戦略がなければ生き残れない

NPOランチェスター関西支部長のブログ

名ボクサー輪島功一氏に学ぶ、なにものかになる秘訣



■現代ビジネスに掲載されていた面白い記事です。日本人としては異例の重量級チャンピオン(スーパーウェルター級)となった輪島功一氏が人生を語っています。

樺太で生まれ、敗戦後北海道に逃げた家族から口減らしのために親戚に預けられ漁師をさせられ、成長すると家出して東京で肉体労働に、25歳でボクシングジムに入門…と尋常ではない数奇な人生です。

敗戦のどさくさ時にはこういう人生をガチャガチャにされた人が多くいたのでしょうかね…

それでも輪島氏は天性の前向きさや明るさがあったらしい。過酷な境遇を嘆くよりも、冷静に判断して、もっとよくなるためにはどうすればいいのか、と考える能力がある人だったようです。

■東京オリンピック特需の折、土建業である程度成功し、さあこれからという時に、ボクシングに出会います。

25歳です。ボクシングを始めるには遅い。ジムの関係者も冷やかしだと認識して、ろくに相手にしなかったようです。

今のボクシングジムは冷やかしとかダイエット目的の一般客を取り込まないとやっていけないでしょうが、当時はブームですから入門者がいっぱいいたわけです。

輪島氏は冷遇されます。

■が、それがよかった。というのは、自分で工夫することができたからです。

コーチは、自分の知っている技術を教えようとします。その技術が、その人に合うかどうかはわかりません。

優秀なコーチなら個人の特徴に合わせて指導方法を変えていくのでしょうが、優秀なコーチばかりではありませんからね。

個性に合わない指導を受けて才能を開花させない人もいるでしょう。

その点、輪島氏は相手にされていませんから、自分ならどうする、と考えながら技術を高めていったらしい。

■つまり輪島氏は、自分で考え工夫し、状況を打開する人だったということです。頭がいい。

そうやって生まれたのが、「カエルとびパンチ」とか「よそ見パンチ」などという漫画みたいな技です。

面白いボクサーがいたもんですね。

我流で作り上げたボクシングですが、世界チャンピオンに上り詰めます。

ボクシングというのは、もって生まれた才能を持つ者が、呆れるほどの反復訓練をすることで才能を開花させることができる競技です。

さらに世界チャンピオンになるためには、的確な戦術が必要になります。(ランキング上位者の実力は伯仲していますから)

この記事からは、輪島氏がかなり的確な戦術眼をお持ちの方であると見受けられます。

■その輪島氏、いまはジムの経営、団子屋さん、タレントを掛け持ちしておられますね。けっこう何をやっても成功する人なんでしょう。

そんな輪島氏が、上の記事の後編で、若い人たちに向けてこんなことを仰っています。

やっぱりね、「己を知る」ってことだよね。人間は何もしていなければ、何もできないわけだよ。当たり前のことだけど。そこで何かを達成させるには、単純なことを毎日欠かさず続けること。これは簡単なことのようで、できない。みんなすぐ答えを欲しがるからな。でもそんなことないんだ。答えはすぐには出ない。
だから己を知れって言うんだ。そうやって、答えを見つけてほしい。月並みなことだけど、俺はそう思っているね。


この通り言ったのかな?

要するに

(1)現状を正確に把握する

(2)何かを達成する意欲を持つ

(3)短絡的に答えを求めず、単純なことを毎日積み重ねて、目標に近づいていく。

そうすることで、なにものかになれるはず。と仰っているわけですね。

実践されてきた方の話なので、とても参考になります。
 

ビジネスは細かな部分の積み上げですね

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■飲食店の経営が、たった一組の顧客が増えるか増えないかで存続が決まる。という記事です。

たいていの店は、損益分岐点ぎりぎりのところで運営していますので、毎日一組が多いか少ないかは極めて重要です。

当然のことですよね。

ただ、現金商売なだけに、細かな計算を忘れてどんぶり勘定になってしまいがちですから、こうした指摘・考え方はとても大切です。 

■私も小さな飲食店のシミュレーションをしたことがあります。小さなところでしたから割と単純でした。

家賃、光熱費、人件費など毎月かかる固定費を上回る売り上げを上げなければ話になりません。

が、売上の30%程度は仕入れに回さないといけないので、売上の70%で計算します。

するとまさに、毎日の顧客が例えば10人か10.5人かで、赤字・黒字のラインがあったりします。 その10人か10.5人かというところが本当に絶妙なラインでした。月によって達成することもあれば、もう少しで達成できないこともある。

商売というのはうまくできていますね。

大赤字だと撤退を決断するのでしょうが、微妙なところだとやめられずに、持ち出しを続けることになります。 

■こういう話は、飲食店に限りません。

実際はどのビジネスも、顧客数〇人、顧客単価〇円で、すぐ赤字になったり黒字になったりしています。

だからまずは、顧客一人、提案価格1円がいかに重要かを認識すること。 さらには、売上が少なくても、利益が出る体制にすること。

昔は2倍の売り上げがあったから、そこに戻そう、という発想は危険です。昔の環境ではありませんから、簡単に昔の売上に戻すことなどできません。それよりも今の売上で利益が出せる仕組みにすることが先決です。売上アップはその後で結構です。

私は営業のコンサルタントですが、売上をあげる前にやることがあるだろう!と思う会社が多いと感じますので、そう書いておきます。

 



「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語


大阪で毎月1回開催「戦略勉強会」

営業を会社の強みにする「営業コンサルティング」

オンラインでランチェスター戦略を学ぶ。「ランチェスター戦略入門セミナー」 

日本電産 M&A巧者の”秘訣”とは



■日本電産のM&Aの方法論に関する記事です。

現在、売上高1兆2000億円程度。2020年には2兆円。2030年には10兆円を目標にしているそうです。

普通の成長では達成できないので、M&Aが戦略の中心となります。というか、日本電産は、M&Aによって大きくなってきた会社で、これからもその方針を続けるということです。

日本企業の中では、M&A巧者として知られます。

■が、その秘訣は、特別なものだというよりは、基本的なことを徹底していると記事はいっています。

(1)まずは買収先企業をよく精査し、適正価格あるいは安値で買う。

(2)生産性やコストなど買収先の企業を日本電産の基準に合わせる。

(3)質よりも量の増大を徹底する。

こうした内容は、永守社長の著作にも書かれており、裏マジックはないと思います。

■非常に参考になります。

個人的に思うのですが、永守社長は、ランチェスター戦略の信奉者ではないでしょうか。

著作にはランチェスターとは書かれていませんが、その考え方は非常に似通っています。

市場シェアの重視。量の重視。シンプルな戦略方針を徹底すること。その他、著作にはランチェスター戦略そのものといった記述がみられました。

■コンサルティングにおいても、当たり前のことを徹底することが最も効果をあげます。

何か特別なこと、オリジナルなことをしようとすればするほど、複雑になってしまって、成功から遠ざかってしまいます。

要は「戦略はシンプルに、実行はクレイジーに」を貫くこと。

実際、ランチェスター戦略さえあれば、戦略立案は事足りると思うケースが殆どですね。

■しかし戦略だけでは業績は上がりません。

いかに実行を徹底させるかが重要です。

以前、日本電産の関係者を話をした時、同社が超ブラック企業だと言っていました^^;

その方は営業ですが「死んだ猫でも売ってこい」とどやされるのだとか。

話を聞く限りは、電通並みの圧力を日々かけられているようでした。

それぐらい実行を徹底させる圧力が強いということなんでしょうね。

現在、どのようになっているのかは知りませんが。

■記事には永守社長が覚悟を見せる姿勢や潔さなども書かれています。

買収先の株を借金して個人で所有する。(絶対に業績を上げるという決意です)

会合には個人の資金を使うなど。

社員に過酷な行動を課する限りは、トップはこういう覚悟を示さなければなりません。

だからといってブラック企業であってよいというわけではありませんので、今の日本電産がどのようなマネジメントを行っているのかを聞きたいものです。

 

真田幸村はなぜ「日本一の兵」になったのか?

(2016年12月29日メルマガより)



■2016年もあとわずか。

いろいろあった年ですが、マイブームをひとつあげるとすれば、やはり「真田丸」ですな^^

ひさしぶりに観たNHKの大河ドラマです。

というか第1回放送にはまって以来、最終回まで必死になって観ておりました。

三谷幸喜のユーモアあふれる脚本と、それを体現する草刈正雄の怪演に当初は心躍らせ、中盤からは多彩な登場人物とそれを受ける堺雅人の活躍にひきこまれたものですよ。

■思えば大阪には、真田幸村ゆかりの場所が多い。

天満橋の事務所は大坂城のすぐ近くでしたし、少し移動すれば真田丸跡や幸村終焉の場所もあります。

電車で小一時間も行けば、幸村が蟄居させられた九度山もあります。

大坂の陣で幸村が戦勝祈願したという志紀長吉神社は私の実家の近くにあって、子供の頃よく遊んだ場所でもありました。

今年、嬉しがってこれらの場所を回ったことは言うまでもありません^^

■このメルマガでも「真田丸」に触発されて、関ヶ原の戦いに関する話題をとりあげました。

参考:天下分け目といわれた関ヶ原の戦いはなぜ半日で決着がついたのか
http://www.createvalue.biz/column2/post-402.html

今回のメルマガはその続きです。

「真田丸」の最後の戦いとなった大坂の陣について書きたいと思います。

■大阪の陣とは、慶長19年(1614年)と慶長20年(1615年)に行われた徳川幕府と豊臣家との戦いを指すものです。

天下分け目といわれた関ヶ原の戦いから14年。既に天下は、徳川幕府のものとなっていました。その徳川幕府にとって最後の邪魔な存在が、前政権の治世者であった豊臣家でした。

そもそも織田信長が倒れた後、天下統一という事業を引き継いだのが家臣の豊臣秀吉でした。本来なら政権は織田家に返すものだという話もありますが、そこは戦国の世のこと。秀吉は織田信長の遺族を一大名として遇し、自身が天下人となりました。

その豊臣秀吉が死ぬと、台頭したのが徳川家康です。巧みな立ち回りで豊臣家恩顧の大名たちを手なずけ、政権を簒奪しました。

残された豊臣家とすれば面白くないはずがない。しかしそこは戦国の世のこと。一大名として生きていくほかありません。

■ところが老いた徳川家康は、後顧の憂いにこだわりました。

政権を打ち立てたとはいえ、豊臣家に恩義を感じる大名も少なからずいます。密かに天下を狙う野心を持つ者も多い。自分が死んだあと、動乱が起きるかも知れない。

それに豊臣秀吉の遺児である秀頼は、堂々とした青年に育っていました。

自分の息子である徳川秀忠のことを今一つ頼りないと思っている家康とすれば、気が気ではありません。

そこで家康は、何が何でも豊臣家を亡きものにしようとなりふり構わなくなります

この晩年の焦りが、後世の家康の評判を落とすことになるのですが、本人とすれば死んだ後の評価など構っていられなかったのでしょうね。

秀吉もそうでしたが、長生きした者はとかく晩節を汚すような行動に気を付けなければなりませんな。

豊臣家のやることに何かと難癖をつけて引き起こしたのが大坂の陣でした。

もちろん豊臣家の対応によっては、戦は避けられたかも知れません。家康とはいえ、恭順の意を示す者をむやみに滅ぼすことはできなかったでしょうし、豊臣家が力を失ったならば生かしておいても問題ありません。

しかし、豊臣家は前政権家のプライドを捨てることができませんでした。

家康の言いなりになることをよしとしない豊臣家は、城内に関ヶ原いらい不遇をかこっていた浪人たちを引き入れ戦の準備をはじめます。その数10万人。

その中に真田幸村がいました。

■真田幸村(当時の名前は信繁ですが、幸村で通します)は、関ヶ原の戦いで反徳川についたために、和歌山県の九度山に蟄居させられていました。

当時40歳台半ば。テレビでは堺雅人演じる武者ぶりが際立っていましたが、実際の幸村は、過酷な蟄居生活の中、歯は抜け落ち、髪は白くなり、高齢の老人のようだったといいます。

人生の最盛期に蟄居させられ、このまま朽ちていくのを待つばかりとなっていた幸村にとって、豊臣家の呼びかけは渡りに船だったに違いありません。

真田家の存続は、兄の信之が担っており憂いはありません。あとは名を残すのみ。幸村の行動に迷いはありませんでした。

■真田幸村といえば、高名な戦国武将真田昌幸の二男であり、秘蔵っ子ともいうべき存在です。

が、その経歴は、長い人質生活と蟄居生活に占められており、大きな戦を経験することなく大坂の陣を迎えました。

その人物像も、柔和で辛抱強く、物静かな人だったらしい。およそ猛将というイメージからはかけ離れています。

その幸村が、戦国時代最大の籠城戦(大坂冬の陣)と戦国時代最大の野戦(大坂夏の陣)において凄まじい活躍をみせて、後世「真田日本一の兵、古よりの物語にもこれなき由」と語り継がれるのです。

いったい最後の戦いで何があったというのでしょうか。

■常識的に考えて、豊臣家に勝ち目はありません。

以前のメルマガで、戦国武将たちが何より家の存続を第一義と考えており、そのためには内通も二股も辞さずという考えを持っていたことを書かせていただきました。

ありていにいえば、勝ち馬に乗るのが生き残る秘訣です。関ヶ原の戦いとは、それぞれの武将たちが勝ち馬を探るための戦いでもありました。

しかし大坂の陣においては、勝ち馬は誰の目から見ても明らかです。いや、関ヶ原が終わった時点で勝ち馬は決まってしまったのです。

しかも徳川幕府は、馬の選択を間違えた武将たちにも敗者復活のような席を用意しました。上杉、毛利、島津などの諸将を結局は許したのです。

したがって、大坂の陣に敗者復活はあり得ません。徳川方の諸将はみな勝ち馬に乗った者たちであり、豊臣方についた浪人たちは外れ券をつかまされた者たちです。

だから豊臣方に集まった10万人の浪人たちは、このまま不遇に耐えて朽ちていくよりも、最後の意地を見せて、華々しく死に花を咲かせたいという気持ちがあったことでしょう。

大坂の陣で豊臣方の武将が存外の活躍をして、徳川勢を圧倒したのも、その覚悟の差があったものと考えられます。

おそらく真田幸村も同じ気持ちがあったはずだと私は考えています

ところが、真田幸村の死ぬまでの行動には、そんなセンチメンタルさを感じさせません。彼が、大坂の陣に参戦して死ぬまでの数か月間は、勝つためにはどうすればいいのかという行動原理に貫かれています。まずはそのことに驚きます。

■勝利を目標としていた。というのは、その打ち立てた作戦にあります。

まずは籠城戦となった冬の陣において、幸村は当初、野戦を主張しました。

当時、大坂城は難攻不落といわれていました。何しろ織田信長の攻撃を10年間耐え凌いだ石山本願寺跡に豊臣秀吉が心血を注いで建てた城です。「10年持ちこたえる」と豊臣側がいうのも根拠がないわけではありません。

しかし石山本願寺が耐えたのは、兵糧を運び込む信者と輸送ルートがあってのことです。既に孤立している豊臣家にそんな味方はいません。長期的に籠城できる力はありませんでした。

籠城しているうちに、豊臣恩顧の大名が味方してくれると豊臣方は言っていたらしいですが、何とも甘すぎる観測です。

幸村の戦略は、畿内を制圧して近江あたりで東国勢を迎え撃つというもの。古来大坂は山に囲まれた攻めにくい場所であり、防衛ラインは複数あります。初戦をものにして相手を混乱させ、徐々に引きながらゲリラ戦を仕掛けると、相手も簡単には攻めかかれません。

そうなると兵糧の心配が薄くなり長期戦を見込むことができます。その中で有利な講和条件を引き出すのが落としどころとなります。

もっともその戦略はスケールが大きすぎて、豊臣家には受け入れられませんでした。バラバラの浪人衆で広い範囲の前線を維持できるのかという問題となにより浪人たちがいつ寝返るかわからないという疑念があったためです。

豊臣方の疑念も分からないわけではない。仕方ありませんでした。

■籠城が決まった後、幸村が行ったのが、有名な「真田丸」の築城です。

当時の大坂城は東西北を川や海、湿地に囲まれており攻められにくい形状でした。唯一の攻めどころが台地になっている南側です。その弱点を補うために真田丸が作られました。

大坂城を取り囲む徳川勢はおよそ20万。

包囲するだけで攻め込まない徳川勢を幸村が挑発します。怒った徳川勢が不用意に攻めかかったところ、真田丸に詰めた豊臣勢によって散々に打ち破られました。冬の陣の戦死者のほとんどがこの時の戦いによるものだと言われています。

狭路や窪地に敵を誘い込み待ち構えて討つという方法は、父真田昌幸が上田城において二度まで徳川勢を打ち破ったやり方であり、その応用でした。

もっとも豊臣方の勝利は、この局地戦に限られるものでした。

■一方の徳川家康は、戦国時代を生き抜いた者として、実に老獪な戦いぶりを発揮しました。

家康は、大坂城内に内通者を数多く抱えており、内部の状況を把握していたようです。

真田丸攻め難しと見るや、内部の不協和を利用する作戦に出ます。

まず幸村に寝返りの調略をしかけてその噂を城内に流します。真田を今一つ信じていなかった豊臣上層部はそれで疑心暗鬼に陥ります。

その上で大坂城に大砲を打ち込み心理的に揺さぶりをかけます。

侍女数名を大砲で殺された淀君は、神経を参らせ講和に応じてしまいます。

かつて家康は、小牧・長久手の戦いにおいて局地戦で勝利を収めながら、豊臣秀吉の強引な調略と外交交渉に丸め込まれるという失態を演じましたが、今回はその逆をやってのけたわけです。

かくして大坂城は堀を埋め立てられ、防衛能力をほぼ失ってしまう結果となりました。

■わずか6か月後、またもや難癖をつけて徳川が攻めてきました。その数およそ15万。

今度は、明確に豊臣家を滅ぼすための戦いです。家康は3日で片を付けると豪語していました。

南側の堀と真田丸という防御施設を失った豊臣家は、野戦をするしかなくなってしまいました。

当初、豊臣方は、大坂に侵入しようとする徳川勢を狭路で迎え撃つという作戦を立てますが、事前に漏れることになり徳川に迎え撃たれてしまいます。

この日の戦いで後藤又兵衛、木村重成らが討死。真田軍も撤退戦において損害を受けます。

大阪平野に敵を侵入させた上、劣勢の豊臣方からは逃亡者が出始めます。

残った兵は5万から7万程度だったといいますが、この期に及んでも、幸村は、勝利への執念を持ち続けました。

次の日、幸村は、天王寺から生野にかけて(茶臼山から岡山)に防御ラインを敷き、四天王寺あたりの狭い台地に徳川勢を引き込んで戦い、その隙に別働隊で家康本陣を背後から突くという作戦を立てます。

これは、漢の韓信が行った「背水の陣」の応用です。

家康の首をとることで大逆転を狙うというギリギリの作戦でしたが、これも味方の足並みが揃わずに失敗します。

もはやこれまで。さすがの幸村も死を覚悟したといいます。

■こうしてみていると、どうも幸村の立てる作戦には頭でっかちなところがあるように見受けられます。

最初の壮大な野戦案は、豊臣家上層部の理解が得られませんでしたし、最後の作戦も浪人たちの統率がとれずに成立しませんでした。

確かに短期間で理にかなった作戦を立てる能力がある人だったのでしょうが、それを実行する段で詰めの甘さを感じます。

戦場において不測の事態が起こるのは当たり前です。計画通りいく方が珍しいはず。それなのにちょっとしたことで破綻してしまうというのは、作戦そのものに余裕がないということです。

要するに、経験不足だったのですね。これが父親の真田昌幸なら、不測の事態を見越した作戦を立てるでしょうし、代替案も用意していたはずです。

あるいは後藤又兵衛のような歴戦の兵なら、作戦などなくても臨機応変な戦いを見せたでしょう。

もとより寄せ集めの浪人衆に緻密な作戦遂行は難しかったのでしょう。いかんせん実践経験の少ない幸村には荷の重い役割でした。

が、ここで追い詰められた豊臣勢が覚醒したかのような戦いをみせます

■1615年5月7日(現在の6月3日)正午頃、四天王寺に陣取った毛利勝永軍が敵に攻めかかり、この日の戦いが始まります。

開き直った毛利軍は、鬼神のごとき働きを見せて幕府軍の先陣を撃破。第二陣も打ち破ります。

この最初の戦いで毛利軍が勝ったことが、豊臣勢に有利に働きました。逆に、統率がとれなくなった徳川軍は兵力数という優位性を発揮できなくなってしまいました。

乱戦となった戦場で、真田幸村軍も躍動します。

毛利軍が幕府軍を引き付けている隙に、赤揃え甲冑の真田軍が家康本陣に向けて一直線に突き進んでいきました。

その勢いは凄まじく徳川軍の旗本たちを次々と撃破。家康本陣は、逃げ惑う近習たちで大混乱に陥りました。実は、関ヶ原から14年経ち、旗本の多くは代替わりしていました。実践経験がないのは徳川方も同じだったのです。

武田信玄に散々に打ち破られた三方ヶ原の戦い以降、一度も倒れたことがないという徳川軍の馬印が倒されたのはこの時です。あまりの事態に、家康本人が「真田の小倅にこの首を渡してなるものか」と切腹を宣言し、近習から止められるという一幕があったとか。

真田軍は激しい抵抗に合いながらも兵をまとめ、三度も家康本陣への突撃を繰り返したといわれます。その神出鬼没な戦いぶりから幸村は複数の影武者を使って徳川軍を翻弄したという説もあります。

■しかし豊臣方の奮戦もここまででした。一度退却して兵を立て直した徳川軍が攻勢に出ると、兵力数の差が出てしまいます。

押し返された豊臣軍は、次々と討ち死に、あるいは退却、あるいは逃亡し、徳川勢の大坂城内侵入を許してしまいます。

真田幸村も戦いに疲れ安居神社(天王寺区)で休息しているところを討たれたといわれます。最期は疲労困憊して抵抗する力もなかったとか。

最期まで戦線を維持していた毛利勝永軍も、城内に退却し、豊臣秀頼と淀君の介錯をしたといわれています。

それにしても、最後まで幸村たち浪人衆を信じようとしなかった豊臣秀頼と淀君はあわれですね。

戦線有利なうちに秀頼が出陣していれば、もう少し持ちこたえていたかも知れません。幸村は、子供を人質に差し出してまで出陣を促したのですが、結局、母親の淀君に押しとどめられて、戦場に出ることはありませんでした。

一度も戦場に立つことなく自刃しなければならなかった豊臣秀頼の無念はいかばかりのものだったのでしょうか。

■先ほど、大坂の陣は、勝ち馬に乗って新政権での地位を得た者と、外れ券をつかんで居場所をなくした者の戦いだったということを書きました。

毛利、上杉、島津、黒田、前田...

いずれも徳川という勝ち馬に乗り、新政権でも家を維持させることができた者たちです。

しかし、彼らとて、一度は天下を手中に収める可能性があったはずでした。

群雄割拠の時代が終わった今、徳川の傘下に入ることが現実的な選択だったとしても、どこか心の奥にくすぶり続けた何かを残していたことでしょう。

大義もなく実利も薄い大坂の陣に駆り出され、やる気の出ない彼らから見れば、戦場を縦横無尽に駆け回り勝ち馬の中心である徳川宗家をあと一歩まで追い詰めた真田幸村の姿は、眩しく映ったに違いありません。

「真田日本一の兵、古よりの物語にもこれなき由」とは初代薩摩藩主島津忠恒が残した言葉です。

それは徳川の軍門に下らねばならなかった者たちの心が発した声ではなかったのでしょうか。

彼らにとって、真田幸村は、理想の生き方を貫いた唯一無二の英雄だったのです。

※年号等、Wikipediaを参考にしました。


アスクルのBtoCへの取り組みは、アマゾンにミートされないのだろうか?



■法人向けカタログ通販で一時代を築いたアスクルの消費者向けネット通販への試みを書いた記事です。

ご存じの通りネット通販事業にはアマゾンという巨大プレーヤーが存在しています。

対抗するためにアスクルが行っているのが、メーカーを巻き込んだ商品開発です。

ECマーケティングラボなる研究会グループを作り、そのメンバーには販売データを開放しているようです。

メーカーとすれば販売データを活用してネット通販に適応する新製品や既存商品の販売方法を探ることができるわけですから確かにメリットがあります。

■もともと法人向けカタログ販売に限界を感じていたアスクルが、ネット通販に本格進出したのは、ヤフーと提携してから。

ヤフーは楽天に対抗するためにアスクルのような商品と物流体制を持つ企業を探していたようです。

もっとも今のところ赤字だとか。

アスクルの取り組みが実を結ぶのは、もう数年先のようです。

■しかし、これでアマゾンに対抗できるのだろうか。

物流システムはアマゾンの方が優れているでしょうし、商品開発の手法も、その気になればすぐに真似られるはずです。

メーカー側とすればアマゾンのデータをもらえる方がメリット大ですから。

記事にあるように、消費者向けネット通販は物流経費がかさみ利益の小さいビジネスです。そこで利益を出すためには規模が必要となります。

規模の戦いになれば今さらアマゾンには勝てません。

無印良品のようにテーマ性を持った商品開発をするならわかりますが、そうではなさそうです。

■アスクルの社長はこう言っていますね。

アスクルが描いている絵というのは、メーカーと消費者のあいだの壁をできるだけ薄くすること。薄いどころか、取り去ってしまってもいい。アスクルは両者が直接向き合う場所を提供するプラットフォームになりたいのです。

流通業者の存在意義を自ら否定するというのは、アスクルらしい考え方ですね。しかしこれって、要するに「アマゾン・マーケット・プレイス」みたいなやつのプロ版を志向しているってことでしょうか。

それもアマゾンがやろうと思えばすぐにできる気がするのですが…


コンビニのマイクロ店舗は、オムニチャンネルへの進化の途上か



■とうとうコンビニが店舗から飛び出したようです。オフィスなどに自動販売機や置き薬みたいな形で販売場所を広げていっています。

商品供給、配送、売上金回収というシステムはあるわけですから、場所さえあれば成立します。

特に狭い立地は賃料が低いので採算がとりやすい。需要さえ見込めればいつでも出店できます。

■客を奪われる既存店のオーナーとすればいい話ではありませんが、直営店が多い地域やもともと時間に集中する都心などでは黙認となりそうです。

いや、フランチャイザーとオーナーでは力関係で文句も言えないかな。

■そういえばセブンイレブンの前会長はオムニチャンネルを提唱していましたが、それを推し進めると、町でも駅でもオフィスでも購入できるという形になっていくのでしょうね。

だとすれば必然的な展開です。

■これをさらに進めると、個人ごとの店舗となります。

スマホ画面に「プライベートセブン」なんてアプリを入れておいて、個人ごとにカスタマイズした品ぞろえを購入(予約して店舗で引き取りor宅配)という購買形態になっていくのでしょうか。

なりそうですね。

ただ消費者としては、セブンだけではなく、ファミマもローソンも購入できるアプリにしてほしい。あとはアマゾンもヨドバシもアスクルも同じ画面で買いたい。

これもいずれ実現しそうですね。


堂島ロールの会社が手を広げすぎて経営危機に?



■著名なロールケーキ「堂島ロール」の会社が経営危機にあるかも知れない…という記事です。

堂島ロールというとずいぶん昔からあるような気がしますが、実際には2003年創業のモンシェールという会社が作っています。

ロールケーキを作るのにスポンジが足りないので生クリームを多めにして作ったらそれが評判になったという怪我の功名のような開発ストーリーを聞いたことがあります。

私も何度が食べたことがあります^^

■が、記事をみてみると、手を広げすぎているような…

今や北海道から九州まで全国に22店舗を展開、海外でも韓国、上海、香港で10店舗以上を運営している。

ヒット商品が堂島ロールのみなのに、こんなに手を広げていいものか?案の定、苦しんでいるという記事になっています。

菓子業界関係者は「ロールケーキ自体、どこでも、誰でも作れてしまう。だからこそ乱立しブームにもなったし、コンビニまで参入した。当然、目新しさが問われ、商品サイクルは短くなってしまう」と指摘する。

■会社は、堂島ロール以外の柱を作るべく商品開発に取り組んでいるということですが、追い付いていません。

っていうか、拡大が早すぎないですか?

確かにビジネスには勢いが大事ですが、このやり方は、短期的に儲けてすぐに撤退する場合の方法でしょう。

コンサル会社に乗せられたのかも知れませんが、気を付けなければ駄目ですね。

クリスピー・クリーム・ドーナツのように一度戦線縮小して、隊列を立て直すことをお勧めいたします。


マツダ エンジン開発に賭けて成功



■プロジェクトXのようなストーリーで出来た記事です。

バブル崩壊後、経営危機に陥ったマツダの復活劇を描いています。

経営危機に陥ったためにフォードの傘下に入ったマツダは、独自のエンジン開発に活路を見出そうとします。

親会社であるフォードは、見通し不透明な開発計画に難色を示しますが、マツダの社長は、エンジン開発者の熱意に賭けることにします。

果たして親会社の意向を無視してまで取り組んだエンジン開発が成功し、今日の好調につながっているというストーリーです。

■ローランド・ベルガー日本法人・長島聡社長による解説がまた的確ですね。

選択と集中に成功した自動車メーカー(マツダ、富士重工)は好調で、そうじゃないところ(三菱自動車、ホンダ)は不調です。

ただし富士重工はマーケットインの開発を志向し、マツダはプロダクトアウトだと指摘しています。

マツダのように「世界の3%の顧客」をターゲットにする小さな会社は、プロダクトアウトでもうまくいく場合があるということを表しています。

が、今回はうまくいきましたが、ずっとうまくいくとは限りません。

マツダは今後、自己満足に陥るリスクもあり、スバルに学ぶ部分も多いと思う。

と指摘されています。その通りだと思います。


セイコーマート・北の最強コンビニはどのようにできたのか

(2016年12月15日メルマガより)


■関東の人が関西を訪れて驚くのが、駅の売店という売店で赤福餅を売っている状況だそうです。

確かに、赤福餅はどこでも売っています。日常的風景ですな。

同じく関東の人が和歌山に行って驚くのが、チェーンストアオークワがやたらあることだそうです。

これも確かにそうです。和歌山って、オークワだらけです。

関西の人間にとっては、ごく普通の見慣れた光景なんですけどね。

■赤福も、オークワも、地域密着戦略をとる企業です。

赤福は伊勢の企業ですが、名古屋から神戸あたりまでしか買えないことを価値としています。

土産ものを扱う企業にはよくある施策です。

オークワは徹底して和歌山に出店する戦略をとりました。(一部、大阪や奈良にも出店していますが)

ですから、大手小売り(イオンやダイエー)が和歌山に進出することを阻止することができました。

日本全体が経済成長している時期には、あまり目立たなかった地域密着という施策ですが、今や、生き残りのキモとでもいうべき戦略となっています。

■同じように地域密着戦略で生き残るユニークな企業が、北海道にあります。

道内でコンビニを1170店舗以上展開し、シェアトップを維持するセイコーマート(株式会社セコマ)です。

(2位はセブンイレブン。940店舗ほど。いずれも2016年3月時点)

先日、セイコーマートに関する記事がありましたので、興味深く読みました。

参考:北海道のコンビニが全国1位!大手コンビニが勝てない「セイコーマート」の秘密に迫る
http://yorimichi.airdo.jp/seicomart_saeri

写真も豊富で、消費者目線に書かれたいい記事です。

記事題名にある全国1位とは、コンビニにおける顧客満足度調査の結果です。なんと6年間調査して、そのうち5年が1位だったそうです。(2位はセブンイレブン。一度だけ1位となりました)

なんで北海道のローカルコンビニがそんなに支持を集めているのでしょうか。

■記事によると、セイコーマートの特徴は、品数が多い、安い、店内調理が多いことです。

写真をみればなんとなくわかりますが、これはコンビニというよりも、量販店並みです。

価格はディスカウントストア並み。

しかも店内調理もあり。って、それは満足度も上がりますね。

どうやって、こんなコンビニが成り立つのでしょうか。

■と、言ってはみましたが、実は私、北海道に行った時、セイコーマートに寄ったことがあります。

記事に掲載されている写真は綺麗ですが、私の記憶しているセイコーマートは、こんなところではなかったですね。

なんていうか、もっと雑っぽいというか、あか抜けないというか...

レジもとろとろしているし、人数がいないので待たされるし。

まさに田舎の店だなーという印象でした。

面白いことに、店によって雰囲気が違います。札幌の繁華街の店は普通のコンビニっぽかったですが、少し郊外に行くと昭和の売店のような感じがありましたね。

つまり、セイコーマートって、コンビニでは当たり前の店舗の標準化ができていないんじゃないかと感じました。

しかし、まさにそのことが、セイコーマートの独自性を作っているところでもあるのですから、ビジネスって面白いですね。

■セイコーマートの出自は、お酒の卸売業でした。小さい酒屋の将来性に疑問を抱いた創業者が、アメリカで流行っているコンビニを参考に店舗を作ったのが、1971年のこと。セブンイレブン1号店が1974年ですから、それより早かったことになります。

そんなこともあって、セイコーマートはセブンイレブンのやり方を参考にせず、欧州のコンビニを参考にしました。

欧州には、北海道より小さな国がいっぱいありますから、そこで成り立っているコンビニなら参考になると考えたのでしょうそれが日本におけるトップ企業であるセブンに対する差別化となっていきました。

いまでは、セブンは全国制覇を狙う巨人です。だからセイコーマートの創業者は、セブンの店舗には立ち寄らないといいます。立ち寄ると参考にしたくなるからだそうです。あくまでセブンとは違う店であり続けなければならないという差別化戦略を意識するあまりです。

■セブンイレブンは、ある地域に集中出店して物流コストと広告コストを抑えつつ、店舗運営と商品選択を効率化最適化するというやり方を徹底しました。

ところがセイコーマートは、人口密度の低い北海道で展開しなければなりません。人口900人の村でも成り立つようなコスト構造と北海道全域への物流網が必要でした。

店舗運営に関しては、セブンのように売れ筋商品だけを並べておくわけにはいきません。900人の村で成り立つためには、村民の多くに毎日のように利用してもらわなければなりません。そのためには、品ぞろえの多さも必要ですし、買いやすい価格にしておかなければなりません。

そこで、セイコーマートは、商品の多くを自社で製造する方式をとりました。自社で素材を調達し加工するならば、低価格でも満足できる商品を企画できるという算段です。実際に100円ショップのような価格設定の惣菜が多く並べられています。

セイコーマートにPB商品が多いのはそのためです。セブンのPB商品が高付加価値化を志向しているのに対して、セイコーマートは低価格化を実現するための手法となっています。

さらにいうと北海道には、毎日物流できないような僻地や離島もあります。そういう店への対策として、店内調理をするようになりました。

店内調理というと廃棄ロスが出て大変だろうなーと思うのですが、そこは地域密着店舗のことですから、毎日どれぐらい出荷できるかは推測しやすいのでしょうね。

物流に関しては、早い時期から北海道をカバーする物流網を整備しました。協力する問屋との関係も深いので、ネットワークそのものが競争力となります。また農業から加工まで手掛けるセイコーマートなので、運送便に無駄が発生しにくくコスト減につながっています。

ついでにいうと、地産地消が多いということは、最終商品の新鮮さにもつながり、添加物なども最低限に抑えられます。

このように、地域密着し、地域顧客のニーズに応えるためにやってきたことが、セイコーマートの独自性や強みにつながりました。いまや株式会社セコマは、小売、卸・物流、製造、農業生産法人が垂直統合されたグループです。

さすがのセブンといえども、対抗できない領域にいってしまったといえるでしょう。セブン側が「セイコーマートはコンビニじゃない」と悔し紛れに言う所以です。

参考:大手もかなわない「北海道No.1コンビニ」の秘密 セイコーマート、「顧客と向き合う」本質とは?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130326/245646/

参考:商圏人口900人!セイコーマート「初山別村」出店に秘めた未来戦略
http://hre-net.com/keizai/ryutu/15758/

■もうひとつ、セイコーマートの独自性を裏付けるのが、直営店の多さです。

コンビニといえばフランチャイズ方式が多いというのが日本の常識になっています。これは初期セブンイレブンが資金難を逃れるために採用したシステムで、この方式があったために展開速度が速まりました。

ところがセイコーマートは7割が直営店だといいます。

それはそうでしょうね。北海道全域に店舗を持つセイコーマートですから、僻地や離島の店を引き受けようという奇特なフランチャイズオーナーはそうはいないでしょう。店舗運営を標準化できず、わかりやすい勝ちパターンを提示することができないので、フランチャイズ募集もままなりません。フランチャイズオーナーの高齢化、跡取りの不足という問題もあります。

いきおい直営店が多くなっていったということだと推察します。

もっとも、直営店が多いということが、セコマの戦略や運営が独特かつ自由なものにしているのだから面白い。

参考:卸・物流、製造、農場を持つ地域密着型コンビニチェーンのビジネスモデル変革 顧客価値の創造により「小さなマーケットを大きくする」
http://ps.nikkei.co.jp/cxostudy/seico1511/index.html

■孫子は「兵は水の形にかたどる」(兵の形は水のようなものだ・最強の兵には形がない)と書いていますが、セイコーマートの柔軟な戦略の軌跡は、顧客の状況に合わせて自在に形を変えてきたと思えます。

ともすれば、その都度、部分最適を繰り返した結果として、今の形になったといえるかもしれません。

しかし、一貫しているのは、顧客に向き合ってきたことです。

北海道という地域に住む顧客に最適な経営の姿を模索する中で、今日のような形態を作り上げてきました。

業界トップのセブンイレブンのやり方を安易に真似ず、自社の顧客に向き合いながら試行錯誤してきた真摯さは称賛に値するのではないでしょうか。

■ところが、そんなふうに地域密着戦略を展開し、セブンイレブンでさえも容易には勝てないコンビニチェーンを北海道で作り上げたセコマが、今度は、北海道という市場に限界を感じているようです。

北海道は全国平均よりも人口減と高齢化が進む地域です。このまま小売りチェーンを続けていてもジリ貧になっていくことは明白です。全国規模のセブンイレブンと競争していたら、先に体力負けしてしまうでしょう。

そこで、近年、セコマは、自社商品を関東の量販店などに販売することを模索しています。北海道産の素材を調達し、製造する能力を持っている同社なので、確かにその製品には価値がありそうです。関東や海外へ、北海道産の商品を「輸出」することができれば、成長余地は広がります。

さらには、セイコーマートの特徴の一つである「店内調理システム(ホットシェフ)」を関東のコンビニに提供することも始めています。

これらは今は小さな試みですが、セコマ側は本気のようです。

創業者はこんなことを言っていますね。

「コンビニは表看板として置いておきますが、実態としては物流や卸業務を積極化していきます。一番収益が上がるのはメーカー機能の部分です。でもメーカーの後ろにある原料の関係はもっと面白いのです。みんなコンビニだと思っているうちに、気が付いたら、もうコンビニでなくなってしまっている、というのが当社の今後の姿です」

フランチャイズ店舗が多いセブンイレブンの経営者は口が裂けてもこんなことは言えないでしょう。直営店が多いセコマならではの率直で戦略的な発言です。

参考:製造業へ華麗に転身したセイコーマート
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/278209/121800011/

参考:「気づいたらコンビニではなかった」を目指す 赤尾明彦氏 セイコーマート会長インタビュー
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/121800023/

参考:コンビニ異端児セコマの「コンビニ限界論」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/072200395/

■こうしてみると、ますますセイコーマートの柔軟さが際立ちます。

地域に密着し、ひたすら地域のために在った企業が、今度は北海道と心中する気はない!と言い出したように思えますから。

もっとも他県へ販売するといっても、その前提には北海道に作り上げたネットワークがあるわけですから、見捨てたわけではないんですが。

まあでも、現在成功している企業のほとんどが、型にはまらない柔軟性を身に着けています。

セイコーマートも孫子のいう「水」のような戦略形態を持つひとつの事例として挙げたいと思います。


カンロのマーケティング戦略展開



■ビジネス・ブレークスルー・チャンネルでやっていた番組が面白かったので紹介します。

ちなみにビジネス・ブレークスルー・チャンネルとは、経営コンサルタントの大前研一氏が代表を務める株式会社ビジネス・ブレークスルーが提供するビジネス系メディア、教育メディアです。

月17000円で、同社が作成する番組を見ることができます。

大前研一氏が週一でニュース解説をする「大前研一ライブ」を観るだけで価格分の価値があります。っていうか安いです。

そのうえ、良質のビジネス系教育番組をいっぱいやっていますので、かなりお得ですね。回し者ではありませんが、おすすめしておきます^^

■今回みたのは、株式会社カンロのマーケティング戦略に関する番組でした。

カンロというのは、カンロ飴の会社です。飴の製造販売としては大手です。(日本2位らしい)

いわゆるキャンディの市場規模は、ここ25年ほど横ばい状態です。(2500億円程度)縮小しているガム市場、逆に拡大しているチョコレート市場に比べて安定しております。

さぞかし安穏とした市場なのかなと思いきやさにあらず。

丸い堅い飴の売上は縮小しており、その分、タブレット型やグミ型が伸びています。つまり市場規模が横ばいだというのは結果にすぎず、中身は暴風が吹き荒れている状態です。

だから競争も激しくて、メーカー同士がしのぎを削っている市場でもあります。

■グミを成長ジャンルにしたのはカンロだといわれています。というのも、子供用グミの売上が落ちている時に、大人向けのグミを最初に発売して、ヒットさせたのが、カンロだったからです。

ところがヒットすると他社が追随するのは周知のとおり。今やパイオニアのカンロといえども、楽にグミを売ることはできません。なにしろ競争が激しい。

売り手であるスーパーやコンビニ、ドラッグストアなどでの売り場確保競争が半端ではありません。ちょっと売上が鈍ると他社のものに置き換えられてしまう世界なので、早め早めに新商品を開発していなければなりません。

というわけで、同社のマーケティング室は、売るための方策だけではなくて、何を開発するかも兼ねて取り組んでいるそうです。

■大人向けグミがなぜヒットしたのか?リフレッシュ、嫌煙、健康志向…など様々な理由があるでしょう。だからカンロは顧客を8つのクラスター(集団)に分けて、それぞれの顧客が何を求めているかを分析した上で、マーケティング戦略を立てているようです。

カンロの方針は、特定のクラスターに刺さること。そもそも大人向けグミという商品じたいが、とがったコンセプトでした。その原点を忘れずに、開発とプロモーション戦略を立てています。

■いきおいプロモーションもとがったものとなります。

たとえば、

瞬間ハワイキャンペーン。1日1回応募できて、当選したら、来週末のハワイ旅行にいけるという無茶ぶり的なキャンペーンです。これは同社のグミの「瞬間リフレッシュ」にかけているわけですね。

逆に、同社健康のど飴35周年にかけた

瞬間ハワイの逆で、「35連泊」って、誰が行くんやーー!

■まあこんな感じで、変なキャンペーンをやったり、直営店を運営したりしながら、移ろいやすい消費者の気持ちを理解し、つなぎとめようとしているわけですね。

ただカンロの取り組みは決して奇をてらったものではなく、マーケティング戦略立案の常識に則って作られています。

根本は、最終顧客のことを理解する、というところにあります。このあたり、私が良く知るサーモスの事例と同じです。

無風に思えた市場でも、その中にいる企業は、知られざる戦略展開をしているんだなーということが分かり有意義な番組でした。

戦略立案の方法については、こちらをどうぞ↓

DeNAベイスターズはなぜ経営好調なのか?



■なかなか身もふたもない記事ですなー。今年のプロ野球でブレイクしたDeNAの筒香と、長年日本の主砲を務めてきた日本ハムの中田の年棒格差をとりあげています。しかもその差は、2千万円です。

それぐらい、ええやん^^;

結論としては、球団経営好調なDeNAと、今一つの日ハムを要因としています。

■最近のDeNAは、球団運営のうまさで話題になることが多いですね。

これに対して日本ハムは、野球チームとしての運営手法は素晴らしいのですが、経営としては苦労しています。

その主因は、ホーム球場である札幌ドームの運営権を持っていないことです。(札幌市が持っています)

いまは、球団運営も黒字でないと成り立ちません。昔のような親会社の広告機関という考えでは、維持できません。

その収入も、テレビ放映権収入が多いわけではないので、球場に来てもらって収益を上げる必要があります。

ということは、球場の運営権を持っていないと苦しいわけです。

■DeNAは、その分、うまくやっています。

と簡単にいいましたが、これまで他の会社が黒字にしようとしてもできなかったことを短期間でやったのですから大したものです。

ベイスターズを黒字化した男 横浜DeNAベイスターズの池田純社長に聞く(日経ビジネスオンライン)

上の記事を読むと、その内容がうかがい知れます。

■その男というのが、35歳で社長になった池田純氏です。

若い。それに自信満々です。その自信がどこからくるのかというと「幼稚園の時にスイミングスクールに通いだしました。水泳が自分に向いていたようです。他の子供たちと同じ練習だけしていてもドンドン速くなる。やればやるほど速くなったのです」などと仰っています。子供時代の成功体験とは…

その池田社長が球団経営を立て直した方法は実はオーソドックスです。

野球について勉強する。球場に行って観察する。観客のデータを収集する。細かな施策を打つ。そうしたことを積み上げていったようです。

これがベテラン経営者になれば、何かのきっかけで突然逆転したというような物語を作って、喜々として披露するのでしょうが、池田社長は素直な人です。

いろいろ試したと思いますが、これまでで最もダメだったものは何ですか?

池田:試合に満足がいかなかったらチケット代を返金しますという試みですね。(中略)人はもっと善良で、まさか返金なんて求めてこないと思っていたのです。しかし全員が返金を求めてきた。
(笑)

■池田社長の認識は

とにかく客席を全試合満席にしたかったのです。全試合満席にするためには、野球を観せるだけではダメなのです。そんな時代は残念ながらもう終わってしまった。

というものでした。

そのためには、いかに観客とつながりを持つのか。その一つとして、横浜球場のオリジナルビール造りを一から始めたことを語っています。

短い記事ですが、取り組みの様子がうかがえて有意義です。


シダックス カラオケ事業への見切りが煮え切らない



■シダックスがカラオケ事業に見切りをつけるという記事です。

以前、「シダックスが苦境に カラオケ業界の異変」というブログを書きました。カラオケ市場の縮小により、シダックスが苦境にあるという内容です。

今回の日経の記事では、シダックスの(1)高級路線(2)システム事業がないこと。を苦境の原因にあげています。

(1)については、「まねきねこ」のような低価格店、箱貸業が生き残っています。シダックスの場合、もともとあった給食事業の展開から始めたカラオケ事業ですので、ある程度高級にならざるを得なかった事情があります。

(2)については、業界1位の第一興商などカラオケ機器を提供するビジネスですから、店舗売上に頼らなくても収益を上げることができます。シダックスは、店舗に客足がなければ成立しません。

■シダックスの2017年3月期の業績予測は、売上高1510億円、経常利益はマイナス120億円です。(この予測も楽観的すぎるとの評価があります)

カラオケ部門は、全体の19%の売上(2016年3月期)。持分会社にして、本体からの切り離しを図りましたが、それでも重荷になっています。

今回、志太社長が「ある意味でカラオケ業界の中から撤退していく」と述べたのは、何とも思い切りのいい判断です。

しかし、記事では全面撤退の意味ではなく、「既存店については改善を図りつつ、市場のニーズに合わない不採算店舗については撤退していく考え」と書いていますね。

■なんとも煮え切らない。

280億円ほどの売上をどこで稼ぐのか、あるいは郊外に多い大型店舗をどう立て直す(撤退する)のか、まだ道筋が見えていません。

記事では、公共事業への参入(保育所や図書館など公共施設の運営からスクールバスの運行、学校給食まで幅広い業務)に活路を見出すと書かれていますが、それもどれほどの実現性があるのかわかりませんよ。

それよりも、まずはカラオケ事業の止血が必要です。事業部門をまるごと引き受けてくれるところは見つかりそうにないでしょうから、少なくとも既存店舗の黒字化が急務です。

「既存店については改善を図りつつ」というところの中身を知りたいものです。


クリスピー・クリーム・ドーナツの大量閉店は、前向きだったのですね

(2016年12月1日メルマガより)



■みなさんは、クリスピー・クリーム・ドーナツって、覚えておられます?

っていうと同店には失礼な言い方ですね。すみませんm(_ _)m

一時期は流行りましたよねーー

行列ができるドーナツ店として、マスコミにも取り上げられました。実際に、店の前に長蛇の列ができているのを目の当たりにしたものです。

というか、私がその列に小一時間並びましたので。

子供も小さかったですしね。お土産に買って帰ったものでしたよ。

■そのクリスピー・クリーム・ドーナツが、大量閉店するというニュースが今年ありました。

あの行列状態は、ブーム以外の何物でもありません。ですから、ブームが過ぎれば、閉店もするでしょう。

一時的に儲けて、時期が過ぎれば店じまいするという予定通りの行動なんだろうなと思っておりました。

ところが、クリスピー・クリーム・ドーナツ側は、ビジネスを諦めたわけではなかったらしい。

行列ができるドーナツ店から、長く愛される店への転換を図ろうとしているそうです。

参考:クリスピー・クリーム、「大量閉店」の全真相 行列ドーナツから"愛され"ブランドへの転換
http://toyokeizai.net/articles/-/143621

■私はてっきり、オーナーが変わったんだろうなと思っておりましたが、そうではないらしい。

ちなみに、クリスピー・クリーム・ドーナツは、1930年代にアメリカで創業されたドーナツ店です。

2000年頃になって株式上場し隆盛を極めますが、急激な店舗拡大をしたために財務状況が苦しくなります。一時は経営危機に陥ったようです。

その後、海外展開に活路を見出した同チェーンは、日本に進出します。

それが2006年。ロッテとリヴァンプの共同出資で作ったクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンです。

設立後の5年間で、30〜50店舗の展開を予定していた、というから、かなりゆるやかな計画ですね。(wikipediaを参考にしました)

噂では、経営危機に陥ったアメリカのクリスピー・クリーム・ドーナツ本社が、少しでも現金が欲しい状況下で海外に権利を売ったのだとも言われていましたが、どうなんでしょうかね。

二束三文で権利を買って、パーっと儲けて、サッとやめる。そういう山師的なビジネスなのかな、だとしたらうまいことやったな、と思っていたのですが、さすがにロッテとリヴァンプは、そんなことはしないらしい^^;

息の長いビジネスとして再展開を志向しているようです。

■2006年当初のブームの仕掛けは実に鮮やかでした。

一箱2千円だったかな。購入は箱単位。商品も選べません。ただ箱の中には、まるでハロウィンかと思えるような色とりどりの装飾を施したドーナツがバランスよく並んでいました。(視覚効果を狙うため、持ち運びによい立方体の箱ではなく、ピザのような平箱に12個が並んでいました)

お祭り感満載のドーナツ箱セットは子供のお土産に適していたと思います。

味はイマイチ。ただ甘いだけ。甘すぎる...あくまで個人の感想です。

が、マスコミ対応もうまく、行列のできる店として、しばらくブームは続きました。

上の記事では、現社長が「長時間並ぶ、顧客にとってそれが時代のニーズだった」と仰ってくれてますな。

一時間並んでドーナツのでかい平箱を購入した私は、はいそうです、確かに子供のために寒風吹きすさぶ中じっと耐えたいい父親だという自己満足感を得ましたので、言い得て妙ですわ。

■それはともかく、クリスピー・クリーム・ドーナツは、最盛期には64店舗。それを46店舗に減らして再出発を図るということです。

え?64店舗?と思いません。

そうなんですよね。業界1位のミスタードーナツが、1271店舗ですから、ほんとに小さなムーブメントだったわけですね。(世界トップのダンキンドーナツは約6000店舗by wikipedia)

でも、商品も日本人に合わせてリニューアルし、長く愛される店になるというのですから、いいことですよ。頑張ってください。

■ところで、業界1位のミスタードーナツの状況はどうなんでしょうか。

実を言うと、ダスキンのフード事業は赤字です。いまは不採算店舗の閉店と業態転換に費用がかかっていますが、そもそも、既存店の収益が悪いから赤字になるわけです。

上の記事によると、日本のドーナツ市場規模は約1200億円。それがゆるやかに縮小していっています。

コンビニがいっせいにドーナツの取り扱いを始めたにも関わらず市場は衰退しているのだから深刻です。

以前、このメルマガで、ドーナツ業界のことを書きましたね。

参考:セブンvsミスド 初戦の判定は
http://www.createvalue.biz/column2/post-310.html

しかし、実際には、セブンイレブンが入ってこようとこまいと、ドーナツ市場は縮小していたわけです。

■この状況は、ドーナツ業界1位のミスタードーナツにこそ、責任があると思いますね。

トップには、市場にイノベーションを誘発して、活性化させるという役割も必要です。

ところがミスドは、競争がないのをいいことに、ぬくぬくと過ごしてきたばかりか、売上を伸ばすために中華メニューを始めるなど信じがたい施策に出ます。

もっとドーナツに真剣に向き合え!

と言いたくなりますな。

中華をはじめたのはランチ需要を取り込むためなのでしょうが、それなら意地でも総菜ドーナツで対応すべきです。

甘くないドーナツをヒットさせていれば、ドーナツ市場はそれだけ拡大したことでしょうに。

あるいは今日の健康志向に対しても、太らないドーナツの開発を率先して進めるべきです。

トップ企業には、業界の課題解決に取り組む責任がありますからね。

■尻に火が付いたミスドは今になって、戦略の見直し、店舗リニューアルを進めています。

コンビニの低価格路線の台頭もあって、高級化、高付加価値化に拍車をかけるのでしょうが、いかにも遅い。

少子化に向かう上に、これだけ消費者の嗜好が多様化している現在、マスを狙う1980年代の戦略が立ちいかなくなるのは、はるか昔からわかっていたことのはず。

おそらく団塊世代をターゲットに、初期のアメリカンテイストの店(要するにコメダ珈琲のようなテーマ性があってゆったりした店)にしようというのでしょうが、店舗を改装するには相当時間がかかるはずです。

個人的には、ドトールのようなカフェタイプの店もいいかなと思うのですが、立地を都心に集めないとだめなので難しいでしょうね。現在の地方に多い店舗立地を考えると、やはり団塊世代を狙っていくのでしょう。

幸い、ダスキン本体は儲かっているので、致命的な遅れというほどでもないですから、よかったのですが。

一方のコンビニの方もドーナツに関してはうまくいっていないようです。

参考:失速したセブンのドーナツ、全面テコ入れは成功したか?
http://diamond.jp/articles/-/90472

セブンに関しては、最初に出した商品が不評だったので、リニューアルしましたが、それほど効果はなかったようです。

それもそのはず。ドーナツなんて鮮度が重要じゃないですか。工場で作った商品を店舗で提供しても美味しくないはずですよ。

鈴木敏文前会長なら意地でも事業育成していったかもしれませんが、他の方に格別の思い入れはないようです。

「われわれは元々、ドーナツを売りたかったわけではなく、セブンカフェを基軸として新しい食シーンを提案したかった」と発言しているぐらいですから、遠回しな撤退宣言なのではないかと勘繰ってしまいます。

確かに。わざわざドーナツでなくても、ベーグルでもワッフルでもチュロスでもいいわけです。

ドーナツをやるなら揚げたてを出すこと。そうじゃないなら、菓子パンで十分ではないでしょうかね。

■こうしてマス(大衆)を狙わざるを得ない上位企業が苦労しているわけですが、その点、身が軽いクリスピー・クリーム・ドーナツは気楽ですね。

取り返しがつかなくなるほど経営悪化する前に、戦略転換に踏み切ったことは評価に値します。

今回は、地方の小規模店舗を撤退させたということですが、おそらく当面は、ある程度の規模が見込める商圏で運営システムを整備していくことになるのでしょう。その上で、反攻の時期を待つということですね。

持前の華やかなイメージ、ファミリー層の支持、高めの価格設定を武器に、弱点だった味質を高めていけば、十分に成り立つはずです。

目標は100店舗だそうですが、それぐらいは達成するでしょう。

頑張ってくださいね。




「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語


大阪で毎月1回開催「戦略勉強会」

営業を会社の強みにする「営業コンサルティング」

動画を使って技術を継承するという話



■動画を人材教育に活かすという話です。そんなこと前からやっているといわれそうですが、左官屋さんや飲食店などが、職人技や接客技術の継承に効果を上げているということですから、これは一読の価値ありです。

製造業にしろ職人的な技能の継承には時間がかかります。それが効率性、生産性を阻んでいる一因となっています。しかし、マニュアルにできない職人技というものを捨ててしまうわけにはいきません。それがなければ競争力がなくなってしまうかもしれません。

技能継承が動画を使うことで時短できるとすれば、実に素晴らしい。

■ミソは、自社で動画を作成していること。自社で必要な技能を撮影し、それを各人が見て、真似をして、訓練するという作業です。

考えてみれば、人から人への技能継承も、手本を見せて、あとは自分でやらせてコツをつかむというプロセスですから、それを動画で置き換えることに何ら問題はありません。

むしろ、偏屈な師匠の顔色をみなくていいので、上達が早いかもしれません。

いわば、技能継承の東進ハイスクール化ですな^^

■これまでの動画による人材育成というと、ビデオで撮影して編集して、皆に上映して、というたいそうなものでしたし、業者が介入しなければできないようなものでした。

ところが、スマホさえあれば、そのすべてができてしまいます。変に構えることもなく、楽ちんで、撮り直しも自在です。

各企業は、この方法をマスターされることをお勧めいたします。


小さな会社の成功事例として



■ずいぶん前の記事ですが。ローカル企業の世界展開をとりあげています。

1、カンボジアに、タイ米にあう精米機を納入する機械メーカー。

2、ベトナムに、ガソリン等の貯蔵タンクを納入するメーカー。

3、ヨーロッパ等に切り株を使ったディスプレイを納入するメーカー。

いずれも固定費の小ささを武器にして小回りをきかせたビジネスをしています。

■あえていえば、

(1)コアとなる技術を設定する。

(2)技術を活用できる顧客を選ぶ。

(3)その顧客にあわせて技術をチューニングする。

(4)ビジネスの仕組みを再構築する。

というのが成功パターンとなるでしょうか。

■あとから語る成功ストーリーはいやにすっきりしたものとなりますが、実際には、こうした変遷と修正は、その時々の積み上げにほかならないことでしょう。

とくに今回の事例にあるような小さな企業は、小さな試行錯誤しかできません。

要するに、日々のPDCAを繰り返すことでしか、こうしたビジネスは構築できません。

逆にいえば、細かな積み上げができない会社は、生き残れないのでしょう。

そう感じます。


ジーユーがユニクロを超える時、ファーストリテイリングは世界トップになる

(2016年11月17日メルマガより)


■ユニクロの業績がどうにも振るいませんね。


日経新聞をみると、前年同月比マイナスのニュースが続いています。

ところがファーストリテイリング(持株会社)の株価は意外にいいらしい。

どういうことなんでしょうか。

■ファーストリテイリングの2016年8月期決算売上は、1兆7864億円。日本のアパレル企業としては、突き抜けた実績を誇っています。(2位のしまむらは、5461億円)

ところがここ数年は頭打ち感があり、特に利益が落ち込んでいました。

ちなみに、2016年8月期の同社の当期利益は、481億円。(しまむらは、306億円)

収益性において大きく見劣りします。

そのファストリの82%を占めるのが、ユニクロです。つまり、ファストリの不振は、ユニクロの不振にほかなりません。

■ユニクロの場合、国内売上が8217億円。海外売上が6431億円。(会社四季報記載の割合による)

国内では飽和状態感のあるユニクロの商品ですが、海外では好調で店舗数を増やしています。

だとすると、ユニクロの問題は、国内店舗の整理と底上げ。および為替対策ということになります。

ことにここ数年は円安が続き、ユニクロの業績を直撃していました。

あまりにも急激な円安だったので仕方のない面はありますが、それに甘えていては、希代の経営者柳井正氏の名が泣きますね。

ですから、円安傾向に一段落がついている今日、ファストリの業績が上昇する予測がたてられているわけです。

■もっとも国内ユニクロの実績があまり芳しくないのは事実です。

もともとユニクロは、アパレル商品からファッションの要素を取り去ったところから飛躍しました。

すなわち日用品としての衣服への特化です。

日用品なので、品質と機能が大切です。その品質と機能を追求しながら、低価格を実現したことが消費者の支持を得ることになりました。

簡単にいうと「いいものを安く」売ったわけですな。

いいものなのに安くできた理由は、ファッション性を取り去ったから。

流行がないので、売り切る必要性が薄い。売り切りのための費用も廃棄ロスもかかりにくい。

だから最初から低価格を実現することができたのです。

■ところが、ある時からユニクロの低価格路線にブレが生じました。

一つは海外展開です。日本の低価格を海外にそのまま持ち込んでも、現地では安いとはとらえられません。

むしろ、そこそこいい値段だと考えられているようです。

それでも海外で売れているのは、ユニクロの品質と機能が評価されているからです。

そこに甘えたというわけではないでしょうが、日本国内でも、少々高くても売れてしかるべしという考えがあったかのような値上げを敢行しました。

それが国内消費者のユニクロ離れにつながりました。

■もう一つは、GU(ジーユー)の存在です。

ユニクロの姉妹版のように登場したジーユーは、ユニクロよりも3割安い価格帯を志向しました。だから品質においては、少々劣ります。

が、こういう新ブランドの登場は、消費者にとって、ユニクロが一段高くなったとの印象を植え付けてしまいました。

機能品質がいいのにえらく安いことがユニクロの良さだったのに、機能品質はいいけど値段もそれなりだな。。となれば、魅力半減です。

実際には高いというわけではないのですが、消費者というのはわがままですから、そこそこの値段なら他のブランドを探してみたくなります。

■そのジーユーですが、ここにきて絶好調です。

2016年8月期の決算で、売上高は1878億円。(ユニクロの10分の1強)

ファストリ全体ではまだ大きくないものの、前年比33%増、営業利益222億円は35%増ですから立派です。

ジーユーの経営者は「10年で売上高1兆円を目指す」と強気です。

そうなれば、ファストリもユニクロとジーユーの2大看板でやっていけます。

■なぜジーユーが好調なのでしょうか。

当初、ジーユーは、ユニクロの廉価版という位置づけでした。その時は、あまりパッとしませんでした。

確かにそうですね。ユニクロより品質の悪いものをちょっと安く売ってますと言われても、ピンときません。

むしろ、消費者をなめているのか!って言いたくなりますよね^^

■990円ジーンズなんてヒット商品があったものの、それでもブームは一過性だったようです。

もっともヒットがあって自信をつけた経営陣は、消費者や従業員からの聞き取りを重ねた上で、「ファストファッション」というコンセプトに舵を切ります。

思い出してください。ユニクロは、脱ファッションで飛躍したブランドです。日常着る服だから高機能、高品質、デザインはなるべくシンプルに。というのがそのコンセプトでした。

ところが、ジーユーの主要顧客(あるいは従業員)は、若い女性でした。彼女たちが求めているのは「安くてもダサくない服」でした。

見渡すと、安くてもダサくないおしゃれな服は海外製ばかり。

それならと「日本発のファストファッション」というコンセプトを打ち出すことに勝機を見出したのです。

安くてもおしゃれな服を日本から発信するというジーユーのコンセプトは、脱ユニクロを示すものでした。

逆に、ファッションへの接近を試行錯誤して迷走していたユニクロは、吹っ切れたのか「ライフ ウェア」というコンセプトを前面に出すようになります。

ここに至って、二つのブランドは被ることもなくなり、成長の方向性が定まってきたようです。

■だからファストリがいま強化しようとしているのは、ユニクロの海外展開とジーユーの拡大です。

ユニクロに関していえば、まだ海外展開の余地があります。ブランド力もあります。

問題は、日本国内です。既に飽和感があります。しかも高品質の日用品ですから、買い替え需要が起こりにくい。

要するに、ユニクロ事業の限界が見えてしまったわけで、これだけで柳井氏が目指す10兆円には届かないということです。

■しかし、ジーユーは違います。

ファッションとしてのアパレルは、買い替え需要が旺盛で、市場が大きい。収益性も高く、ビジネスとして魅力があります。

しかも、日本発のファストファッションというコンセプトは、海外ブランドを高く売ってきた日本の業界にとって革新的で、破壊力のある事業たりえます。

海外でも日本発信のファッションブランドは魅力のはず。

競合はインデックス(ZARA)やH&Mといった強烈な企業ですが、売上高1兆円となれば、ユニクロとともに、十分に肩を並べることができます。

(インデックス:2兆4254億円、H&M:2兆1637億円、2014年)
http://www.fashionsnap.com/the-posts/2015-09-01/apparel-rank-2014/

既に完成しているユニクロというビジネスと、これから世界に出ようとするジーユーというビジネスを持つファストリは、これらの競合他社よりも可能性を感じます。

ジーユーが1兆円を超え、ユニクロをも超える時、ファストリは、世界トップになっているはずです。

それが、株式市場にも評価されている今日なのでしょう。

■しかし不安もありますね。

まずユニクロとジーユーというビジネスは別物です。

SPA(製造小売り)という形態は同じでも、方や日用品、方やファッションです。成功のための方法論が全然違います。

ユニクロは機能と品質をひたすら追求してきたビジネスですが、ジーユーでは流行を捉えなければなりません。

流行を追わなくていいから、在庫処分ロスも少ないというのがユニクロの特長だったのに、ジーユーではそうはいきません。流行をとらえてヒットを作るための方法論がなければ拡大どころか存続も危うくなるでしょう。

■もう一つは、ジーユーの掲げる「日本発のファストファッション」というコンセプトが、期待どおり世界に受け入れられるかが未知数であること。

ZARAもH&Mも、ファストファッションの大手ブランドですが、特に民族性を打ち出しているわけではありません。というか、ファストファッションって、スペイン発とかスウェーデン発とか特に重要ではない。

そこにジーユーが「日本発」というコンセプトを貫いて受け入れられるのか、あるいは受け入れられない時の軌道修正で迷走しないのか。

こればかりはやってみないとわかりません。

■さらにいうと、ファストリは今後の成長のためにM&Aを積極的にやっていくことでしょう。

柳井氏の性格からも、ビジネスの段階からも、それは間違いないと思います。

その際、他国の企業を買収して、今まで通りのクオリティを保ったまま成長していけるかどうかは、やはり未知数です。

イケイケの企業がM&Aでつまづいて、成長を鈍化させるってことはよくありますからね。

■そんなわけで不安はあるものの、ジーユーという成長ビジネスを得たファストリは、ここでようやく世界に伍する展望を得たのではないか。

そんなふうに感じます。

日本発の世界企業が飛躍することを心から願っております。

参考:ユニクロ顔負け、急成長するジーユーの秘訣 日本発ファストファッションは化けるのか?
http://toyokeizai.net/articles/-/140804

参考:「ユニクロにはできなかったことを」を掲げたジーユーの改革
http://diamond.jp/articles/-/87302


窮地のサムスンが次の一手を早めたために、日本企業が苦境に陥るのでは…



■「Galaxy Note 7」でやらかしたサムスンが、大型買収をまとめましたね。

ちなみに「Galaxy Note 7」というのは、サムスンの新型主力スマホのことです。こちらが、置いてあるだけで発火するというクレームを頻発させ、250万台のリコールを余儀なくされました。

ただでさえスマホ市場の鈍化とシェア低下に直面していた折、サムスンの北米でのブランド力は地獄の底まで叩き落された具合です。

これは長引くぞーと言っていたところで、この大型買収のニュースですから、機先を制すかっこうになったのか好意的にとらえられています。

■今回、サムスンはハーマンインターナショナルインダストリーズというメーカーを80億ドル(約8,636億円)で買収すると発表しました。

ハーマンというのは、音響設備を中心に自動車部品を扱う会社です。近年、部品会社を買収し勢いのある会社で、いわゆるコネクテッドカー(自動運転車の前世代)の主力企業の一つになると考えられています。

コネクテッドカーや自動運転車は、明らかに成長分野です。サムスンは、いい会社を買収したということです。

■自動運転車といえば、アップルやグーグルも手掛けていますが、サムスンの場合は、最終製品を作るのではなく、あくまで部品供給者の立場でビジネス展開しようということらしい。

だから、競合となるのは、パナソニックやパイオニアなどの日本企業が多い。

ここでも、日本の電機メーカーの前にサムスンが立ちはだかるわけですな。

「またサムスンか!」って言ってますよね、きっと。

■サムスンがスマホでやらかしたのには、生産や品質に関する技術軽視があったのではないかと考えられています。

今回は、アップルのアイフォン7が出るのにあわせようとするあまり、無理な機能をいれてしまったのだとか。

これは極端な例ですが、それでも以前から、表面的な機能や品質だけを整えて、あとは販売力で売ってしまうので、長い時間を経た耐久性に難があると言われていました。特に日本製と比較した場合、5年後以降の性能に差が出るのだと。

そういう面にはこりごりでしょうから、今回の大型買収は、まじめに技術に向き合おうという姿勢もあるのでしょう。だとすれば良いことです。

しかし、企業文化を変えるのは難しいことですから、ハーマンとサムスンがうまく融合していけるのかは未知数ですけどね。

ともかく、日本の部品メーカーがまた駆逐されないように頑張っていただきたいと願っております。


ピコ太郎はなぜ世界を席巻したのか?

(2016年11月3日メルマガより)


■ピコ太郎なる人物をご存じですかね。

現在、ユーチューブで「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」という曲を歌い踊り、世界を席巻している人物です。

「集計期間1週間での再生数累計は何と1億3400万回再生(関連動画含む)」とか。世界トップです。

参考:ピコ太郎「PPAP」がYouTube動画再生数世界1位、日本人初の快挙
http://www.musicman-net.com/artist/61761.html

ユーチューブ発のヒットは、今に始まったことではありません。

先年は「ラッスンゴレライ」なるリズムネタを流行らせた芸人もいましたっけ。

ただ、今回のヒットはそれどころではありません。世界トップですからね。

韓国のアーティストPsyの「江南スタイル」を彷彿とさせます。

■ちなみにピコ太郎とは、今回の動画を作る際のコードネームみたいなもので、正体はお笑い芸人の古坂大魔王という人らしい。

無名の人のように思えますが、芸人仲間では有名だそうです。楽屋では一番おもしろいのだとか。どうもテレビ向きではないようです。

その人が今回、脚光を浴びたということは何とも喜ばしい。それどころか、世界トップになったというのですから、スケールが違う。

今まで日本人で、一発芸にしろ世界トップに立った人っていました?

まさにインターネット時代の新しい芸人の在り方を示したと言えるのかも知れません。

それにしても、ピコ太郎はいかにして、世界的ヒットをものにしたというのでしょうか。

■結論からいえば、まぐれ当たりでしょう。

そうとしか言えない不思議な現象です。たとえ同じような動画を他の芸人がアップしても、同じようにヒットするとは思えません。

ただ、ピコ太郎の動画は、ユーチューブにアップして2カ月ほどで人気を博し、海外メディアにとりあげられ、さらには世界的ポップミュージシャンのジャスティン・ビーバーが「お気に入り」だとツイッターでつぶやくまでに至りました。

何がヒットの要素なのか?考えてみるのも悪くはないでしょう。

■さて、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」とは、こんな動画です。

参考:PPAP(Pen-Pineapple-Apple-Pen Official)ペンパイナッポーアッポーペン/PIKOTARO(ピコ太郎)
https://www.youtube.com/watch?v=0E00Zuayv9Q

いかがでしょうか?面白いですか?

全員が全員、面白いとはいわないでしょうね。いろいろ聞いてみると、小さな子供は喜んでいるようです。小島よしおの「そんなの関係ねえ!」みたいな感じですかね。

ともあれ、一部の人たちには面白がられて、真似されるに至りました。そうなんですね。真似しやすい。

こんな感じです↓

参考:りかりこもwwミクチャで人気急上昇中!!『ペンパイナッポーアッポーペンPPAP』りかりこ、渡辺リサら可愛い女の子まとめ《ミクチャLOVE2》
https://www.youtube.com/watch?v=2527yFt4wRU

いかがでしょうか。何度も聞いていると、それなりに癖になりませんか。

この真似しやすい。ということと、癖になる。ということがヒットの要素であると考えます。

■音楽性については私はよくわからないのですが、1980年代のテクノポップを意識して作られているらしい。

参考:ピコ太郎「PPAP」なぜ世界的に流行? 古坂大魔王のプロデュース力を探る
http://realsound.jp/2016/10/post-9677.html

古坂大魔王氏は、音楽の造詣も深く、自身が作曲したり、他のアーティストのプロデュースを手掛けたりしています。

だから、今回の曲もしっかりと80年代の音をフィーチャーして作っており、そのレトロさが若い世代に新鮮に映ったのではないか。ということです。

■はっきり言って、内容はゼロ。

ペンとリンゴをくっつけてどうなるということもない。ナンセンスですね。

ただし、一応、英語でできているということが鍵となりました。(荒井注の「ディスイズアペン」みたいな英語ですが)

グローバルに広がって真似されたのは、バカバカしくも、英語で歌っているということなしにはありえなかったはずです。

■とりあえず、まとめると、

(1)真似されやすい。

(2)音楽性がしっかりしている。

(3)英語を使っている。

この3つが、最低限あったということが、ヒットの要素としてあげられます。

■それにしても、なぜこれほど真似されたのか?

気になるのは、この動画を紹介する際によく「中毒性がある」といわれることです。

確かに癖になる=中毒性がある。と私も思います。

もう一度、真似された方の動画を見てみてください。

この短い動画の中に、いろいろな要素が詰め込まれていることがわかります。

〇ところどころ決めポーズがあります。それがアクセントとなっているので、あとは適当にやっていてもそれなりの形になります。だから真似しやすい。

〇決めポーズのところはみな顔を緊張させています。そのあとの踊りでは弛緩しています。そのメリハリが踊っていて楽しい要素となっています。

〇最初の方のセリフは語尾が上がっています。が、最後のセリフは語尾を下げています。それが音としてもストーリーとなっており、起承転結がつくようになっています。

緊張と弛緩のメリハリ、音の上がり下がりというストーリー。こうしたことが、踊っている者はもちろん、聞いている者にもストレス解消に働いているのです。

この動画には中毒性がある。というのはあながちデタラメでもないように思います。

■繰り返しますが、今から同じような動画を作ってユーチューブにアップしたとしても、同じように流行るとは限りません。いや、たぶん、無理でしょう。

しかし、今回の動画に、上の要素がまるでなかったとすれば、真似されることもなく、海外で受け入れられることもなかったに違いありません。それは断言できます。

例えば、ピコ太郎は、こういう動画もアップしています。

参考:Romita Hashimikov(ロミータ・ハシミコフ)/PIKOTARO(ピコ太郎)
https://www.youtube.com/watch?v=QQaJmUe9Ov8

参考:NEO SUNGLASSES(ネオ・サングラス)/PIKOTARO(ピコ太郎)
https://www.youtube.com/watch?v=B6FFfEP-y4E

こちらの方が、面白いと思いません?バカバカしいのは同じでも、はじけ方が違う。

しかし、こちらはどうも真似しにくい。さらにいうと、英語ではない。というのが致命的になっています。

■たとえまぐれ当たりだったにしろ、当たる要素を込めて提供するのと、しないのとでは可能性が断然違います。

これって、営業でも同じですよね。売れる売れないは、ある程度、確率です。その確率を上げるための地道な準備をするかしないかでロングスパンでの成績が大きく変わってしまうという話です。

とまあ、わざわざ営業の話につなげることでもないのですが。

いずれにしろ、ピコ太郎氏の動画からは、今日のヒットの在り方が込められていると感じました。

おそらく、日本の芸人さんたちは、今後いっせいに英語の動画をアップするのではないかと予測します^^

健闘をお祈りいたします。


技術や機能で稼ぐためには、営業経費を使って販売の仕組みを作る必要がある



■よくできたストーリーの記事です。素晴らしい。

東大阪にある DG TAKANO という会社。もとはIT関連分野で創業したようですが、ビジネスの種を探しているうちに、節水ノズルに行きつきました。それは実家の工場の技術で作れるものでした。

そこで当人は、実家の機械を使ってものづくりに挑戦します。旋盤機械の使い方は独学でマスターしました。できたのが、画期的な節水ノズルです。

話題にはなりましたが売れませんでした。商社が本気になって売ろうとしていなかったからです。書かれていませんが、既得権益のようなものがあったのかも知れません。流通とはそういうものです。

そこで同社は、ユーザーに直接販売する道を選びます。飲食店に狙いを定め、サンプルを配り、効果を実感してもらった上で販売する方法です。時間と労力がかかる方法ですが、それが着実です。徐々に売れるようになってきた。

利益が出るようになればしめたもの。次の営業経費を出せるようになります。記事に書かれているように、海外に販売する道も開けてきたようです。

■私が感心したのは、当然ながら、営業の部分です。こうした地道な営業なくして、長期的な利益はありません。誰もがわかっているのに、やらない企業が多い。

特にものづくり企業は、技術や機能が利益になる。と信じているのか、営業に経費をかけようという考えがない会社が多い。いまだに多い。

最小の労力で最大の効果を。なんて甘いことをいう販売業者に依存してしまう。それでは下請け時代と変わりません。

営業は自分ですること。しかも継続するためには仕組みを作ること。それを理解したのは、同社がもともと製造業ではなかったからなのでしょうかね。

そうそう、下記の著書の会社も営業がユーザーに近づくことで世界トップ企業への道を進んでいきました。

ぜひ参考にしていただければと思います。



「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語


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福原忍投手が18年間、第一線で活躍した理由



■阪神タイガース一筋18年。今期限りで引退する福原忍投手が、コーチに就任するそうです。その金言です。

困った時にしっかり投げられるボール、そういう自信を持って投げられるボール。困った時に投げられるピッチャーを育てたい。

入団時からスピードのある投手でしたが、最終年に至るまで威力のあるストレートを投げ込んできました。

福原投手が18年間も一軍で活躍できたのは、その威力のあるストレートを外角低めに投げることができたからです。

ここぞという時の外角低めのストレート。元野村監督がよくいう投球の「原点」です。福原投手はひたすらこの武器を磨いてきたのでしょう。だからこそ18年も第一線で活躍できたわけでした。

■ダルビッシュ投手のように、すべての球種が一流で、コンビネーションを無限に組めるような天才ならいざ知らず、ほとんどの選手は才能にそれほどの優劣があるわけではないでしょう。

その中で、長く活躍する選手、寿命が短い選手があるのは、この「一芸」を持っているかどうかだと、福原投手は言っているのですね。

自分の特徴を知り、最もふさわしい武器を磨く。

これは野球だけではないはずです。

会社員でも独立者でも、まずは自分の武器は何かを知り、「一芸」にまで高め、それをひたすら磨くこと。凡庸な人間が、生き残るための王道です。

困った時にしっかり投げられるボール、そういう自信を持って投げられるボール。

あらためて、自らの「一芸」を顧みたいと思います。

■全然話は変わりますが、福原投手って39歳なんですね。老けてません?

野球選手ってそれだけ肉体と精神を酷使して、一般の人より濃い人生を送っているのでしょうね。だから老けやすいのかな。

高い年棒をもらわないとやってられない仕事ですね。長い間、お疲れ様でした。



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