わたしは価値を創る

大阪在住の経営コンサルタントのブログです。

文学界がプロレス化していくのはなぜか?

00

上の記事は、文学界の内情を題材にした映画(原作は漫画)をネタに、文学界の現状について書いたものです。

漫画や映画のネタになるのだから、文学界も捨てたものじゃありませんな。と言いたいところですが、今や、世の中のあらゆる事象や業界がネタになっていますね。珍しいことではないか。

売れそうな作家を推したい文芸誌各社


さて文学には、各文芸誌が主催する新人賞というものが存在し、そのゲートを潜り抜けた実力のある人が作家としてデビューする仕組みです。

新人賞の審査員には、実績のある作家がなることが多く、その審査が真っ当なものであることを担保しています。

ところが実際には新人賞を経ずにデビューする人も多くいます。

いわゆる持ち込み企画組や、文芸誌側の招聘組などです。

持ち込み企画組はともかくとして、文芸誌側が招聘するのは、芸能人やタレントなど、すでにファンを持っている有名人です。そのような人が書いた小説は、ある程度売れることが見込まれるからです。

だから、そこそこ文章が書ける有名人が、文芸誌で小説デビューする例が相次いでいます。

しかも有名人が書いた小説が、権威ある文学賞をとれば「売れる」ことを、芥川賞を受賞した又吉直樹の「火花」が実証しました。

いや「売れた」というレベルではありません。年間トップの売れ行きを示したとのことですから、凄まじい。爆売れですよ。

だから各文芸誌は、金鉱脈を掘り当てようと、こぞって有名人を小説家デビューさせようとしており、この流れは、今後も続くものを思われます。

いまのところ芥川賞や直木賞が、文芸誌側の思惑を忖度して、安易に芸能人作家に受賞させる、ということはないようです。それをすれば、文学の権威そのものが失墜してしまいますからね。

ただ、売れそうな作家を推しまくる文芸誌各社の動きは、いくぶん滑稽に思えてきますな。

文学の権威は、市場性とリンクしていない


もっとも、文芸誌各社がプロレス的な動きをしなければならない背景にあるのは、文芸誌や文芸書が売れないという現実です。

芥川賞を受賞した作家でも、受賞作以外はなかなか売れないので、そのうち単行本を出させてもらえなくなり、廃業せざるを得ないという事情がいっぱいあるらしい。

つまり、従来の文学界の権威から認められた作家に市場性はないという事実です。作家を生み出してきた文学賞というゲートが、時代遅れになり、機能不全に陥っているといわれても仕方ありません。

ところが、文学そのものはいまだ権威と認められているのだから厄介です。社会的にみて、芥川賞作家といえば、それなりに認められる存在ですが、残念ながらいまやその権威は、市場性とは乖離しています。

市場から求められていないのに、権威として認められるというのは、どういうことか。誰も知らないのに、なんだか偉い人だと思われてる。って、美術室に置いてあった謎の石膏像みたいなものですよ。

文芸というジャンルは、伝統芸能化していく


文芸誌が低迷しているのは、それが一般の人には面白くないと認識されているからです。芸能人が書いた小説も、珍しいうちはまだいいものの、そのうち飽きられます。

面白い。少なくとも面白くなる可能性を見いだせないと、若い才能が集まってきませんし、売上低迷していれば収入にもなりません。面白くない。収入が伸びない。才能が集まらない。面白くならない。という悪循環ですよ。

これはもう、文芸というジャンルは、伝統芸能への道を進んでいるのだと私には思えます。面白さがわかる一部のコアなファンに支えられながら、実際には補助金がなければ存続できないジャンルになっていくのでしょう。

物語そのものは廃れない


文学界も「本屋大賞」など権威に頼らない賞を作ったり、ネット小説経由の売れる作家を発掘したりして、ジャンルの再興を図っています。

こうした動きは評価できると思いますし、文学界を救う人材が現れるとすれば、こうした従来の権威から離れたところからでしょうね。

「物語」そのものは廃れるものではありません。活字か、音声か、実写か、アニメかはわかりませんが、物語は繰り返し消費されていきます。

だから物語を紡ぐ機能を持つ小説というジャンルも、必要とされるはずです。

混沌の中から、驚くような才能が現れることを願っております。





ランチェスター戦略の中で、いちばん使えるところを教えます。

ランチェスター戦略の中で


(2018年9月20日メルマガより)


メルマガ登録はこちら


私がはじめてランチェスター戦略に触れたのは、サーモスの営業をやっていた時代ですから、およそ20年以上前です。

思えば長いつきあいになりましたねー

当初は、低迷する売上を何とか回復する方法はないだろうか。と藁をもすがる思いで入門書を読んだものです。

その威力を充分に知ってからは、いかに活用していくかに頭と身体を使いました。

苦しいこともありましたが、それはそれで楽しかったですね。いい思い出です。

(苦しくもあり、楽しかった思い出 ↓ )


その後、独立してコンサルタントになってからは、ランチェスター戦略を本格的に勉強し、専門家になりました。

NPOランチェスター協会認定インストラクター、NPOランチェスター協会理事、NPOランチェスター協会関西支部長になったのは、独立してからすぐの頃です。

それから入門セミナーは、それこそ数限りなくやってきました。

応用セミナーもやってきました。

公開セミナーを自ら主宰することもありますし、企業様に呼ばれて社内セミナー、社内研修という形で実施することも多いです。

これは今でもですね。

ランチェスター戦略は古い?


独立当初の頃ですが、たまに言われたのが「ランチェスター戦略なんて古いんじゃないか?」という批判というか、誹謗です。

なにしろランチェスター戦略の成立じたいが古い。

田岡信夫先生が、この戦略を体系化し発表したのが、1962年です。56年前ですよ。

その後、ランチェスター戦略が日本を席巻したのが、1973年のオイルショック以降です。それから45年経ちます。

私が独立した15年ほど前には、第一次ランチェスター戦略ブームを覚えいる方がおられたわけですな。

そういう方の中には、ランチェスター戦略を「昔、流行った戦略」と捉えられている方もおられました。

ただ、15年経って、そういう方も少なくなりました。

今は逆に新鮮に捉えられることが多いですね。

なにしろ、ソフトバンクの孫正義氏、HISの澤田秀雄氏ら大物経営者が、盛大に「ランチェスター戦略は役に立つ!」と言ってくれていますからね。

(ちなみに日本電産の永守重信氏も、販売に対する考え方は、ランチェスター戦略そのものです)

むしろ新しい事業者、起業家、経営者の方々からは、古くから続く経営の原理原則だと捉えられるようになりました。

われわれにとっても、実に住みよい日本になったものですよ(^^)


ランチェスター戦略は本当に役に立ちます


専門家の私が言うのも手前味噌ですが、ランチェスター戦略は、本当に役に立ちます。

私には、サーモスでの成功体験もありますし、その後のコンサルでの実績もあります。

すべての企業、すべての経営環境で、絶対に役に立つ。とはまでは言いません。どういうケースがあるかわかりませんので。

しかし、経験上、たいていの企業、たいていの経営環境で、有効に活用できる、ということは言えます。

それだけ汎用性が高い。ということです。

が、汎用性が高い、ということは、抽象性が高いということでもあります。

2500年前の兵法書「孫子」がそうであるように、古びない戦略や原則は、高い抽象性を持っているものです。だから使えるわけですが。

その分だけ、実際に活用する際には、工夫が必要になるかも知れません。それこそ、自社の経営環境に鑑みて、どのように応用すればいいのかを考えてもらわなければなりません。

入門書を読んで自分なりに工夫できるセンスのいい方もおられますが、私なぞは入門書を読んだだけではさっぱりわかりませんでした。

何かわからないが凄そうだなあ。という程度の感想しかありませんでした。

藁をもすがるほどの切羽詰まった状況でなければ、そのまま捨て置いたことでしょう。

が、いかんせん、その当時の私(サーモスじたい)は追い詰められていたので、見様見真似で使ってみたわけです。

だから「ランチェスター戦略ってすげー」と思いはじめたのは、2年も3年も経ってからでした。

いかにも遅い(><)まあ、私などそんなもんでした。


いかに活用するかが大切です


だからこそ今の私のような専門家の意義があるというものです。

コンサルの場合、一緒になって会社の経営環境に応じた活用方法を考えることができます。

が、そうでない場合でも、応用できるような工夫を凝らします。

一日研修の場合では、時間をとって、応用のための演習を行います。自社のことに置き換えて考えていただくので直接的に活用方法をイメージしていただきます。

2時間の入門セミナーでは、応用演習を行う時間がとれません。だから、戦略のエッセンスを伝えながら、企業事例をなるべく多く紹介して、応用の方法を考えやすいようにしています。

どうにかして、この戦略をマスターしていただきたい。と常に思いながら、セミナーや研修に取り組んでおりますので、何卒、ご協力をお願いいたします。


「市場シェア目標値」


さて今回は、ランチェスター戦略の中でも、最も使うことが多いところをご紹介したいと思います。

もちろんセミナー内でも説明しますが、セミナーでは流れの中で紹介するので、ともすると、最も使うところだという部分が抜けてしまうかも知れません。

ですから、入門セミナーに来られる予定の方は、ぜひ今からご紹介する部分に着目していただきたいと思います。


私が実際の営業やコンサルティングにおいて最も使うのは、「市場シェア目標値」という概念です。

セミナー内では、一枚の表としてご紹介しますので、注目してください。

※参考「市場シェア目標値」

73.9%…独占的条件シェア(上限目標値)1社独占状態。

41.7%…相対的安定シェア(安定目標値)首位独走の条件。

26.1%…差別的優位シェア(下限目標値)トップ企業の最低条件。これ以下は、トップとは認めない。

19.3%…並列的上位シェア(上位目標値)上位グループに入ることができる。

10.9%…市場的影響シェア(影響目標値)市場に影響を与える。ここから競争状態に。

6.8%…競合的存在シェア(存在目標値)競合から存在を認められる。

2.8%…市場橋頭保シェア(拠点目標値)これ以下は存在しないと同義。橋頭保となりえる。

00


市場シェアはしようと思えば測定できます


ランチェスター戦略は「市場シェアの科学」と言われることがあるぐらい市場シェアを重視しています。

市場シェアとは、ある特定の市場内において、どれだけのシェア(占拠率)を持っているかを示したものです。

例えば、100億円規模の市場で10億円の売上高を持っていれば、市場シェアは10%です。

お客様が100人いる場所で、20人が自社のサービスだけを受けてくれているとすれば、市場シェアは20%です。

売上高でみる場合もありますし、顧客数でみる場合もあります。生産量でみる場合もあります。測定できる部分で市場をみてください。

「市場シェアなんてわからないよー」という会社が多いかも知れません。

が、その場合、たいていは、市場シェアを知ろうとする努力をしてこなかっただけです。

市場シェアは調べようとすれば調べることができます。


分からない、という場合でも諦めないでください。日本全体とか、近畿一円とか、大きな範囲でわからなければ、市場を小さく絞ってください。

市とか町とか半径500メートルとか。あるいは、特定の年齢層とか職業とか。あるいは特定のお店とか、工場とか。条件を組み合わせて絞っていくと、必ず見えてきます。

たとえば「心斎橋商店街の中にあるドラッグストア内シェア」などと条件を絞れば、把握できるはずです。

測定できる部分で結構ですから、把握することが、戦略の第一歩となります。


目標値は、営業行動につなげるためにある


何のために市場シェアを把握するのかというと、その後の行動目標につなげるためです。

たとえば、目薬の会社が心斎橋の商店街のドラッグストアを回って、目薬全体における自社のシェアを把握したとします。

自社のシェアが15%だった場合、その会社はどうするのか?

この場合、19.3%を目指します。

なぜなら、15%のシェアを持つということは、10.9%の市場的影響シェアをクリアしており、19.3%の並列的上位シェアに届いていないからです。

この並列的上位シェアとは、弱者の中の強者といわれるシェアで、どんぐりの背比べから脱して頭一つ抜け出すことができるシェアです。

この目薬会社は、目薬を何個並べることができれば19.3%に達するのかを計算できるはずです。

だとすれば営業は、どの店に何個置いてもらう、という行動目標を立てることができます。


サーモス時代の営業方法


私がサーモス時代にやった営業がまさにこれでした。

自分の営業エリアを細かく分けて、エリアごとに市場規模と自社シェアを把握します。正確にわからなければ、類推でも結構です。全く分からないよりもずいぶんマシです。

その上で、どの店にどれだけ商品を導入すればシェア目標値に達するかを計算します。

あとは、その行動目標に従って営業するのみです。

こうした数値的根拠に基づく営業は、全く何もなしで動いている営業に比べて、天地の差がつくことになります。

なにしろこちらは、攻める店、守る店を決めています。攻める店には週何回訪問すると規定した上で動きます。提案にも意図があります。すべては目標シェアに結びつく行動をとっています。

どころが何も考えていないと、すべての店にまんべんなく、という営業になってしまいます。これでは、現状を維持するのが関の山です。

サーモスが急激に市場シェアを上げて、世界トップへの道を突き進んでいったのは、実は、営業が根拠のある行動をとり続けたことが大きいのです。


41.7%は、すべての企業の目標値


市場シェア目標値の中で最も重要な数値は、41.7%(相対的安定シェア)です。

これは、首位独走するための条件シェアだといわれています。実際に、40%以上のシェアを持つ企業は、その業界のダントツトップ企業であることが殆どです。

41.7%のシェアを持つと一安心して結構です。つまり、これがゴールであるということです。

全ての企業は、41.7%のシェアを得るために毎日の営業に努めるのです。

それを知っていれば、どこまで頑張ればよいのか、あるいはどこで次のターゲットに変えるのかを適切にすることができます。

実践的な経営の知恵として、覚えておいていただきたいと思います。


今回は、なにげに重要なことを書いたつもりです。

多くの企業人からランチェスター戦略が認められているのは、「市場目標値」があるからだと言っても過言ではありません。

多くの企業が経験上、市場シェア40%を超えればトップとして盤石になることを実感として知っているからでしょう。

であれば、その根拠となる数値を目指して、段階的な営業目標を立てて行動する企業は、強いはずです。

これからランチェスター戦略を学ぶ方は、ぜひとも「市場目標値」の重要性に着目してください。

アマゾンが起業支援に乗り出す

00


アマゾンが、今度は起業支援に乗り出すそうです。

ラストワンマイルの小規模宅配業者を支援


記事によると、アマゾンの配送を担う事業の起業者を支援するとのことです。

アマゾンといえば物流こそがネット通販の勝負どころと考え、莫大な投資をしてきましたが、弱点となっていたのが、最後のところ、物流の中継所から各家庭に届ける最後の数百メートルです。

ここを外部の宅配業者に頼ってきたわけですが、近年、安くこき使われた宅配業者側が待遇の改善を求めて、アマゾンとの取引を見直しする傾向にありました。

かといって自社でローカルな宅配事業を始めるのもコスト的に無理があります。世界中ですから。

その課題を解決する策として見出したのが、宅配を担う事業者を自ら支援して生み出そうという方法のようです。


アマゾン側は起業者に対して、

・一定量の業務
・業務に必要なテクノロジー
・業務に関する研修
・業務に必要となるアマゾンのサービス・資産の利用料の割引
・業務用のリース車両、保険加入

を提供するとしています。

一定の仕事量も確保できるし、仕事のノウハウも教えてくれるし、使用するための設備も安くしてくれるし。と至れり尽くせりの感があります。

特にアメリカでは、退役軍人に仕事を作るという社会的課題の解決も兼ねているようです。

零細事業者を活用するノウハウが事業を加速する


ただアマゾンのことなので、うのみにできない怖さもありますね。

アマゾンからの仕事がなければ成り立たない事業となるので、言いなりになってしまいます。

コンビニのフランチャイジーのように、忙しいだけで全く儲からない、という状態にならないという保証はありません。

あるいは起業者が多くなりすぎて、仕事が足りないという事態になるかも知れません。


しかし、この事業が成功する方が、アマゾンにとってはメリットがあります。

アマゾンの支援を受けた成功者が世の中にあふれるようになると、アマゾンに起業希望者が集まってくるようになります。

そうなると、アマゾンにとって、事業展開のスピードや選択肢が大いに広がることになります。

次にアマゾンが手掛ける事業において、零細事業者の力を活用できるノウハウがあれば、リスク軽減にもなるし、零細事業者を顧客にすることもできるからです。

ということで、今回のアマゾンの試みは、一石二鳥三鳥を狙える施策であると思います。

小さな収入源をてこにした囲い込み政策も


今回の募集事業は利益3000万円MAXだということですが、そこまで大掛かりでなくても、副業程度に、月2〜3万円程度稼ぐアルバイトを作ることができれば、さらに強力です。

アマゾンの決済システムを利用することを義務づけてアルバイト契約をすれば、収入、支出ともにアマゾンを通すことになります。

これは強力は囲い込みです。

いまいちネット通販に馴染まない人も、収入になると思えば、取り組むかも。

日本のスマホ決済普及の鍵は、案外、こういうところにあるのかも知れません。






なぜ薩摩藩に有能な人材が輩出されたのか

00

メモ。上の記事は、薩摩藩が討幕を果たせた理由を、人材の量、質、および産業の分野から考察したものです。「西郷どん」にちなんでの記事でしょうが、参考になります。

その中で、着目したのは、人材の質の部分です。


討幕の主役になったのだから、維新前、維新後、活躍が目立った人材も多かったでしょう。(逆にいうと旧幕府側は、活躍の場を与えられず、埋もれた人材も多かったでしょうね)

だから薩摩にばかり人材が豊富だったという意見にはうなづけない部分もあります。

が、それでも、記事にある薩摩藩独特の人材育成システムについては、興味があります。

郷中教育というシステム


記事によると、薩摩には郷中(ごじゅう)教育というシステムがあったそうです。

鹿児島城下における家臣の居住地域は家格によって区分され、それぞれの町で「郷中」と呼ばれる少年たちのグループがつくられた。「稚児(ちご)」と呼ばれる6〜15歳ぐらいまでの少年たちが集まり、「二才(にせ)」という15〜24歳の年長武士が教える。郷中教育には“教師”が存在せず、先輩が後輩を教育しているのだ。

どんなことを教えるか、誰から学ぶかは子供たちの自由で、決まった学び場もない。子供たちは早朝に好きな先生の家を訪ね、儒学や書道などを学んでいる。さらに川遊びや相撲、武芸などにも励み、身体を鍛える。学んだ後は子供たちだけで集まり、車座(くるまざ)になって、その日学んだことをひとりずつ口頭で発表する。これによって知識が共有され、話す本人も口頭で伝えることで復習になる。

藩校ではテキスト重視の教育が行われるが、郷中教育では会話が重視される。ときには熱い議論になることもあるが、こうした口伝えの教育が実践的な力につながり、テキストだけでは身につかない決断力や実行力、判断力が身につくのだ。

郷中で一緒に過ごす時間が長いので、同じ郷中で育った者の絆は深くなっていく。その一方で、年長者に従う意識も強くなる。その結果、目上の者の命令には異議を唱えることなく黙って従うという独特の気風も生まれた。

つまり、(1)年長者が、年少者を教える。(2)テキストはない。自由。口伝え。(3)その日学んだことを発表させる。という方式です。

現場における教育の理想的な形


まさに現場における教育の理想的な形ではないですか。

現場の人間が教えるので、時と場所を選びません。教師役を探してくることもありません。内容は、現場に近いことが題材になるはずです。少なくとも身の丈に応じた教育内容になるでしょう。

口伝えなので、どの言葉を選べば正確に理解できるのかを考えなければならず、当然ながら、教える内容についてより深く理解できるようになります。相手の反応や表情を読んで、言葉を選びなおすこともあるでしょう。それも含めて対応力や判断力が身につきます。

フィードバックが組み込まれているので、仲間同士で学びが共有しやすいという点も優れています。

さらにいうと、教える側、教えられる側の絆が深まります。

先輩が教えられないような高度な内容は、別途、教授しなければなりませんが、この教育システムがあると、一定の水準までは高めることができます。


思い起こせば、サーモスにいた時代も、これに近いような感じで営業のことを学んでいきました。

小さな組織だったので、教えたり、教えられたりが活発でした。気づいたことを披露しあったり、勉強したことを皆に伝えたり、そういうことが自由にできた雰囲気がありました。

できない者、失敗した者に対して「おまえレベルの営業が発言するな」とか「こいつバカだから情報を渡すな」とか言いだす腐ったミカンみたいな先輩がいなかったのも幸運でした。

現場の風通しのよさが、現場全体のレベルを上げていたことを今さらながら思い出しました。

ちなみに、私の研修でも…


手前味噌ですが、私の研修でも、これに似たシステムを採り入れています。

一日研修などの場合、ずっと講義だけ聞いていたら、消化不良になって、何も残りません。

だから、区切りのいところで、グループに分かれて、内容をどう理解したのかを、お互いが披露しあう時間を作っています。

疑問なども、グループ内で話し合って解消いただきます。それでもわからないことは、私に戻していただいて、共有します。

理解を深め、内容を身に着けていただくための工夫ですが、このやり方を採り入れてから、満足度が非常に上がりました。

薩摩藩の郷中教育を意識してこの方式を採り入れたわけではありませんがメモしておきます。






収益構造をアップデートしなければじり貧になる

00

メモ。日経新聞の調査です。

この10年で、収益構造を変えた企業(稼ぎ頭となる事業の交代があった企業)が、100社のうち21社。

 稼ぎ頭が交代した企業と、していない企業を比較すると、収益の伸びに明確な差があった。交代した21社の17年度の営業利益の合計は07年度に比べ38%増だった。交代していない79社の21%増を大きく上回る。

ということです。

10年経てば、顧客も変化するのは当然だが…


10年も経てば、社会情勢が変わるのだから、顧客も入れ替わります。だから主力事業も変わるのが当然じゃないか。と簡単に言うことはできません。

10年というと長いようですが、実際には1年1年の積み重ねです。ゆっくりと変化は起きてきます。

現在の主力事業に熱心に取り組むことが王道ですから、なかなか新規事業開発、新規顧客開拓に力を割くことができないまま時間は経ちます。

10年でこれだけの差が出るとしたら、20年、30年では、どうなるのでしょうか。

動きが鈍い大企業でも2割が収益構造を変えているのですから中小企業はさらに動かなければなりません。

しかし実際には、10年、20年経っても、顧客リストの更新さえしない企業が多いのですが。







ワークマンがカジュアル店をオープン

00

作業着大手のワークマンがついにカジュアル店を出すようです。(東京・立川)

その仕掛け人という土屋常務のインタビュー記事が上です。


ワークマンがユニクロに挑む


ワークマンといえば、作業着専門店の中で、ダントツのガリバー企業です。

作業着業界の中で鍛えられた機能性の実現と、ローコスト店舗運営ノウハウを武器に、ユニクロに競争を挑もうとしています。

アパレル業界の中では、ユニクロに対抗できる企業は見当たりませんが、境界近くからやってくる競争相手は、手強いことが多い。

出自が違うので、異なるDNAを持っています。

ワークマンの場合、職人が現場で使う商品なので、品質・機能性が高い。ユニクロを凌駕するといってもいいでしょう。品質・機能に特化することで、多くのアパレル店を置き去りにしたユニクロの一番の武器を無力化してしまう可能性を持っています。

こうした競争は、消費者としては大歓迎ですね。

ワークマンについては以前、メルマガに書かせていただきました。

ワークマンは第二のユニクロになれるのか?

その際、現在の店舗でカジュアル衣料を展開するのは無理があるので、実験店を出すべきと書きましたが、ワークマン側は既に準備していたのですね。

業界内強者ゆえの後追い戦略


このインタビュー記事が何かと味わい深い。

ワークマンが、カジュアルウェアのPB(プライベートブランド)を始めたのが、2017年3月期です。

作業着を普段着として着る。というスタイルが一部の人たちによって行われていることを知ってのことでしょう。

その流れをワークマンが主導したのかと言えば、そうではないようです。

いや、うちは常に後追いだ(笑)。業界ではワークマンは地味なデザインばかりと言われていた。寅壱さんなんかが、けっこう派手なデザインを業界に仕掛けて、この流れをリードしてきた。

つまり価格で対抗できない小さな作業着専門店が、派手なデザイン作業着を作って差別化を図ってきた歴史があるわけです。

弱者は差別化をしなければ生きていけませんが、業界トップの強者企業は後追いすることが生きる道です。

圧倒的な販売力を誇るワークマンが、業界の潮流を捉えて、ミートする(真似する)ことは、戦略として理にかなった方法です。

しかも今回の場合、縮小する業界でつぶし合いするのではなく、他業界に進出していこうという流れですから、業界全体として大いに期待することでしょう。


カジュアルウェアにしてはダサい


ワークマンの強みが、作業着業界で鍛えられた機能と品質の高さだとすれば、弱みはデザインのダサさです。作業着なんだから仕方ない。

PBスタート前に社員にワークマンの製品を(1)かっこいい作業服(2)許せる作業服(3)ダサい作業服の3つに分類させたところ、かっこいい作業服に分類できるものがほとんどないことに愕然とした(笑)。

「今は2割がかっこいいに分類される」なんて言っていますが、本当だろうか。主観ですが、かっこいいと思える商品は一つもありませんよ。

しかし、それは実験店での経験を経て改善していこうという腹積もりでしょう。

ユニクロは、どうミートするか?


ただユニクロが黙っているとは思えません。

扱っている商品が違うので、すみ分けられると思う。

と言っていますが、ユニクロはそうは思わないでしょう。ここを危機に思わないと企業姿勢を疑われます。いや、既に買収提案などしているかも知れませんね。

「作業着×カジュアルウェア」というコンセプトは魅力的です。世界で戦える可能性があります。

その意味でも、ユニクロ側とすれば、ワークマンの高い機能性や品質を、自社に取り込みたいところです。

ワークマンが無理だとしても、その他の作業着SPA(製造小売店)を買収し、ノウハウを吸収することはできるでしょう。

この業界、これから動きがあるかもしれませんね。





ボクシング 井上尚弥にあって、山中慎介になかったもの

ボクシング


 
(2018年9月6日メルマガより)

メルマガ登録はこちら


2018年7月28日。伊藤雅雪というボクサーが、日本人として37年ぶりの快挙を成し遂げました。

ディズニーランドに近いアメリカフロリダ州の会場において開催されたWBOスーパーフェザー級王座決定戦で、同級1位のクリストファー・ディアス(プエルトリコ)を圧倒し、判定勝ちを収めました。

日本人がアメリカで世界タイトルを獲得するのは、三原正(スーパーウェルター級)以来37年ぶりだということです。



伊藤は、天性の運動能力に恵まれた上、高いボクシング技術を身に着けた正統派のボクサーです。

この試合の前はWBOランキング2位。

内山高志や三浦隆司が活躍した日本人にとってなじみ深いスーパーフェザー級において、後に続く存在として期待されていました。

ボクシングビジネスの本場アメリカにおいて、タイトルマッチに挑戦できるというだけで大変なことなのに、1回のチャンスをものにするとは、見事というほかありません。


もっとも、今回の伊藤が、アンダードッグ(咬ませ犬:主役に自信をつけさせるための負け役)だったことは、本人も自覚している通りです。

ビジネスにシビアなアメリカで、無名の日本人選手が主役を張れるわけはありません。

主役はあくまで相手側です。プエルトルコ系住民の人気をあてこんだマッチメイクだったはずです。

伊藤が選ばれたのは、ランキング2位だったということだけではなく「そこそこ強いが、ディアスが負けるほどの相手ではない」と思われていたからでしょう。

防御テクニックに優れた伊藤ですが、攻撃に思い切りがないともいわれており、どちらかというと与しやすい相手だったはずです。

ところが今回の伊藤、人が変わったように好戦的なスタイルを貫き、面食らった相手側は調子の出ないまま試合が終わってしまった感があります。

が、どういう事情があろうと、一世一代の大舞台で実力以上のものを出せた伊藤の快挙が薄れるものではありません。

伊藤選手の今後いっそうの活躍を願っております。

海外で活躍する日本人ボクサーが増えている


それにしても最近、世界で活躍する日本人ボクサーが増えてきました。

以前、このメルマガで、ボクシングの話題をとりあげさせていただきましたが、その中で、日本人ボクサーの課題は世界で戦えていないことだとお伝えしました。



ところが、いまは事情がすっかり変わりました。

2017年8月には、亀海喜寛がWBOスーパーウェルター級王座を賭けてアメリカカリフォルニア州で元4階級制覇のミゲール・コットと戦いました。(判定負け)

2017年12月には、本場ラスベガスにおいて、IBFスーパーフェザー級王座決定戦が開かれ、尾川堅一が判定勝ちを収めました。(一時は36年ぶりの快挙だと騒がれたのですが、尾川に禁止薬物反応が出たために無効試合になりました)

今年になり、村田諒太、井上尚弥など実力派チャンピオンの海外進出が話題になっています。

元3階級王者の井岡一翔も、今月9日、海外でのビッグイベントで復帰戦が計画されています。(比嘉大吾も減量失敗さえなければ、同じイベントでアメリカ進出を果たしていたでしょうに…)

また最近になって、海外大手プロモート会社のトップランク社が、スーパーライト級の岡田博喜と3年契約を結んだことがニュースになりました。

内山高志や山中慎介といった強いチャンピオンが、海外でのビッグマッチを望んでも叶えられなかった頃とは隔世の感があります。

いったいどうなってしまったのでしょうか。


世界チャンピオンというだけでは認められない


日本に世界チャンピオンが大勢いるのに、思うようにビッグマッチが組めない。というのは、粗製濫造でチャンピオンの地位が下がったことに遠因があります。

かつて各階級に一人だった世界チャンピオンは、認定団体が4つに増えた現在、単純に4倍に増えてしまいました。

さらに言えば、暫定王者、正規王者、スーパー王者と、同じ認定団体でも各階級チャンピオンが3人も存在する異常事態が発生し、インフレが止まりません。

タイトルマッチを冠してイベントに箔をつけたいテレビ局やプロモーター側の意向によるものとはいえ、それによってチャンピオンの地位が下がってしまったのだから、情けない限りです。

かつては世界チャンピオンといえば、世界で最も強い者だと誰もが認めていましたが、今はそう思われていません。

世界チャンピオンが4人もいるのだから、比較的弱い人もいます。

時に、強いチャンピオンが階級変更などでベルトを返上した穴をねらって、王座決定戦でチャンピオンになる人もいます。

中には、強いチャンピオンにお金を渡して無理に階級変更させたんじゃないかと勘繰りたくなるような例もありますからね。

そんなだから、観客も、チャンピオンが必ずしも1番ではないことを知っています。

1番じゃないチャンピオンの試合を観るぐらいなら、無冠でも1番強いボクサーの試合を観たいものですよ。


ボクシングは一人勝ちビジネス


ボクシングは個人競技ですから、特定の個人にビジネスの恩恵が集中しがちです。

強いボクサー、キャラの立ったボクサー、誰もが試合を観たいと思うボクサーに人気が集まります。

逆に、チャンピオンだけど大した特徴のないボクサー、あるいは実力はあるけれども安全運転ばかりで試合が面白くないボクサーには人気が集まりません。

特にいまはPPV(ペイ・パー・ビュー:テレビ中継で試合ごとにお金を払う仕組み)があるのでボクサーの人気が一目でわかります。

端的にいうと人気のあるボクサーは青天井に稼げるし、人気のないボクサーにはチャンスも与えられません。

1試合で数百億円も稼ぐ無冠のボクサーがいるかと思えば、バイトをやめられないローカルチャンピオンがいるのはそのためです。

ボクシングは危険な競技ですから、そう何試合もできるわけではありません。できれば短期間で稼いで引退したいのが人情です。

だからボクサーは誰と試合をするか、というキャリアマネジメントに敏感です。

人気のない相手と試合をして生命を削るよりは、人気者とビッグマッチをして効率的に稼ぎたいと多くのボクサーは考えているはずです。

文字通り命を賭けて戦う競技ですから、その姿勢に文句をいうことはできません。

実力はあるが、世界的には無名だった内山高志や山中慎介にチャンスが与えられなかったのは、そういう背景があったのです。


有力選手を海外に出したくないテレビ局


日本の場合は、PPVという形式はまだ一般的ではありません。

地上波の各テレビ局は看板チャンピオンを抱えており、熱心に売り出します。年末のボクシング中継は定番コンテンツですし、ある程度の視聴率は稼げるからです。

そんな時、看板選手に海外進出でもされようものなら、テレビ放映権さえもらえない事態もあり得ます。(何しろ海外は権利関係がシビアですから)しかも負けてしまって王座陥落なんてことになれば、今まで熱心に売り出した費用が大損になります。

テレビ局側は内心、海外進出なんてしてほしくないと思っているのです。

チャンピオン側としても、1試合数千万円、年間1億円ほど稼げるようになると、これで充分か、と思ってしまうかも知れません。

チャンピオン本人はボクサーの本能として強い相手と戦いたいと思っても、まわりにいる人たちは、確実に稼げる方法をとろうとします。

井岡一翔が、不可解な引退の後、すぐに海外で復帰したのは、トレーナーである父親の「テレビ局の意向に沿って安全に稼いでいこう」という方針に嫌気がさしたからだと噂されていますが、これは井岡一翔の父親が特殊なわけではなく、多くのボクシング関係者がそう考えていたといった方がいいと思います。

だから、海外のボクシング関係者が、わざわざ日本人を連れてこなくてもいいやん。と思うと同時に、日本側もわざわざ海外に行かなくてもいいやという風潮があったということです。


海外で活躍する日本人ボクサーが増えた理由


ところがここ数年、急に風向きが変わってきました。

海外のボクシング関係者が、にわかに日本人選手に注目しはじめたのです。

その理由の1つは、やはり海外で活躍した日本人選手の評判が高いことがあげられます。

西岡利晃(元WBC世界スーパーバンタム級王者)、高山勝成(元WBC、WBA、IBF、WBO世界ミニマム級王者)、石田順裕(元WBA世界スーパーウェルター級暫定王者)、三浦隆司(元WBC世界スーパーフェザー級王者)、亀田和毅(元WBO世界バンタム級王者)といった日本人ボクサーたちは総じてまじめで勤勉、体重管理もしっかりこなした後、試合に臨みます。

そんなのボクサーとして当たり前やろ。体重管理は最低限の約束事やないか。と思われるでしょうが、海外の選手はわりといい加減で、特に近年は意図的な減量失敗が相次いでいます。

上にも書きましたが、ボクシングというビジネスは人気商売です。まじめでも負けたら人気は落ちてしまう。それなら、体重超過してでも勝ってやろうと考える輩が頻出しているのです。

たとえば、現代最高のボクサーの一人だといわれるワシル・ロマチェンコという人がいます。(ウクライナ出身。元WBOフェザー級王者、元WBOスーパーフェザー級王者、現WBA世界ライト級スーパー王者)オリンピックで2大会連続金メダルという偉業を成し遂げたのち、鳴り物入りでプロ転向。わずか2戦目で、世界タイトルマッチに挑戦しました。

その時のチャンピオンがメキシコのオルランド・サリドです。まともにやっては勝てないと思ったのか、サリドはこの時、王座剥奪を覚悟のうえで、意図的に体重超過をして試合に臨みました。

体格的なアドバンテージを得たサリドは、頭突き、ローブロー、腕がらみ、組みつきといった実にいやらしいダーティなテクニックを駆使して、ロマチェンコを煙に巻きました。

サリド自身も王座を失ったのですが、これで彼の価値が下がったのかといえばそうではありません。むしろダーティな技術を使ってでもロマチェンコを退けた男として、名をあげました。

逆に、勝ち目がないと思ったら、あっさりギブアップしてしまうのも、海外の選手に多くみられます。

上のロマチェンコはその後、技術をさらに磨き、異次元と思えるほどの強さを発揮するようになりました。

だからロマチェンコと試合をする多くのボクサーが、途中でやる気をなくして、棄権してしまいます。これを俗にロマチェンコ勝ちというそうです。

勝てるとなれば汚い手を使ってでも勝ちにいく。勝ち目がないと思えば、余分なダメージを負う前に試合放棄してしまう。

確かに、ボクシングを個人のビジネスとして考えるなら、合理的な行動です。

しかし、これでは、観ている方は、面白くない。やるなら正々堂々と最後までスリリングな試合を展開してほしい。

その点、日本人選手は、国民性なのか、ズルして勝つことを良しとせず、最後まで諦めない精神をもっています。

海外の選手がちゃっかりすればするほど、日本人選手の価値が上がるというものです。


アメリカ側がボクシング選手を買い漁っている


理由の2つ目は、海外のメディアがボクシング放送を増やす傾向にあり、選手不足にあるという事情です。

これまでアメリカのボクシング中継といえばケーブルテレビ局が担っていました。

ところが今は、ネット配信の時代です。スポーツ中継の世界にもネット配信業者が参入してきており、競争が激化しています。

そうなると人気スポーツは放送権料が高騰してしまいます。

アメリカで人気のアメフト、バスケットボール、メジャーリーグベースボール、サッカー、ゴルフ、テニスなどは、そうたやすく放映できる値段ではなくなってしまいました。

特にアメフトは、自分たちでネット配信してやろうと思っているふしがあるので強気です。相当の金額を積まないと放送もできません。

そこで、放送権料が比較的安価なボクシングに脚光が当たってきたのです。

何しろ、ボクシングは、一般的にはまだそこまで人気のスポーツではないものの、一部の熱狂的なファンが存在します。

このボクシングというコンテンツを盛り上げて、人気番組にしていけば、テレビ局もボクシング業界も潤います。

そこで今までボクシングに興味のなかったスポーツ放送局や、ネット配信メディアなどが、次々とボクシング中継に乗り出してきたのです。

テレビ局は人気選手を抱え込もうとしますから、勢い、選手が足りなくなります。

そこで、真面目で勤勉、どのような時でも試合を投げ出したりしない日本人選手にも、海外メディアが触手を伸ばし始めたというわけです。

海外大手プロモート会社のトップランク社が、世界チャンピオンでもない岡田博喜と3年契約を結んだのは、海外勢による日本人の青田買いが始まったことを示しています。


僻地のボクサーでも見つけられてしまう時代


理由の3つ目は、ネットによる情報の拡散です。

以前は、日本のローカル王者の試合が、海外ファンに知られることはまずありませんでした。

しかし今は、ユーチューブがあります。

たとえ地球の果ての試合でも簡単に観ることができる環境になっています。

そんな中、海外メディアから大きな期待を寄せられているのが、日本ボクシング史上の最高傑作とまで言われる井上尚弥です。(WBA世界バンタム級正規王者)

高校生の時、スパーリングで日本ランカーを滅多打ちにしたモンスターぶりは一部のボクシング関係者にこそ知られていましたが、一般的ではありませんでした。

ところが、井上がプロ入りし、勝ち進むようになると、海外の選手が対戦を拒否するようになりました。

試合動画を観た海外の選手が「こんなやつと戦ったら潰される」と思うようになったのです。

井上がプロ入りする時の条件として挙げたのが「アンダードッグとは試合しない」というものでした。とにかく強いやつと試合させてほしい。と望んだのです。

ところが意に反して、井上陣営は対戦相手選びに苦慮するようになります。

そりゃそうですよ。こんなモンスターと試合して選手生命を潰されたら、一生の大損です。

海外の名のあるチャンピオンも、井上と戦う際には、無茶苦茶なファイトマネーを要求するそうです。

井上側はそれをすべて飲んだ上で対戦要求するのですが、それでもドタキャンされる例が相次いでいるといいます。

モンスターという称号のわりに、有名選手との試合が少ないのは、知名度に比べて実力があり過ぎるからなのです。

今のところ世界で認められた対戦相手は、アルゼンチンのオマール・ナルバエスと、イギリスのジェームズ・マクドネルだけです。

ナルバエスは当時スーパーフライ級11度防衛中の絶対王者でした。だからライトフライ級から2階級もあげてきた井上を軽く見たのかも知れません。果たして、2ラウンドで4度のダウンを奪われてKOされるという惨劇を味わうことになりました。

マクドネルは、亀田和毅を2度も破った実力者です。井上側に法外なファイトマネーをふっかけ、それを丸のみされて試合をすることになりました。減量の失敗も伝えられていましたが、計量時、失礼な態度をとったことが井上の怒りを買い、試合が始まると、滅多打ちされて、わずか112秒でKOされる羽目となりました。

こんな試合をしていたら、それは対戦相手がいなくなりますよ。

ところがユーチューブも悪いばかりではありません。井上の圧倒的な試合ぶりを観た海外ファンが騒ぎ始めまたのです。

「日本には恐ろしく強いモンスターがいるらしい」

評判を聞きつけた海外メディアがこれを放っておくことはありません。

折しも、ファイトマネーの安い軽量級の試合を多く放送したいという海外メディアの意向もあり、井上に対する期待が非常に大きなものになってきたのです。


WBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)


そしてこのたびWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)がバンタム級で開催されることになりました。

WBSSとは、各階級のチャンピオンクラスを一同に会して、トーナメント形式で最も強いボクサーを決めようという壮大なシリーズです。

人気選手を囲い込んで離さないアメリカのテレビ局や大手プロモーターのビジネス手法に対抗し、欧州系のプロモーターやネットメディアが中心になって、主にスター選手がいない階級での開催を目論んでいます。

第一期は、クルーザー級とスーパーミドル級で、賞金総額55億円というビッグイベントとして開催されました。

そして第二期は、スーパーライト級とバンタム級で開催されます。

バンタム級の優勝賞金は約4億円といわれています。もともとファイトマネーに恵まれない軽量級のボクサーにとっては、夢のような報酬です。

だからなのか、バンタム級のトーナメントには、各団体の王者が4人も参加するという豪華な陣容となりました。

もちろん、そこには井上も参加しています。いや、このイベントそのものが、井上の出場を前提に企画されたものだと言っても過言ではないでしょう。当然ながら優勝候補筆頭と目されています。


井上尚弥の強すぎるゆえの悩み


WBSSの開催を受けて最も安堵しているのは井上陣営の大橋ジム会長でしょうね。

何せ、井上が試合するとなれば、強いやつから順番にオファーして交渉するということを繰り返してきました。

それでも決まらない。のらりくらりかわされて、挙句の果てにドタキャンです。だってみんな井上とはやりたくないのだから仕方ありません。

結果として試合を受けてくれるのは、普通ならタイトルマッチに挑戦できないような実力のない相手です。

強い相手と戦いたいという井上の要望を充分に知りながら、叶えてやれないのはもどかしい思いだったことでしょう。

が、トーナメントで対戦順が決まっていれば、さすがに逃げることはできません。

しかも、ここで圧倒的な実力差をみせて優勝すれば、名実ともに世界のモンスターと認知されます。

そうなると、世界のボクサーから最終的な目標にされる存在となります。

最後の稼ぎ時を避けるボクサーはさすがにいません。

初めて対戦相手に困らなくなることでしょう。

大橋会長の苦悩の日々も終わります。


最終目標まであと一歩の村田諒太

いっぽうミドル級のWBAチャンピオン村田諒太は、10月にラスベガスで防衛戦を行う予定です。

村田の場合、最終目標はミドル級の帝王ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とのビッグマッチです。

幸いゴロフキン側も、村田との対戦に前向きであると伝えられています。

だから、村田側は、ゴロフキンと戦うまでは何がなんでも生き残りたいと考えていることでしょう。

対戦相手には慎重にならざるを得ません。あまり強い相手だと負けてしまう恐れがあるし、むっちゃ弱い相手だとヘタレ王者の烙印を押されてしまいます。

井上尚弥ほどの実力があれば余計な気を遣うことはないのでしょうが、村田の実力はそこまでではありませんからね。

次戦、ラスベガスのお披露目戦でいい試合をして、次のゴロフキン戦(東京ドームでの開催が噂されています)につなげてほしいと思います。


井上尚弥は持っていた


内山高志や山中慎介が望んでやまなかった海外のビッグネームとの試合。

それをいともあっさりと叶えてしまいそうな井上尚弥です。

それは、井上の実力が、先達に比べて並外れているというわけではなく、世界のボクシングビジネス全体が変化する流れに乗った結果だったとうことがわかっていただけたでしょうか。

いうなれば、井上尚弥は「運」も持っていたということです。


これからも日本人ボクサーの海外進出という流れは加速していくことと思います。

川淵三郎はなぜ他のスポーツ団体関係者のようにダークサイドに堕ちないのか?

川淵三郎


 
(2018年8月23日メルマガより)

メルマガ登録はこちら

この夏の好ましくないトピックといえば、「アマスポーツ界における様々な不祥事」が記憶に新しいですね。

日大アメフト部による悪質タックル事件に始まる監督とコーチの強圧的な支配構造の露見は、世間に衝撃を与え、また多くの耳目を集めました。

さらには、日大そのものが、理事長による強圧的な支配により健全なガバナンスが行われているとは言い難いのではないかという報道もあり、この事件は尾を引いています。

しかし、その後に勃発した日本ボクシング連盟における不祥事の告発騒ぎは、日大アメフト部の事件を吹き飛ばしてしまった感があります。

なにしろ、当事者である日本ボクシング連盟の山根会長のキャラクターが強烈です。明石家さんまが「オモロさで負けた」と発言したぐらいですから。

確かに、あのキャラクターは、4、5年に一度、現れるか現れないかというぐらい特異なものでした。


ジャイアンとスネ夫の構図


なにしろ「わたしは、歴史に生きた、歴史の男です」と堂々と発言する人物です。

常識的な規範や客観的な自己認識から逸脱した存在であることがわかるというものです。

仲間には厚いのでしょうが、仲間ではないと思える相手には、躊躇なく攻撃する。威嚇し、怒鳴りつけ、無理を通そうとする。

もともとそういう性質を持っていたのでしょうが、この場合、加齢による要素も加わっています。

自分の言動がどのように波紋を広げ、人々に受け取られるのかを想像できなくなっているので、わがまま放題になっているようです。

ドラえもんでいうとジャイアンですな。歳とったジャイアンです。


だとすると、取り巻きの幹部連中は、スネ夫ですな。

一人のジャイアンと、複数のスネ夫がグループを作っている状態です。

この場合、ジャイアンは腹黒くありません。わがままで厄介な存在ではありますが、自分が悪いなんて微塵も思っていないでしょう。

腹黒いのはスネ夫です。たまに理不尽なことを言うジャイアンですが、機嫌さえとっておけば、嫌われ役をやってくれるので便利な存在だと思っていることでしょう。

炊きつければ、敵を躊躇なく踏みつぶしてくれます。

「やれやれ。ジャイアンには逆らえませんね」とでも言っておけば、自分に火の粉がかかることを避けられます。


問題があるのはボクシングだけではない


私はプロボクシングのファンですから、プロとアマボクシングの関係がうまくいっていないことは何となくは聞いていましたが、まさかアマ組織がこれほどひどいガバナンス(統治プロセス)だったとは、呆れるばかりです。

何やってんだ。と言いたくなりますが、その後の報道をみていると、どうやらひどいのはボクシングだけではないらしい。



いや、アマチュアだけではありません。

プロボクシングにおいても、日本ボクシングコミッションが、預かった健保金を不正に使用していた問題があったばかりです。


いったい日本のスポーツ組織はどうなってしまったのでしょうか。


再建請負人


そんな折、思い出すのが、川淵三郎という人です。

サッカーのプロリーグであるJリーグをチェアマンとして成功させた立役者であり、その後、バスケットボール協会の立て直しをやり遂げ、今や日本トップリーグ連携機構代表理事会長を務める人物です。

ちなみに日本トップリーグ連携機構とは、日本の団体球技リーグの運営強化を図る団体です。

アイスホッケー、アメフト、サッカー、ソフトボール、バスケットボール、バレーボール、ハンドボール、フィールドホッケー、フットサル、ラグビーユニオンが参加している日本の主要球技団体を束ねる機構です。

そこでも、川淵会長は、各団体のガバナンスの監視および立て直しに精力的に取り組んでいます。

なんだか物凄い偉い人になっていますよ。


御年81歳 川淵三郎という人


川淵三郎という人を見ていると、昭和の頑固おやじを思い起こさせます。

人となりとして、聞こえてくるのは、強引、剛腕、強権的、高圧的、独裁的。といったイメージです。

だから決していい評判ばかりではありません。

テレビで話しているのを聞いたことがありますが、その際も、キャスターからの意にそわない質問にいら立って、眉間に皺を寄せ、声を荒げておりました。

川淵氏自身は「自分が嫌われることで注目が集まる。だからわざとマスコミと対立する」なんて意味のことを仰っていますが、嘘だと思います。

あれは、本気で癇癪を爆発させているように見えました。

思った通りに事を進めようとし、うまくいかないと苛立って声を荒げる。。

という姿勢は、ボクシング連盟の山根会長と一緒じゃないか。と思ってしまいます。


ただ川淵三郎氏には、ゆるぎない実績がありますし、今も、スポーツ団体のガバナンス整備に力を発揮しておられると聞きます。

川淵三郎と山根会長。。この昭和のおやじ二人の間にはどのような違いがあるというのでしょうか?


川淵氏の華麗なる経歴


興味を持ったので、少し調べてみました。

川淵三郎氏は、1936年(昭和11年)生まれ。大阪府高石市出身です。(当時は泉北郡高石町)

高校でサッカーを始めて、早稲田大学に進学。大学リーグで活躍します。

卒業後は古河電機工業に入社。同社のサッカー部に所属します。

1964年の東京オリンピックに選手として出場。

その後、引退。

古川電気工業では、名古屋支店金属営業部長まで務めたということですから、会社員としての役割もきちんとやられていたようです。

1991年に退社すると、1993年のJリーグ開幕に向けて初代チェアマンとして尽力します。

その後の活躍はよく知られるところです。

日本サッカー協会会長(キャプテン)を務めた後、東京都教育委員、首都大学東京理事長を歴任。

2015年には、バスケットボール協会改革に立ち上がり、見事、プロリーグの一本化を成し遂げ、その後の興隆の礎を築きます。

そして今や、日本トップリーグ連携機構会長として、各スポーツ団体のガバナンス健全化に睨みを効かせています。

こうした実績をみれば、ボクシング協会も、川淵氏に立て直しを依頼すればいいやんと思えてきます。


大企業で営業部長を経験


川淵氏の経歴で着目すべきは、古河電気工業で営業部長まで務めたことです。

この経歴こそが、まずは、スポーツ団体にありがちな「そのスポーツしかやってこなかった人が経営陣」という事態から一線を画すものです。

営業マネージャーは、営業テクニックを持っているだけで務まる仕事ではありません。

営業メンバーの掌握と、営業プロセス全体をマネジメントすることが不可欠です。

そのためにはマネジメントに関する深い知見と統率力、メンバーを引っ張るリーダーシップが必要です。

私は「営業を究めた者は何でもできる」と考えていますが、川淵氏の活躍はその好例であると考えます。


理念を確立する


川淵氏の著作やインタビューをみてみると、団体を再建するためにまず最初にやることは「理念を確立すること」だと明言しています。

これは、経営層に近いところでビジネスに取り組んだ者特有の発言です。

ここでいう理念を別の言葉で言い換えると「社会における存在価値」すなわち、なぜその団体がこの世の中に必要なのか?を言い表したものです。

この意味での理念なくしては、組織や団体は健全な形で維持できません。

個人でも同じです。ビジネスする者が「儲けたらええやん」と思っているとダークサイドに堕ちるしかなくなってしまいます。

例えば、この20年から30年、名だたる大企業が、派閥争いのあげくに、企業価値を著しく棄損させてきた事例をいくつもみてきました。

シャープしかり、東芝しかり、パナソニックやソニーでさえそうです。日本の家電企業が世界で通用しなくなった裏には、顧客価値を創ることを忘れて、自分たちの権益を守ろうとした経営陣の原始人のような争いがあったということですから、なんとも情けない。

理念を軽視し、忘れてしまった企業の末路は実にみじめなものです。


理念がなければ組織は維持できない


スケールは小さくなりますが、各スポーツ団体における不祥事の根本は、トップ層が自身の保身や権益を守ることを優先させて、団体の存在意義を忘れていたことにあると言えます。

そうならないために、川淵氏が理念の確立を最優先させることは、げに合理的なやり方であると思います。

例えば、日本バスケットボール協会(JBA)の場合

理念は「バスケットボールの普及・振興と強化を図り、もって人々の心身の健全なる発展に寄与する」

ビジョンは「バスケットボールを愛する誰もが、バスケットボールを楽しめる環境を作る
全ての人々に感動と希望を与え、皆が誇れる日本代表チームを作る」

となっています。

このシンプルな言葉をお題目と捉える団体に未来はありません。これがあるから、取り組むべきことの優先順位を決めることができますし、発生する諸問題に対して、どのように接すればいいのかが分かります。少なくとも、優先順位を決める際の議論の前提とすることができます。

もしこの理念がなければ、優先順位を決めるのは、トップの腹一つとなってしまって、議論の余地がなくなります。

いくら理不尽な決定といえども、判断基準がないのですから仕方ない。トップの顔色をうかがうのみです。

それが、ガバナンス不全に陥った団体の姿です。


トップダウンの改革


理念が決まった後、どうするのか。

川淵氏のやり方は、トップダウンで強引に改革を進めるというものです。

判断基準があるのだから間違うことはないという理屈ですが、実際には、あまりの強引さに不平不満が頻発します。

バスケットボール改革においても、不満を持つグループからのリークらしき川淵批判記事が週刊誌に掲載されたりしました。

それでも改革に多少の不平不満はつきものです。

ここを民主的にやろうとすれば「総論賛成、各論反対」状態になってしまって、全く進まないでしょう。

多くのアマチュアスポーツ団体の問題点がここにあります。

実はアマチュアスポーツ団体の理事の多くは、報酬を得ていない善意の人が多いようです。

無報酬でやっている善意の人なのだから、改革が必要だと感じていても、自分が矢面に立って嫌われ役をやろうと思う人は極めて少ないでしょう。

それよりは、なるべく喧嘩にならないように、穏便に、合議制で進めていく方が、ストレスが少ない。

民主的ではあるものの、課題解決されないままに時間を過ごすことになってしまいます。

それに比べて、川淵氏のやりようは性急で、不満を抱く者を顧みることがありません。目的にむかって一直線です。

バスケットボールの場合、内紛のあげく意見の違うプロリーグが二つ存在する事態になっていました。世界のバスケット連盟から、これを統合させなければ、オリンピック出場を認めないと宣言されるに至りました。

内紛の末に生み出された利害団体双方の言い分を全部くみ取ることなど不可能です。

そこで、川淵氏は自分で落とし所を決めて、それを推し進めました。

双方不満はあったでしょうが、結果としてリーグ統一を果たし、オリンピック出場資格を得たのだから、バスケットボール界全体では利益を得ることができました。

川淵氏自身は「私欲のない独裁だ」と言っていますが、まさに川淵氏の強制力がなければ、達成できなかった課題であったと言えます。


理論武装する


もう一つ、川淵氏は、強引に物事を進めるからには、正当性がなければならない。だから根拠となる理論を完璧にしておく。と発言しています。

これもビジネスマンの感覚です。

特に川淵氏は、「最後の独裁者」を公言する読売グループの総帥・渡辺恒雄氏と論争を繰り広げました。

これはJリーグ発足当時、地域密着球団の理念を推し進めようとした川淵氏のことを渡辺氏が「空疎な理念」と批判したことに端を発しています。

プロ野球球団を持つ渡辺氏からすれば、企業の支援を重視していないように映るJリーグの在り方に憤懣やるかたない思いがあったようです。

さすがの川淵氏にとっても、相手は超大物です。しかも渡辺氏、ああ見えて、幅広い教養の持ち主ですから、論争にも強い。

それでも川淵氏は怯みませんでした。ヨーロッパにあるような地域コミュニティを中心としたサッカーチームを作り、ひいては地域にサッカー文化を根付かせたいという理念に自信を持っていたからです。

相手の教養に負けないように猛勉強をしながら論争を挑んだ川淵氏は、結果的に渡辺氏の主張を退けます。

世間的にも、渡辺氏の意見の方に批判が集まるようになりました。

このことが、川淵氏の知見や教養をいっそう高めることになり、さらにいうと、世間的な格を上げることになったのです。


外部人材の登用


さらにいうと、バスケットボール団体の改革が、これほど早く進んだのは、外部からの人材を多くとりいれたことが大きいと思います。

現在、日本バスケットボール連盟会長は、バレーボール出身者の三屋裕子氏です。

副会長の大河正明氏は、サッカーJリーグ関係者でした。

またリーグ統一に向けて細かなことまで実際に決めていったのは、弁護士の境田正樹氏だったようです。

いずれも川淵氏のネットワークから連れてきた人材です。

バスケットボール関係者からすれば、外部人材に乗っ取られたような気になって心穏やかではいられなかったようですが、それも仕方ありません。

なぜなら、内部人材だけでは、利害関係が入り組んでいるので、ジャイアンとスネ夫のグループが復活するかも知れません。そうなるとまた内紛が起きてしまいます。

落下傘で降りてきたような人材配置は、組織を落ち着かせるのに役立ったようです。


川淵三郎がダークサイドに堕ちない理由


こうしてみると、川淵三郎氏と、不祥事を起こすスポーツ団体のトップの違いは明らかです。

(1)まず川淵氏には、営業マネージャーとしての経験があり、そのため、組織を動かすためには「理念」が最も重要であることを知っていた。

(2)理念に基づく「正当性」を自らの行動規範とした。だから独裁的な強制力を発揮するに躊躇がなかった。

(3)難敵に対するため正当性の根拠を「理論」で固めた。そのため社会的、客観的な支持を得た。

(4)利害関係やしがらみのない「外部人材」を登用し、組織を統治させた。


いかがでしょうか。

不祥事を起こす組織には「理念」「正当性」「理論」「外部人材」がないはずです。

ともすればただの独裁者になってしまいそうな川淵氏が、「私欲ない人」と認められ、実績を上げることができるのは、この4つを押さえたからだと考えます。

逆にいえば、規範や制度で自らを縛り、ダークサイドに堕ちないようにするのが、営業マネージャーを経験した人の知恵なのかも知れません。


もう一つ。川淵氏をみていて思うのは、権威や権益に対する未練を感じないことです。

一度、独裁者になれば降りることができない。と昔からいわれています。権力にしがみつくトップが多い中、川淵氏は、仕事さえ終わればすぐに辞めてしまいます。

ですからここも重要です。

(5)課題解決と同時にトップの座を降り「短期政権」で終わらせた。

誰もが相応しいと思っていた日本バスケットボール協会会長就任も固辞したようです。

その潔さもまた、川淵氏の信頼感、安心感につながっていると思います。


≪参考≫

独裁力 (幻冬舎新書)
川淵 三郎
幻冬舎
2016-09-30

黙ってられるか (新潮新書)
川淵 三郎
新潮社
2018-08-08


マクドナルドは、5000億円の限界売上高を超えるのか?

00

日本マクドナルドの業績が絶好調だということです。

2014年に異物混入騒ぎを起こして信頼失墜し、2015年には約350億円の最終赤字を計上した同社ですが、その後順調に回復し、2017年期には約240億円の黒字になりました。

そして2018年期の中間決算でも大幅な増収増益が見込まれています。

店舗の再編により業績回復


マクドナルドといえば、商品のネーミングを募集したり、「マクドかマックか?」なんて東西対決をあおったり、あまりお金をかけないキャンペーンを打って、うまく集客してきた感があります。

が、あくまで本線となったのは、不採算店舗の閉鎖やリニューアルなどによる店舗収益の向上だとみています。

2015年期には2956店だったが、2017年期には2898店に縮小。それなのに、売上高は1895億円から2536億円に向上しています。

いかに生産性を向上させたかというものです。

原田泳幸前CEO時代にもたどった道


思えば原田泳幸前CEOの時代にも、就任してからしばらくは、店舗のリニューアルなどで収益性を向上させて、V字回復を演出させた時期がありました。

その勢いをかって、店舗数拡大にまい進しましたが、全店売上高5500億円あたりをピークに急速に収益力を衰えさせてしまいました。

原田泳幸前CEOは、6000億円を目標としていたようですが、どうもそのために結果を急ぎ過ぎてしまったのかも知れません。

あとをうけたカサノバCEOは、まずは肥大した店舗数のスリム化を図っていましたから、異物混入事件がなくても、一時的な業績の悪化とその後の校回復を見込んでいたはずです。その意味では、計画通りの結果になったということでしょう。

(フランチャイズ店を含めた2016年期の全店売上高は4580億円)

限界値を超えるための戦略はあるのか


日本マクドナルドは、2020年に全店売上高5000億円という目標を掲げていますが、果たして今度は収益性を伴ったまま売上拡大を果たすことができるのでしょうか。

市場の流れにあわせて店舗の再編をしていくことはこれからも必要でしょうが、それだけでは5000億円という限界値を超えることは難しいと思います。

思うにマクドナルドに対する日本人の意識を変えるような大きな戦略が必要です。

朝、昼、夜、と時間帯別に集客力向上を図る意図は素晴らしいと思いますが、それでどれだけのかさ上げが図れるというのでしょうか。

今後、マクドナルドがどのような手を打ってくるのか、注目しております。







最終局面に入った大塚家具

00

大塚家具がいよいよ危険水域に入ってきたようです。

最近は、身売り話も出てきていて、TKP、ヨドバシカメラ、台湾の企業グループなどの名前が出てきています。

が、実際の交渉はなかなか進まないようですね。

ヨドバシカメラは早々と支援しないことを発表しましたし、貸し会議室運営のTKPにしてもどのような思惑で支援しようというのか理解できません。

台湾の企業は、海外の販路開拓を考えているのですかね。ここは未知数です。

超優良企業だったのがわずか3年で危険水域に


大塚家具といえば、3年ほど前に、ワイドショーをにぎわせるほど話題になりました。何しろ創業者の父親とその娘が経営権を争うというわかりやすいお家騒動を起こしたからです。

大塚家具の父と娘はどちらが正しいのか?

 ↑ は、その頃のメルマガ記事です。

それから3年、あっという間に、大塚家具は身売りを取りざたされるほどの状況に陥りました。

2014年期には、115億円の現預金と71億円の投資有価証券があったようですが、2017年期には、18億円の現預金と27億円の投資有価証券に減っています。

それもそのはず、ここ2年の営業キャッシュフローは105億円のマイナスです。

壮大に現金を放出してしまっています。

無借金経営の超優良企業が、わずか数年でこうなってしまうとは戦慄を禁じ得ません。

生き残るための事業再構築を怠った


この事態を招いた大塚久美子社長は責任を免れないでしょう。

が、前社長がやっていたとしても、遅かれ早かれ、この状態に陥ったことは想像に難くありません。

なぜなら上の記事にあるように、大塚家具のビジネスモデルが時代遅れであり、このままでは立ちいかなくなることは自明だったからです。

(3年前のメルマガ記事の繰り返しになりますが、一軒家に一生ものの家具を揃えるライフスタイルが廃れたので、高級家具をまとめてちょっと安く売るという大塚家具の売り方は時代に合わなくなったわけです)

3年前のメルマガ記事では、前社長のやり方ではダメになるでだろうし、かといって新社長の再建策もイマイチだなあと書きました。

本当に再建するためには、かなり大掛かりなリストラ(人員削減を含む)が必要でしょうし、そこで得た資金をもって新事業を立ち上げなければなりませんでした。

小さなブランドショップを複数立ち上げて、群経営に持ち込む

海外の販路を探る

あるいは全く違うビジネスに進出する

など考えられたはずですが、現社長がやったことといえば、中古家具の販売ぐらいですかね。あとは販売キャンペーンを繰り返していました。今の大塚家具の規模を維持しながら再建するという無理筋を通そうとした結果だと考えます。

結果的に生き残るハードルが低くなった「匠大塚」


一方の前社長(創業者の大塚勝久氏)は、大塚家具を追われる形となりましたが、匠大塚という高級家具の販売店を運営するに至りました。

それがいま成功しているかどうかは知りませんが、とりあえずは存亡の危機にあるという話は聞きません。しかし、結果として規模が小さくなっている分、生き残るためのハードルは低くなっているので、大塚家具と比較するわけにはいきません。

だからそれをもって、大塚勝久創業社長に任せていればうまくいったはずだという意見はフェアではないと思います。

最後の策をとるべき時がきているのでは?


この後、大塚家具が、現在の危機を乗り越えるかどうかはわかりません。

今の規模のまま、事業の在り方を少し変えるだけで、生き残れるとは到底考えられません。ましてや販売キャンペーンをいくら繰り返しても好転するはずがありません。

生き残るためには、相当の事業再構築が必要になります。

しかし、今の経営陣にそれができるなら、とっくにやっていたことでしょうね。

経営者が変わって、何とかなるのかと言われても、それも難しいでしょう。支援しようと名乗り出る企業が現れない現状をみても、その難しさがわかるというものです。

今となっては、一刻も早く会社を清算して傷口を広げないことが最善策じゃないでしょうか。

大塚家具はもう清算するしかないのか





縮小する白熱電球市場で生き残る小さな工場の事例

00


衰退市場で残存者利益を得る会社の事例です。

こちらは、新潟で白熱電球を生産する工場です。

エジソンが商用化した白熱電球


白熱電球とは、エジソンが本格商用化した電球のことです。発明から140年あまり照明として使用されてきたのですが、近年はLED照明にとって代られています。

白熱電球はLEDに比べて、寿命が短い、電気代が高い、という欠点があります。また照明のエネルギー効率が悪いので、地球環境にも問題があるといわれます。

特に東日本大震災以降は、電力供給に問題があることが続いたのでLED導入が進みました。

そんな事情から、白熱電球の需要は急激に下がり、大手企業を中心に生産中止することが多くなってきました。

少ないが残る白熱電球の需要


ただし白熱電球がすべてなくなったわけではありません。

LEDが不得手とする領域があります。

LEDの放つ周波数が白熱電球とは違うので、影響を受ける機器があるかも知れません。そのような現場では、白熱電球を使わざるを得ません。

電球が放つ温度を利用する場所(ビニールハウスなど)では、白熱電球が使用されます。

あるいはシャンデリアや工芸品のような照明では、昔ながらの白熱電球を使うことが多いでしょう。飲食店などでは、白熱電球の持つ柔らかな光は、LEDには出せないという声が上がったりするそうです。

もっともいずれにしろ需要はかなり小さいと言わざるを得ませんが。

残存者利益とは


需要が小さくなってくると、供給側が過多になるので、競争が激化します。値段を下げざるを得ず、利益が出ません。

しかし、大手企業が撤退していくと、今度は需要と供給がバランスされてきますので、規模は小さいながらも生きていける状態になります。

いやむしろ、供給側が少ないので、一社に注文が集中したりするようになります。

これが残存者利益です。

レコード針とか、真空管とか、レアな製品を作っている工場は、実は維持できていたりするはずです。

白熱電球の需要はまだまだ縮小する


もっとも、白熱電球に関しては、まだ縮小過程にあるところです。

いまだLEDに切り替わっていない部分も多く、さらに需要の縮小は進むはずです。

最後の特殊需要のみの小さな市場にまでなってしまったら供給の淘汰も落ち着くのでしょうが、いまはまだその時ではありません。

その際に、記事の工場が維持できているかどうかは、分からないところです。






小さな製造業でもIoTに取り組めるという理想的な事例です

00

老舗製造業が、IoTを実現したといういい事例です。ぜひ読んでください。


IoT(モノのインターネット)


ちなみに、IoTとは、Internet of Things(モノのインターネット)のことです。

インターネットは、パソコンやスマホでみるものだけではなく、車やカメラ、家電製品などでも裏側でつながり活用されつつあります。

家電製品などがネットとつながっていると、遠隔操作できるようになり、内部の自動更新や、故障個所の自動修理などができるようになるかも知れません。

逆に、製品側からネット経由でデータを送ることもできるので、膨大な使用状況のデータを集めることができ、次の製品やサービス、周辺ビジネスの開発に役立てることができます。

なにしろ便利ですから、これからあらゆる製品は、インターネットでつながっていくと考えらえます。

いま世界中の企業が、どのようにIoTを活用し、製品をデザインしていくかに知恵を絞っています。

老舗の黒板メーカーはいかにしてIoTに取り組んだのか


記事では、老舗の黒板メーカーが、IoTに挑戦する様が書かれています。

少子化の日本では、学校で使う黒板製造は衰退事業です。実際、多くのメーカーが廃業しています。

危機感を抱いた記事の会社(サカワ)は、新たな使い方を模索します。

思いついたのが、プロジェクションマッピングのように黒板に画像や動画を投影することです。

この方式なら既存の黒板を活用することができるので、学校側の負担も軽くて済みます。

しかもなるべく専用の機械に頼らず、スマホアプリやパソコンから操作できるようにすれば、便利です。

そう考えたサカワは、専門のIT企業に連絡をとり、共同開発する形で、製品開発に至りました。

小さな企業がIoTに取り組む上で、理想的な事例


この事例、IoTに取り組むには、理想の形だと思います。

まず製品とネットをどのようにつなげるのか?という部分は、IT企業側には思いつきにくいものです。

そこは、普段製品を扱っていて、ユーザーの声を聞いているメーカー側が考えるべきでしょう。

サカワでも、社内でアイデア出しをしています。おそらく実現不可能な突拍子もない意見も出るのでしょうが、それも含めてアイデアです。

その突拍子もないアイデアが、IT企業とのコラボによって、実現していくという流れです。


2018年度の中小企業白書でも、企業間の連携や共同研究が、企業業績につながることが繰り返し述べられています。

およそITとは無縁のように思えた老舗製造業が、IT企業と連携して、IoTに取り組むこの事例がまさに白書の言わんとすることを補完しています。

これはあらゆる業界の製造業にとっても、あるいは地域のIT系開発企業にとっても、今後の方向性を占うのに、いい事例ではないでしょうか。





半周遅れのヤフーによる起死回生の逆転戦略

ヤフー
 (2018年8月9日メルマガより)

メルマガ登録はこちら


日本のポータルサイトの草分けヤフー(YAHOO!)が苦しんでいます。


記事によると、2018年4月〜6月期の決算は、売上収益2318億円(8%増)、純利益326億円(9%減)

増収減益というのは、ここ2年のヤフーの決算の特徴です。

利益が減るのは、将来にむけて投資をしているからで、仕方ありません。

むしろ問題は、営業収益(売上高)の伸びが他のネット関連企業に比べて、見劣りすることです。

ネット通販企業としては、アマゾン、楽天に大きく水を開けられていますし、ポータルサイトとしても、フェイスブックやLINEなどのSNS勢の後塵を拝しています。かつてキラーコンテンツだったヤフーオークションも、メルカリに追いやられてしまっています。

「インターネットといえばヤフー」だった昭和の世代からすると寂しい限りですよ。

いったいどうなってしまったというのでしょうか。


日本のネット黎明期を支えた功績


日本におけるヤフーは、米国ヤフーとソフトバンクが合弁会社を作って始めたポータルサイトの草分けです。

インターネット黎明期だった1996年、分かりやすく情報を並べて提示してくれるヤフーのサイトは、ネットに慣れない我々にとって、じつに重宝されるものでした。

パソコン時代、ヤフーのサイトは、人々は、何があろうとまずは開ける。というサイトの地位を獲得しました。

そのヤフージャパンを率いたのが、初代社長の井上雅博氏です。

黎明期にポータルサイトの価値を見抜き、いち早く事業化したのは、ソフトバンク社長である孫正義氏の先見性によるものです。

が、米国ヤフーが身売りする今日に至っても、日本最大級のポータルサイトとして育て維持するに至ったのは、井上雅博氏の功績であることは間違いないでしょう。

井上社長は、玉石混交のネット情報を慎重に選別し、いわゆるフェイクニュースをヤフーに載せないようにとことんこだわったといいます。

その姿勢が、毀誉褒貶の激しいネットの世界において、ヤフーを信頼できる第一級のニュースサイトとして人々に認知されることにつながりました。

ヤフーはその抜群の集客力を生かして、ネット通販やオークションなどを展開するに至るのですが、その過程においても、井上社長は堅実な姿勢を貫き、その時々の流行りに飛びつくことはありませんでした。

だからこそITバブル崩壊においても、ヤフーの屋台骨は揺らがず、安定した成長を続けてきたのです。

井上氏は、社長を退任した後、昨年、自動車事故で亡くなりました。

ご冥福をお祈りします。



スマホ対応に遅れて、半周遅れに


しかし、井上社長の堅実、慎重な姿勢が裏目に出たのが、SNSやスマホへの対応でした。

人と人がやりとりするソーシャルネットワークの価値にいまいちピンと来なかった井上氏は、フェイスブックから依頼された合弁会社設立の話にも乗り気ではなかったようです。

遅々として進まない合弁交渉に業を煮やしたフェイスブック側は、ヤフーの交渉担当者を引き抜いて事業を任せました。その後、フェイスブックが日本において急成長したのは周知の通りです。

さらに致命的だったのは、スマホ対応に遅れたことです。

フェイスブックやグーグルは、スマホ対応することで、成長を加速させていきました。

LINEの成長も、スマホの普及なくしては語れません。

結果として、ヤフーは、人々が最初に見る画面の地位を、フェイスブックやLINEやグーグルに明け渡してしまいました。

ECの分野に関しても、ヤフーのキラーコンテンツだったヤフーオークションのスマホ対応に遅れてしまい、フリマアプリのメルカリの台頭を許してしまいました。

スマホがこれほど普及することが予測できなかったわけではありません。ヤフー内にも、スマホ対応を急がなければいけないという危機感はあったようです。

しかし井上社長をはじめとする当時の経営陣は、聞く耳を持たなかったとか。

いま、Eコマースにおいても、ポータルサイトとしても、ヤフーが半周遅れと言いたくなる中途半端な位置に止まっているのは、やはり井上社長の責にあると言ってもいいでしょう。



川辺新社長が掲げる戦略


その後、ヤフーは2代目宮坂社長のもとで再出発しました。これまでの停滞を取り戻すべく矢継ぎ早に打たれる施策は「爆速」経営といわれました。(いや、自分で言ったのか)

業績の伸びは爆速とはいきませんでしたが、遅れていたスマホ対応に取り組み、ヤフーショッピングの出店料を無料化して参加者を増やし、アスクルを子会社にするなどEC強化のためのテコ入れを行いました。

いまの川辺社長は、3代目です。

川辺社長は、どのような方向性を持っているのでしょうか。



記事によると、ヤフーの戦略は

(1)グループ内のサービスを統合する

(2)スマホ決済を実店舗展開する

(3)顧客企業とデータ連携する

(4)ECで日本一になる

の4つです。

「グループ内のサービスを統合する」なんて言ってますが、要するに、ポータルサイトとして、様々なサービスを追加してきたが、その連携がうまくとれていないということなんでしょうね。

まだその辺りか!?と呆れないこともないですが、仕方ありません。

ソフトバンクを統率する孫正義社長は、無軌道だと思えるほど広がったグループ内のデータをAIによって統合し、有機的に生かすことを戦略としようとしています。

その意味では、ヤフーが持つ集客力はやはり魅力です。多彩なサービスから得られるユーザーの行動データは、宝の山のはずです。ソフトバンクグループとして期待するところ大でしょう。



アリババにみるEコマース企業の未来


今後のヤフーを占う上で参考となるのが、同じソフトバンクが出資するアリババです。

世界最大級の取引高を誇る中国ECの雄アリババですが、その会長のジャック・マー氏は、「アリババはもうEコマースの会社じゃない」と発言しています。

アリババが想定しているのは、Eコマース(電子商取引)から得られる顧客の行動データを活用して、次のビジネスを生み出すことです。


現在のところ、アリババが力を入れているのは、金融サービスです。

もとはアリババが運営するネット通販の決済機能であった「アリペイ」は、今や中国をキャッシュレス社会にした立役者と言われています。


中国の決済インフラとなったアリペイ


アリペイは、ネット通販の決済機能として作られたものです。

ネット取引で重要なのが、安心してお金をやりとりすることです。お金を支払ったのに、商品が届かない。あるいは、商品を送ったのにお金が支払われない。というトラブルが頻発すれば、ネット取引そのものが普及しません。

そこでアリペイは、ネット通販の買い手からいったんお金を預かり、間違いのない商品が届いたと判断される時点で、売り手のものにする仕組みを作りました。

支払いの保証をアリペイが担ってくれるわけですから、とりあえず安心です。

売り手は、アリペイに支払われたお金を引き出してもいいし、そのままアリペイに置いておくことも可能です。

なぜならアリペイは、一時的に預かったお金を比較的安全な投資に回して利益を生んでいます。だから預けておくだけで、銀行預金よりはるかに高い利息がつくからです。ユーザーによっては、通販をしないのに、アリペイにお金を預けている人もいるようです。

その上、アリペイは、ネット通販だけではなく、実店舗での購入、公共料金の支払いなどにも使えるようになっています。

なにしろQR決済だからお店側も特別な機器を必要としません。お互いスマホがあれば簡単にお金のやりとりができます。

しかも決済手数料がほぼ無料!

そんなだから、中国では夜店の露店でもアリペイ対応しています。いやむしろ偽札の恐れがないアリペイの方が信用が高く、現金での支払いを拒否する店もあるそうです。

ということは、消費者も、現金を持ち歩くよりも、スマホにアリペイのアカウントを持っている方が便利なのです。

それどころか、中国ではアリペイさえあれば、決済に困らない状態です。これで現金を持ち歩く意味があるでしょうか?

(ちなみにアリペイには割り勘機能もあるので、誰かがまとめて払って、後で皆から徴収するという居酒屋でよくある風景も不要です)


アリペイが中国社会の信用度の基準となる


お金がない場合は、アリペイ側が貸してくれるサービスもあります。しかも、一定の期間内に返済すれば金利ゼロです。

ただし悪用されると困るので、信用できる人にしか貸し出すことができません。

そこで活躍するのが、個人としての属性や、これまでの商取引のデータです。アリペイの関連会社が、そのデータを取り扱っていて、問題ないと判断されれば、お金を借りることができます。(信用度を判断する時間は3秒程度といわれています)

逆にいうと、それまでトラブルを起こしたりした人は、信用度が低いので借りにくくなります。

そこに目をつけたのが、他の事業者です。

アリペイの信用度が高い顧客とは安心してビジネスができます。逆に信用度が低い顧客は警戒した方がいいでしょう。

そこで、アリペイの信用度を提示させることを取引の条件にしている事業者が増えています。

そうなんですね。アリペイにおける取引実績がその人の信用を保証することになるわけです。社会で生きる上において、便利だというよりは、なくてはならないものになりつつあるのです。

自分のアリペイの信用度が高ければ、いろいろ得をすることが多いので、人々は信用度を上げることに注力します。

結果として、商取引においていい加減なことをする人が少なくなることに結びつきます。


決済を制する者は経済を制す


こうしてみると、アリペイが、中国の経済活動の最もコアな部分に絡んでいるということがわかります。

そこにはすべての経済活動の情報が集まります。個人としての信用情報も集まります。

その情報の有益性は測り知ることができません。

ジャック・マー氏が、アリババのことを情報産業と位置付け、アリペイに続く次のビジネスを構想していると言われるのは、その情報の有用性を示す一端です。

まさに決済を制する者は経済を制す、です。


日本では、銀行も含めて、ドコモや楽天やLINEまでもが、決済システムのデファクトスタンダード(事実上の標準)をものにしようとしています。

なぜなら決済を制することが経済を制することだからです。


ヤフーも同じように、決済システムの普及を目指しています。

いまのところ、日本企業の中では、ヤフーが最も有利な位置にいると思われています。

なぜなら、世界的に実績のあるアリペイが日本進出を狙っていて、そのパートナーに、同じソフトバンクグループであるヤフーを選ぶだろうと考えられているからです。

もっともこれは推測です。ヤフーに力がなければ、アリペイも組みません。他の企業を探すでしょう。

そうならないためにも、ヤフーはEコマースの実績をさらに上げて、情報の集まる企業でなければならない。

そのために、現在の活動があると考えられます。


起死回生の戦略は成功するのか


もっとも、川辺社長は強気です。

ただのEコマースよりも、ヤフーの方が多彩な情報が集まっています。多彩なサービスを抱えているのだから、その通りです。

ただその情報を連携して生かすことをしてこなかった。

先ほど「各サービスの統合」を掲げるヤフーに対して「まだその辺り!?」と揶揄しましたが、もしその情報を統合することができれば、測り知れないほどの価値を持つデータになることは間違いありません。

これは、アリババにも、アマゾンにも、楽天にも持つことができない価値です。

日本人の価値ある情報を握った上で、アリペイの機能を組み合わせることができれば、ジャック・マー氏にも思いつかない「何か新しいビジネス」を生み出すことができるかも知れません。

今のところは半周遅れの感が否めないヤフーですが、起死回生の逆転があるとすれば、まさにその部分、決済システムのデファクトスタンダードを得た上で、独自のビジネスを生み出すことです。

狭い道かも知れませんが、狭路を抜けた後には広大な土地が広がっているはずです。

芸能事務所の経営が厳しい理由

00

日経ビジネスの連載記事です。東京商工リサーチのビッグデータを分析して、様々な業界や業種の姿をみていこうという趣旨。なるほどなーと思うことがあり、なかなか面白い連載ですよ。

小規模事業者が多いゆえの葛藤


今回のテーマは芸能事務所でした。

芸能事務所の特徴は、小規模事業者が多いということです。

タレントとマネージャーがいれば始められるビジネスであり、規模が小さくなるはずです。

もう一つ、タレントという個人の才能に準拠したビジネスなので、大量生産できません。だから小規模事業に止まることが多い。

今年の中小企業白書でも、小規模事業者の生産性の低さが指摘されていましたが、事業者として安定するためには、ある程度の規模が必要になってきます。

何しろ、少数の売れっ子タレントに頼るのは経営としてリスクが高いわけです。

できれば本業で規模拡大したい(つまり、人気タレントを複数抱えたい)でしょうが、タレントの発掘、育成は、そう簡単なことではないようで、工業製品を複製するようにはいきません。

多角化展開を志向するも、2、3の事業ではダメ


そこで芸能事務所が試みるのは、周辺事業への多角化展開です。

本業に関連する事業(例えば、イベント企画、著作権管理、出版、音楽、映像制作など)に展開していくことで、規模拡大を目指します。

本来、多角化は成功確率が低い戦略ですが、それでも規模拡大のためには、背に腹は代えられないということなのでしょう。

かくして小規模なのに、複数事業を手掛ける会社が多くなるという現象になります。

しかも厄介なのは、2つ3つの多角化ではあまり効果がなく、というかむしろ生産性を低下させてしまうというデータがあることです。

多角化の進行度合いと利益率には一定の相関関係がある。多角化により事業の数が2、3業種に増えた場合、芸能事務所の専業だったときと比べて利益率が低い。しかし、多角化によって事業の数が4つ以上に増えると再び利益率が高くなる。

なんと、事業を4つ以上持たなければ、生産性が上がらないのです。

芸能事務所の経営が厳しい理由


一人二人のタレントでは、安定しない。

かといって、複数の売れっ子タレントを抱えるための方法論はない。

そこで周辺事業への多角化展開を試みるも、4つ以上の事業を成功させなければ、生産性が上がらず、むしろ逆効果…

という姿が浮かび上がります。

こうしてみると、芸能事務所というのは、通常のセオリーが通用しない厳しいビジネスなんだなあと思いますね。

どんなビジネスでも厳しいのは同じ、とはいえ、特に厳しい世界だと感じます。





カルビー前CEOの「勝ち方」の極意

00

カルビーの上場とさらなる成長を果たした松本前CEOのインタビュー記事です。

ライザップCOO就任を発表する前のインタビューなので、そのことには触れられていません。

カルビーの突然の退任は、様々な憶測を呼んでいますが、インタビューではサバサバした調子で答えているように思えます。

プロ経営者としての確かな実績


松本氏の手腕や業績については申し分ありません。

カルビーで手掛けたことは、本人のいうように単純で、コスト管理を徹底して儲けが出る体制にしたこと、社内コミュニケーションの活性化を図ったこと、権限委譲し若手を育てたこと、さらなる商品分野を育てたことなど、です。

本人のいう
難しく考えるから、かえってうまくいかないことが多いんです。ビジネスというのは、当たり前のことを当たり前にやるだけなんですよ
というのは、本音なのでしょう。

しかし、それを貫いてブレなかったのは、松本氏の手腕です。

「勝ち馬」に乗ることが成功の秘訣


また松本氏のいう

ビジネスは勝ち馬かどうかを見分けることが重要です

というのも、身も蓋もない言葉に聞こえますが、実際にその通りだと思います。

ただ松本氏のいう「勝ち馬に乗る」とは、既にうまくいっている会社を選ぶというのではないようで

勝ち馬に乗るとは言っていますが、実際はどこの会社にもそれなりのポテンシャルがある。経営とは、それをどうやって引き出すかということに尽きる。まったく力のない会社のほうが少ないです

と言っているのは、要するに、その会社が勝ち馬になれるような状況を作る、ということなのだと理解しました。

いわゆる「勝てる市場で戦う」「勝てるタイミングで戦う」「勝てる相手と戦う」という「孫子」や「ランチェスター戦略」が教える通りのことを言っています。


言い換えれば、技術力をひたすら磨いてきたカルビーという会社に、戦略的なポジショニングという概念を持ち込んだということなのでしょう。

この基本姿勢があれば、まだまだ多くの日本企業に必要とされる人だと思います。

なぜライザップだったのか?

というのは、よくわかりませんが。

RIZAPグループが松本晃カルビー前CEOを招聘 化学変化は起きるのか?








日本企業の好業績は「弱者」であることを受け入れたから

00

勇ましい記事ですね。失われた20年を経て、ビジネスモデルの転換を果たした日本企業の好業績によって、メガ景気がやってくるという内容です。

ナンバーワンから堕ちた日本企業


記事は、日本企業がナンバーワンを追うのをやめて、オンリーワンを志向するようになったからだと言っています。
1980年代までの日本は、導入技術と価格競争力により、世界の製造業主要分野においてナンバーワンの地位を獲得しました。銀行の総資産世界ランキングでも、日本の都市銀行がずらりと上位を独占していたことを覚えています。まさに、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代でした。

つまりアメリカという先達を模倣し、低廉な労働力と効率化により「安くて良い品」を作ることができた日本企業(特に製造業)は、多くの分野でアメリカを追い抜きナンバーワンの地位を得ました。

ところが、さらに低廉な労働力をようするアジア諸国や、ITや金融の分野でゲームチェンジを果たしたアメリカ企業の反撃により、日本はナンバーワンの地位を失いました。これが失われた20年につながっていきます。

「弱者」であることを受け入れた

では、日本企業はいったい何で稼いでいるのでしょうか。日本企業が稼いでいるのは、「周辺と基盤の分野」です。たとえばデジタル機器が機能するためには、半導体などの中枢分野だけではなく、半導体が処理する情報の入力部分をつかさどるセンサーや、そこで下された結論をアクションにつなげる部分のアクチュエーター(モーター)などのインターフェース、すなわち周辺分野が必要になります。この周辺分野の製品製造に、日本企業は強みを持っているのです。

商品そのものやメインの分野で勝てないと悟った日本企業は、周辺のデバイスなど競争の少ない分野に散らばっていったということですね。

これをオンリーワンというのは語弊があるのではないでしょうか。単に、競合が弱い市場に焦点を当てたということです。

需要の大きな中心部分では勝てないなら、需要が小さくても勝てる周辺市場に目を向けるのは、いわゆる「弱者の戦略」の一つです。

規模に劣る欧州の企業が当たり前のようにやっている戦略行動であり、きわめて合理的です。

むしろ、自分が弱者であると気づくのに20年もかかったんか!と言いたくなりますが、意識を変えるというのは、時間がかかるものなんでしょうね。

移ろいやすい周辺市場では、変化への適応力が求められる


記事の言う通り、日本の企業業績が上向き、日本経済全体も良くなってくるのでしょうね。

ただ周辺市場はあくまで周辺市場です。中心市場よりも移ろいやすい特徴がありますので、気を抜くと、市場そのものが縮小したり、消えてしまったりすることがあります。

常に社会の流れ、技術の進化、市場の状況を見極めて、ポジションを変えていかなければなりません。素早く変化に対応する能力が求められます。

ただその能力を日本企業が身に着けたとすれば、規模は小さいなりに、好業績を残すことができて、これまでのように沈み込むことはなくなるのではないかと思います。

いよいよ日本企業もポジショニング戦略を身に着けだしたということなら、面白い。

規模が小さくてもしたたかに生き残る企業が多くなるはずです。

みんなランチェスター戦略を学んでほしいですね。





大塚家具とニトリの違い

00

大塚家具は現在、2期連続の赤字決算中。2018年12月期も赤字が予測されています。

これに対して、ニトリは増収増益を更新中。絶好調です。

なぜ同じ家具店なのにここまで違うのか?ということについて書いた記事です。

ニトリはもはや家具販売店ではない


記事の解答は明確です。

ニトリはすでに家具販売を主業とする店ではなく、その他インテリアを販売する店になっているからです。

家具市場が縮小するなか、ニトリはなぜ増収増益を続けているのか?

日本の家の間取りも変化しており、かつて必要とされた家具がもはや必要とされていません。

マンションの間取りでさえ、20年前とは大きく変化しており、必要とする家具が異なってきていることが示されています。

なぜ日本人は家具を買わなくなったのか。考えられるのは住宅事情の変化です。近年のマンションは洋室中心で、しかもウォークインクローゼットを設けるなど、収納を充実させた設計になっています。

大きなタンスは不要。むしろ邪魔です。

婚礼3点セットなど迷惑な存在になってしまっています。

記事は、大手家具店のイケアも赤字転落していることを示し、家具販売店の低迷が避けられないことを指摘しています。

変化に適応できなければ生き残れない


この点、ニトリは20年も前に、家具以外の部門を充実させる決断をして、製品の自社製造に踏み切りました。

大塚家具は、お家騒動以前に、変化に適応してこなかったつけを払いきれていないということですね。

「強い種が生き残るのではなく、変化に適応した種が生き残る」というダーウィンの言葉を補完するような事例ではないですか。

自然界のランチェスター戦略







ジーユーは、ここで頭打ちなのか?

00

ユニクロ傘下のジーユーが、伸び悩みをしているらしいです。

2017年8月期の決算によると、ユニクロの国内売上は、8107億円、海外売上は7081億円。

国内は頭打ち感がありますが、海外売上は伸びています。

一方、ジーユーの売上は、1991億円。じゃっかん前年比を割り込んでいます。

とはいえ、数年で1500億円も売上を伸ばしてきたジーユーですから、踊り場も来るというものです。

アパレルからトレンドを省いたユニークなコンセプト


ジーユーが急激に業績を伸ばしたのは、記事にあるように、「ユニクロの廉価版」から「高トレンドブランド」へコンセプトを変えたことです。

ユニクロは、もともと高機能・高品質のノントレンド商品をコンセプトにしてきました。

ファッションというジャンルから、機能や品質以外のものを省いたために「安くてよい」ものを実現することに成功しました。

ユニクロが日本のアパレル企業としては異例の1兆円超えを果たしたのも、このユニークなコンセプトのおかげだったと私は考えています。

日本発の「ファストファッション」


これに対して「ユニクロの姉妹店」のような位置づけでスタートしたジーユーは、ただの廉価版になってしまって鳴かず飛ばずの時期を過ごします。

そこからユニクロが捨ててきた「トレンド」を拾い上げることにより、全く違うブランドとして再スタートしました。

品質や機能を犠牲にしても、最新のトレンドに寄り添うコンセプトは、いわゆる「ファストファッション」への参入であり、実は世界のアパレルブランドの王道を行くものでもありました。

ファーストリテイリングの世界戦略の重要なパーツ


現在、ユニクロやジーユーが属するファーストリテイリング全体の売上は、1兆8619億円で、アパレル企業としては世界3位です。

1位はZARAが属するインデックス、2位はH&Mです。

この上位2社の看板ブランドがファストファッションの2大巨頭であり、最大需要を捉えるものです。

ユニクロはユニークな位置づけであるものの、ノントレンド商品で2社をしのぐことは難しいと思われています。

だからこそジーユーの成長は、ファーストリテイリングにとって、世界に伍していくための大きな武器となるはずでした。

ジーユーがユニクロを超える時、ファーストリテイリングは世界トップになる


「弱者の戦略」を先鋭化すべき時


記事では、ヨーロッパの最新トレンドを救い上げるZARAに比べて、日本のトレンドに準拠したジーユーの弱さが指摘されています。

確かにそうかも知れません。

しかし、世界的には弱者であるジーユーがZARAと同じことをしても勝ち目がないことは自明です。ここは、日本発のユニークなファストファッションブランドであることを前面に押し出して、尖った存在であり続けるべきでしょう。

変に世界基準に合わせるよりは、日本のファッションを世界に発信していくユニークな役割を担い続けるべきです。

その方が、日本の皆も感情移入しやすいでしょうしね。


いずれにしろ売上高2兆円を超えている上位2社と戦う上において、売上高2000億円では、いかんともし難いものがあります。

ここは、コンセプトをさらに先鋭化して、海外進出における「弱者の戦略」を明確にすべき時です。

そうじゃないと、市場に存在感を示すことすらできません。

成長が鈍化しているのは、戦略が鈍ってきているということなのだと思います。

ジーユーがトップを狙う位置になってから、次の一手を考えればいいわけで、今は、尖る時期だと考えます。






営業は「準備」が9割!

営業は準備が9割
 (2018年7月26日メルマガより)

メルマガ登録はこちら


どこかで聞いたようなタイトルで申し訳ございませんm(_ _)m

今回は営業の話です。

仕事がら営業セミナーを担当することがよくあります。ベテランから中堅から新人から、実に様々な立場の人を対象にセミナーを行ってきました。

立場が違えば、セミナーに対する姿勢も変わってきます。

新人は、営業の基本を聞きたいでしょうし、中堅クラスは現場での裏技やノウハウ、あるいは営業マネジメントに関すること、ベテランになると今度は新人を育成するための切り口などを求めておられます。

が、とどのつまり、営業セミナーに参加される方が求めているのは「どうすれば営業成績が伸びるのか?」という一点に集約されます。

その質問に対する答えが、今回のタイトルです。

準備なんて当たり前だろ。もっと裏技を教えろ!

と言い出す人がいるかも知れませんね。でも、そう言いたくなる中堅クラスは特に気を付けてください。

経験をそれなりに積んで自分なりのスタイルを身に着けつつある頃が最も大切です。本当の営業スタイルを身に着けるのか、あるいは独善的な名ばかりのベテランになってしまうのか、その分岐点です。

そんな時こそ、基本を思い出してください。

後輩育成をするためだけではありません。

安定して成績を上げることができる本当の戦力になるためにも、準備の大切さを再確認していただきたいと思います。


算多きは勝ち、算少なきは敗る


これは、孫子の一説です。(計篇)

これは、事前の算段で勝つ確率が高い方が勝ち、少ない方が負ける。という意味で、しごく当然なことを言っています。

算段。というのは、事前の計画やシミュレーションや評価分析のこと。

充分に検討して、成功する確率が高いと判断される方が、成功するということですから、孫子もいかに準備が大切かを説いているわけです。


では、営業活動においては、どのような準備をすればいいのか?

今回は、3つのポイントに絞ってお話したいと思います。


1.情報を集める


準備段階でまずしなければならないのは、情報を集めること。

顧客情報、顧客の周辺情報、顧客が属する地域や業界の情報、競合情報などです。

新人の頃は、自社の情報も整理しておかなければなりません。


先日、私の事務所に営業の方がやってこられました。ホームページを見たとかで、事前の電話があっての訪問でした。


あまり営業の訪問を受け入れることはないのですが、今回は、アプローチ時の口上が面白かったので、受け入れてみました。

が、結果的には期待外れで、時間の無駄だったと感じるほどでした。

なぜかというと、あまりにもこちらのことを調べていない。

ホームページを見てきたという割には、私の仕事のことも、過去のセミナーのことも、10年以上続けているこのメルマガのことも、何も知りません。

たくさんの会社に訪問しているので、そこまで調べられないということでしょうかね。しかしそれだと営業の成績は上がりません。

ほんの少しです。「メルマガ読みました。前回のテーマ、面白かったです」とでも言ってくれれば、好感を持つのに、それもなし。憑かれたように、自社の商品説明をしておられました。まったくもって残念です。


そんな営業ばかりです。業界の有益な情報や、ましてや競合の情報などお土産に持ってくる人など皆無です。

仲間うちの情報に劣る話しかできない営業だと、門前払いされるのも仕方ないと思わなければなりません。

逆にいえば、ほんの少し、意識を変えれば、頭一つ抜け出せるとも言えるでしょう。


20分早く行って、情報を集める姿勢を持つ


今はネットがあるのだから、たいていの情報は手に入ります。

日経新聞のサイトで、業界検索すれば、概要はつかめますし、さらに業界紙の情報もネットに掲載されていることが多いです。

SNSで個人情報を披露されている人もたくさんいますよ。

そのほんの少しの手間や意識を持たない営業ばかりなのですから、頭ひとつ抜け出すのは簡単です。

その意識されあれば、普段から同業者などからネットに載っていない情報を集めておくこともできるはず。

有益な情報をもたらしてくれる営業は、重宝されます。

結果として、接触回数が増え、信頼関係を作りやすくなり、成績につながっていきます。

そんな有益な情報はとても集められない。

という方は、20分早く現場に行って、周辺を歩いて、地域や現場の情報を集めてみてください。

そのほんの少しの姿勢だけで、情報感度が変わるはずです。


情報は整理する


当たり前の話ですが、集めた情報は、整理しなければ有効な営業情報にはなりません。

私は、情報は、表にして整理することをお勧めしています。

例えば、商品、価格、仕様、納期…といった項目ごとに、「自社ができること」「競合ができること」「顧客が求めること」をまとめていきます。

自社のことは正確な情報が手に入りますが、顧客情報、競合情報は、推測です。

推測でも一向に構いません。調べた内容から、推測して記入することで、情報感度が上がります。(つまり、どんな情報を集めればいいのかが、わかるようになる)

実際の表は、20項目、30項目ぐらいになるはずです。

その推測だらけの表が、ヒアリング時、どのような質問をすればいいのかを示してくれます。

つまり表を準備するから、営業の精度が上がっていくのです。


2.目標を決める


営業成績が伸びない人は、目標を設定していないことが多いように思います。

目標とは、1か月の数値目標ではありません。今日、これからの営業訪問における目標です。

営業は段階ごとに、目的が異なります。

アプローチ段階であれば、顧客と信頼関係を作ること。

ヒアリング段階であれば、顧客から本音を言ってもらうこと。

プレゼンテーション段階であれば、顧客に臨場感を以て価値を伝えること。

クロージング段階においては、抜け漏れなく、契約を締結すること。

だから、段階ごとに、目標が異なります。これを意識していないと、実に間抜けな営業訪問になってしまいます。

信頼関係もないのに、商品説明を熱心にしてしまう。

ニーズも聞いていないのに、値引きを提示してしまう。

提供できる価値が伝わっていないのに契約しようとする。

いずれも、事前に目標を決めていないから起こる悲劇(喜劇?)です。

思えば、先日、私の事務所に来た営業も、目標を立てずに来た類ですね。信頼関係ゼロで熱心に商品説明されても、その時間は苦痛以外のなにものでもありません。


3.交渉カードを用意する


交渉カードは交渉事を行う際に必須となるものです。いわゆる、交渉カードもなしに交渉に行く者は、武器を持たずに戦場に行くようなものだ、と。

営業においても同じです。交渉カードを持たずに営業に行く者は…以下同。

交渉カードは切り札のようなものです。相手をぐらつかせ、胸を突き、とどめを刺します。

ただし営業における交渉カードは、物騒なものではありません。

営業が手の中に持つカードには、「顧客が喜ぶこと」が書いてあります。顧客が喜べば喜ぶほど、営業が進展するので、切り札になるのです。

例えば、顧客ニーズに合致した商品を提案できれば、それだけで顧客は喜ぶはずです。

それに加えて、適切な納期、配送の工夫、設置のオプション、充実したメンテナンス、柔軟な価格対応など、顧客が喜びそうなポイントはいっぱいありそうです。

それが皆、交渉カードとなります。

事前情報が多ければ多いほど、顧客の喜ぶポイントが見えてきます。だから交渉カードも多く用意することができます。


交渉カードは一気に出すものではない


ただし交渉カードの使い方にはコツがあります。

交渉カードはいきなりすべてを晒してはダメです。いわゆる手の内をすべて晒すのは愚かです。

交渉とは、条件を引き出しあうものですから、手の内をすべて晒せば、そこからスタートの交渉になってしまいます。だから、お互いが徐々に切り札をだしあう形になります。

カードが切れてしまえば、あとは値段対応するぐらいしか手がなくなってしまうからです。

徐々に出す、というのは、けっこう難しいことです。ここにはじゃっかん経験が必要になってくるかも知れませんね。

もっとも徐々に出すというのは出し惜しみをすることではありません。契約した後に、さらに感謝の意味で、出していなかったカードを提示すれば、顧客はもっと喜ぶはずです。

ビジネスは、継続することが何より大切ですから、顧客が喜ぶことはとことんやってしまいましょう。

いずれにしろ、交渉カードが多ければ多いほど、営業は有利です。なるべく多く準備しておきましょう。


営業現場に行った時点で、成否は決まっている


戦いが始まった時点で勝負はついている。

という意味のことを孫子は言っています。

同じように、営業現場に行った時点で、成否は決まっています。

だから「営業は準備が9割!」なのです。

新人営業の時は言わずもがな。

パーク24が、カーシェア事業を成功させなければ危ない事情

00

パーク24のカーシェア会員が100万人を超えたそうです。

同社のカーシェア事業は、現在、国内市場のシェア7割を超えるダントツのナンバーワンです。

その利用から生まれる膨大なデータは、自動車会社も羨むほどの規模であり、次世代ビジネスの主役になれる可能性があると期待されています。

カーシェアとは何か?


ちなみにカーシェアとは、複数人で1台の車を共有することです。

近所同士で、1台の車を購入し、それぞれが必要な時に使用する形態です。

自家用車なんてのは、ほとんどの時間、家に置いてあるだけなので、それぞれが譲り合って使えば、安くつくので合理的です。

もっとも、土日とかお盆とか、使いたい日が被ってしまうことが多いので、近所同士でシェアするという事例は少ないとは思いますが。

ところが、パーク24(タイムズ)のカーシェアは、100万人の会員が、同社が用意する大量の車をシェアする形になります。

需要が重なれば使用できない会員もあるでしょうが、たいていはどこか空いています。

心斎橋界隈にも、置いてある車が何台かあるので、ちょっと使用したい時に予約して乗ることができます。

レンタカーとの違い


似た形態にレンタカーがありますが、そっちはあくまで借りることです。

だからレンタカーは、借りたい時にレンタル契約をして、使用します。保険をかける必要性もありますし、ガソリンも使用した分、補充しておかなければなりません。

比べてカーシェアは、所有することになるので、月額会員料金が必要となります。その分、毎回の契約が不要になりますが。

1回あたりの使用料金は、カーシェアが安くなります。

ですから、月に1回以上使用する場合は、カーシェアがお得になります。

「シェア」の時代に重要なのは、保管場所と移動手段


パーク24が、短期間でカーシェア事業をナンバーワンにしたのは、全国展開している同社の駐車場を利用できたことが大きいです。

もともと同社は駐車場事業でも日本トップです。

全国の小さな空き地に同社のコインパーキングが設置されているので、カーシェア用の車を置く場所には困りません。

車に限らず「シェア」するビジネスが流行ってきています。実際、所有していてもほとんど利用しないものが多いので、シェアする方が合理的です。

ところがその際にネックとなるのが、リアルな置き場所であったり、配送であったりします。

その意味でも、駐車場というシェアのためのインフラを持っていたパーク24が、有利な位置にいたということができますね。


そういえば、日経新聞には、寺田倉庫が個人向けの倉庫を安価で提供する事業を展開しているという記事がありました。

ミニマリスト社長が生んだ大きなシェア市場 

寺田倉庫は、個人の荷物を預かるだけではなく、販売やレンタルをするための支援も行うのだとか。

寺田倉庫は、もともと法人の荷物を預かるビジネスですが、「シェア」時代のインフラを提供できる位置にいることに気づき、いち早く対応したということですね。

カーシェア事業を成功させなければ生きていけない


パーク24に戻りますが、同社の駐車場ビジネスの将来性は必ずしも高くありません。

少子高齢化と自動運転車の普及、というダブルパンチで、駐車場需要はじり貧になっていくでしょう。

同社の売上の7割が駐車場ビジネスだということを考えれば、パーク24が決して安泰な位置にいるわけではないということが分かります。

つまり、カーシェア事業の成功は、同社の命運を握っているということです。

会員100万人ぐらいではとても安心できないでしょう。

同社が、車に関するシェアビジネスのトッププレイヤーとして発展しなければ生きていけないという危機感を抱かなければならない所以です。

この分野ではまだできることがありますから、期待してみております。



プロフィール
komai 小

営業関連のコンサルティングをしています。
製造業や卸売業などの営業組織を強化する仕事を得意としております。

株式会社クリエート・バリュー代表取締役
NPOランチェスター協会理事
NPOランチェスター協会関西支部
NPOランチェスター協会認定インストラクター
中小企業診断士   販売士1級

コンサルタントになる前は、日本酸素株式会社魔法瓶事業部(現在のサーモス株式会社)で14年、営業担当をしておりました。
その時、廃業寸前の赤字だった事業部がわずかの期間で世界トップ企業になった経緯を体験したことが、経営コンサルタントになったきっかけとなりました。
当時、経験したことや見聞したことを物語風にアレンジしたのが、拙著『「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語』です。
面白い本なので、ぜひ読んでください(^^)

タグクラウド
記事検索
Amazonライブリンク
お問合せ
お問合せはこちらまで