会社に貢献していることが数字としてあらわされます。

従業員一人一人の当事者意識につながり、前向きな団結を呼び起こします。

経費を使いすぎているアメーバは何とか減らそうと努力するでしょうし、収入が足りないアメーバはどうすれば収入になるのかを考え行動しようとします。

その細かな積み重ねが、筋肉質な黒字体質の企業を作っていくのです。

それぞれが自らの権利を主張し、自分の使う経費は絶対必要だ、削減するのは別の部署でやればいいと勝手なことを言っている会社にとって、アメーバ経営は非常に効果があります。

まさにJALがそうでした。

JALが短期間に収益を改善し、V字回復したのは、アメーバ経営の導入があったといって間違いないでしょう。


フィロソフィー


もっとも、アメーバ経営の導入は大きな苦難を伴います。

収入の振り分け、経費の振り分けが公平だといいのですが、それぞれの部署はそう思っていないかも知れません。

うちの部署はもっと貢献しているとか、あそこの部署は優遇されすぎだとか言い出したら、社内がバラバラになってしまいます。

既得権を持っている部署にとっては収益構造を丸裸にされるのは避けたい話です。誰もが、いまの優遇を手放したくないからです。

そこで鍵となるのが、稲盛氏の美点である「利他の心」です。

稲盛氏は、人間は本来、善い心を持っていると説きます。自然な気持ちで、助け合おう、苦痛を分かち合おう、と皆が思えば、社会はうまくまとまるはずだ。

子供の頃にそう教えられた者も、大人になり、社会にまみれると、いつしか自分の権利ばかりを主張する利己主義者になっていきます。

もう一度、子供の頃の純粋な心を取り戻そう、というのが稲盛氏の教えです。


稲盛氏は、倒産直後のJALに乗り込むと、リーダー教育を始めます。

著名な経営者が何を話すのか、皆興味津々だったようですが、稲盛氏から語られるのは、ごく当たり前の道徳教育でした。

JALのエリート社員たちの白けた雰囲気が伝わりますな。

「何で今さら精神論を聞かされるのだ」と露骨に落胆してみせ、研修後の懇親会にも出ずにさっさと帰ってしまった社員もいたといいます。

それでも稲盛氏はめげませんでした。週4回、全16回のリーダー研修に、稲盛氏自身は週1で登壇し、語り続けました。(その他の回は、稲盛氏のビデオ講演など)

その鬼気迫る講義は、今のままではいけないともがくJALのリーダーたちに届いたようです。

3回目の講義後、懇親会で一人のエリート社員が立ち上がり、こう言ったそうです。「私がこれまでやってきたことは間違っていた。本当に申し訳ない。稲盛会長が教えておられることはすべて正しい。私たちがもっと早くこういう教育を受けていたら、JALも倒産することはなかっただろう」

この時からガラリと雰囲気が変わり、稲盛氏の周りには幹部たちが集まるようになったといいます。

誰か一人が口火を切らないと変われないというのももどかしいですが、多くの人が、心の底では、稲盛氏の説く「人間として正しい在り方」に共鳴していたのでしょう。


稲盛氏は、人間としての根本的な思想のことを「フィロソフィー」と呼んでいます。

これが2つめの武器です。

JALが独自のフィロソフィーを持てば、ブレずに一致団結できる。これは京セラでも同じでした。

京セラのフィロソフィーを参考に、JALでもフィロソフィーを作り、理念経営に舵を切ったのでした。

「フィロソフィー」と「アメーバ経営」を導入することで、JALは倒産前とは全く違う会社に変貌していったようです。

その後の自律的な組織の再生は、まさに戦後最大の奇跡というべきものでした。


理屈では理解できない奇跡


結局、稲盛氏がJALの会長だったのはたった3年です。その間に、JALは過去最高の営業利益を出し、倒産後に受けた融資もすべて返済、政府系機関からの出資分については3000憶円以上のリターンをもたらしました。

あまりのV字回復ぶりに、ライバル会社であるANAが「JALは政府に優遇されている」と非難の声明を出したほどです。

しかし、稲盛氏が就任した時は「再生など不可能だ」と言われていたのです。

パイロットからJALの社長になった植木義春氏は稲盛氏の会長退任会見で「稲盛会長から教えていただいたフィロソフィーと部門別採算性(アメーバ経営)を2本の柱として、謙虚に努力を続けてまいります」と語っています。

今年はコロナ禍により業績を落としていますが、それまでJALは安定した収益を上げ続ける会社となっています。


あまりにも出来すぎた話で、俄かに信じがたい思いが残りますかね。

多くの人もそう思っているようで、ある大手コンサルティング会社が、JAL再生を理論的に解析しようとしたのだが、解析不能だったとか。

しかし、これは実際に起きたことです。

われわれにできることは、稲盛氏の成し遂げたことを素直に受け止め、咀嚼し、経営の智慧として自らのものとしていくことです。

あれは特殊な例だと捨て置くのはあまりにももったいない。

その智慧を少しでも活かせるように取り組んでいきたいと思います。


もっと詳しい話を知りたい方は、こちらをお読みください。

GUのSNSを使ったマーケティングが巧みな件

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GUが、SNSを効果的に活用しているという記事です。

コロナ禍で業績が落ち込む中、ルームウェアが好調


ただ、記事には、
逆風下でSNSを駆使して顧客とのエンゲージメントを高め、商品によってはECの売り上げがコロナ前のおよそ4倍になるなど、成果を上げたのがGU(ジーユー)だ。
とありますが、全体の業績は下がっています。

ファーストリテイリングの第3四半期決算サマリーによると
第3四半期3ヶ月間の売上収益は551億円、前年同期比19.1%減、営業利益は46億円、同61.8%減と大幅な減収減益、4月の公表値では緊急事態宣言の影響を織り込んでいなかったため、計画を下回る。
ということです。

もっとも、
6月は、マストレンド商品やインナー、ルームウェアの販売が好調で、既存店売上高は16.4%増収を達成。
ということで、よい兆しもみえています。

インスタを使ったマーケティング施策


ルームウェアが好調なのは、自粛生活が長いコロナ禍ならではの事象です。いわば新しい需要が生まれたということで、GUは抜け目なく、ルームウェアのEC販売に取り組んでいます。

そのルームウェア販売の好調に関わるのですが、SNSを駆使したマーケティングが巧みです。

同店のターゲットである20代〜40代の女性が情報を得るのがインスタグラムだと焦点を合わせると、インスタで「おうちコーデで気になることはありますか?」「テレワークでどんな洋服を着ていますか?」「皆さんのおうちコーデを見せてください」と問いかけます。

自粛で家にいる時期だったので、反響が大きく、投稿が相次いだといいます。

あらゆる企業がのどから手が出るほど欲しい消費者ニーズを無料で手に入れただけではなく、商品情報の拡散をしてくれるインフルエンサーを呼び込むことになったようです。

インスタに合う商品群だったとはいえ、普段からSNSでのコミュニケーションを積み上げてきた同社の努力がここで実を結んだということでしょう。

販売スタッフがモデルになってEC販売


また同社は、同社販売スタッフがモデルになってEC販売するサイトも展開しています。

本職のモデルではなく、普通の人が着る等身大のコーディネートは親しみやすく、ECの売上増大につながっているということです。

それだけではなく、スタッフ自身のモチベーション向上につながっているということですから一石二鳥の施策です。

一般ユーザー、スタッフをも巻き込んだマーケティング施策が巧みだと思う次第です。





ドコモ口座事件はお粗末だが過渡期にはありがちかと

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これ一体なにが起きているんだろうと思っていましたが、けっこう深刻な話のようです。

ドコモ口座を通じて、預金が不正に引き出される被害が起きているのですが、むしろドコモ口座を開設した覚えのない人に被害が広がっているらしい。

ドコモ口座なんて持ってないや。関係ないや。と思っていても、被害にあっている可能性があります。

被害額1800万円といいますが、気づいていないだけで、もっと大きな規模になるかも知れません。

不正引き出しの仕組み


仕組みはこうです。

ドコモ口座はドコモユーザーであれば、メールアドレスだけで簡単に開設できたんだそうです。本人確認なし。ゆるゆるです。

ドコモ口座は、他の銀行と簡単に連携できることを売りにしています。他の口座からお金を移動したりしやすくなっています。

その際、相手側の銀行の中には、口座名と口座番号、4桁の暗証番号がわかれば簡単にアクセスできてしまうところがあるようです。

ネット時代を想定していないこちらもゆるゆるの銀行があるんですね。

だから、犯人は、ドコモの携帯を匿名で取得してユーザーになると、捨てメールアドレスで他人名義のドコモ口座を作り、さらにその人物の銀行口座からお金を移動させて引き出したということです。

4桁の暗証番号をどう突破したのかは謎ですが、識者によると突破する技術があるらしい。犯人グループはこの技術を持っているということなのでしょう。

金融関連のセキュリティを甘くみたドコモと、ネット時代のセキュリティを想定していない旧弊な銀行のスキを突かれた事件です。

ネット金融時代への過渡期の事件


ドコモだけではなく、携帯電話会社や小売業者が、金融事業を始める例が増えています。

アリペイの大成功が、多くの事業者に刺激を与えているんでしょうね。

異業種からの参入組は、ネット時代の利便性を追求するでしょうが、金融機関側はその利用ケースに対応できていません。

過渡期ということなんでしょう。

とりあえず、ドコモは被害額を補償すると言っていますね。

面倒臭いですが、自分名義の口座から不正な引出しはないかを確認していかなければなりませんな。





中田敦彦の驚異の生産性はどこから来るのか?

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YouTube大学」で大当たりしている中田敦彦氏の記事です。

「YouTube大学」の恐るべき生産性


「YouTube大学」とは、youtube上にある無料動画チャンネルのこと。歴史、文学、哲学、経済など幅広い教養系動画が投稿されており、わかりやすい、面白いと人気です。

何しろ人気芸人の中田敦彦氏が講師を務めているわけですから、面白くないはずがない。

私も何本が観させていただきましたが、さすがのクオリティです。概要が書かれたホワイトボードの横に中田敦彦氏が位置取り、約1時間か2時間かけて、講義していくスタイルです。芸人らしいメリハリの利いた話術で語られる講座は、説得力抜群です。ものすごくわかりやすい。

しかも量が半端ないです。1時間弱の動画がほぼ毎日投稿されています。幅広いジャンルの面白い教養動画を大量に連続投稿するのだから人気が爆発するはずです。

恐るべき生産性です。

量を追求するという割り切り


講座の元ネタとなっているのが、様々なジャンルの本です。「本を浅く要約してるだけじゃないか」「本が間違っていたら講義も間違っている」と批判はあります。たしかに、私がよく知っている分野の講座を聞いていると「あれ?この人わかってないのかな」と思うところもありました。

ただ、これだけ広いジャンルを大量に生産し続けなければならないとすると、元ネタの裏とりなんて難しいでしょうし、深く掘り下げられない部分もあるでしょう。

しかしそんなこと百も承知のはず。質の深堀りはある程度のところで割り切って、量を追求すると決めたのでしょう。その戦略が奏功し、今の人気となっているわけです。

様々な教養を広く一般に知らしめた功績は称賛されて余りあると私は思います。

生産性の鍵は、ルーティン化


この恐るべき生産性の基盤となっているのが、2日で1冊の精読という行為なんですね。

読書が趣味という人は、もっと読むかも知れません。が、中田氏の場合は、講座の元ネタ探しです。1時間か2時間の講座という尺から逆算して、要約が可能で、面白い元ネタを探すための精読ということでしょう。

記事では、面白い本の条件として、「 知識、思想、感情という3つを一挙にインプットできる」と述べていますが、これがYouTube大学のエッセンスとなっているのでしょうね。元ネタ選びの基準です。

何をネタにするのかは、もしかするとスタッフ会議などで決めているかも知れません。が、実際の精読と要約は中田氏自身がやっていると想像します。投稿量を考えると、動画の収録はぶっつけ本番になるでしょうから、講義する本人が要約しなければならないと思いますので。

ただ、芸人中田氏の力量から考えると、要約さえできれば、ぶっつけ本番で講義することは難しくないと思います。またこれだけ投稿していると、講座の尺に合わせて要約するためのメソッドはかなり発達していると想像します。

つまり、これら一連の作業がルーティン化されていることが生産性向上の鍵です。ルーティン化されているので、習熟化も進み、生産性が上がっていっているわけです。

これを仕事と決めたのだから、やり続けるのは当たり前、といえども、やはり驚異的です。2週間に1回のメルマガで悲鳴を上げている私からすれば神様のようですよ。

量は質をしのぐ。を体現していますな。









「存在意義」を深く考えない創業は頓挫する

存在意義


(2020年9月3日メルマガより)


さて、今回も創業にからめたお話です。

事業の成否は、運営側の能力・努力と市場環境の兼ね合いです。

運営側(経営者)に能力があって、たゆまぬ努力を続けるならば、成功確率は上がります。

これに加えて、市場環境がよければさらに成功確率が上がります。

市場環境が悪くても経営者に能力があれば成功するかも知れませんし、経営者が凡庸でも市場環境がよければ成功するかも知れません。

できれば、ダブルでよければなおいいですけどね。

だからこれから創業する人は、創業者要件と市場要件に注目しよう、というのが前回のメルマガの内容でした。


■ただそれだけでうまくいくとは限りません。成功確率が上がったからといって成功が約束されたわけではないですからね。

というか、必ず成功するなんて方法はありません。必ず成功する、なんてことをうたう方法があればそれは嘘っぱちです。

成功する方法だけずばり教えてほしい。なんて言ってくる人がたまにいますが、それって詐欺にひっかかりやすい考え方なので気を付けてくださいね。

われわれができるのは、あくまで成功確率が上がるだろう要件を見つけて、それを丹念に積み上げていくことです。

全部見つけてクリアしようとすれば大変ですが、できる部分は気をつけていた方がいいと思います。

そんなわけで、今回は、私が考える創業の成功確率を上げるもうひとつの要件です。

とても基本的な内容ですが、大切なことです。

どうか最後までお読みください。

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創業者に限りませんが、短絡的に答えだけを求める人は、危ういなと思います。

「具体的にどうしたらいいのか教えてほしい」「理屈はいいから、どうすれば儲かるのかだけ言ってくれ」「成功する方法を一言で!」

などと自分で考えることを放棄する人がけっこう見受けられます。はっきり言って詐欺にひっかかりやすい思考のパターンですよ。

15年ほど前「〇〇すれば成功する!」と断言するコンサルや講師が大流行りした時期がありました。キャッチーなのは看板だけで内容は真っ当な人も多くいましたが、煽るだけで中身スカスカの人や、ひどいときにはそのまま胡散臭いビジネスに引き込む連中もいましたからね。要注意です。今はさすがに少なくなりましたが。

でも、コンサルや講演の現場では、そういう思考パターンの人を相変わらず見ます。


事業の「存在意義」


具体的な方法とか行動などは枝葉の部分です。根本にもっと重要なことがあります。

よく言われることとして、「HOW」(どのようにするのか)よりも先に、「WHO」(誰を対象にするのか)「WHAT」(何を提供するのか)の方を考えなければなりません。

「WHO」や「WHAT」が曖昧では、ビジネスの内容が霞んでしまい「HOW」どころではなくなってしまいます。

しかし、もっと根本的なことがあります。

「WHY」(なぜそれをするのか)です。

言い換えれば、その事業の「存在意義」です。

皆さん、こういうことを軽視して、ろくに考えない人が多いのですが、間違ってますよ。

昔の高度成長期時代ならば、とりあえず始めたビジネスにも「社会的意義」がありました。社会が成長しているのに供給側が不足しているので、たいていの事業は社会から必要とされていたからです。

今は違います。日本は停滞期にあり、供給側が余っています。あなたがそれを止めても、誰も困らない状況です。

つまり「存在意義」がはっきりしない事業は、退場した方がスムーズです。

存在意義がない事業を必死で延命しようとするのは無理筋ですし、社会的にも無駄なことだと知っておいてください。


その事業がなくなれば困る人がいるのか?


もっと言い換えると「その事業がなくなれば困る人がいるのか?」ということです。

当事者である自分は困るでしょうね。やりたくて始めた事業でしょうし、生活もかかっていることでしょう。

だけど自分ひとりが、なくなったら困ると騒いでも、周りの人は知らん顔です。

いや、従業員も困るはずだ。と思うでしょうか。

従業員も、この会社の当事者だし、生活を賭けているのだから、困らないはずがない。

それ本当ですか?

本当に、従業員の方々は、この会社の当事者だと思っているのでしょうか。

私の知る限り、従業員がしらけ切って、当事者意識ゼロの会社なんてゴロゴロあります。

経営者だけがカリカリして、うちの従業員はやる気がない、なんて愚痴を言っていることがよくありますが、それこそが存在意義のない事業の末路です。

従業員は、転職活動が面倒なので放置しているだけで、なくなればなくなった時だ、程度に考えているかも知れませんよ。


従業員が、なくなってもいいやなんて思う会社はクソですし、そもそも顧客からなくなったら困ると思われていなければ存続できません。

もうひとつ、ライバル会社がどう思うかも重要です。

つまり、存在意義を問う場合、この事業がなくなれば「顧客は困るのか?」「仲間は困るのか?」「ライバル会社はどう思うのか?」を考えれてみればいいと思います。


顧客に価値を提供しているか?


創業にはビギナーズラックとしかいいようがない事象があります。

勢いで創業しただけなのにいきなり顧客がついて売上があがる場合などです。

喜ばしいことですが、ラッキーに胡坐をかいてはいけません。なぜ顧客がついたのかを理解しなければ、本当に創業時だけの幸運に終わってしまいます。

いきなり売上があがる場合は、一部の顧客層のニーズを捉えたということです。

ちょうど欲しかった。探していた。たまたま目についたし安かった。知人に勧められた。他にない。これしかない。

様々な事情があるでしょうが、これを正確に把握することです。その理由が、あなたが顧客に提供している価値だからです。

たまたま探していたら目に入った。というのは動機として弱い気がするでしょうが、そんなことはありません。たまたま見ただけで購入するわけですから、相当の動機があったということです。

知人から勧められた。というのもそうです。勧められても不要なものは買いませんから、やはり動機があったということです。

これはチャンスですから、顧客とコミュニケーションをとって、その動機をもっと詳しく理解するようにしてください。

たまたま売れた。といって終わっていれば事業の発展は望めません。顧客のニーズを正確に理解して、提供する価値を設計することです。


顧客の強い購入動機は、強いニーズから生まれます。

強い不満、不便、不足、不安を感じていれば、それは強いニーズに直結します。

どうしても達成したい目標があれば、それを支援することは強いニーズです。

仲間が欲しいというのもニーズにつながります。

趣味にお金を使いたいという人も大勢います。

売れた理由が、どこに当てはまるのかをよく考えてみることが、事業の発展維持のヒントになります。


仲間にとってなくてはならない存在か?


仲間とは、事業を応援してくれるすべての人です。

従業員はもちろん、仕入先、得意先、資金提供してくれる人、アドバイスをくれる人、理解してくれる家族、近所の人たち、あるいは心の中で応援してくれる人たちなどです。

その人たちにとって、応援しがいのある事業でなければ、いつでも離反していくでしょう。

いま「半沢直樹」でモチーフとなっているJAL再生を実際に成し遂げたのは京セラ創業者の稲盛和夫氏でした。

稲盛さんは何か事を為す前には「動機善なりや。私心なかりしか」と繰り返し自問するそうです。

世の中にとって良いことでなければやる意味がない。私利私欲が少しでもあればやってはいけない。という問いかけです。

JAL再生においても、これを成し遂げて名声を高めたいという私心があれば、JALの人たちもこの人についていきたいとは思わなかったでしょう。

特に従業員はともに事業を運営する仲間なので、離反されたら事業存続できません。

従業員にいかに報いるか。は、非常に重要な要素です。

単に報酬をはずむというだけでは不足です。戦後の混乱期ではないのですから、給料分働けと偉そうに言われて熱心に働く人はいませんよ。

今の時代、従業員にとって誇れる会社である、自慢できる会社であることがなければ、意気に感じて働こうとは思いません。

社会にとって正しいことをする、良いことをする、誇れることをする。これを明確にすることが重要な所以です。


ライバル会社にとっての位置づけは?


どんなに顧客ニーズを捉えても、従業員から誇りに思われていても、競争に負ければ退場せざるを得ないのが、資本主義の世の中です。

だからビジネスをする上で、ライバル会社の存在はすこぶる重要です。

どんなに素晴らしいビジネスでも、強いライバル会社と同じことをしていれば、早晩つぶされてしまいます。

生き残るためには、ライバルを圧倒するほどの力を見せるか、あるいは競争を避けるような工夫をしなければなりません。

創業の場合、競争を避けるのが現実解です。

ビジネスで生き残る秘訣は「勝てる局面で戦う」ことです。忘れてはなりません。

顧客にとっても同じです。

似たような商品サービスがあれば、どちらが売れているのかな、とか、どちらが少しでも安いのかな、ぐらいしか判断する基準がありません。

明確に差別化されていれば、判断する材料があるというものです。

あるいは社会的にみても、他社と少し違うニーズを満たそう、他社が気づいていない社会の問題を解決しようという会社があるから、社会がよい方へ進んでいくわけです。

少々大げさにいうと、ライバル会社も含めて社会をよりよくするためのパートナーということですな。

要するに、健全な競争や、健全な生き残り策を各社が講ずることは、健全な社会の発展に寄与するものに他なりません。

ライバル会社を意識しないなんて事業は、怠慢以外の何物でもないので気を付けてくださいませ。


存在意義が曖昧では生き残れない


欧米の経営理論の世界では「ミッション」という概念があります。

ミッションとは使命とか任務とか訳されますが、もともとは宗教的な色合いが濃い言葉です。

意訳すれば「神からの指令」「神との約束」というもので、異論を認めぬ絶対的な使命とでもいいますか。このあたり日本人にはわかりにくいものですが、相当重い概念であると理解してください。

ミッションはあらゆる戦略の上位に位置付けられ、まず最初に決めておかねばならないものです。

欧米の戦略理論を導入しても、いまいちピンと来ず、ブレブレになってしまうことが多いのは、「ミッション」の捉え方にあるのではないかと私は思っています。

つまり、存在意義を深く考えない企業が多いということです。

存在意義が曖昧なので、枝葉の戦略や方策ごとに、ふらふらして一貫性がなくなってしまうのです。

その点、先に出た稲盛和夫氏など「フィロソフィー」という言葉で、ミッションに代わる絶対概念を持っており、ブレることがありません。

「京セラフィロソフィー」「JALフィロソフィー」などが有名ですが、これなどは、まさに企業の根幹=存在意義を定義したものです。

創業して生き残るためには、存在意義を深く理解し、明確にしておかなければなりません。

枝葉のノウハウ集めに躍起になるのは時間の無駄です。

創業の成功確率を上げる5つの要件

創業の成功確率

(2020年8月20日メルマガより)

■今回のテーマは「創業」です。

長年、某商工会議所で創業塾の講師を務めさせていただいているのですが、今年も来週から始まります。

こんな酷暑の、しかもコロナが治まらない時期に人が集まるのか?と言われそうですが、これが集まっているのですよ。

コロナで不安定な時期だからでしょうか。創業への関心は皆さま高いようです。

私の担当する創業塾は、わりと創業される方が多いと聞いています。

長年、やっていますから、多くの方が創業されました。

ただ創業しても、皆が順風満帆になるわけではありません。

うまくいっていない方の消息はなかなか聞こえてこないのですが、志半ばであきらめる方も多くおられるのでしょう。

むしろ成功しないほうが多いのが、創業です。それを覚悟して、臨んでください。


■長年、講師として創業者、創業予定者を見てきた関係から、どういう人が創業するか、結局しないのかがなんとなくわかります。

また自分自身、創業して15年経つわけですから、自分自身、あるいは周りの人たちを見ていて、生き残るのがどういう人かもある程度わかります。

だから今回は、私なりにみた「創業して成功(生き残る)しやすい5つの要件」を書いてみました。

成功=生き残る、か?

と言われれば、難しいところですが、事業に興隆はつきもの、良いとき悪いときがありながらも10年以上生き残っていれば立派なものです。

ここではそう考えたいと思います。

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創業して10年生き残っている事業者は、1割程度だといいます。

正確な統計が見当たらないので恐縮ですが、私の感覚でもその程度かと思います。

10人に1人しか生き残れない。とすると、ずいぶんと損な賭けですな。

今、会社にお勤めの方は、できるならそのまま定年までいるのが賢い選択ですよ。


しかし、それでも踏み出したくなるのが創業です。

私だってそうでした。完璧な算段があって創業したわけではありません。いや、冷静な判断力があれば、創業なんてしません。どう考えても損ですからね。

「奥の細道」ではないですが「そぞろ神の物につきて心を狂はせ」というやつで、一種の狂気に駆られたということですな。

だから「創業塾」の受講生をみていて、危うい計画だとしても、頭ごなしに否定することはできません。創業とはそういうものだからです。

どうしても無理だなと思う場合は「1年ほどかけて、計画を練り直してみたら?」と言います。先延ばしをして、熱がひくのを待つ作戦です。

だから、私から「1年ほど温めてから」と言われた方は、そういう意味だと悟ってください^^

まあ、それで熱が冷める人は、創業しないほうがいい。する人は、何を言われてもするんですよね。

してしまったら仕方がない。脇目も振らず取り組んでください。

私ができることは、少しでも成功確率が上がるように、戦略や計画の修正をお手伝いするぐらいです。


「創業者要件」と「市場要件」


創業の成功なんて、運とか偶然の世界だよ、という考えもあります。一つの見解ですね。多数創業すれば、成功する人の絶対数も上がります。行政側はそう考えているでしょう。

ただ現場を預かる私としては、運や偶然です、と突き放すわけにはきません。

少しでも成功確率を上げていただくのが私の役割です。そのための創業塾の講師です。

どういう人が成功しやすいのか、どういう創業の仕方が成功しやすいのか。

これまでの経験からの話になりますが、5つの要件をお伝えしたいと思います。


まず、成功の要件には、「創業者に起因する要件」と「お客様に起因する要件」がある、と私は整理しています。

端的にいうと「創業者に能力がある。←熱意があり、粘りがあり、計画性があり、勝負所のセンスがあり、勤勉で、人脈があり…」ということ。

もう一つは「お客様に恵まれた。←お客様の数が多く、購買意欲が高く、勢いがあり、浮気せず、お金を使う…」ということです。

そんなもん当たり前やないかー!と怒らないでくださいね。

確かに当たり前です。この2つの要件にはまれば、失敗するのが難しいでしょう。

どちらか1つだけでも、成功しそうじゃないですか。

しかし、です。

創業熱にとらわれて、夢中になっている創業者、創業予定者の多くは、この当たり前をまるで外している場合が多いのです。

順番に見ていきます。


心の底から好きなことをビジネスにしている


「創業者要件」のひとつ目は、好きなことで創業したということです。

勝負所のセンスがある、なんてことは事前に測りようがありませんが、手掛けるビジネスが好きかどうかぐらいはわかるはずです。

しかも心の底から好きというレベルです。

いくら事前の算段が完璧でも、現実その通りいくとは限りません。いや、その通りいかないのが普通です。

顧客のしらけた反応、仕入れ先の手のひら返し、仲間の裏切り、親切な協力者の詐欺行為、家族の不理解、友人の冷たい態度、資金の枯渇。。

創業あるあるです。

しかも今は伝染病の蔓延で経済が停止してしまっています。

想定もしない災難が降りかかったとき、すぐに心折れていたら、生き残ることなんて絶対無理です。

しかし、自分の選んだビジネスが、好きで好きで仕方がない、という分野であれば、なまじっかのことでは投げ出さないはずです。

誰が何と言おうが関係ない。おれはこのビジネスをやりたいんだ、という熱情があれば、やめろと言ってもやり続けるでしょう。

つまり、熱意、粘り、知識。。こういったことは、対象とするビジネスが好きかどうかに深くかかわっているとみています。

正直にいって「好きなことでも嫌いになる」というぐらいの辛苦がやってきます。それぐらいは想定しておかなければなりません。

「好きでもないし、興味もあまりないけど、儲かりそうだからやってみよう」という動機の人は、100%途中で投げ出すと、創業支援関係者はみています。そんな人を支援するのって、バカみたいですから。


誰にも負けない得意なことをビジネスにしている


「創業者要件」のふたつめは、得意分野で創業するということです。

好きと得意はリンクしていることが多いと思われがちですが、困ったことに、そうでもありません。

案外、人は自分が何を得意としているか気づいていないものです。

いちばん多い失敗が、それまで会社員として関わってきた分野を完全に捨てて、違う分野で創業してしまう例です。

なんとももったいない。長年、関わってきた分野については、知識も現場経験も人脈もあるのだから、明らかに得意分野です。

その得意分野を捨てて夢を追うのは、無謀というものです。

「誰にも負けない得意」というのがひっかかるのかも知れません。たいてい、自分より上がいますからね。長年、関わってきた分野だとなおさら、すごい人が何人も思い浮かんで、気後れしてしまうかも知れません。

しかし、それでも多くの人にとって未知の知識や経験や人脈を持っているわけです。これを使わない手はありません。


好きと得意を掛け合わせる


工夫次第ですよ。自分は凡庸だと思うならば、今まで経験したことと、好きな分野を掛け合わせればいいのです。

私ならば「営業」に「ランチェスター戦略」を掛け合わせました。営業の現場経験があり、サーモスが廃業寸前から世界トップになる経緯を当事者として経験し、その後ランチェスター戦略の専門家になったというポジションは、あまりありません。

「その程度の営業経験で偉そうにするな」とか「サーモスの社長でもないのに当事者ぶるな」とか言ってくる同業者が必ずいますが、悔しまぎれの発言なので、むしろポジションの巧妙さを示していると思いましょう^^

創業してからも経験は積みあがりますので、ポジションの独自性は先鋭化していきます。心配することはありません。

「アニメ」が好きなら、今の自分の仕事と組み合わせて新しい価値を作れないか考えてみてください。

「スポーツ」が好きなら、自分の仕事のスキルでスポーツを高度化できないか考えてみてください。

変革の時代ですから隙間はいくらでも生まれます。本当に工夫次第です。


世の中の不便や不満、悩みを解消するビジネスである


「市場要件」のひとつ目は、問題解決をビジネスにすることです。

購買意欲が高いのは、それが本当に必要だと思うからです。自分の悩みを解決してくれるならば、買いたいという気持ちは強くなります。

一時期、貧困問題や環境問題の解決を目指す「社会起業」がフューチャーされましたが、そうでなくても、うまくいくビジネスは、何らかの問題の解決を目指すものですから、ことさら特別なものではありません。

消費者目線、生活者目線で世の中を見渡せば、不便や不満は無限にあります。とくに今は社会が変化しています。新しい不便や不満が日々表れています。

今はまさにウィズコロナの時期です。この時期に、生まれるビジネスもいっぱいあります。

巣ごもり需要、テレワーク需要、社会的距離需要、除菌需要、運動不足解消需要。

超短期ビジネスですが、リヤカーで除菌製品を売り歩く事業者まで登場しているそうですよ。

壊滅的打撃を被っている飲食店や観光業についても、アフターコロナに向けて、回復のため、あるいは再出発のために解決策が求められます。

人は生きている限り、悩みを抱えているものですから、需要はなくなりません。

創業した後でも、売上に困る事業者はこの原点に戻ってください。


誰も気づいていない社会のニーズを捉えてビジネスにしている


「市場要件」の2つめは、ニッチ需要を捉えるということです。

ニッチビジネスには、ライバルがあまりいない、いても強くないという特徴があります。

生き残るための戦略の基本は「勝てる場所で戦う」ということですから、小さな事業者は、まずはニッチビジネスを目指すべきです。

私なぞ、こればかりです。目立つところは避けますから、派手ではありませんが、ライバルが少ないので、生き残るという意味では、安定しています。

しかし「誰も気づいてない」ニーズなんてどうやって見つけるのか?と言われそうですが、それは今の仕事の中で探してください。

いま所属している会社の業界特有のニーズは、一般人にはわかりにくいものです。

業界人はみな困っている、という問題でも、それをテーマに創業する人は稀ですから、結果として誰も取り組まなかったビジネスとなります。

そういう意味でも、いまの仕事を大切にしてください。いまの仕事がうわの空では、宝のようなビジネスの種を逃してしまうことになりますから。


成長市場でいち早く地位を固める


最後は王道です。

伸び盛りの成長市場に参入することができれば、とりあえず需要に困りません。

世界的な社会変革期ですから、衰退市場、成長市場がはっきりしています。

いまはコロナで停滞していますが、AI、IoT、自動化設備、医療・福祉、新エネルギー、都市環境整備、物流、自動モビリティなど、明らかな成長市場が存在します。

成長市場はライバルも多く強力ですから戦う覚悟が必要ですが、それでも成長市場は魅力です。

思い出すに、20年程前のITバブルの頃には、チャラい創業者がいっぱい出て、大物から小物までそれなりに儲けたようです。

だから私が創業した15年前には、その時の残党が「創業は気合だ」とか「やれば何とかなる」とか適当なことを言っていたものです。正直言って、成長市場だからうまくいったんだと思いますよ。

あの時ほどではないにしろ、成長市場は常に存在するわけですから、そこを主戦場にすれば、いくぶん楽に事業を進めることができます。

コツはやはり掛け合わせることです。成長市場と自分の得意分野や知っている業界独自のニーズを組み合わせることで、小さな事業者でも手掛けられる市場を見出せます。

ただし、成長市場には強力なライバルが現れます。せっかく切り開いた市場を後発強者に奪われてしまうのは世の常です。(ITバブルの自称成功者の殆どはこれです)

そうならないためには、いちはやく地位を固めて、つぶされないようにすること。小さな市場でも圧倒的なトップになれば、簡単には追いやられません。

ランチェスター戦略を学んで、小さくてもトップになれる戦い方を工夫していただきたいと思います。


まとめ:創業の成功確率を上げる5つの要件


まとめます。

創業の成功確率を上げるためには、スタート時に、次の5つを心掛けてください。

1.心の底から好きなことをビジネスにする

2.誰にも負けない得意なことをビジネスにする

3.世の中の不便や不満、悩みを解消するビジネスをする

4.誰も気づいていない社会のニーズを捉えてビジネスにする

5.成長市場でいち早く地位を固める


ただし、これで万全だ!とは思わないでくださいよ。

これはあくまで成功確率を上げるための要件にすぎません。絶対に成功が保証されるというものではありませんので。

創業者が注力すべきことはまだまだあります。

接客の時間が減り、生産性が向上する

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ボルボ日本法人が、オンライン接客(オンライン商品説明)を始めたという記事です。

コロナ禍で直接会いたくないという顧客の不安に応えたサービスですが、営業の生産性を上げる施策でもあります。

オンライン商品説明を活用すれば、商品の説明だけでなく、下取り車の参考価格やローンを含めた購入資金などもオンラインで提案できる。
都合のいい時間にオンラインで対応してもらったほうが、客も担当者も時間を効率的に使うことができる。
2000年代前半までは、契約のはんこをもらうまでに6〜7回会うことが多かったが、今は平均1.7〜1.8回程度。

どの業種でも同じでしょうが、コロナ禍は、日本の課題となっていた生産性向上を否応なしに推し進めるきっかけとなっているようです。

ライブ対応さえ不要になる?


ボルボの事例は、ライブで営業マンが対応するようですが、車ごとに、車種説明とQ&Aを動画にして公開すれば、さらに生産性は向上するはずです。

かといってボルボ本部が説明動画を作れば綺麗に撮りすぎてリアリティがなくなるので、販売拠点ごとに動画作成していただきたい。

つまり、営業の仕事は、事前説明動画を作ることになります。動画作成すると、ライブでのトークの練習にもなるし、一挙両得です。

事前説明の内容が充実してくれば、そもそもライブ対応など必要なくなるかも知れません。完全自動販売です。

むしろ、整備や修理に関しては、ライブで丁寧に説明していただきたいと思いますが。

余計な仲介はなくなっていく


記事は、最終的には会って信頼してもらって契約することを前提としています。

が、その信頼って、いるのかな?

車の場合、商品を気に入って購入するのだから、どの営業マンから買ったなんて副次的なものです。

顧客が納得すれば、自動販売機で購入してもいいわけですよ。

要するに、顧客に信頼されて、というのは、販売ディーラーという存在ありきのことであって、ボルボの通販サイトから購入できるならば、不要なものです。

余計な仲介は取り除かれていくのがデジタル時代の流れですから、これを機に流通再編の流れになることは必至だと思います。


先にも言いましたが、これは、自動車業界だけではありません。非接触営業を追求することが生産性の向上に結び付くでしょうから、各事業者は、いちはやく取り組む、あるいは準備をしておくべきだと思います。






米国子会社の破綻は、無印良品の終わりの始まりか?

無印良品



(2020年8月6日メルマガより)


無印良品を展開する良品計画の米国子会社が破綻したというニュースがありました。

同社は、米国で18店舗を展開していますが、新型コロナの影響を受けて、立ちいかなくなったということです。

今後は、日本の民事再生法にあたるチャプター11のもと、再建を図るそうです。


アマゾン・エフェクトで激動の米市場


コロナの影響げに恐ろしや、ということですが、実際のところ、今の時期に破綻するのは、コロナがなくてもうまくいっていなかったことが殆どです。

同社もそうです。米国事業の苦戦は以前から伝えられていました。

コロナがなくても米国市場で小売事業を成功させるのは難しい。

いわゆるアマゾン・エフェクトにより、トイザらスやシアーズなど名だたる小売りチェーンが破綻に追い込まれてきました。

小売りチェーンの王者ウォルマートでさえ、土俵際まで追い詰められました。そのウォルマートの反攻は、なりふり構わぬネット事業への傾斜でした。

激動の米国市場で生き残るのは、アマゾン以上にネットをうまく使う企業のみ、というのが今の状況です。

家賃が高いから家主と交渉する、という良品計画の動きは、どうにももどかしく感じてしまいます。


良品計画の「終わりの始まり」?


もっとも、良品計画グループにとって、米国事業は小さな規模です。

同グループは国内外で970店を展開しており、米国はそのうちの18店舗です。

2020年2月期の売上高は、4387憶円。利益は232憶円です。

米国子会社の売上高は、約110憶円。負債総額約68憶円ということですから、グループを揺るがすほどのものではありません。

しかし、かつての天下をとるかのような良品計画の勢いを知る者からすれば、このつまづきは意外でした。

しかも今回の報道をみてみると、ずさんな内情が見えてきたから穏やかではありません。これが良品計画の終わりの始まりにならないとも限りません。


量販店のPBだった無印良品


良品計画の設立は、1989年です。当初、大手量販店・西友のプライベートブランド(PB)である無印良品を仕入れ販売管理するために作られた会社でした。

無印良品とは、ノー・ブランド・グッズの和訳です。

あえてブランドを付けないことで、低価格化を実現しようという意図がそこにありました。

量販店全盛の時代に、シンプルで安い無印良品はよく売れました。西友のPBなのに、ライバルのジャスコにも商品供給していたぐらいです。

しかし、2001年には、ディスカウントストアの台頭により、低価格メリットが薄れて販売低迷してしまい、赤字転落します。

中途半端な安売り商品になってしまったのですね。


無印ブランドのリ・ポジショニング


そこで、赤字転落した2001年に社長就任したのが松井忠三氏です。いまではカリスマ経営者として賞賛される松井氏も、就任当初は、西友からの左遷出向組といわれていたそうです。

松井氏は、良品計画を立て直すために、主に2つの改革を為しました。

1つは、無印良品のブランドの位置づけを再考することでした。

ノーブランドを安売りのための理由とするのではなく、無印であることに積極的な意味づけを行いました。

すなわち、余計な装飾を排したシンプルな機能性。ひいては、過剰さと無縁のライフスタイルの提言を無印というブランドにこめたのです。

何かを加えること、足すことがマーケティングのセオリーだった時代が長く続いていただけに、引くこと、取り除くことを進めたことは斬新でした。

何事も過剰だったバブル期への反動もあったでしょう。

無印良品の売り場にいると、必要な機能だけあればいいというシンプルさがすごく魅力的に思えてきます。

結果として、価格は少し高くなったのですが、ライフスタイル提案が的確だったので、無印ブランドは先端的な顧客層に受け入れられました。

後に無印は、エコロジーや安心素材、フェアトレードなどの象徴性も帯びるようになり、まさに時代を先取りするブランドとなっていきました。


業務改革の徹底


改革のもう1つは、社内業務の無駄を省くことでした。

人事部出身の松井社長にとってこちらの方が得意分野だったかも知れません。

当時から、残業削減を掲げ、そのための業務改革に取り組みました。

有名なのは「ムジグラム」と呼ばれる業務マニュアルの作成です。図解満載で、誰にでもわかるように工夫されたマニュアルは、新人のためだけではなく、業務内容をシンプルにする役割を果たしたようです。

ムジグラムの作成、改訂を通じて、現場の作業効率化が進められていきました。

また良品計画は、仕入れ業務を本社一括でシステム化していることでも有名でした。

当時の量販店といえば、仕入れはバイヤーの裁量に任されており、極めて属人的な作業であったはずです。それを本社が統括するには、売り場の状況を正確に把握するシステムがなければなりません。

IT技術がそれなりに整備された現在なら現場のリアルタイム把握は当たり前なのですが、当時は革新的でした。

しかも、同社は、社内のITシステムを社員が作成しているらしい。業者に頼むよりもはるかにフレキシブルでシンプルで高速で低コストなシステムを構築しているそうですよ。


カリスマ経営者の退任後


赤字転落から画に描いたようなV字回復を成し遂げた良品計画は、2006年から2008年まで連続で最高益を更新。松井社長は、会長に退きます。

松井氏がカリスマ経営者としてマスコミに盛んに登場したのは、この頃ですね。とにかく当時の良品計画は、勝ち組の中の勝ち組だと思われていたものですから、華々しいものでした。

弊社主催の「戦略勉強会」でも、良品計画の事例はとりあげさせていただきました。だから憶えています。あの頃の良品計画には無敵感がありましたな。

しかし、カリスマ経営者の後を継ぐ人は何かと苦労するものです。

良品計画も同じだったのでしょうな。

経営者が変わった途端、業績を落とせば、赤っ恥ですから、何がなんでも伸ばそうとします。

そこに無理があったということなんでしょうね。


海外展開に活路


何しろ、人口減の日本市場には伸びしろがありません。

無印の商品そのものは、マネできないものではありませんから、競争が激化しています。

ニトリやユニクロやダイソーまでもが、無印風の商品を揃えてきています。

すべてダイソーで商品を揃えても、コーディネート次第で、それなりの雰囲気が出せる、ということが、ユーチューブやインスタグラムには多数投稿されており、消費者が流れていくのは必然です。

競争激化は良品計画側もよくわかっているようで、松井氏時代はご法度としていた値下げ販売に踏み切りました。

在庫が過剰気味なので仕方ない部分もありますが、これはブランドの価値を下げる禁断の手です。いま一時的に売上が伸びても、長続きする方策ではありません。


そこで、良品計画が活路を求めたのが、海外展開です。

特に中国の消費者は、無印良品を憧れの商品だと捉えているらしく、高評価が業績に表れています。

欧米でも「禅」をイメージさせるようなシンプルなデザインが、受けていると報道されていたものです。

現在、無印良品の店は、

日本:436店。

中国:274店。

欧州:44店。

米国:18店。

その他:198店。

というものでした。


チグハグな米国展開


米国の18店舗が破綻したというのが今回のお話です。

え?「禅」をイメージさせて素晴らしい!と絶賛されてるんじゃないの?と思ったのですが、報道によると、米国市場では、それほど好意的には受け取られていない様子がうかがえます。

もともと、米国は、派手で過剰なイメージを好む市場です。

確かに一部の顧客層は、東洋的な無印のコンセプトを好むのかも知れませんが、マジョリティではありません。

さらに報道によると、日本や中国の商品をそのまま米国市場にも供給しているとかで、サイズ感が合わないといわれているそうですな。

中国から商品を送るので関税の問題もあるでしょう。

高いし、好みに合わないし、サイズも合わない、となれば、売れる方が不思議というものです。

しかも、良品計画側は、米国市場攻略を重要事項としており、わざわざ賃料の高い一等地に旗艦店を作ったというではないですか。

市場がニッチなのに、盛大に固定費をかけてるわけですから、そりゃ破綻しますよ。

今になって経営陣は「これから出店計画はもっと慎重にしたい」なんて言っていますが、何だかやっていることがチグハグで、かつての良品計画らしからぬずさんさです。

加えて、欧州でも、2019年は赤字だそうで、海外拡大路線が必ずしもうまくいっていないことが見て取れます。


商品分野の拡大


もう一つ、現経営陣がやっているのが、商品分野の拡大です。

いま、無印良品は、雑貨、衣料、家具。だけではなく、食品、ホテル、キャンプ場にまで進出しています。

特に食品分野に対する意欲は並々ならぬものがあります。

無印ブランドはライフスタイル提案なのだから、生活すべてに拡大するのは当然だ。特に食品分野の拡充は不可欠だ。

というのが、経営陣の考えだそうで、理屈としてはよくわかります。

が、それだけ分野を広げて、本当に運営できるのだろうか?

大阪にも無印良品の食品売り場がありますが、正直いって、商品内容も陳列も価格も無印らしい魅力を感じることができず、これならデパ地下に行く方がいいやん。と思ってしまいます。


改革をやり直す時期


こうなると、頼みの綱となっている好調の中国市場や東南アジア市場がどこまで維持できるのかという問題になってきます。

なにせ、日本国内でさえ、競争激化し、値引き販売せざるを得ないほど、追い詰められたのです。

現地企業が力をつけて、競合になっていくこともあるでしょう。いつまで「憧れの日本」プレミアムが続くのか、危ういものです。

ともかく、過剰在庫を持たざるを得なかった販売予測システムを早急に整備しなければならないですし、無印ブランドのコンセプトをもう一度、見直す必要がありそうです。

つまり、松井氏のやった2つの改革を再びやり直さなければなりません。


ポジションを見誤っている


そもそも、拡大路線は正しいのでしょうか?

無印の持つ、シンプル、エコロジー、安全、フェアなライフスタイル提案とは、世界のマジョリティを捉えるものなのでしょうか。

確かに素晴らしいコンセプトだと思いますが、それを受け入れる層がいまだマイノリティだとすれば、今のような拡大路線は、無理があるというものです。

思えば、松井氏時代の無印良品は、量販店というマジョリティへのアンチテーゼだったはずです。マイナー市場を丹念に慎重に掘り起こした結果が、無印ブランドを確立することにつながりました。

要するに、無印良品が立脚しているのは、いまだマジョリティ市場ではないということです。

それを、勝ち組企業だからと、自らのポジションを見誤ったのではないか。

松井氏時代よりもさらに業績を上げなければならないという呪縛が、現経営陣をとらえているのではないか。

と思うわけです。


今回の米国事業の失敗を些細なことだと軽視していれば、本当に終わりの始まりになってしまいそうです。

しかし軽視しなければ、まだまだ立て直しできるポテンシャルを持つ企業であることは間違いありません。

「論語」は最高の自己啓発書であり、最強の実用書だ

論語は最高の自己啓発
(2020年7月23日メルマガより)


今回も、孔子についてお話しています。

孔子の教えは、簡単なのに、説明するのが難しい。というのが、前回のメルマガのテーマでした。

なぜ難しいのかというと、孔子自身が、その思想をわかりやすくまとめて伝えるということをしなかったからです。

孔子は、学問とはすべて過去の書物から知恵を得て実践に活かすものであり、創作したり、付け加えることはしないという考えを持っていました。

だから、孔子の手になる書物はいまに残っていません。「詩経」「書経」「春秋」など編書や注釈書が残っているだけです。

その点、孔子自身の言動を記録した「論語」は、いきいきとその考えや人となりを伝えています。


■じつは「論語」じたい、孔子の死後400年かけて編纂されたものです。

孔子の教えを伝える儒家の教科書あるいは宣伝書として作られたものです。

その割には、時代もテーマもばらばらに、適当に孔子の言葉を並べただけに思えます。

編纂に400年もかかったのですから、その時代時代の編纂者の思惑や考えもあったでしょう。

儒家の中のそれぞれの派閥が別々に作ったものを無理やりくっつけたという側面もあります。

まあ、いろんな事情があったのでしょう。

しかし孔子が、体系的な教育をしなかったのだから、あえてバラバラに編纂された「論語」は、孔子の教育スタイルを表していると言ってもいいのではないでしょうか。


■それはともかく、今回「論語」を再読してみて、その面白さに引き込まれてしまいました。

「論語」を面白いと思うようになれば、もう歳ですな^^

いや、そんなことはありません。以前は、そこまでの読解力がなかっただけです。

今回、読んでみて、面白いだけではなく、実用的であることがよくわかりました。

そのあたりのことを書いてみたいと思います。


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「論語」を読んでいて感じるのは、おおらかな明るさです。

宗教書にあるような超越感も哲学書にあるような厳粛さもありません。

これはもちろん本書の主人公である孔子の楽天的なキャラクターによるものでしょう。

孔子は、自分自身を平凡な人間であると称し、誰でも努力し続ければ社会の役に立つ素晴らしい人間になれると説きます。

「論語」は、いわば、誰でもできる努力を続けることで、立派な社会人になることを目標とする書です。

努力、成長、成果というまるで少年漫画誌にありそうな前向きなメッセージがそこにあります。


孔子が広めようとした「徳治主義」


前回のメルマガでもお伝えしましたが、孔子は貧しい庶民の生まれです。

体系的な教育を受ける機会に恵まれず、すべて独学で古典から学びました。

孔子が生きたのは戦乱の世です。

平和で安心して暮らせる社会を作りたいと考える孔子の教えは、一派をなすほどの勢力となっていきました。

戦国において平和を望むのは孔子だけではありません。誰もが夢見ることでしょう。

力のある者は、武力によって国内を平定し、安定を築こうとします。それを中国全土で実現したのが、秦の始皇帝でした。

しかし、孔子は、武力によって平和をもたらすという考えではありませんでした。

彼が望んだのは、あくまで君主のよい行いや考え方である「徳」を広く知らしめることで、世の中を平和にしたいということです。

これを徳治主義といいます。


「論語」は、君子になることを促す書


そんな能天気なことで国が治まるか?

と誰もが思うでしょうね。

孔子の頃から、国を治めるには、厳しい法律や警察による取り締まりが必要だという考えがあり、そちらの方が主流でした。

同時代の人間から「無理なことを実現しようとしているやつ」と揶揄される様子も「論語」には記されています。

それでも孔子はキレることもなく、ブレることもありませんでした。

君主の「徳」が人々に浸透するためには、民衆側にも、それを理解できる教養が必要です。

孔子は、そんな立派な社会人のことを「君子(くんし)」と呼びました。

孔子の目標は、社会に多くの君子を育成し、徳による政治を完成させることでした。

「論語」とは、一般の人々が教養ある立派な社会人である「君子」になることを促す書でもあります。


政治家として失敗した孔子


孔子は、政治家として採用された国で、徳による政治を行おうとして失敗しています。

理由はまさに、臣下の者たちどころか、君主でさえ、徳のある政治というものが理解できず、自らの利益のためにしか動かなかったからでした。

明らかな時期尚早です。徳による政治を行うためには、世の中に徳の素晴らしさを理解する人々が多くいなければなりません。

それが君子を育成するという発想につながっていったようです。

実際のところ、孔子の目指すような社会を作ることは、至難の業ですし、できたとしても途方もない時間がかかります。

孔子自身も「君子にはなかなかお目にかからないね。君子になろうと努力する者に会えれば充分だ」などと発言しています。

それでも諦めたり、世を儚んだりしないのは、生来の楽天性によるものでしょうか。

晩年、政治家になる道が叶わなくなってからも、未来に理想の世を実現するために、君子を育成するための教育事業に身を捧げました。


孔子はとことん「いいひと」だった


そんな孔子の姿勢は多くの人々の心を捉えました。

政治家として大きな成果を上げられなかったにも関わらず、孔子のもとには多くの門人が集まり、相談する者が絶えませんでした。

門人の一人、子禽という者が高弟の子貢に尋ねています。「先生はなぜ、どの国に行っても相談が絶えないのでしょうか」

子貢の答えは「先生は、温良恭倹譲なので、自然と相談を持ち掛けられるのだ」というものでした。

温とは、にこやかで穏やかなこと。

良とは、素直でまっすぐなこと。

恭とは、丁寧で慎み深いこと。

倹とは、節度がありやりすぎないこと。

譲とは、謙虚でひかえめなこと。

要するに、孔子はとことん「いいひと」であったということです。

おそらく、もとから善良な人だったのでしょう。しかし、それだけではありません。

「私は生まれながらにして道理がわかっていたわけではない。古典から学んできたのだ」と言っているように、孔子じしんが、修養し、人格を高めることに努めていました。

なぜなら、徳による政治とは、君主の善性を広く浸透させることで社会を安定させるものです。

つまり、上に立つ者ほど「いいひと」であることを求められるのです。

もちろん、表面的な慇懃さや繕った親切は信用できません。(巧言令色鮮し仁)

「論語」には「死んでいく時に子供を託せる人」という言葉が出てきます。

それほど信用できる善人こそが君子であり、そんな君子たちが行う政治が徳による政治なのです。


自分の中の悪性を抑え、善性を育てる


ますますハードルが高く思えてきましたか^^;

「論語」には、「克伐怨欲(こくばつえんよく)を抑えることができればえらいものだ」という孔子の言葉も記されています。

克とは、他人を押しのけて勝ちたいという気持ち。

伐とは、功を誇りたい気持ち。

怨とは、人を恨んだり、妬んだりする気持ち。

欲とは、もっとほしいという気持ち。

これは、温良恭倹譲の逆で、人間のダークサイドを表したものです。

こうした人間が本来持つ悪性を完全に消し去ることはできないにしても、そこそこに抑えることが、人格を高めることにつながります。

「中庸(極端にならず、偏らないこと)の徳こそ最高の徳である」と孔子が言う通りです。


実は、孔子は、ずばぬけて身体が大きく(2メートル16センチ)、武術全般をこなす器用さをもっていました。

戦乱の世ですから、力自慢で世を渡っていくことも可能だったでしょうし、横柄な人物になっていてもおかしくありません。

しかし、生来の向上心が、そのような凡夫に留め置きませんでした。

自分の中の悪性をなるべく抑え、少しづつ善性を育て、徐々に人格を形成していったのが、孔子という人でした。


染み出すような善性


君子が、身につけている最上の徳が「仁」です。

「仁」は、孔子がその思想の中心に置いた概念でした。

弟子たちも、その他の人たちも、何度も「仁とは何か」孔子に尋ねていますが、まともに答えていません。

「言葉にできない」と言ってみたり「実行が難しい」と言ったり。

もう少し親切な時は「5つのことを広くやればいいよ」とか「人を愛すればいい」とか「礼にかなうことだ」とか断片的なことを言っています。

困った弟子が「誰それは仁者だと言えますか?」と具体的人名をあげて評価を求めていますが、ことごとく「仁者ではないな」と答えています。

高弟のほとんどが「仁者ではない」と評価されているのだから、いばらの道です。

結局、孔子は「仁とは何か」について明確な定義を残しませんでした。

われわれは類推するしかありません。


本来、仁という文字は、人が絨毯のような敷物に座っている様子を表しているらしい。

だから、じわじわと温まるように伝わる人間性を表しているようです。

そこから考えると、仁とは「とくだんアピールしなくても、周りの人に自然に伝わるようなその人の善性」ということができるのではないでしょうか。

要するに、仁者とは、孔子そのものです。


人を思いやる気持ちが「仁」につながる


孔子は「努力すれば仁に至れる」と明言しています。

それでも弟子たちは困惑するばかりです。

ある時、弟子たちにこう言っています。

「おまえたちは、仁をよほど高遠なことと考えているようだが、もっと身近なものだぞ。自分がしてほしいと思うことは、まず人に施しなさい。それが仁に至る道だ」

これは、前回のメルマガでお伝えした「礼」の精神そのものです。

周りの人を尊重し、慮る気持ちを形にしたものが、孔子のいう「礼」でした。

つまりすべての基盤にあるのが、人に対する思いやりです。まずは身近な人を思いやり、幸せな関係を作る。それを常に心がけ、繰り返すことが、心の中に仁(染み出るような善性の魅力)を形成していくのです。

孔子は難しいことは何も言っていません。「礼」が大切だといった時から「仁」に至るまで、ずっと同じことを言い続けているのです。

「論語」を読んでいけば、それがよくわかります。


現代日本でも、グローバル社会でも、孔子はモテる


孔子の教えは、その死後、アジア全域に広がっていきました。

ゴリゴリの法治主義では国が治まらないことを知った為政者たちが、徳治主義をも併用したからです。

その影響は、現代の日本にも及んでいます。

日本は、法治国家でありながら、徳治国家の部分も多分に残しています。

法律に反していないからといって、あるいは契約書に書いていないからといって、信義にもとるような行為をする人物は、信用されません。

会社でも能力主義、成果主義といいながら、多くの人から慕われるのは、徳のある人です。

いいひとというだけで、何も仕事ができないのは困りますが、逆に仕事はできるのに、克伐怨欲を全開にするような人は人望ゼロで報われません。

やはり日本社会には、孔子のいう「上にいる人は徳のある人であるべきだ」という考えが通底しているのです。


この点、宗教的に「契約は絶対だ」とする欧米の社会とは齟齬があるのでしょうか。

確かにグローバルビジネスにおいて、契約に関する意識の違いがトラブルを引き起こしたという話はよく聞きます。

契約書にないからといって、平気で人を出し抜くような行為がよくあるらしいですが、それは契約作成が甘かった側が悪いという論調です。

ビジネスする上においては、そこは気を付けなければならないことでしょうね。

ただ、欧米においても、仕事ができるだけの人がリーダーになれるわけではないようです。

やはり、人望があることが重要な要素です。どのような人が人望を得るのか聞いてみると、誠実で、他人に親切で、頼もしく、朗らかで、ユーモアがあり、リーダーシップがある人だそうで、何のことはない。孔子そのものです。

孔子のような人がモテるのは、世の東西を問わないようですな。


自己啓発書であり、実用書


自粛期間中に、読んでみた「論語」ですが、自分でも驚くほど、引き込まれてしまいました。

「論語」といえば、カビの生えた修身の教科書としか思っていない人が多いのではないでしょうか。

確かに私の持つ「論語」も赤茶けて、シミが浮いていました。

しかし、その内容は、実に豊かで、本質的、かつ現代的です。

自己啓発書は「論語」一冊で充分です。体系的でない分だけ、読むたびに発見があり、気づくことがあります。

さらに、現代の日本が、いまだ「論語」の影響下にあることがよくわかりました。

つまり、「論語」のメッセージを実践することは、現代の日本でも有用であるということです。

おそらく、目新しいスキルを急いで身につけるよりも、何十倍も実用的なものが、身につけられることでしょう。

コロワイドと大戸屋のドタバタ買収劇

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ドタバタ劇といいたくなる買収騒動です。


戦略ミスにより低迷


業績低迷のうえ、お家騒動でガタガタしている大戸屋が、敵対的買収を仕掛けられています。

大戸屋といえば、手ごろな値段でおいしい昼食を提供すると人気を集めた和食チェーン店です。

国内約350店舗を擁する一大勢力でした。

ところが創業社長が2015年に急逝してから迷走が始まりました。

もともと大戸屋は、男性常連客も多かった店ですが、「女性」「健康志向」をコンセプトに、メニューや店づくりを変更していきます。

そして2018年には、人件費や材料費の高騰を理由に値上げに踏み切りました。

これが、常連客の離反を招いたようです。単価は上がったものの、客数がそれ以上に減少したために業績低迷してしまいました。

経費の高騰は飲食業全体の問題なので同情すべき部分はありますが、大戸屋の場合、コンセプトの変更そのものが失敗だったと思います。

テレビドラマのようなお家騒動


さらに、後継者問題に関するお家騒動がありました。

大戸屋「お家騒動」の調査報告書が、まるで昼ドラのような骨肉の争い

創業者の長男を社長にしたい創業家と、まだ若いと難色を示す現経営陣との争いです。

なんと、創業者の未亡人が社長室に闖入、遺骨、位牌、遺影を机の上に置いて、現社長を詰問したというのです。

これ、テレビドラマ化してほしいものです。

結局、創業家側は、持ち株をコロワイドに売却したため、予期せぬ筆頭株主の登場に見舞われることとなります。

どちらに理があるのか見えない


コロワイドは、居酒屋「甘太郎」、回転すし「かっぱ寿司」、焼き肉屋「牛角」などのチェーンを傘下に持つ飲食業のコングロマリットです。

2020年3月期の売上高は、2353憶円。(大戸屋は246億円)

大戸屋の業績低迷をみたコロワイドは、セントラルキッチンを取り入れて、コスト削減せよという提言をします。が、店内調理は、大戸屋最大のこだわりのため、受け入れることができません。

コロワイドは経営陣の刷新を要求しますが、拒否され、このたびの敵対的買収に至った次第です。

「大戸屋の現経営陣には、経営を改善する能力がない」というのが、コロワイド側の意見でしょう。

が、大戸屋側も「コロワイドは、買収したチェーンをうまく経営しているとは言えない」と反論しています。

そうなんですな。

かっぱ寿司も牛角も順調とは言えません。うまくいかないものですから、コロワイドの創業会長が、社内報で社員を罵倒する、という事件までありました。

ちなみに、コロワイドの2020年3月期の純利益は約64憶円の赤字。

大戸屋の2020年3月期の純利益は、約11憶円の赤字。

どっちもどっちです。


業績低迷し、道筋も見えない両者が争っているので、正義がどちらにあるのか考えづらい。

しかし、買収そのものは成立しそうだというので、コロワイドが舵を握っていくのでしょう。

セントラルキッチン方式がうまくいくかどうかはわかりませんが、店内調理にこだわる理由も薄いので、いいんじゃないですか、としか言いようがないわけですな。








ファーストリテイリングが世界トップになる好機到来!

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ファッション業界の世界トップ、インディテックス(ZARAの運営会社)が苦しんでいます。

コロナ禍による売り上げ不振で、約500憶円の赤字に転落。

これを受けて、1000店舗程度を閉店するようです。そのうち300店舗がZARAということです。

ファッションチェーン全体が落ち込む


インディテックスの2020年1月期の売上高は、3兆4510億円。

2位のH&Mの2019年11月期の売上高は、2兆6767億円。

3位のファーストリテイリングの2019年8月期の売上高は、2兆2905億円。

アパレル異変、いよいよ「ユニクロ」がH&Mを抜いて「世界2位」へ…!

時期がバラバラで申し訳ないですが、要するにコロナ前に、3位のファーストリテイリングが2位を猛追している状況でした。

そこへコロナ禍です。

全てのチェーン店が多大な影響を受けて、大幅な売上減に見舞われています。

ECシフトへの好機


インディテックスは、店舗をある程度切り捨てたうえ、EC(電子商取引)にシフトすることで乗り切ろうとしています。

日本にZOZOがあるように、欧州でもオンラインに特化したアパレル店が台頭してきており、無視できない勢力となっています。

インディテックスとすれば、この難局を、ECにシフトするための好機にしようという考えでしょう。

ユニクロにとって有利な状況


ユニクロ擁するファーストリテイリングとすれば、H&Mを射程圏にとらえたと思っていたところ、コロナによる混乱です。

同社も赤字転落は免れないでしょうが、考えようによっては、一気に世界トップに躍り出るチャンスが来たといえるかも知れません。

上の記事が指摘していますが、ファーストリテイリングには、有利な状況がいくつかあります。

1.ユニクロが扱うのは日用品であり、コロナ禍でも落ち込みにくい。

2.ユニクロの主要市場はアジア、特に中国であり、比較的コロナのダメージが少ない。

無理に世界トップを狙わなくても…


もっとも、上の2つは、コロナ禍だけのことではありません。

アパレルの日用品化はますます進むと考えられますし、アジア圏の市場拡大も進むでしょう。

何もここで無理をして世界トップを狙わなくても、地に足をつけて成長すれば自然に世界トップを目指せるというものです。

むしろ、目先の名声を狙うあまり、EC化に後れを取り、時代遅れになることの方が、リスクです。

ここは、いったん足踏みをしたとしても、企業体質の強化、高度化をすべき時だと思う次第です。





新人諸君!! 「できる営業」になる50のコツ

できる営業になる



本書に書いてあることを身につけるだけで、あなたの営業としての人生は素晴らしいものとなる
本書には、新人営業が最初に学ぶべき営業の基本が、誰でもわかるように書かれている。読んだうえで営業現場に出ると、知識が現実とリンクするはずだ。正しい知識を持っていると、現場から正しく学ぶことができる。何もなしに現場に出るのとでは、成長のスピードが違う。

営業にはどんな現場にも当てはまる根幹がある。それをわれわれは基本と呼んでいる。基本は応用が利く。後進に伝えることもできる。基本を理解し、現場経験を積んだ営業は、どんな業界でも通用するだろう。


営業という仕事を人生の宝物にするために
営業に関わる仕事をする人は幸運だ。特に若いうちから営業という仕事ができることは、人生の宝物といっていい経験となる。たしかに営業は多様な能力が必要とされる仕事だが、一流といわれるようになると、他のどんな仕事についても成功するだろう。だから営業職に就いた人は自信を持ってほしい。君は、人生の成功の入り口にいる。

どうか本書を繰り返し読んで、充実した営業経験を積んでほしい。そして、立派な営業として社会の役に立つ人間になってほしい。


誠実さ
営業に最も必要な資質は「誠実さ」。それさえ忘れなければ一流になれる
営業は多くの能力が必要とされる職種だ。優秀な営業は、遺文の得意な部分を鍛え、伸ばすことで、自分なりのスタイルをつくり上げている。

しかし、1つだけ優秀な営業に共通する特徴がある。それは「誠実さ」だ。


営業の仕組み
安定した成績を残すには「営業の仕組み」が必要
優秀な営業の条件は、いい成績が継続することだ。1、2年の好成績ならば、勢いや幸運や現場のセンスで何とかなるかもしれない。しかし、5年、10年続けるためには、「営業の仕組み」の構築が必要だ。


営業プロセス
ダメな営業は、営業に手順があることをわかっていない
営業には段階がある。新人営業に多い間違いが、会ったばかりの顧客に自社商品のことを長々と説明してしまったり、言われるがままに金額を提示してしまったりすることだ。優秀な営業はプロセスの意味を理解している。




銀行が中小企業を経営できるのか?

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なかなか結構なニュースです。

後継者難などで廃業せざるを得ない中小企業は増えるばかりで、2025年の廃業予備軍は、127万社になると予測されています。

すわ、ここにチャンスあり!と小規模M&Aを仲介する会社が続々現れてきていますが、追いつきません。

そもそも、中小企業は、後継者さえ連れてくれば何とかなるというものでもありません。後継者が見つからないのは、引き継いでもうまくいきそうにない原因があるからです。

要するにややこしい面倒な案件が多いので、一山当ててやろうという考えのチャラい仲介会社では問題解決できないでしょう。

小規模M&Aは、金融機関が手掛けるのがいい


銀行側も、このまま企業が減って、取引相手がいなくなるとジリ貧です。

というか現在も、

日銀のマイナス金利政策の結果、集めた預金を貸し出しに回しても利益を生まない

という状態ですから、目の前の課題に取り組まざるを得ないというわけです。

本来、中小企業といちばん近しいのは銀行ですから、銀行が手掛けるのがいいのです。ジリ貧の銀行としても、再成長するための柱にしたいことでしょう。

経営人材を育成できれば、大きな成長産業となる


が、銀行側に、経営人材がいるのかといえばはなはだ疑問です。

誰か連れてくるといっても、限られた報酬しか払えないでしょうから、プロ経営者みたいな人は無理です。

ここは、銀行側が腰を据えて、事業会社を運営できる人材を自前で作るしなないのでしょうな。

10年仕事ですよ。

それも思い切って優秀な人材を、この分野に持ってこなければなりませんよ。

しかし、これが成功すると、銀行はまた大きな成長軌道に乗ることができます。

地方銀行や信用金庫とかに波及すればなお結構です。

頑張っていただきたいと思います。






孔子の教えは、なぜ簡単なのに伝えにくいのか?

孔子の教えは
(2020年7月9日メルマガより)


われわれ日本人が最も大きな影響を受けた書物は、といわれれば、疑いなく「論語」をあげます。

次の1万円札の顔である日本近代経済の父といわれる渋沢栄一公も、「論語」の熱心な読者でした。

明治政府の重要役人だった渋沢栄一は、産業振興を志し事業家として独立しますが、同僚から「卑しくも金儲けに目が眩んだのか」と侮蔑されたそうです。

しかし、渋沢は「論語には、金儲けは卑しいなどと一言も書いていない」と反論しています。

つまり渋沢にとって「論語」に書いてあることが規範になっていました。

いや、渋沢栄一が特別だったわけではありません。

子供の頃に「論語」を素読することは、江戸時代から明治期にかけて、教育のスタンダードでした。

だから論語の思想は、われわれ日本人の血肉になっていると言ってもいいでしょう。


いまでも、京セラの稲盛和夫さんのような人は、「論語」の忠実な実践者であると思えます。

例えば、次の言葉を聞くと、納得できますし、素直に感動します。

「嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ。子供のころ、親や先生から教わった人間として守るべき当然のルール。そうした『当たり前』の規範に従って経営も行っていけばいい」

この「子供のころ、親や先生から教わった人間として守るべき当然のルール」という部分。われわれ日本人にとって、これは「論語」の教えるところにほかなりません。


人々が幸せに過ごすにはどうすればよいのか


「論語」は、いまから約2500年前に生きた中国の思想家、孔子の言行録です。

当時の中国は、大国、周が弱体化し、諸侯が勢力争いを繰り返す戦国時代でした。

古い価値観が崩れたため、諸子百家といわれる新しい思想家たちが多く活躍した時代でもあります。

その中でも、孔子が始祖となった儒家は、中国を席捲するほどの一大勢力となっていきました。


もっとも孔子は、それほどの大望を持っていたわけではありません。

貧しい庶民として生まれ育った孔子は、世事に長け、雑事を器用にこなす一般的な青年でした。

ところが、頭がよく文字が読めた孔青年は、古典を読んで、中国にも安定した幸せな時代があったことを知ります。

人々が心を安寧にし、幸せに過ごすためにはどうすればいいのだろうか?

孔青年は、乱れた世ゆえ、殺伐とした人々の気持ちを落ち着かせなければならないと考えました。

そこで、戦国の世に忘れ去られてしまった「礼」を復活することで、社会を安定させようとしたのです。


「礼」が人々に安定をもたらした


現代で「礼」というと、礼儀やマナーを思い浮かべますが、ここでの概念はもっと広く、しきたり、規範、ルールをも含んだ意味でとらえてください。

つまり、安定した時代の規範やルールを礼儀作法も含めて復活させようとしたのです。

この考え方は、当時の人々に新鮮に受け取られたようです。

なにしろ、戦国の世は乱れ、価値観も安定せず、何を拠り所にすればいいのかわからない時代です。

伝統に則った規範や作法は、人々の気持ちを落ち着かせたはずです。

さらに言えば、かつての王朝のしきたりや作法を忠実に再現することは、一種の正当性をも演出するものだったでしょう。

とくに武力で覇を成した者にとって、喉から手が出るほど欲しいのが正当性です。

いきおい孔子の名は聞こえるようになり、国の政治を任せようという諸侯も現れたほどでした。


形式的な「礼」など価値はない


もっとも、政治家としての孔子は大成しませんでした。

諸侯は、孔子の能力に頼もうとしたのではなく、孔子の名声を利用したいだけだったからです。

孔子のもとには、多くの弟子が集まりましたが、彼らも心から孔子の思想に共鳴した者ばかりではありません。

中には、手っ取り早く「礼」を学んで、有利な就職口を探したいという小利口な者もいたようです。

就職することを孔子が否定していたわけではありません。有望な士官の口を得た高弟をほめたりもしています。

しかし、孔子の本当の教えを学ぼうとしない者が多いのは、嘆かわしいことでした。


当然のことながら、昔ながらの礼儀作法やルールを守ったからといって、世の中がよくなるわけではありません。

大切なのは、なぜ、そのルールを守るのか、なぜその作法をするのか、という中身です。

人々が、その規範の意味を理解し、社会をよりよくする行動を自覚するから、よい方向へ機能するのです。

わけも分からずに、機械的に守るルールなど、孔子は否定しています。

孔子の学問とは、その規範やルールの意味をも学び理解することでした。


遠回りすぎて現実離れしている?


弟子の子路が「乱れた国を正すにはどうすればよいのか」と尋ねたのに答えて、孔子は「必ずや名を正さん」(名を正すほかはない)と言っています。

名を正すとは、形式(名前)と中身を一致させる、という意味です。

つまり、人々がバラバラに考えていることを統一させることと言っていいでしょう。

ある人は、その規範を家族間のルールととらえているかも知れませんが、別の人は村全体が共有すべきものだと考えているかも知れません。

ある人は、その行為が価値あることと思っているかも知れませんが、別の人は無駄な行為だと迷惑に思っているかも知れません。

ある人は集団のリーダーは自分だと考えているかも知れませんが、他の人は全く認めていないかも知れません。

そんな細かい行き違いがあれば、政治も法令もまとまりがなくなり、社会は安定しません。

まずは、それを正すことが先決だ、と孔子は言ったのです。

ところが弟子の子路は「まだるっこしい」(意訳)などと口走ってしまいます。

たしかに、孔子の言うのは正論だが、遠回りすぎて現実離れしているという意味でしょう。子路は、弟子の中でも、ずけずけ言うことで知られていますが、このくだりはなかなか辛辣で面白い。

さすがに孔子は「ばかもん。わからんことは黙っておれ!」(意訳)とやり返していますが、子路の指摘は一面の真実をついていると思います。


法治主義と徳治主義の併用


孔子の思想の弱点の一つは、効果を発揮するまでに時間がかかることです。

さきほど、礼は形式だけではなく、その意味が大切だと言いました。

しかし孔子なきあとの儒家たちは、いたずらに儀礼ばかりさせる面倒くさい集団だととらえられるようになっていきました。

孔子が望んで止まなかった平和(戦国時代の終わり)をもたらした秦の始皇帝は、孔子の思想ではなく、法による国家運営を説いた韓非子の思想を採用しました。

法による支配は、抜け道を探す卑しい連中があふれ出し、国家を危うくさせると説いた孔子の批判にも関わらず、大帝国秦は、ゴリゴリの法治主義国家となっていきます。

ところが、始皇帝なき後の秦は、一代で滅んでしまいます。

つけ刃的な法治主義が機能せず、孔子のいう通り「法の抜け道を探す卑しい連中」があふれたからでもありました。

そこで新たな国家の運営者は、あくまで法による支配を基盤としながらも、人々が卑しくならないためには、孔子の思想が必要だと判断しました。

孔子の考えを国家思想として採用したのが、漢です。

孔子の教えは、確かにまだるっこいかも知れませんが、時間をかけて浸透させれば、人々が自分でよりよい行いを考え、実践するようになります。

なにより孔子のいう「善いこと」とは、難しいことではありません。

「嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ」というのは、特別な思想でもなんでもなく、本来の人間の善性に根差したものです。

いうなれば孔子は、生来の善性を高め、悪性を抑えよ、と言っているだけです。

実に簡単なことではないですか。

その簡単なことを、国家として奨励した漢は、約400年にわたって安定した国家を続けることになりました。

漢の後の国家も、法治主義と徳治主義の併用をスタンダードとすることを続けたため、その影響は中国のみならず、アジア全域に及びます。

もちろん中国に学んだ日本にも、その影響は及びます。

いやむしろ、文化大革命なるもので過去を否定した中国よりも、日本でこそ孔子の教えは根付いているといえるでしょう。


仁 義 礼 智 信


少し戻ります。

孔子は、「礼」は内面の善性と結びつかなければならないと考えました。

相手を思いやる気持ち、うそ偽りない気持ちが形になって表れたのが「礼」です。

しきたりや規範、ルールなども、すべて、よりよい社会を形作り、人々が幸せになるためにあるものでなければなりません。

だから、孔子は、まずは個人個人が自分に向き合い、よりよりことは何かを考え、実践することが大切だと考えました。

孔子がいう、人がその善性を突き詰めたところにあるものが「仁」です。

その仁とともにある秩序や道理が「義」です。

仁を形としてあらわしたものが「礼」です。

仁や義や礼を判断するもととなるのが「智」です。

仁をもととした人との向き合う基本が「信」です。

こうした善性を身につけた人のことを「徳」のある人といいます。


まあ、言ってしまいますが、孔子の思想の弱点のもう一つは、抽象的でわかりにくいことですな。

西洋哲学のような、明確な論理性があるわけでもありません。

孔子の弟子たちも「論語」の中で、「仁とは何ですか?」と繰り返し尋ねていますが、そのたびごとに孔子の回答が違うので、難解です。

孔子自身、あまりわかっていないのではないかという説もあるほどです。


一度、身につければ忘れない


もっとも孔子は、理屈としてわかることをあまり良しとせず、日々の実践を通じて身につけさせようとしていました。

先ほどの子路のような、いつも実践して身につけようとする弟子をことのほかかわいがっていました。

だから孔子の教えは決して大所高所からのものではなく、日常に根差した馴染みやすいものばかりです。

理解するのに時間がかかるというのは、一度身につけたら忘れにくいということでもあります。

「論語」の素読を繰り返したわが先祖たちから何代にもわたって常識だと教え伝えられてきたことですから、それがわれわれの心の基盤になっていても不思議ではありません。

われわれがいま「論語」を読んで感じる納得感や既知感は、それが既にわれわれの心性に根付いているという証左ではないでしょうか。


ただし、これを人に伝えようとすれば、なかなかに難関です。

わかりやすく伝えるためには、理屈か、事例か、ストーリーとしてまとめなければなりません。

このテーマは次回に持ち越したいと思います。

孔子のいう「仁」とはなにか?

「徳」のある人とは、どのような人か?

どのようにすれば「徳」のある人になれるのか?

コロナでも生き残る小さな事業の秘訣

コロナでも生き残る


(2020年6月25日メルマガより)


コロナ禍の消費動向


2020年4月の家計消費支出は、昨年より11.1%減。先月(3月)に比べても6.2%の減少となっています。

全国的に外出自粛要請が出ていた中なので、消費が落ち込むのは当然ですが、それでも恐るべき事態です。

10%以上の落ち込みなんて、消費増税直後にしか見られない事態です。しかも消費増税時は、駆け込み需要の後のギャップ込みですから、深刻度が違います。


特に減少幅が大きいのが「食品」「被服および履物」「交通費」「教養娯楽」などです。

細かくみると、

食品でいえば、外食、飲酒代。

被服でいえば、背広、婦人用スラックス

交通費は全般。特に航空機代、鉄道運賃。

教養娯楽でいえば、旅行費用、映画・演劇等入場費用、遊園地入場費用。

その他、女性の化粧品類も減少しています。


逆に消費増加しているのは、

食品でいえば、パスタ、即席めん。チューハイ・カクテルなど。

保健用消耗品(マスク、ガーゼ含む)

娯楽でいえば、ゲーム機やゲームソフトなど。

郵便代も増えています。



巣ごもり需要に対応したかどうか


要するに、巣ごもり時に必要なものは消費が増えて、必要ないものは減っているということです。

こういう消費傾向ですから、ビジネスにも影響が出ます。

飲食業は厳しい状態です。

鉄道や旅行・宿泊関連も大変厳しい。

映画館、劇場、スポーツ施設も軒並み休止状態です。

アパレル関連もダメです。

逆にドラッグストアやスーパーなどは好調です。

通販関連は好調で、宅配も大忙し。

ゲーム関連も軒並み好調。

ネットワーク関連も好調です。

すべて説明がつきます。


戻る消費、戻らない消費


市況により好不調がでるのは当然ですが、今回は極端ですね。

勝ち組業態、負け組業態なんて言い方をされていますが、そう単純な話ではありません。

経済というのは、すべてつながっているものですから、今は勝ち組だと思っているビジネスも、長期的には影響を受けます。

一時的な好調、不調よりも、もう少し長い目で見た方がいいと思います。

そう考えると、今は不調だけど、そのうち復調すると考えられるビジネス。復調が見込みにくいビジネスがあります。

例えば、鉄道などは、自粛があければ需要は必ず戻ります。

テレワークで、通勤が不要になる、なんてのは未だ一部にとどまるはずです。

近距離の移動に関しては、回復は早いでしょう。

観光関連は時間がかかります。特に壊滅状態のインバウンドは、海外からの観光客が計算できないので、けっこう長くかかるでしょう。

しかし、こちらもいずれは戻ります。来日客3000万人のレベルに達するのは数年かかるかも知れませんが、コロナ前の需要がそっくり消えてしまうということは考えられません。

航空関連も同じですね。今は海外渡航が制限されているので、どうしようもありませんが、移動そのものがなくなるということはありませんから、いずれは戻ります。

インバウンド関連に比べれば、国内需要が主流のスポーツ観戦や映画、劇場などの回復はもっと早いはずです。

今は、演芸もスポーツも無観客興行で開催していますが、ワクチンが開発される来年には、元通りになると考えます。


コロナに関わらず苦しいアパレル


逆に、コロナ禍が収束しても厳しいのが、アパレル関連です。

レナウンが破綻したことは記憶に新しいでしょうが、コロナが原因だったわけではありません。長年、綱渡りのような状況が続いていたのは周知のことで、コロナは幕を引く言い訳になったと揶揄されたぐらいです。

アパレル産業は、ユニクロなどのファストファッションの台頭で単価が下がり、構造的に規模縮小しているところでした。

いまはワークマンが機能性アパレルという分野を切り開こうとしています。こちらは長期的には拡大要因ですが、それ以上に旧来のアパレルの落ち込みに追いつきません。

だから旧来のファッションブランドは、コロナがなくても厳しい状況です。レナウンと同じく、終わりが早まったかなと言われても仕方ありません。


飲食業は、入れ替わりが進む


飲食業に関しては、需要は戻ります。

外食や飲酒需要が、なくなるなんてことはあり得ません。家飲みが増えた、zoom飲み会が楽しいといっても、一時的なものです。

ほとぼりが冷めれば、外食も飲食も元通りになるはずです。2メートル開けた接客なんて情けないこともなくなるでしょうな。

ただし、大きなチェーンはともかく、飲食店には零細企業や個人事業が多いですから、需要回復までもたないところもでてきます。

それでも需要は回復しますから、また新たな店が生まれます。もともと入れ替わりの激しい業界ですが、より新陳代謝が高まるといえます。


コロナ後の企業経営 生き残るコツ


産業は、新陳代謝が適切に進み、ある程度プレーヤーが入れ替わるのが健全な状態です。

なんていえば、あまりにも俯瞰的すぎて、冷たい意見かもしれませんね。

しかし、これは如何ともし難いものです。

市況が厳しければ、退場せざるを得ないプレーヤーが多くでますし、市況が戻れば、新規参入が増えるものです。

全員が生き残れるわけではありません。

ただし、生き残るプレーヤーには、それなりの理由があります。いわゆる生き残るコツのようなものです。

もっとも、切羽詰まってから取り組んでも手遅れかも知れません。普段から備えておくことが必要です。

いかに準備しておくことが大切か。なんて言うと、当たり前すぎてスルーしてしまう人が多いのですが、これは本当です。

結局、当たり前の準備を疎かにしない。この一見平凡なことができる人が非凡な経営者ということなんでしょう。


どんなビジネスにも寿命があることを知る


緊急時に必要なのは、なにより柔軟性です。

小さなビジネスに取り組んでいる人は、自分の事業が永続するなんて幻想を持ってはいけません。

どんな需要も数十年で枯れてしまいます。小さなビジネスほど短い。大成功したと思っても、数年で潮目が変わります。

需要は、移り変わるのが普通だと思っていてください。

だから小さなビジネスで生き残るためには、需要の動向を見極めて、市場に変化があれば焦点を変える、市場が枯渇すれば撤退する準備をしておかなければなりません。

日本には優秀な部品工場が多いといわれています。ネジ1本、ばね1つに特化して技術を磨き、オンリーワンとして存在しているので生き残っているというイメージがあるかも知れませんが、実際には、ニッチに君臨したからといって長生きできるわけではありません。

生き残る企業は、もてる技術をいかに柔軟に応用するか、日々考えています。

いくつかの分野にタネを撒いて、苗木を育てておき、主力ビジネスに陰りが生じた場合、いつでも移行できるように準備しています。(たとえば村田製作所)

そういう心構えがあれば、コロナ禍においても無用に慌てないはずです。


代替がきかない商品を持つ


これも当たり前すぎてスルーされそうですが、唯一無二の商品やサービスがあれば、見捨てられません。

だからといって、オンリーワンの商品やサービスを作ろうと必死になっても徒労に終わること大です。

商品づくりだけに必死になってはいけません。

むしろ重要なのは、顧客を見つけ、接触し、強い結びつきをつくることです。

ものすごく簡単に言ってしまうと、自分だけが見つけたニッチ市場で、圧倒的なナンバーワンになることができれば、唯一無二となります。

できれば、他社が手を出しても儲からないぐらいの圧倒的なシェアを得るか、あるいはニッチすぎて他社が手を出してもメリットがないような市場を見つけることです。

それがいわゆるオンリーワンです。

誰もが目を付ける大きな市場で、いくら商品差別化しても、すぐにマネされてオンリーワンなんかなれないことを知っていてください。

唯一無二になるためには、商品開発よりも、市場のチャンスを見つけること、確かな顧客を把握すること、販売チャネルを確保することが、重視されます。(ぜひランチェスター販売戦略をマスターください!)

ただし、唯一無二になったとしても、永続できるなどという幻想は抱かないようにしてください。


顧客との関係を作る


コロナ禍において、老舗の料亭が宅配弁当をはじめて業績を伸ばしたり、卸売業者がオフィスの除菌ビジネスを立ち上げて盛況だったりしたという話をちらほら聞きます。

飲食チェーンでも、持ち帰り体制が充実しているマクドナルドは業績を落としていないそうです。

いざというときの柔軟性が重要だということを先に言いましたが、確かに、コロナ禍の難局を乗り切った企業は、柔軟な才覚と対応に優れていると見えます。

しかし、ただ単に、飲食店が宅配を始めたり、新規ビジネスを立ち上げたりして必ずうまくいくというものではありません。

ビジネスが成功する前提には、応援してくれる顧客がいるということを忘れてはなりません。

なんていうとまた当たり前すぎてスルーされそうですが、忘れがちなんですよね。

老舗の料亭の宅配弁当事業が成功したとすれば、その弁当を宅配でもいいから食べたいという顧客がいるからです。

除菌ビジネスを立ち上げて事業が成り立つのは、それを利用しようという顧客とのチャネルがすでにあるからです。

つまり、普段から顧客との関係を作っておかなければ、柔軟な対応も才覚も意味がないということです。

単にお店を開けて、来てくれるお客さんにサービス提供しているだけでは、いざという時の顧客基盤ができているとは言えません。

長くなるので、詳しいことは今回は書きませんが、たとえば、こういう弁当屋さんがあるので、参考にしてください。



財務基盤


とくに飲食業。

2カ月程度の休業で破綻するとか閉店の危機とか言っているのは、財務基盤がぜい弱すぎますよ。

私は仕事がら実態を知っていますが、小さな飲食業の多くが、未だにどんぶり勘定で平然としています。

ベテラン経営者という人が「長年の経験で、経理なんてなくても、どれぐらい売上があれば事業存続できるかすぐにわかる」と自信満々に言っているぐらいです。

まあ、はっきり言って、計数部分を厳格にするだけで頭一つ抜け出せる緩い業界だなあと思いますよ。それがコロナ禍で露呈したわけですな。

今回、わかったのは、現金を持つことの大切さです。

とくに小さい事業は、需要の不安定さの影響を受けやすいものですから、現金を余分に持っておくか、あるいはいざという時に調達できる算段をつけておかなければなりません。

どんぶり勘定なんてもってのほかですよ。


常に危機対応だと考える


今回のコロナも秋冬には第二派がくるそうじゃないですか。

それだけではありません。今回のような感染症のリスクは常にあります。100年に1度の危機が、また数年後に起きないなんて誰にも言えませんからね。

だとすると、我々は、危機対応を常態化しなければならないということです。

といっても、不安定さの上に立つ小さな事業は、常に危機状況にあるようなものです。

自分の事業が永続するなんて幻想を抱かない。

勝てるニッチ分野をいくつも見つけて、攻略する、あるいはその準備をしておく。(ランチェスター戦略を学ぶ)

顧客との接触方法を複数持ち、つながりを深めておく。

計数関連を厳格にして、現金を持つ、あるいは調達する手段を確保する。

日本電産が暴露「テレワークは生産性が低い」

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コロナ禍により、テレワークの導入が進んでおり、一部企業では「生産性が上がった」「仕事がやりやすくなった」「働かないおやじがあぶり出された」などポジティブな声が聞こえていましたが、実際には、生産性は大幅に下がるというのが、製造業の実感だと思います。

日本電産さん、よく言ってくれました。

なにせ「日本電産がダメならみんなダメだろう」と言われる優良企業のいうことですから、仕事内容の洗い出しが甘いとかそういう問題ではありません。

永守会長の言う通り
欧米などに比べて日本では住宅事情などがテレワークに適していないことが理由で、作業スペースの確保やオンライン・ツールの支給など環境整備が重要
という物理的な理由でしょう。

将来的には、住宅デザインの変化が求められますし、直近では、郊外駅近のサテライトオフィス開発が進むでしょう。


会見では
「今回のコロナ禍によってどれだけ余計な在庫を抱え、固定費が掛かっていたのかを見ることができた」とし、在庫管理の改革や固定削減を進める考えを示した。
ということで、課題を見つけられたそうで、転んでもただでは起きない同社らしいですな。

顧客訪問以外の営業手段の追求が必要


また日本電産といえば営業に強い企業でもあります。

特に、顧客訪問意識が強く、業績を上げるには顧客のもとへ行け、という単純で強力な姿勢を貫いている企業だと記憶しております。

もちろん、コロナ後には、訪問件数重視が復活するのでしょうが、この1年は、訪問以外の強みを磨かなければなりません。

訪問以外の接触手段の追求、提案構想力、プロセス管理の徹底など。

思えば、営業は、顧客訪問に頼りすぎたのかもしれません。

そういう意味でも、日本電産の営業変革に期待する次第です。





いきなり!ステーキが、危険な局面に?

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いきなり!ステーキに関しては、毀誉褒貶がジェットコースターの如しです。

2019年12月末時点で493店だった国内店舗が、2020年5月末は414店にまで減少。今年に入ってから79店舗を閉店したことが、5月の月次動向の数値から明らかになりました。

6月には11店舗を閉店する予定で、今年になってから2割弱減となります。

新型コロナの影響も大きいですが、それだけではありません。それ以前から、業績不振が伝えられていました。

いきなり!ステーキも人口減少の局面には贖えないのか

株価もさえません。2年前に5000円台だったペッパーフードサービスの株価がいまや500円台です。(3年前には8000円台をつけたこともあります)

株式市場は、もはや伸びしろなしと判断しているようです。

つくづく、飲食チェーンというのは、出店拡大している時に売り買いしておくべきですな。

営業キャッシュフローがマイナスに


実際、ペッパーフードサービスの業績は、いきなり!ステーキの効果で、直近の決算まで右肩上がりです。675億円(2019年12月期)

ところが、2018年から2019年にかけて勢いは鈍化し、利益はマイナスです。

2019年に関しては、営業キャッシュフローもマイナスになるほど落ち込んでおり、切羽詰まっている状況がうかがえます。

勢いにまかせて拡大しすぎたつけが、ここにきて現れているということでしょう。

売上は大きいが利益が薄い事業が右肩下がりになると厳しい


ちなみに、同社は主に、いきなり!ステーキと、ペッパーランチを展開しています。
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※いきなり!ステーキは直営店が多く、ペッパーランチはFCが多い。またペッパーランチは海外店舗が多いので、極端な数字になっていますが…

つまり、同社にとって、単価が高く売上効率がよいのは「いきなり!ステーキ」です。同社とすれば、こりゃいいわと一気に店舗拡大したのですが、いかんせん利益率が低い。立ち食いで回転数で勝負する店なので、利益が低いのは当然なのですが、売上のわりに儲からないので、単価を上げたくなるのでしょうな。しかし、値段が上がると当然、割高感が出てしまいます。割高感が出ると、客足が落ち、売上が下がります。

もともと利益率が低いので、売上が下がると赤字になるのも早い。店舗数が多いだけに、赤字基調になると反転は難しいものがあります。

やはり店舗を拡大する際には、もう少し慎重にならなければだめでしたね。

仕入先社長から20憶円借り入れ??


気になるのは、仕入先社長から20憶円借り入れたというニュースです。

ペッパーフード、食材仕入れ先社長から20億円借り入れ

銀行から借りずに、仕入先社長から借りるというのも奇妙です。

これに、比較的堅調なペッパーランチ事業を切り離すというニュースもありますから、

ペッパーフード、6月に新会社

何か、よからぬことが起きるのではないかと勘繰りたくなりますな。





経営者は「貞観政要」を読みなさい

貞観政要を読みなさい


(2020年6月11日メルマガより)

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今回も著名な古典を紹介します。


貞観政要 (ちくま学芸文庫)
呉兢
筑摩書房
2018-01-26



自粛期間中、読んだ本です。

前回は「君主論」を紹介しましたが、こちらも「帝王学」を学ぶ際には必ず名前のあがる名著です。

中国の歴史上、もっとも安定した治世であったといわれる年代の皇帝と臣下のやりとりを記録したもので、ためになるだけではなく、面白い本です。

当時の皇帝・太宗は、武勇に優れた人でしたが、政治は苦手だという意識がありました。そこで、謙虚に学び、広く教えを乞おうとしました。

そのやりとりが、この本には書かれています。

太宗という人は決して完璧ではありません。

しばしば初心を忘れ、謙虚さを失い、わがままをしてしまいます。

それでも臣下に指摘されると反省し、襟を正そうとします。

その繰り返しが、この本のすべてだと言っていいでしょう。

中国古典版「チコちゃんに叱られる」ですな^^

リーダーの心得、学び方、身の修め方、裸の王様にならないコツ、組織作りの秘訣など、経営者必読の内容ばかりです。

今回は、そのエッセンスを紹介いたします。

どうか最後までお読みください。


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「帝王学」の古典として読み継がれているのが、「貞観政要」です。

ここ数年、ブームになっているので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。


「帝王学」の代表テキスト


「貞観政要」とは、いまから1400年頃前に活躍した唐の皇帝・李世民の言行を記録したものです。

(貞観とは、その治世の年号のことで、627年から649年。貞観年代の政治の要諦という意味です)

1400年前といえば、日本では飛鳥時代、遣唐使を送った頃です。

唐は、約300年続いた大帝国で、その礎を築いたのが、二代皇帝の李世民(太宗)です。

安定した国家の繁栄を演出した名君として知られる太宗の政治姿勢は、その後も永く理想とされてきました。

中国はもとより、日本でも、歴代天皇に献上されたことが記録に残っています。

また、北条政子、徳川家康といった時の為政者にも、大きな影響を与えたといわれます。

まさに日本で「帝王学」といえば、この本のことを指すのです。


兄弟殺しの悪名


太宗(李世民)は、唐を建国した李淵の次男です。武勇に優れた人で、各地の群雄を平定し、唐の領土的基盤をもたらした功労者です。

ところが、その武功を妬んだ長男(皇太子)と三男に命を狙われたために、策略をもって返り討ちにし、さらには、事態を黙認していたと思しき父親から皇帝の座を奪い取りました。

「兄弟を殺し、父を追いやった」ことが、太宗の治世に影を落としました。

権力争いは世の常だとしても、肉親殺しは、やはり悪名です。

中国は、記録社会です。皇帝とはいえ、いいことも悪いことも、すべて記録して後世に残すのが中国の伝統です。

だから、太宗の悪名は、後世に伝えらえることになります。実際、「貞観政要」の中にも、過去の評判の悪い皇帝の話が、軽蔑とともに語られています。

そうなりたくない、と思うのが人情でしょう。

汚名をそそぐためには、それ以上の善政を施すしかありません。

そんな太宗の涙ぐましいまでの努力が、彼を後世にまで伝えられる名君にしたのだから、歴史とは面白いものです。


諫言を受ける仕組み


太宗が倒した兄の重臣に魏徴という者がいました。

太宗はこの者を呼び出し「なぜ兄弟が離間するようにそそのかしたのか!」と詰問しました。

物語でいえば、魏徴にはでかい死亡フラグが立っている状態で、絶体絶命です。

ところが魏徴は少しも悪びれず「皇太子が私の言葉に従っていれば、今日のような悲運はなかったであろう」と言ってのけました。

いわば、自分が仕える者の利益を図るのは当たり前だという宣言です。

これを聞いた太宗はいたく感心し、魏徴を許したばかりか、自らの重臣としてとりたてました。

歴史上の偉人には、こういう器の大きさがあるものです。


魏徴に与えたのは諫議大夫という役職です。諫言(かんげん)をする大臣です。

要するに、耳の痛い忠告や警告を皇帝になす役割です。

忠義に厚い魏徴は、この役割を見事全うしました。

「貞観政要」には、魏徴をはじめ、重臣たちが忌憚のない意見を太宗になし、反省を促す様子が描かれます。

ふつう、権力者の周りには、イエスマンばかりが集まって、裸の王様にしてしまうものです。

耳に心地よいゴマすり言葉を遠ざけるのは至難の業です。最初は気を付けていても、いつの間にか、上に立つ者の孤独につけこまれ、プライドをくすぐられて、客観的な視点を失っていきます。

ところが、太宗は、重臣たちに諫められ、反省することもしばしばです。

およそ皇帝らしくないカッコ悪い姿でしょうか。

そうではありません。

魏徴は、明君は広く多くの意見に耳を傾けるが、暗君はお気に入りの臣下の言葉しか聞かないと断じています。

中国の歴史をみても、国が亡ぶときには、巧言を弄して君主を囲い込もうとする奸臣と、まんまと取り込まれてしまう暗君がセットで登場するものです。

太宗は、ことのほか、暗愚になってしまうことを恐れた人でした。

だから実に多くの臣下の意見を聞き、耳の痛い諫言をも受け入れるように努力していました。

「貞観政要」は、そうした臣下の諫言と、それを聞いて反省する皇帝の記録といっていいでしょう。

我々は、その体制を貫いた太宗の聡明さと度量の大きさ、暴君化を阻む自律心の強さに驚き、名君とはこういう人かと学ぶわけです。


リーダーには「徳」がなければならない


太宗にとって、その治世は歴史との闘いでもありました。

先に書きましたが、中国には記録の伝統があります。いいことも悪いことも記録するのが、歴史に対する責任であると考えられていました。

スタート時に兄弟殺しの悪名を着た太宗は、歴史の評価をいたく気にかけていました。

臣下に対して「自分自身の反省に役立てたいので、記録したものを見せてほしい」と頼んで断られる場面があります。

あげくに「記録を差し止めたとしても、天下の人々の目はごまかせませんよ」と諫められる始末です。

こうした赤っ恥も記録されてしまうのが歴史です。

そんな太宗だから、自分自身が謙虚に学び、身を律していこうと努力していました。だからこそ臣下の諫言も素直に聞くことができたのでしょう。

自らの身を修め、正しい人間であることが、国を治めることにつながる。というのは、儒教の考え方です。

儒教の祖である孔子は「徳をもって統治する」ことを勧めました。

「貞観政要」の中でも、魏徴により「君主の徳」が説かれています。

「徳」なんて曖昧なもので、国が治められるわけないやろ!と突っ込みたくなるのが、現代の感覚でしょうかね。

気持ちはわかります。

しかし、山本七平の「人望の研究」などを読むと、儒教的な徳が、いかにわれわれ日本人の心性に溶け込み、規範となっているかがわかります。

われわれが感じる「人望のある人」とは、儒教的な「徳のある人」とほぼイコールです。

さらにいうと、日本人の考える「徳ある人」は、西洋に出ても、人望を得ることがわかっています。明治期、海外に出た日本人が得た評価がそれを示しています。

つまり「徳」とは洋の東西を問わず、普遍的な価値を持つものだということです。

われわれが、統治者やリーダーに「徳」を求めるのは、自然なことであり、統治者が徳を持つことは、その統治に大きな助けとなるものです。

「貞観政要」には、君主の徳として「十思」「九徳」が提示されています。具体的な内容は、こちらの本をお読みください。



巨大国家を運営する仕組み


とは言いながら「徳」だけで国が治まるわけではありません。

秦の始皇帝も、漢の高祖も、国の統治に活用したのは、ピラミッド型の組織体制と体系的な法運用でした。

始皇帝は、法術の大家「韓非子」が唱える法活用を高く評価し、国の統治に取り入れました。その法体系を運用する前提となったのが、中央集権的な郡県システムです。

官僚制の始まりといわれる郡県制こそが、広大な中国全土を統治するために必要不可欠なものでした。

もっとも秦の郡県制と法制度は、厳しすぎ、非人間的過ぎたのか、各地で機能不全を起こしてしまいました。

そこで秦の後を継いだ漢は、いくぶんマイルドな郡県制と法体系を施行しました。その際、同時に採り入れたのが儒教の思想です。

礼節を貴み、上下関係を重んじる儒教の教えは、治安を安定させるには好都合だと判断されたのでしょう。

ちょっとうがった見方かもしれませんが、民衆には徳を求めさせ、官僚には法制度を厳格に運用させ、国家は軍事力を背景として外敵を駆逐し反乱を抑え込む。これが中国の国家運営です。

この運営は見事に機能し、漢は約400年続く長寿国家となりました。


「できる人に任せる」極意


前回のメルマガで紹介しましたが「君主は道徳を守るふりだけしていればよい」とぶっちゃけたのは「君主論」マキアヴェリです。

マキアヴェリは「道徳を守るよりも、国を守れ!」と言いたかったのであって、とくだん悪虐だったわけではありません。

その点、太宗は軍事力を背景に皇帝の座についた人です。軍事的に国を守る手段は充分に持っていました。

しかし、それだけで国を安定させることができないことも理解していました。

太宗は皇帝の座につくと「草創(創業)の時代は終わった。これからは守文(維持)だ」と宣言します。

そして「私は政治のことは何もわからないので勉強したい」と言って、古典を読み、側近たちに教えを乞うようになりました。

なんとも殊勝な皇帝ではないですか。

太宗の方針は、大胆なほどの権限移譲でした。

「自分はたいしたことができないので、余計な口出しはせずに、できる人に任せる」と言って、臣下に任せてしまうのです。

この「できる人に任せる」というのが、キモです。

結局、組織を動かすのは人です。適材適所が郡県制度運営の要諦です。

「できる人」がいれば、信頼して任せてしまう。これを徹底し、多少の失敗や瑕疵には目をつぶり、できる部分だけを評価すると言いました。

なにしろ太宗は遠い地方の役人の動向にさえ心を砕くような人でした。そんな人が、短所には目をつぶると言っているのですから、相当、自分を抑えていたことでしょう。(抑えきれずに文句を言って、魏徴に「短所は大目に見ると言ったはずです」と諫めらる場面もあります)

その分「できる人」を見つけることには熱心です。太宗は、国中からできる人を見出すように指示していました。

臣下の者が「なかなか人材がいません」と愚痴ろうものなら「探し方が足らん」と叱責しています。

その際の人材を判断する基準がなかなか興味深い。魏徴は「いまは乱世ではないので、能力よりも人格を重視すべし」と進言しています。

なぜなら「能力のない善人なら仕事が滞るだけで済むが、能力のある悪人は計り知れない害悪をもたらす」からです。

そんな方針の政権ですから、君主が勝手なことをしていいはずがありません。

太宗は「人民は君主に感化される」「君主が身を正さねば民衆は安心できない」「人民に誠実でなければならない」とことあるごとに言って、自らを戒めています。

やはり組織は、リーダーの器以上のものにはなりません。

できる人に任せてしまうと、リーダーは楽ができるような気がしますが、実際には、身を正し、人徳のある人になるための修練を続けるという仕事があります。

人格修行には、終わりがありませんから、けっこう大変です。


名君と名臣 ここにあり


「貞観政要」を読むとわかりますが、太宗は決して完璧な人ではありません。

自分で言ったことを忘れて、臣下に諫められることしばしばです。

しかし、太宗には、部下の諫言を素直に聞いて反省すべきところは改めよう、広く意見を聞いて偏見のない心でいよう、人の上に立つ者は欲望に負けず公正でいよう、そんな心掛けを持ち続けた人でした。

そんな人だから、臣下に敬われ、民衆に慕われたのでしょう。

太宗が統治していた貞観年間は、中国の歴史の中でも、ひときわ安定し、幸せな時代だったといわれています。

そんな太宗も、晩年には気のゆるみが生じ、無駄な贅沢やわがままな行動が目立ち始めました。

そんな太宗を諫めたのは、やはり魏徴でした。「処刑されても構わない」という覚悟で書いた上表文には辛辣な言葉が並んでいます。

それを読んで太宗はこう言っています。

「あなたが指摘してくれた過失を必ずあらためよう。そして、有終の美を成し遂げよう。あなたの言葉は強く、人として正しいことをいっている。そこであなたの言葉を屏風に仕立てて、朝夕に仰ぎ見ることにした。1000年あとの者が、君主とその臣下の間にある義を知ってほしいものである」

名君と名臣ここにあり。1000年どころではない不滅の輝きがあると思う次第です。


参考

貞観政要 (ちくま学芸文庫)
呉兢
筑摩書房
2018-01-26


帝王学 「貞観政要」の読み方 (日経ビジネス人文庫)
山本 七平
日本経済新聞出版
2001-03-01








Zoomは、身売りせずに生き残れるのか?

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Zoomといえば、コロナ禍により最も注目を集める企業です。

新型コロナウイルスの感染拡大による外出制限を受け、ズームのビデオ会議サービスは利用者が急増した。4月にはピーク時に、1日当たりの会議参加者が3億人に達したという。

3億人というのは大きな数字です。

売上も拡大しており、2.7倍ということです。

Zoom売上高2.7倍 2〜4月、ビデオ会議利用増

大したものですねー

意外に小さな売上規模


と思っていたら、2020年4月〜6月期の売上高は、3億2816万ドル(約360億円)。通期見込みでは、17億7500万〜18億ドルだとか。

1ドル110円だとしても、1980億円MAXの見込みです。この程度なんですね。

Zoomが、この騒ぎの前は、小さな新興企業の一つだったことがわかります。

ユアンCEOもまさかここまでブレイクするとは思っていなかったのでしょうね。基本無料で使用してもらい、少数の有料会員の課金で稼ぐビジネスモデル(いわゆるフリーミアム)なので、注目度に比べて小さな売上高となっています。

今後、セキュリティを高度化した企業向けサービスなどに進出していくのでしょうが、急がなければなりません。

超巨大企業が市場を狙う

というのも、アメリカのITエスタブリッシュメント企業群が、ビデオ会議システムに目を付けています。

比べるのは酷かも知れませんが、アマゾンは売上高2805億ドル(30兆8550億円)、アルファベットは1618億ドル(17兆7980億円)、マイクロソフトは1258億ドル(13兆8380億円)です。

こうした巨大企業群が、急ピッチで追撃体制を整えようとしています。

ビデオ会議 市場争奪 アマゾンとスラック提携 マイクロソフトに対抗

Zoomは、ビデオ会議というニッチ市場では、頭一つ抜け出した存在ではありますが、いかんせんGAFAとは、体力が桁違いです。

いまのところ、Zoomは身売りせずに成長することを目指すそうですが、果たして現実的な話なのだろうか、と思ってしまいます。

ZoomのユアンCEOが目標とするフェイスブックの売上高は707憶ドル(7兆7770億円)です。

フェイスブックは、誰もが身売りするだろうと予想する中、耐え抜いて、GAFAの一員となった企業ですからね。

Zoomも生き残れるか、注目です。




街の弁当屋さんのすごいプロモーション

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いろいろと興味深い記事です。お勧めします。

東京亀戸にある「キッチンDIVE」のお話です。どの地方都市にもあるような街の弁当屋さんです。

ところが、こちら、24時間営業で、1日500人が訪れるとか。5月の売上高は、1300万円超だというから大したものです。

SNSプロモーションのお手本


こちらの店長さんは、お店を親から引き継いで10年目だとか。店長と呼ばれていますが、ほぼオーナーポジションなんでしょうね。たぶん。

この伊藤慶店長が、大変なやり手です。

商品開発のアイデアマンであるだけではなく、ツイッターやYoutubeを駆使したプロモーション方法で、これだけの成果を出しているようです。

まさに今のプロモーションのお手本を見るようです。

理想的なプロダクトミックス


まず商品。店前には「毎日満足200円弁当」の看板があり、激安であることがわかります。

そうかと思えば、「挑戦者求む 1キロ弁当」の垂れ幕もあり、かなりバラエティに富んだ商品構成になっていることがわかります。

覗いてみると、それほど広くない店内に、200円、300円、500円といった価格帯の弁当が並べられています。

画像からはよく見えませんが、1キロ弁当も置かれているのでしょうね。1000円程度なのかな。

200円弁当も確かにあり、値段にしては充実した内容のようですが、さらに充実した300円、500円弁当に手が伸びるだろうと想像できます。

理想的なプロダクトミックス戦略ですな。

webサイトをみると、悪乗り気味の3キロ超弁当とかもあるようですが、店内に並べられているかどうかは定かではありません。

おそらく日によって商品が変わるのでしょう。こんな小さな店舗で、圧縮陳列のドン・キホーテみたいな期待感を抱かせるとは、おそるべしです。

ツイッターを駆使


話題性のある商品ラインアップですから、SNSにあっていたのでしょう。

伊藤店長によると「ゲーム感覚」「趣味の延長」のようにツイッターをやり続けたとかで、今は5万以上のフォロワーを持っています。

「肌感覚として、フォロワーが1000人いれば、3〜5人が常時買い物に来てくれる。つまり、今のフォロワー数で言えば、大体250人くらいがTwitter経由でお店に来てもらっている状況です」

なんて、さらりというところニクイですね。

手間はかかりますが、初期投資のないSNSは、まさに弱者のメディアです。

小さな小売店や飲食店は、こちらのツイッターを研究すべきですよ。

ライブカメラで炎上


さらに面白いのは、店内の様子を24時間、ライブカメラで公開しています。

品揃えが確認できる、万引き防止になる、と効果があるらしいですが、お客さんのプライバシー侵害だーと炎上騒ぎになったようですな。

が、炎上もSNSマーケティングの一環なのでしょう。

弱者はこれぐらいやらないとあきません。

ちなみに、Youtubeチャンネルには、広告もついていて、30万円の売上があるというからしっかりしています。

5月の利益は300万円超


記事によると、家賃30万円。商品原価50%、人件費25%だそうです。

家賃分30万円はYoutubeの広告費で賄えるから除外して、5月の利益は、300万円超でしょう。

それは、タワマンにでも住めますよ。

伊藤店長は渋谷進出を目論んでいるようですから、また違うプロモーション展開があるのでしょう。

楽しみです。






プロフィール
komai 小

営業関連のコンサルティングをしています。
製造業や卸売業などの営業組織を強化する仕事を得意としております。

株式会社クリエート・バリュー代表取締役
NPOランチェスター協会理事
NPOランチェスター協会関西支部
NPOランチェスター協会認定インストラクター
中小企業診断士   販売士1級

コンサルタントになる前は、日本酸素株式会社魔法瓶事業部(現在のサーモス株式会社)で14年、営業担当をしておりました。
その時、廃業寸前の赤字だった事業部がわずかの期間で世界トップ企業になった経緯を体験したことが、経営コンサルタントになったきっかけとなりました。
当時、経験したことや見聞したことを物語風にアレンジしたのが、拙著『「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語』です。
面白い本なので、ぜひ読んでください(^^)

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