わたしは価値を創る

大阪在住の経営コンサルタントのブログです。

"志"が歴史を変えた--三国志に寄せて

(2007年10月11日メルマガより)

■先月の29日、アシックスの鬼塚喜八郎会長が、お亡くなりになられました。

心からご冥福をお祈りいたします。

■鬼塚会長は、戦後、裸一貫で靴の製造を始め弱者の戦略である「オニツカ錐もみ商法」を駆使して、一大スポーツ用品メーカーを作り上げた偉大な人物です。

以前、このメルマガでも、書いたことがありますので、参考にしてください。


■鬼塚会長は、まさに"志"の人でした。

いくら戦略を駆使しても、志がなければ、それは小手先の動きになってしまいます。

鬼塚会長の志が、アシックスを作り上げたのです。

■今回は"志"の話をしてみたいと思います。

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■私は元来、魂とか精神とか根性とかいう言葉が嫌いなタチです。

営業に魂はいらない!と宣言していたぐらいです。

というのも、私が営業の一線にいた頃、とにかく営業は根性論が主流でした。

私のいた会社もご多分に漏れず、昔実績を上げたらしい「営業の鬼」が、経験論をもとに、非効率非科学極まりない指示をとばしていました。

できない者は根性が足りない。言われてすぐに走らない者はダメだ。営業はゴミになりきれる奴だけでいい。理屈を言う奴はいらない。

その実、やっている政策は安売りだけ。「名刺代わり」と称する安売りが、唯一の戦術でした。

■もちろん、営業に魂は必要です。いくら知識と理論とスキルがあっても、魂のない営業が活躍を持続することはできません。それは充分承知の上です。

要するに、営業根性論のアンチテーゼとして、根性不要論を謳っているわけです。

しかし、ここ何年か、営業にも生産性向上が議論されるようになりました。




などといった著作が発売されて、営業の効率性追求の姿勢も一般的になってきた感があります。

大昔の恐竜のような営業の鬼への反発から、営業精神論を頑なに廃してきた私ですが、メジャーが営業生産性向上を謳うなら、その役割も終わりを告げたのかも知れません。

むしろ、弱者の私は、そろそろ、営業の精神性を強調すべき時期に来ているのでしょうか^^

■確かに、営業でも経営者でも、トップクラスの人は、強烈な精神性を持っている気がします。

アシックスの鬼塚喜八郎会長はその典型です。あんなに気高く、エネルギーに溢れた人を見たことがありません。

自分にそのマネはできるだろうかと甚だ疑問に思いながらも、その必要性を再評価しているところです。私のコンサルティングに「精神論」が加わっても、そんなに驚かないでくださいね^^

■私がコンサルティングに精神性を持ち込まない理由のもう1つは、理想のコンサルタントだと密かに掲げる人物のイメージが念頭にあることです。

私が経営コンサルタントを目指した時、理想像としてベンチマークしたのは(言うのが少々気恥ずかしいのですが)1800年前の中国の蜀という国の軍師、諸葛亮孔明です。

彼は三国志の中でも屈指の英雄として、さらには、中華民族5000年の誇りとまで言われる人物です。

もっとも彼の実像は「そこにいるのが分からないぐらい」影の薄い人物であったと言われます。つまり、決してカリスマ性やハッタリで人に影響を及ぼす人物ではなく、あくまでその知識とスキル、その活用であれだけの仕事をやってのけた人物なのです。

だから私は、コンサルタントには派手なパフォーマンスも根性論も必要ないというイメージを持ち続けていたのです。

■諸葛亮、字は孔明。一族には各国の参謀として仕えた者が多く、学究一家であったと思われます。本人も学者肌の人で、若くからその才能を知られるところとなっていました。

もっとも世俗的な野心は全くといっていいほどなく、質素な晴耕雨読の生活を長く送っていました。才能を聞きつけた劉備玄徳の誘いを2度もかわし、3度目でようやく応じた話は「三顧の礼」としてあまりにも有名です。

■劉備玄徳は、三国志という壮大な物語の主人公に設定されている人物ですが、正直言って、なんでこの人物が主人公なんだろうと思えるような凡庸な男です。

しかし、この男には、人を惹きつける何かがあったようです。関羽、張飛という稀代の英傑が兄と慕い、強大な魏という国の創設者曹操でさえ「天下に英雄と言えるのは、私と劉備しかいない」と語っています。(物語の中ですが)

もっとも、この時まで、劉備はあちこちを転戦する外人部隊のリーダーのような程度の者だったのです。戦乱の世を生きのびてきた強運としぶとさは認められますが、いつ消えてもおかしくない存在です。

■ところが、この男には、巨大な"志"を持ち続けるという稀有の才能がありました。それは、漢王朝の再興とも、民衆のための国家を作るというビジョンであったとも言われます。この根無し草のような男を慕って数万の民衆が行動を共にしようとしていました。曹操に追われて敗走する際にも、足手まといになる民衆を見捨てずに、一緒に行動したという愚直な男です。

そんな劉備に諸葛亮は何を見たのでしょうか。

諸葛亮は、劉備が訪れた3度目に初めて会います。その時、劉備から、その熱い志を語られます。自分にはこんな"志"がある。そして、それには孔明が必要なのだと。

諸葛亮がその時、強い何かに惹き付けられたのは間違いありません。以降、文字通り、生涯に渡って、劉備玄徳と彼の建国した蜀という国に身を捧げることになるのですから。

後に劉備が死ぬ時「私の息子が王の器でなければいつでも代わってほしい」と告げられますが、もちろんその姿勢は変わらず、一介の軍師として劉備の息子を支え続けたのです。

私は、諸葛亮が、劉備玄徳の"志"に強く打たれたのだと解釈しています。それまで、天下に並ぶものがないほどの学問の才能を認められながらも、彼は、一介の農民に過ぎませんでした。

それが、劉備玄徳の持つ"志"に共鳴し、この男に賭けてみようと思ったのです。いくら学問に通じていようと、天下を動かす程のスキルがあろうと、魂がなければ宝の持ち腐れです。劉備によってそこに熱い魂を注ぎこまれました。いわば、命を与えられたのです。彼は、そのことに生涯恩義を感じていました。

■諸葛亮は、劉備に「天下三分の計」という戦略を授けます。中国を制覇しつつあった魏に対抗するために、呉という国と手を組み、第三勢力を打ち立てるという壮大な構想です。

もし、この戦略がなければ、中国はそのまま魏に統一されていたことでしょう。まさに、諸葛亮の戦略が中国史に三国時代を作り上げたのです。

劉備はこの戦略に目を開かされます。

諸葛亮に説き伏せられた呉は、彼の協力のもと「赤壁の戦い」で魏を打ち破り、三国時代を現実のものとするのです。

■劉備玄徳は、蜀を建国し、その王となります。

諸葛亮は、一気に魏を攻め立て、勢力拡大を図りますが、孔明の才能に恐れを抱いた呉の裏切りで、頓挫してしまいます。

この呉の裏切りによって関羽が戦死し、怒り狂った劉備も罠にはまって失意のもとに斃れます。

■劉備、関羽、張飛という英雄たちの亡き後、抜群の内政能力で、国力を充実させた諸葛亮ですが、魏のわずか1/6という小さな国では、いずれ攻め滅ぼされることは明らかです。

だから諸葛亮は執拗に魏を攻め続けます。攻めなければ、滅ぼされるという危機感があったのです。

しかし、そこに"志"を体現する劉備玄徳はもういません。民衆は、現状に安寧することを望むもの。誰も戦争を求めません。

そこで、諸葛亮が書いたのが有名な「出師表」です。これは、自分がなぜ魏に対して戦争を起こさなければならないかを書き綴った決意表明です。

そこには、蜀の置かれた現状、先帝に対する恩義、自身の悲壮な決意が書かれています。美辞麗句は使用せず、簡潔に書かれた名文で、当時「これを読んで泣かない者はいない」と称えられたものです。

諸葛亮は、自分に足りないカリスマ性をこうした「ビジョン」を示すことにより補おうとしたのでしょう。この出師表が孔明の行動に裏づけを与え、民衆は彼を指示したのです。

■5度に渡る北伐の後、諸葛亮が、五丈原に斃れたのは西暦234年の秋でした。(日本では邪馬台国の時代です)

諸葛亮に立ちはだかった魏の総司令官が、司馬懿仲達という人物。後に、魏を転覆させ晋を建国する野心あふれる男です。

司馬懿は、しかし、諸葛亮を恐れ、まともに戦おうとしませんでした。彼のとった方法は持久戦という「強者の戦略」です。

弱者として生涯を戦い続けた諸葛亮孔明。それに対して強者としてミートした司馬懿仲達。この二人の英雄の秘術を尽くした戦いは、三国志のハイライトの1つであると同時に、軍事戦略の奥深さを見せ付けるものとなっています。

もっとも、これを語るとまた長くなるので、またの機会にしたいと思います。







縮小するアパレル市場で生き残るには

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(2007年9月27日メルマガより)

■以前「発想法」について書いたことがあります。

ビジネスのヒントは、思わぬところに落ちているものです。

複雑な思考法は必要ありません。実に単純なものです。

このメルマガでも、「最寄品」「買回品」という商品の分類に着目した発想法を紹介いたしました。


■その好例が「洋服の青山」に代表される郊外型紳士服専門店業界です。

1980年代頃までは、庶民にとって^^スーツといえば、ボーナスが出た月にしか買えないものでした。

私はその頃、ペーペーでしたから尚更です。少ないボーナスは飲み代に消えてしまい、スーツは半年後に買おう...なんてよく思っていたものでした。

つまり、スーツは「買回品」だったのです。

■ところが「洋服の青山」の登場が市場を一気に変えてしまいます。

確か目玉は1000円のスーツ(数量限定)だったと思います。

(当時の週刊誌が、青山の1000円スーツを質屋に持っていったら5000円になった!という記事を載せていたのを記憶しています^^)

1000円のスーツは極端にしても、百貨店の1/2、1/3の価格で大量の商品が常時販売されています。

まさに価格破壊。

彼らは「買回品」を「最寄品」にしてしまったわけです。

その衝撃度や凄まじいものがありました。

■このように、「最寄品」→「買回品」にするよりも、「買回品」→「最寄品」にする方が、破壊力を持ちます。

ユニクロがフリースで大ブームを引き起こした時も衝撃でしたが、こちらはまだ最寄品の中でのポジションチェンジ程度です。だから、青山のスーツ革命のインパクトには及びません。

それぐらいの社会的な事件だったのです。

■「買回品→最寄品なんて簡単に言うな!それができれば苦労しないぞ」と怒られそうですが。。。その通りですね。

確かに苦労します。

しかし、そうやすやすと革命を起こしてもらっても困りますしね。

簡単にはいきません。

まあ、ここでは発想の方向性を見てもらいたいと思ったわけです。

■ちなみに青山の革命の根拠は「大量買取仕入・多店舗大量販売」です。

店がいっぱいあるから、大量に仕入れられる。品揃えがあるから、安心して売れるというわけです。

そこには、流行のあまりないスーツという商品の特性があります。在庫がいっぱいあっても死蔵在庫になる恐れが少ないわけです。

さらに重要なのは、現金販売のわりに、仕入手形のサイトが6ヶ月という恐るべき長さであったことです。この回転差益が、キャッシュの余剰を生み、大量出店を可能にしたというカラクリです。

これに尽きると言いたくなりますね。

だから、当時の本当の衝撃は、価格破壊よりも、凄まじい大量出店の勢いだったと思い出します。

■もっとも、この爆発的な成功モデルも20年が経ち危うくなってきています。

少子高齢化の波はスーツ業界にも訪れています。

現在、スーツの販売量はピーク時の2/3程度。団塊の世代の退職でさらに減少することは「すでに起こった未来」です。

大量販売という根拠がなくなれば、このビジネスは行き詰まってしまいます。

また、成熟した市場においては、価値観の多様化が進み「こだわり」や「本物志向」が再び脚光を浴びるようになります。

青山、コナカ、はるやまともに、セレクトショップの立ち上げを試行しているようですが、この分野では「弱者」としての戦いを強いられます。それなのに、弱者として武器となる「差別化ポイント」を打ち出せない状況では、突破口とはなりえません。

このままではジリ貧になることは必至ですが、強烈な成功体験から抜け出せないのは、あらゆる起業家に共通する問題なのかも知れません。

未だ利益が出ているうちは、新たな改革を起こすことは難しい状況です。

■彼らから10年遅れて市場に登場したユニクロ(ファーストリテイリング)も、岐路に立たされています。

ただ、ファーストリテイリングは、アパレル市場が縮小していく厳しい時代に登場した企業なので、最初から危機的状況は織り込み済みだったようです。

国内市場が成熟しているならば、海外に出ていこうというのが、同社のシンプルな考え方です。

国内でフリースの色を変えて少々ヒットさせたところで、柳井会長の言う1兆円企業には届かないでしょうし。

■だから、ファーストリテイリングは、潤沢なキャッシュを根拠に、海外企業の買収を積極的に進めようとしています。

この動きは、なにも同社だけに限ったことではありません。日本のアパレル大手の多くが、海外ブランドの買収を志向しています。

面白く、かつ難しいのは、キャッシュの額だけで有望な買い物ができるわけではなさそうなことです。

実際、同じように海外ブランドを買収しても、その後、鳴かず飛ばずのところ(レナウン→英アクアスキュームタム)もあれば、海外進出の足がかりとして飛躍のきっかけとした企業(オンワード→伊ジボ・コー)もあります。

当たり前の話ですが、結局は、買収後のマネジメントが成否を分けるのです。

ということで、ファーストリテイリングが米バーニーズ買収を断念したからといって、それが特段失点になったわけではなかったのです。

■いずれにしても重要なのは、ファーストリテイリング、青山ともに弱者としての戦略を持つことです。

ファーストリテイリングは、世界市場における弱者としての立場を認識し、弱者の戦略を選ぶこと。

青山は、スーツ市場の周辺の市場に進出する上での弱者の戦略を選ぶこと。

つまり、小さな市場を選び、差別化、集中、勝ちやすきに勝つ。そしてナンバーワンを勝ち取ること。

グローバル化の時代であるからこそ弱者の戦略が必要とされているのです。

■それにしても、ユニクロ、青山、ともに強烈な成功モデルを持っていた企業が、成功パターンを崩さなければ生き残っていけない事態に陥っています。

2社に共通するのは、一世を風靡し、巨額のキャッシュを生んだ見事なビジネスモデルを作り上げていたこと。

青山は、大量出店大量仕入大量販売モデル。

ユニクロは、中国を巻き込んだ製造販売小売モデル。

比較するとユニクロのモデルの方が、陳腐化は早かったようです。これは、モデルの優劣ということもあるでしょうが、環境の移り変わりが早くなってきていることも関係していると考えられます。

■ということは、中小企業が、中途半端にビジネスモデルで勝負することはリスクが高いことではないかと思います。

ファーストリテイリングのように、生きのびるために必要なキャッシュを獲得できれば幸運でしょうが、小さな成功ではそれもおぼつきません。

21世紀は柔軟性とスピードの時代だという声があちこちから聞こえます。

固定化されたビジネスモデルで戦うよりも、柔軟な動きの中でのしたたかな戦略選択が求められる時代だということです。

ハンバーガー帝国興亡の行方は

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(2007年9月13日メルマガより)

■ハンバーガーチェーンのロッテリアが100円メニューを始めるそうです。

性懲りも無く...^^;

マクドナルドへの対抗措置だそうです。

■思えば、マクドナルドが価格競争を仕掛けたことがファストフード激動時代の始まりでした。

デフレ下の時代。突如、低価格路線を突き進み始めたマクドナルドに追随したハンバーガーチェーンは、バタバタと倒れていきました。

価格競争のような体力勝負の消耗戦に持ち込まれた時、生き残るのは一番体力のあるトップ企業のみです。

この消耗戦によってマクドナルド自身も傷を負いますが、結果として体力の劣る3番手、4番手企業は致命的なダメージを負って市場から退場していきました。ほぼマクドナルドの目論見どおりになったということでしょう。

ロッテリアも、マクドナルドの消耗戦に巻き込まれて、大きく傷を負った企業の1つです。ご存知のように、ファンドの支援によって再建しています。(あるいは再建の途上です)

■マクドナルドは、いわば「肉を斬らせ骨を断つ」ように、下位企業をつぶしていき、業界の掃除をしたわけです。その後に、自社は、悠々と品揃えを増やして、利益を上げる措置をとりました。

まさに王者の戦い方です。

ハンバーガーチェーン業界での地位を磐石にした後は、外食産業全体への覇権に向けて進もうとしているようです。

(外食市場全体が縮小傾向にあるのに比べてファストフードはまだ伸張しています。これは、ファストフードが、外食の分野を侵食しているとみることができます。ファストフードの領土拡大戦は始まっているのです)

マックカフェ(大阪ではマクドカフェ)なる新業態の展開は、記憶に新しいですね。こちらは、伸びしろのあるカフェ市場にちょっかいをかけようという動きです。スターバックスへの宣戦布告というわけです。

■マクドナルドの誘導作戦にはまってダメージを負った企業が多い中で、むしろ存在感を示した企業もありました。

こちらは、ランチェスター戦略セミナーでいつも例に出す話題です。

そうですね。

業界2位のモスバーガーは、低価格路線には付き合わず、むしろ高級化を進めることで、激動の時代を乗り切りました。

なんせ、100円でハンバーガーが買える時に、800円のハンバーガーを売り出したのですから、たいした度胸です。

「皆が安いハンバーガーを求めているわけではない。高くても美味しく品質重視のハンバーガーをほしがる人もいるはずだ」というコンセプトが支持されて、ブランドを保つことができました。

これが弱者の基本戦略である差別化戦略の典型事例です。

■日本市場では一敗地にまみれ、退場を余儀なくされたバーガーキングも、本国アメリカでは存在感を示していました。


こちらもモスバーガーと同じ方向性です。すなわち、トップ企業との差別化を図ろうという考えです。

バーガーキングの場合、悪乗りと言われかねない販売キャンペーンを展開しています。

というのは「うちの商品は健康に悪いですよ!」と臆面も無く告知する売り方です。

彼らの考え方は「そもそもハンバーガーに健康を求める人なんているだろうか。どうせたまにしか食べないなら、健康度外視しても美味しいボリュームのある商品を食べてもらおう!」というものです。

言われればその通りですね^^

アメリカでもトップ企業のマクドナルドが進める「健康キャンペーン」を嘲笑うかのような「健康度外視キャンペーン」でシェアを上げていきました。

このやり方で業界トップを狙うことはできませんが、ある層(同社は30〜40代の男性と設定)の支持を得ることはできます。

バーガーキングは、モスバーガーよりも明確に差別化戦略を展開したということができるでしょう。

■日本から撤退したバーガーキングは、その後、ブログを中心にカルト的な人気を保ち続けていました。

「ワッパーってボリュームあったなあ」「美味しかったなあ」「米軍基地内ではまだ買えるらしいよ」「おれこの間食べたよ」なんて話題がブログで綿々と語られてきたわけです。

このブログというメディアが象徴的です。

流行が一気に広がるのがIT時代の特徴です。一番売れているものの情報は、すぐに広がり、売れ行きを加速させます。

人間は「一番」が好きですから、迷ったら、とりあえず一番売れているものを選びます。だからIT時代には、一人勝ちがしばしば起こります。一番になることが生き残りの条件だと言っていいでしょう。

ところが、一方で人間には、マジョリティの裏側を好む性向もあります。一番流行っているものの逆の要素を味わってみたくなるわけです。

これは、常識的な人がいて、ひねくれた人もいる、という単純な図式ではありません。

一人の人間が、常識的な時もあれば、たまにはあまのじゃくな時もあるということです。当然、二面性を持っているのが普通なんですね。

ITには、そのマイノリティな欲求も表に出す機能があります。ブログという個人情報発信メディアがその典型です。個人の密かな欲求が全世界に発信されて、それに賛同する人たちが集まりやすくなるのです。

マジョリティもマイノリティも等しく表に出てしまうという状況が現代の特徴だということでしょうか。

■「安いものはもう飽きた。食べ応えあるものがいい!」という欲求の高まりを受けて、バーガーキングが日本に再上陸したのは今年です。

もちろん、ブログでの人気だけで再上陸を決めたわけではなく、「ファストフードのグルメ化、主食化」という大きな流れを分析の上でのことだと思われます。

まだ東京に数店舗ですが、爆発的な人気を博しています。

まさにマイノリティのパワーここにあり。という感じです。

■IT時代にマイノリティを軽視するわけにはいきません。

だから王者マクドナルドはすぐにミート(まね)しています。

メガマック(大阪ではメガマクド)の投入は、直接的にはバーガーキングのインパクトを薄めるための措置です。

同時に、外食産業への殴りこみの意図も見えます。

■それにしてもマクドナルドの戦略は実直です。

○新勢力が出てきたらミートする。

○既存市場は成熟しているので周辺市場進出を伺う。

この2つを堅実にやっているわけで、この地道な姿勢がマクドナルドの強さにつながっているわけです。

戦略の定石通りに「やるべきことを確実にやる」

これに勝る成功の秘訣はありません。それをやり抜くことがなかなか難しいのが秘訣である所以です。

■以前、マクドナルドに「えびバーガー」をミートされたロッテリア。(えびバーガーはもともとロッテリアの看板商品でした)

今回は、どういうわけかマクドナルドにミートする所存です。

「皆が高級ボリューム路線に行くなら、低価格路線もアリだ」というわけなんでしょうか。

日本製航空機は羽ばたくか

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(2007年8月30日メルマガより)

■世界を席巻する韓国製の携帯電話。しかし、その中身の半分以上は日本製の部品が使用されていると言われています。

韓国製だけではありません。中国製、アメリカ製。日本の部品に頼らない電子機器はありません。

それらの製品が売れれば売れるほど日本の部品メーカーが潤うという状況ができています。

モトローラなど、社長が毎年日本の仕入先を訪ねてくるそうです。ものづくり大国ニッポンの面目躍如といったところでしょうか。

■航空機にも同じような現象が見られます。

週刊ダイヤモンド2007/08/25号によると、ボーイング787機では、全体の35%を日本企業の部品が占めているそうです。

ボーイング社も「787には日本企業ならではの技術とノウハウが詰め込まれている」と称えています。

ボーイング社製以外でも、もちろん、日本製部品は多く使われています。東大阪でも航空機会社にニッチな部品を納入している「小さなトップ企業」は数多いそうですね。

■特に注目されるのが、炭素製繊維複合材の開発です。これは、鉄の5倍強く、アルミより軽いという夢の素材で、東レが20年かけて開発したものです。

これがボーイング787には使われて、なんと20%の燃費削減に貢献しているということです。

■こうなれば、いよいよ日本製航空機の開発機運が盛り上がるのも無理はありません。

もともと日本は航空機の高い技術を持っていました。戦争で活躍した名機の存在は周知の通りです。

国産航空機の成功は、いわば、日本航空機業界の悲願なのです。

■高知空港でボンバルディア機が事故を起こした際に言われたことですが、小型飛行機は品揃えが少なく、選択肢がないので、安定性が低くてもボンバルディア機を使わざるを得ないのだとか。

つまりこの分野には大いにチャンスがあるというわけです。

折りしも、三菱重工、川崎重工が相次いで小型国産民間航空機の開発計画を発表しています。

■しかし、実際にはそう簡単な話でもないらしい。

第一に、日本企業が得意としているのはあくまで翼や機体の素材など。エンジンや電子機器系統など主要部分は欧米勢が押さえています。

また、いくら部品で競争力があるといっても、高度な安全性を求められる航空機には、完成品メーカーの技術やノウハウがなければ成り立ちません。

日本企業には、完成品の組み立てに関して、ボーイングやエアバスほどの信頼性があるわけではありません。

いや、国際的には、ボンバルディア機の方が遥かに信頼性が高いのです。

さらに言うと、飛行機は売って終わりというビジネスではない。アフターフォローがものすごく重要です。メンテナンスを含めたアフターサービス体制を整えるには、多大なコストが必要になります。

こうした周辺技術やネットワークの構築は今のところゼロなのです。

■第二に、日本国内の航空機需要はあまりにも小さい。

鳴り物入りで作ったとしても、採算に乗らなければ盛り上がりません。

ということは、ビジネスとして成立させるためには、需要拡大が見込まれるロシアや中国市場を狙わなければいけないわけです。

しかし、日本企業に、魑魅魍魎の蠢く世界の航空機業界の競争を勝ち抜く営業力があるのかどうか...
(なにしろ欧米は、国家元首までがしばしば営業マンになるのですから)

今のところ、強力な海外の販売会社と提携して営業体制を作るしかないということですが、そういう"他人任せ"の営業で、ビジネス展開ができるとは私には思えません。

■私は、いろんな創業者を見てきましたが、はなから営業を他人に任せる企業が成功した事例を知りません。

「私は作るのは得意なんですが、売るのはどうも苦手で...」などと言う経営者のなんと多いことか。

そういう経営者が内心では「決め手は商品力だ」「営業は商品を紹介するだけだから楽な仕事だ」と思っているのを知っています。

実際にはいい商品が売れる保証などどこにもありません。「モノがいい」と「売れる」こととは因果関係はないと言ってもいいぐらいです。

「モノがよければ必ず売れる」という思想。これは、ものづくり大国ニッポンの"風土病"かも知れませんね。。。

■成功した創業者は、営業に責任を持っています。

ハッキリ言って、自分で売れないものを他人に売らせるのはムリです。

自社の営業マンでさえ、開発者ほどの愛着を自社商品に抱くことはなかなかできないものです。

商社、問屋、販売代理店、セールスレップ。こうした人たちが、売るのに面倒な商品をわざわざ頑張って売る理由がどこにあるというのでしょうか。

自分で販路を開拓し、需要を喚起し、売り方を確立し、それを実践してみせて、教育し...さらに充分なマージンを渡すことを約束して初めて他人が売ることに興味を持ってくれるのです。

「100回説明しないと営業は動いてくれない」と嘆く人がいましたが、他社の営業なら1000回説明しないとダメですね。

完成品メーカーでも部品メーカーでも事情は変わりません。

■航空機ほどの完成度を誇る商品でも、決め手はモノそのものではありません。

だから日本の商社でさえ「セールスといういちばんキツイ部分を自社でやる覚悟がないと結果は厳しい」と日本の航空機業界の姿勢を冷めた目で見ています。

むしろホンダのように、業界の流れとは全く別のところで航空機開発を宣言している企業の方が有望かも知れません。

彼らは小さなビジネスでも、自分で製造から販売、保守までやってしまうクレージーなメーカーです。今回も、参入すると決めたからには、とことんやり抜くことでしょうから。

■もちろん幾多の困難を乗り越えて今日の繁栄を築き上げた日本の製造業のことですから、今回も奇跡を起こしてくれると信じています。

マクドナルドがカフェ市場に進出

■外食市場の規模は、24兆4千億円。成熟しており、微減が続いています。

しかし、ファストフードは調子がいいようです。

面白いのは、マクドナルド、ケンタッキー、バーガーキング、それぞれが重量感のあるメニューを揃え、外食の客を取り込み出していること。外食は、中途半端な戦略ではますます存在感を失いそうです。

■ファストフードのトップ企業であるマクドナルドは、とうとうカフェに進出しました。これもファストフードの成熟化を睨んでのことでしょう。スターバックスが切り開いたカフェ市場はまだまだ成長余地がありそうですから。

■なんでこんなことを書くのかといえば、次回のメルマガのネタにしようと思っているからです^^

また読んでくださいね。

考えようによってはサービス業は大きなチャンスを迎えている

日本の労働生産性は主要7カ国中最下位

by2007年度経済財政白書

■労働生産性とは、生み出した価値を投入した労働量で割ったもの。要するに、一人あたりどれだけの価値を上げたかです。

原因は明確にサービス業の労働生産性の低さにあります。製造業は世界トップですが、サービス業の効率の悪さが足を引っ張っています。

日本の行き届いたサービス品質と欧米のサービスのレベルを単純に比較するのは間違っているという声もあります。しかし、少子高齢化の時代に労働集約的なビジネスがこのまま維持できないのは明らかです。「日本人のサービスは丁寧だから」などと言い訳している場合ではありません。

■今日の日経新聞に、サービス業の効率を上げようとする試みが書かれています。

1つは、製造業のようにサービス工程を詳細に分析して秒単位でサービスの効率化を図り、コスト削減に結びつけようとするものです。私は営業においてもこの方法が可能であると考えています。清掃業においてはビデオ分析、タクシー会社においてはGPS分析を行っている事例があげられています。この方法をとる場合、「真心」や「魂」といったものは一旦封印して、徹底して標準化を図ることが肝要です。優秀なスタッフのやり方を分析して、それを全員のノウハウとして定着させようとするものです。

もう1つは、コスト削減を図ると同時にサービス品質を上げて、提供価値を上げる方法です。ここで日本人独特のサービスマインドが役に立ちます。星野リゾートは、顧客ごとの担当を決めて、その者がすべてのサービス(受付、清掃、食事など)を一貫して仕切る方法を試みています。細分化したサービス提供を一人に任せ(多能工化)品質向上とコスト減を同時に図ろうとするものです。

1と2はそれぞれ独立したものではなく、1が出来てから、2に進むという方がわかりやすいですね。

■一般にサービス業は地域に根ざしたものだから海外進出は難しいと言われていますが、それも打破しなければなりません。なぜなら国内需要が減ることは確実だからです。日本に海外のお客を呼び込むか、店が海外に出て行くかどちらかです。

そのためにはサービスの「真心」や「魂」を客観的にマニュアル化する作業は避けて通れません。

■難しい。だからこそ、チャンスだと思う次第です。

織田信長はなぜ徳川家康に正室と嫡男の処分を命じたのか

(2007年8月16日メルマガより)

■よく「本気でやってるか!?」「真剣にやってるのか!」などと叱咤することがありますが、その本気とか真剣ってどういうことなんでしょうか?

私も営業マン時代に「真剣に仕事しとんのか!」とお客さんからどやされたことがありますが^^; よくよく考えてみれば、どういう仕事をすれば真剣にしていることになるんでしょうかね。

まあ、でも今日は軽く読んでください^^

■真剣とはその名の通り、殺傷能力のある武器で殺しあう戦いのことを言うのでしょうか。だとしたら、そんな経験などしたことありませんから、その気持ちにもなれません。。。

なんてサラリーマン時代はうそぶいていたものですが、自営業者や経営者にとっては、ビジネスはシリアスです。真剣にやれ!とどやしたくなる気持ちも分かります。

被雇用者であれば収入が突き抜けることもない代わりに、無一文になるリスクも少ないです。比較的ですが。

ここだけの話、どえらい失敗をしても誰かが何とかカバーしてくれるもんです。サラリーマンならば、誰しもとんでもない失敗の経験があるのではないでしょうか。

しかし、独立者にとっては、致命的なミスは文字通りビジネスの死を意味します。失敗をカバーしてくれる人はいません。そのまま社会的制裁につながることもあるでしょう。

つつがなく家族を養うためには、大きなミスをするわけにはいかないのです。

■戦国時代の武将の事例は、現代の我々にも数々のヒントを与えてくれます。なにより、彼らにとって、負けることは死を意味したはずです。

ずばり「生き残る方法」を知りたければ、戦国時代に学びましょう。

今日のネタ本は、外川淳氏の
「信長 戦国城盗り物語」http://tinyurl.com/22zw6q
「秀吉 戦国城盗り物語」http://tinyurl.com/23xzla
「家康 戦国城盗り物語」http://tinyurl.com/2d3cg8



です。文庫本書き下ろしということですから、あまり知られていないシリーズかも知れません。でも中身は濃いです。私は出張のたびに買って読んでいました。

これらは、戦国の3大武将に「城攻め」という観点から迫ったシリーズです。戦国時代の城攻めの実態を示すと同時に、それぞれの武将の城攻めの方法から見えてくる考え方や姿勢を提示しています。

従来の定説に反する内容もありますが、作者は「実証的」な姿勢を標榜しており、納得のいく説が展開されています。

■「戦国時代の武将にとって負けることが死を意味していた」ということ自体が誤解だと言ったら驚かれるでしょうか。

実は、戦国時代の武将にとって負けることは必ずしも死ぬことを意味しませんでした。負けて生き残ることができるなら、それで良しです。生き恥をさらすという概念自体が無かったのかも知れません。

つまり、戦国時代の武将にとっては、勝ち負けよりも「生き残る」ことが優先課題であったのです。

このあたり江戸時代に形成された武士道とは根本的に異なる部分でしょう。

■織田信長が、鎌倉将軍足利義昭を擁して京を制圧した時、まるで無人の野を行くような勢いで敵を蹴散らせました。

その折、京を支配していたのが三好三人衆です。彼らはなぜ戦いらしい戦いをせずに京を放棄したのか?

この本では、当時の戦いが基本的に「生き死に」を決めるようなものではなく、武力を背景にした「交渉」で決まっていたことを紹介しています。

だから、織田軍の圧倒的な軍事力と「本気度の高さ」を見た三好三人衆は、交渉の余地なしとみてすぐに撤退したわけです。

その後、三好三人衆は情勢を見て再蜂起していますから、戦略的撤退であったことは明らかです。彼らにとって一時的な負けは死を意味するものではありません。生きのびて、再度、勝てる戦いを挑む方が合理的です。

■その織田信長も毎回「本気の戦い」を仕掛けていたわけではありません。信長がギャンブル的な戦いを行ったのは桶狭間の戦いのみで、後は「必ず勝てる戦い」を行いました。

信長が、武田信玄や上杉謙信などの強敵との戦いを避け続けたことはよく知られていますが、これは彼らを恐れたというよりも、リスクを回避するという合理的な判断であったと思われます。

織田信長は、城攻めをする時も、力攻めすることはほとんどせず、包囲した上で砲撃などで圧力を与え、降伏を促すという基本戦略を持っていました。

敵城を包囲するために「付け城」といわれる臨時の砦を構え、長期的な構えで攻略することを得意としていました。(秀吉はこの方式をさらに進化させて、敵城よりも巨大な付け城を築いて圧倒する城攻め術を編み出したそうです)

攻めあぐねれば、無理に攻め落とすことはせずに撤退し、情勢が変わるのを待つこともしばしばです。

後年の印象よりもだいぶ気長な像が浮かんできます。

■スパイを送り込んで調略を仕掛けることも当時の常識であり、信長の得意戦術です。調略によって敵将を寝返らせることができれば、自軍に損害を与えることなく敵を制圧できます。

戦国武将の多くは絶対君主ではなく、地侍の旗頭のような存在であったと思われます。

地侍とは、ある土地を地盤とする首領です。彼らにとって自分の領地を守ることが絶対の命題ですから、領地を安堵してくれるなら旗頭が変わっても文句はありません。

だから、強い新興勢力が来ると、そちらに鞍替えするのは当然の行動です。それは裏切りというよりもポジション替えという行為です。情勢をうまく読んだ家は生き残り、読み違えた家は滅んだということです。

戦いに調略は欠かせません。それは新たな就職先の斡旋のようなもので、確実なニーズを捉えているものだったのです。(裏切り防止のために人質を差し出すのが通例でしたが、家の存続のためには犠牲にされました)

後年の関ヶ原の戦いの折に、ほとんどの武将が、二重に交渉しておいて家の存続を図ったように、情勢が読めない時は、両方によしみを通じておくのは生き残るためには当然の行動だったというわけです。

■徳川家康が信長と同盟を結んだ時、二人は三河と尾張の領主として対等の関係でした。

ところが京を制圧し勢力を拡大する織田に対し、周囲の強敵を破ることができなかった徳川は小勢力のままでした。

次第に信長は、徳川を家臣扱いするようになり、自身の天下布武のために酷使するようになります。

その上、あろうことか信長は「武田に内通した」などと難癖をつけて、家康に正室と嫡男の処分を迫ります。

散々酷使させられたあげくにこの仕打ち。ひどい話ですが、家康はその命にも従う他ありませんでした。「律儀者」という評価も涙で霞んだことでしょうね。

■このエピソードは、信長の尊大さ、残忍さを示すものとして広く知られています。同盟者をも脅迫する強烈さは、信長を覇王たらしめるものとして、小説などでは必ず採りあげられるくだりです。

■もっとも、先の著作の中では少々違った解釈をしています。

当時、徳川は織田と武田に挟まれて脅かされ続ける存在でした。武田は織田対策として徳川を攻め続け、織田はリスクを嫌って放置していました。

徳川は、織田のクッションとして武田の脅威を受け続けていたのです。

この状況であれば、当時の常識から言えば、徳川は武田との交渉窓口を持っていなければおかしいわけです。

(実際に、家康は「このままでは武田に味方せざるを得ない」旨の手紙を信長に送ったこともあります)

そこで武田に関係の深い正室が交渉窓口であったとみるのが自然です。

■信長としても、家康に表立って背かれたら面倒なので、そういう動きを知っていながら放置していたようです。

しかし武田家が落ち目になって、織田の勝ちが明瞭になった時点で、徳川に責任をとらせたというのが真相ではないでしょうか。

もっとも、大勢が決した時点できっちり過去の責任を追及するところが信長の執念深いところです。やはり恐ろしい人物です。

■ランチェスター戦略セミナーで最も人気のないのが「足下の敵攻撃の原則」のくだりです^^;

これは、強い者とは戦わず、自分より弱い立場の者を標的としようという戦いの原則です。

この件ではお叱りを受けることもあります。「わざわざセミナーで、弱いものいじめを奨励するようなことを言うな」ということです。

しかし、戦国武将の事例を知ると、本気で生き残るためには、卑怯だの何だのと言ってはいられなかったことが分かるのではないでしょうか。

中小企業にとって仕組みとは

(2007年8月2日メルマガより)

■「結局「仕組み」を作った人が勝っている」という本は、その題名の通り、ビジネスにおける仕組みとは何か、様々な仕組みの形、その作り方を紹介したものです。



この本では仕組みのことを「自分ではさほど動くことなく、自動的に収入が入ってくるシステム」と書いています。

私は仕組みのことを「経営トップが何もしなくても普通に会社が回るためのシステム」と考えていますから、似ていますね。

なお、この本に採りあげられているのは、個人事業者やSOHOレベルの会社の事例です。

普通、中小零細企業は、社長がしゃかりきに働かなければ会社が回らないことが殆どです。個人事業主になれば、自分が働かなければ回るわけがありません。

しかし、そんな小さな事業でも、うまく仕組みを構築した事例があるのです。

この本では、インターネットやアウトソーシングをうまく組み合わせることで、自分が働かなくても収入が継続する仕組み(自働化と称しています)を作り上げた人々の話が掲載されています。

働かなくても収入が得られるとは夢のようですが^^;実際には、実作業を他の人に任せるという意味です。作業してもらう人に相応の配分をしなければなりませんので、収入はわずかになります。

それでも作業ゼロで継続的な収入が得られるなら良しとするべきでしょう。なぜなら、同じ仕組みを積算することで大きな収入を作業ゼロのまま獲得できる可能性が出てくるからです。

もっとも、仕組みを考えるのは簡単なことではありませんし、その仕組みに投資するリスクは自分が負わなければなりません(要するに、事業に失敗したら自分で責任をとらなければならない)ので、言うほど美味しい話ではないとは思います。

なにより、そういう仕組みは未来永劫動いてくれません。実際の寿命は2,3年というところではないでしょうか。結局、経営トップは新たに戦略を練り、新たな仕組みの構築を常に手がけていなければなりません。

■会社の規模がある程度大きくなってくると、仕組みも大掛かりになります。インターネットで自動的に...というだけではうまく回りません。

従業員が100人、200人のレベルになると、仕組みがうまく回るかどうかは、従業員が目論見どおりに動いてくれるかどうかにかかってきます。

つまり、中小企業にとって、仕組みとは従業員が期待通り動いてもらうためのシステムです。

■(株)武蔵野は、ダスキンのフランチャイズ店などを展開する従業員360名の会社ですが、日本経営品質賞を受賞するなど、優れた経営システムを持つ会社としても知られています。

(株)武蔵野の小山昇社長の著作「決定で儲かる会社をつくりなさい」を読むと、従業員を活かす経営とは、従業員が能力を発揮できるような様々な仕組みの構築であることが分かります。



人材教育の仕組み。コミュニケーション円滑化の仕組み。ITリテラシーを

高める仕組み。自発的に考えて行動する従業員は、意図した仕組みから生み出されるというのが、それらの著作で語られることです。

非常に有名な企業なので、人を活かす経営に興味のある方は、これらの著作の一読をお奨めします。

■2007年7月9日号の日経ビジネスには、岐阜県の関ヶ原製作所という企業の事例が掲載されていますので紹介しておきます。

こちらは、油圧シリンダーやトンネル掘削機を主要商品とするメーカーです。従業員数は武蔵野とあまり変わらず。製品は特殊でもハイテクでもなし、オンリーワンとは言いがたいものです。

大手企業の下請け製造として発展してきた会社ですが、1980年代の円高不況で受注が落ち込み経営危機に陥ります。

こういう時、ジタバタと売上を上げようとしても必ず失敗するといっていいでしょう。営業の尻を叩いたり、他業種からカリスマ営業をつれてきたり。こういう話は何べんもしていますね。。。

関ヶ原製作所の矢橋社長(当時)がとった政策はなんと「家族経営」の強化でした。

社長は「人生の大半を占める会社生活なら、楽しく過ごさなければ意味がない」と主張します。「社員が成長することで、会社も成長する」という考えのもと、会社が社員の自己実現の場となるような「人間ひろば」を目指します。

工場をものづくり広場、食堂をふれあい広場、研修施設を人間塾と名づけ、共同体意識を演出します。

研修では、生産技術を磨くだけではなく、一般教養の習得や芸術などに触れる機会を設け、総合的な人間形成を目指しています。

■危機に至って、人材育成に取り組むというのはいかにも遠回りのような気がしますが、それが抜本的な同社の強みになっていったことは間違いありません。

恐らく田舎の企業に特有の職場と地域が一体となったコミュニティ意識がもともと強かったこともあったでしょう。

強い仲間意識が醸成され、賃金カットがあってもモチベーションは落ち込みませんでした。全社的な技術力は向上し、得意先にとってなくてはならない製造業者となって危機を乗り切ります。

なにより、人材活性化の仕組みは長続きします。未来永劫とは言いませんが、インターネットの自働化よりはよほど続きます。なぜなら、従業員が学ぶことを覚え、自主的に動くようになると、戦略そのものを経営トップに代わって考えてくれるようになるからです。

同社では、社員が自らニッチ市場を開拓し、技術を活かす事業を育成しています。これがこの会社の将来性に貢献したことは言うまでもありません。

さらに、自主的に動く社員は、自ら教育係に回って、次代を育成するという正の連鎖も生まれているようです。

まさに人が人を生む理想的な状態です。

■この会社、トヨタや松下が関心を寄せているとか。

効率化が一巡し、ついに家族経営が先進的な企業経営となったというのでしょうか。

人は石垣、人は城。

とは武田節の一節です。武田信玄は、この信念のもと、物理的な城の防備に頼らずに、民政に力を注いで国全体の防衛力を上げたといいます。

企業力は、戦略×管理×実践。中小企業にとって管理とは「人が最も力を発揮できるような仕組み」のことであるという事例です。

コンサルティングの基本思想に関わることですね。









寝言と罪悪の間

■今日の名言。

道徳なき経済は罪悪である。経済なき道徳は寝言である。

by二宮尊徳

■二宮先生、小学校の校門横で薪を背負って読書していると思えば、こんないいことを言っていたんですね。

確かに、どちらも言いたくなります。それは罪悪だ。それは寝言だ。

ほとんどの事業者がどちらかに分類される^^;

■また道徳というのをどう考えるのかが難しい。

有名企業家の伝記を読むと、単に儲けるだけではなく、社会に貢献することを使命にしてきたと例外なく書いてあります。

もっとも日本が圧倒的に貧しかった時は、国富に貢献することが絶対的なリアリティをもって社会に貢献していると言えたのですが、今のようにシステムが複雑化し、価値観も多様化した現代に単純にそう考えることができるのか。

考え切れないとすれば、ビトー・コルレオーネのように、ファミリーを守るためには人殺しもするという矮小な範囲での善の方がリアリティを持つのではないか。

そこそこ成功している人で、矮小な範囲で絶対的な自信を持っている人によく会います。根拠がなくても自信を持つことは成功要因になるんでしょうね。私は共鳴しませんが。

■この寝言と罪悪の橋渡しをするにはどうすればいいんでしょうか。

またベンサムとかミルとかを読まなければならないのでしょうか^^;

誰か詳しい人がいたら教えてください。

島田紳助の研究

(2007年7月19日メルマガより)

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■よく本格派の作家やアーティストが苦節○○年で売れ出した時「時代が彼に追いついた」という言い方をします。

かっこいいコピーですね。一度、言われてみたいもんです^^

時代が追いつく前、彼らは、コツコツと自分の世界観やスキルを磨いていたわけです。積み上げの時期が長い分だけ、内容も深くなっていることでしょう。本格派の売れ方は、だから息の長いものとなります。

ビジネスでも同じですね。コツコツ積み上げるタイプの事業者は、爆発的な業績アップはないもののリピート需要をつかむことで、長いビジネス展開を行うことができます。コツコツ派は、それを狙うしかありません。

■しかし、もし時代が彼らに追いつかなかったら、どうなっていたのでしょうか?

考えたくありませんが、多分、そういう人やビジネスはいっぱいあるのではないでしょうか。

「実力は充分だが運がなかった」「いいビジネスだが10年早すぎた」と言われて、慰めにしていきますか。死後○○年に評価されることを祈って耐えていきますか。

そう考えると、本格派も色物も「売れる」ということは偶然や運によるものではないかと疑いたくなります。

■島田紳助なら、そういう実力頼みの本格派を冷ややかに見ているのかも知れません。

最近発売されたDVD「紳竜の研究」を観て、そう思いました。

これはスゴイDVDです。紳助竜介の漫才のグラフティのつもりで見たのですが、見事に裏切られました。まさに題名の通り「研究」です。

漫才を見て素直に笑うよりも、この漫才はどういう構造でできているのか、どういう変遷を経て衰退していったのかを分析するための資料のようです。
ここまで丸裸にしていいもんでしょうか?

■この中に、NSC(吉本総合芸能学院)で行われた、紳助の一度だけの講義が収録されています。1時間半ほどの収録ですが、それがまたスゴイ。

類稀な成功者である島田紳助の「成功哲学」が存分に述べられています。その内容は、著書「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学」などでも述べられていることなのですが、本人の口から聞くと、より説得力があります。

■「むやみに努力してもあかんよ!」と紳助は言います。

紳助は漫才をやると決めた時、自分の能力と漫才というジャンルを徹底して研究したそうです。彼は、その行動を「XY理論」に基づくものだと称しています。

Xとは「自分ができること、人に勝てること」、Yとは「時代の流れ」。XとYがクロスした時に「売れる」という成果につながるという考え方です。

これは経営理論で言うと「SWOT分析」を徹底するということです。その上で、強み(S)と機会(O)がクロスするところにターゲットを定めるわけです。

理に適った行動です。
まずは漫才の歴史を俯瞰し、時代時代で主要な漫才のビデオやテープを聞く。
さらに自分が面白いと思う現在の漫才のビデオやテープを聞く。
それらを膨大な時間をかけて紙に書き写し、どこが面白いと評価されたのか、また自分がどこを面白いと感じるのかを細かく分析したそうです。
(間のとり方、オチのパターン、リズムなどを掴んだと言っています)
こうして、現在の漫才の流れとこれから売れる漫才を予測します。

次に、自分の能力を冷静に分析します。
ここで紳助の分析は恐ろしく慎重です。いや、臆病です。島田紳助という人物を語る時、怜悧な頭脳と同時に、極端な臆病さも外すことはできません。
私はこの臆病さ小心さは成功者の特徴のひとつだと考えているのですがいかがでしょうか。

同期に明石屋さんまとオール巨人という才能がいたことが紳助の方向性を規定します。
さんまのような華があるピン芸人にはなれない。オール巨人のような本格派漫才では勝てない。
そこで、ツナギでリーゼントのツッパリ漫才が出来上がりました。

「それが決まってからはじめて努力しよう!」というわけです。だから、決して努力を否定しているわけではありません。努力の方向性を間違わないでおこうという教えです。

■もっとも漫才の内容そのものは島田洋七に言わせると「ほとんどがパクリ」だそうです。紳助もそれは否定していません。ただし、ネタをパクるわけではなく「システム」をパクったんだと言います。

双方の役割。喋る分量。テンポと間の取り方。ネタのパターン。これらは確かにB&Bの漫才によく似ています。ただ、それらを紳助竜介のキャラクターに置き換えて身近なネタを題材にアレンジしなおしているわけです。漫才というジャンルを研究し分析しつくしたからこそできる芸当です。

「差別化」の使い方を考える上で、非常に参考になる事例ではないでしょうか。

「B&Bになら勝てると思った」と紳助の攻撃目標にされた洋七にすればいい迷惑だったでしょう。(講義ではB&Bに勝てると思った理由も述べられていますが、ここでは言わないでおきます...)

■紳助の方法は「時代に沿う」というやり方です。今売れているもの、これから売れそうなものに自分を合わせる。ここには「時代が彼に追いついた」という偶然が入る余地がありません。

紳助は「一発屋」のことを「偶然、時代と事故を起こした人」と表現していました。偶然なので鮮烈です。一時的にムチャクチャな売れ方をします。時代を代表する大物になる可能性もあります。ただし、時代がズレはじめた時に対処のしようがありません。

しかし、理に適った売れ方は、持続が可能です。方法論があるので、対処ができるのです。

■もっともこの方法では時代の波に乗ることはできても「時代を創る」ような巨大な波を起こすことはできません。

紳助もそれを望んでいるわけではなさそうです。

紳助はまさに「売れること」を目標に設定し、そのための戦略を実行していったわけです。

ここは意外と重要です。目標を明確にすることが成功の条件の一つですが、多くは「売れること」「楽しむこと」「名前を残すこと」「納得する仕事をすること」など複数の目標を何となく持ってしまい戦略にズレを生じさせてしまうものです。「売れること」1つにに焦点を合わせるというのは、できそうでできないことなんですね。

ただ、紳助竜介には「売れること」に青春のエネルギーをすべてぶつけるという迫力がありました。それがクレイジーな勢いを生んでいたのだと私は思っています。彼らの漫才の題名はいつも「青春の叫び」という異例なものでした。

■紳助は「負けるぐらいなら戦わない」と言います。若手の頃、何度か舞台に穴を開けたことがあったそうですが、それも「今日は勝てない」と感じる時には行けなかったんだそうです。

引退を決意したくだりも有名です。デビュー2年目のダウンタウンの漫才を舞台の袖から見て「こいつらと比べられたら俺は終わる」「負けるぐらいなら辞める。それやったら引き分けで済む」と考え、引退を決めたというストーリーです。

いかにも臆病で卑怯な所作に思えるでしょうか。

ダウンタウンの松本も「本当は紳竜とまともに勝負をしたかった」と漏らしています。本音でしょう。

しかし「勝ちやすきに勝て」という原則にてらすまでもなく、人生には負けたら終わりという事柄があります。玉砕すれば気分は晴れるかも知れませんが、それは蛮勇というものです。安易に投げ出す愚は避けなければなりません。紳助の次の展開を考えた時、この姿勢は全く正当だと思います。

(ただし、紳助は、このエピソードを自身の価値を高めるために散々利用していますので素直には受取れませんがね^^)

■紳助が竜介に言ったこと。それは「漫才を長い間続けるつもりはない」ということでした。

紳竜の漫才はいわば一発屋を演出するというやり方です。
ターゲットは寄席に来る客ではなく、追っかけのファンでもなく、普段漫才を見ないような感性の鋭い若い世代でした。
彼らに向けて「針の先のような」尖った鋭い笑いを提供し、絶大な支持を得たのです。(by島田洋七)
ただし、この方法は長続きしません。何しろ、ターゲットはテレビの向こうにいてこちらから見えないのです。感性が微妙にズレただけでも、そっぽを向かれてしまい修正は困難です。
紳助はそれを分かっていたし、竜介も覚悟していたようです。

最後の方の漫才は痛々しさを感じます。「今日の漫才はおもろないで」「紳竜はもう落ち目やから」自虐ネタが寄席の客には受けてはいますが、彼らの危機感が前面に出ており、もうプラスのエネルギーは感じられません。悲痛です。

しかし紳助のもともとの目標は「売れること」でしたから、既に達成しています。次の目標である「生き残ること」を目指すためにはスタイルを変える必要があります。

(この当時、紳助は、しきりに自分の戦略を周囲に訴えています。この頃から、紳助は頭がいい、将来を考えている、という評判が立ち始めました)

周知の通り、その後、紳助はピン芸人として「司会業」を選択し、さらなる飛躍を遂げます。

そこに竜介の居場所はありませんでした。

竜介が死んだ時「あいつも俺と組まんかったら売れてなかったやろうし、違う人生があったんやろうな」と呟いていました(;_;)

ただ、生き残るために必死なのですから、相方の人生まで見る余裕はなかったでしょう。誰も彼を責めることはできません。

■「売れた」後に何があったのでしょうか。

戦略を立て、その通りやってきたから売れた。すべて順調だった。まさに絵に描いたような成功者です。

びっくりするぐらい儲かった。考えられないぐらいいい女とも知り合った。
だけどそんなことで満たされるわけではないようです。

紳助は今でも「売れたのは偶然じゃないだろうか」という疑念に苛まれるそうです。自分では計画通りやってきたつもりでも、結局は運が良かっただけではないか。たまたまじゃないと言えるのか。

だから、紳助は不動産ビジネスや物販業、飲食店ビジネスの立ち上げを繰り返しています。すべて自分の成功法則が通用するかどうかを確認するためなんだそうです。だから成功した時点で止めてしまう。まるでゲームです。

これはもう「成功依存症」ですな。

■芸能界においては"ポストみのもんた"とも言われる紳助ですが、そのポジションに情熱を傾けることができるでしょうか。

芸能界ではない異分野への挑戦を計画しているのではないかと私は考えています。根拠はありませんが。

いずれにしろ紳助の行動は比較的分かりやすいので、いろいろな分野にチャレンジして我々に研究のネタを提供してほしいものです。

興味深い参考対象として注目しております。

紳竜の研究 [DVD]
島田紳助、松本竜介
アール・アンド・シー
2007-05-30










最強のビジネスモデルとは何か

(2007年7月5日メルマガより)

■日本は成熟市場の国です。つまり、我々は「ものが売れない市場」でビジネスしていることを覚悟しなければなりません。

まずは「景気が上向けば、また昔のように売れるようになる...」といった考えを捨てることが必要です。

■成熟市場でビジネスを展開していくためには、リピーターを重視しなければなりません。

新規顧客を探すことがますます困難になりますから、既存顧客に満足してもらって、また顧客になってもらう。究極には、ファンになってもらう。ということが、安定したビジネス展開をする条件です。

■現代の企業は、顧客のリピート化に様々な知恵を絞っています。顧客リストを基にサービスを継続したり。ポイント付与やマイレージを活用したり。顧客ごとにワンツーワンのサービスを展開したり。アマゾンのように、購買履歴からニーズを自動で読み取って、自動で提案する企業もあります。現代企業の競争とは、顧客を囲い込むための競争だと思えます。

皆さんも、リピーターの確保を課題とされているのではないでしょうか。いい方法があれば教えてください^^

■その中でも、最も成功したビジネスモデルは何だと思いますか?

私は、剃刀メーカーのジレットのビジネスモデルが最強ではないかと考えています。

男性なら馴染みありますね。髭剃り用の剃刀です。

ジレットは、髭剃り用剃刀の柄だけを安価で提供し、その後、消耗品である替え刃で儲けるというビジネスを確立しています。

髭はほぼ毎日剃るものですから、替え刃は継続的に必要になります。ジレットの柄に合う替え刃はジレット製しかありませんから、否応なしにリピーターになるわけです。

これは「ジレット・モデル」といって、非常に有名なビジネスモデルです。

■日本で「ジレット・モデル」を完璧に展開しているのがキャノンです。

なぜ、あの会社は儲かるのか」という本の中で、キャノンが松下電器に比べて利益率が高いのは何故なのかという理由が述べられていますが、要するにビジネスモデルの差です。




キャノンは、コピー機やプリンターの本体を販売し、その後、トナーやインクで儲ける仕組みを作っています。

キャノンの製品を買えば、キャノンのリピーターにならざるを得ないわけです。

■もともとキャノンはカメラ機のメーカーでした。その頃、キャノンは今ほど儲かっていなかったはずです。

というのも、カメラ本体は一度売れば、買い替え時期ぐらいにしか需要が発生しません。

成長市場のうちはそれでいいのですが、今となっては、儲からないビジネスです。

実は、カメラ業界で儲けていたのはフィルムメーカーです。富士写真フィルムなどは、カメラが使用され続ける限り、需要があるわけですから、それはそれは儲かったことでしょう。

キャノンとすればおいしいところを持っていかれて「カナワンナー」という気持ちがあったんでしょうな。

だから「ジレット・モデル」をとことん研究し、今のビジネスモデルを構築したわけです。

■携帯電話は、このモデルに近いものがありますね。携帯端末を非常な安価(赤字で)提供し、その後の通話料金で回収する仕組みです。

ゲーム機などもそうです。ゲーム本体は赤字でも、ソフトで儲けています。

このモデルが成り立つためには、継続的な利用があること、付属品から一定の収益が上げられること、本体と附属品の互換性が閉鎖的であることが条件にあげられます。

安い替えインクが出てきた時、キャノンが過敏に反応して法的措置までとるのは、ビジネスモデルの存立が危ぶまれるからに他なりません。もっとも、あまり目くじらと立てると、消費者の反感を買うので微妙なバランスが必要ですが。

家電メーカーなども、早く新製品依存のビジネスから、部品で儲けるビジネスに転換すべきだと思うのですが、いかがでしょう。その方が、結果として環境にもいいでしょうしね。

皆さんも「ジレット・モデル」を研究し、自身のビジネスの中で応用できないか、考えてみることをお奨めします。

■しかし、この「顧客囲い込み」の姿勢に異論を唱える声もありますので、紹介しておきます。

発言者は、松井証券の松井道夫社長です。

松井社長は以前から、独特の視点から鋭い意見を言うことで知られていますが、最近「顧客を囲い込むなんて、企業の傲慢だ」と言っているのを聞きました。

松井証券はご存知の通り、日本の証券会社としてインターネット取引を始めた草分け企業です。それまでは業界内でも地味な中堅企業に過ぎなかった同社がインターネット取引という分野を開拓し、その領域でトップ企業となりました。

もっとも、最近は、複数のインターネット専業証券会社が登場したこともあって、3番手、4番手の地位に甘んじています。松井社長は「顧客のニーズを読み違えた」「私が傲慢だった」と素直に反省しています。

■その松井社長、インターネット取引を始めるにあたって、シリコンバレーの有名企業に話を聞きにいったそうです。(1997年頃)技術的なことではなく、これからどんな社会になるのかを包括的に聞きにいったということですが、そこで「大変な変化が起こる」ことを確信したとか。

だから、インターネット取引に進出したのですが、今でも「変化はまだまだこんなもんで終わらない。本当の変化はこれから始まる」と言っています。

■松井社長によると、web2.0の本質は「個」の時代の到来であるとか。

以前は、人々を「大衆」という塊でとらえることができましたが、今ではそんな漠然とした理解では通用しません。人々は「個」の集合体です。

インターネットというツールを持った「個」は、自ら意思表示し、表現し、行動することができます。「個」が集まった時、巨大な力を持つようになったのです。

だから企業は「個」に向けたビジネスを志向しなければなりません。「個」を無視したり、軽視したりする企業は大きなしっぺ返しを喰らうことは間違いありません。

■さらに言うと、顧客と同時に企業も「個」が集まってできています。組織も「個」の集合です。組織内の「個」を無視したり軽視しては、組織は機能しません。

「個」は組織に従うべきだなどと考える傲慢な企業は早晩なくなってしまうでしょう。

というのも、顧客と社員の境界は非常に曖昧です。インターネット取引では、買い手が売り手になり、売り手が買い手になるという切り替えが頻繁に起こります。

組織内の「個」を満足させることが、顧客を満足させることに直結する所以です。

■アマゾンやグーグルといった企業は、「個」に向けたビジネスをいち早く設計することで成長しています。

彼らの特徴は、大衆をコントロールすることで収益を得ようとするのではなく、「個」が活動しやすいように便宜を図ることで、収益を上げていることです。

そこには「顧客を囲い込む」という発想はありません。松井社長は「個人には、企業を選ぶ自由がある。それを尊重しなければ、社会が成り立たない」と言っています。

いくらマイレージをやろうと、ポイントを付加しようと、メリットを感じなければ切り替えは自由です。囲い込みをしたつもりでも、顧客はそれ以上の情報を持っていますから、もっと得なところがあれば移ります。

切り替えができないような仕組みになっていれば、むしろ、顧客の不満が溜まることにもなりかねません。以前、マイクロソフトが一部ユーザーの不興を買ったように。

■では、顧客に選ばれるためにはどうすればいいのか。松井社長は「それが分かれば苦労しない」と言いながらも^^「特定の分野に絞って、どこにも負けないサービスを提供することで、常に選ばれる存在でなければならない」ということを言っていました。

もっとも私はそれでは不十分だと思います。顧客が自分でサービス設計できるような双方向の仕組みが必要でしょう。キーワードは「顧客参加」です。

しかし、詳細は私も「それが分かれば苦労しません」^^と言っておきます。

■現在「ジレット・モデル」が大きな効果を上げていることは否定できません。

ただ「個」の時代には、新たなビジネスモデルが必要だという意見もあることを紹介しました。

WEB2.0時代のビジネスとは

■今日の名言

顧客は囲いこめない。

by松井道夫(松井証券代表取締役)

■CS放送で松井社長が言っていました。いつも刺激的な発言が多い方です。

インターネット取引をリードした松井証券もいまやトップ企業ではありません。松井社長は「顧客の要求するものを取り違えた」と素直に認めています。

■松井社長は、これから始まるのは「個」の時代だと言います。顧客は個の集まりです。個に向けたビジネスを志向しなければならない。

真の顧客中心主義なら「顧客を囲い込む」などという都合のいい発想は出てこないはずだ。顧客には選択の自由があり、それを尊重しなければならない。

顧客を囲い込んだ上で高いコストを支払わせるのは、虚業として淘汰されるだろう。

また組織も個。会社は塊ではなく、個の集合です。買い手と売り手の境界も曖昧です。社員と顧客の境界も。だから会社のあり方は大きく変わるはずだ。などなど。

■いちいち納得できる内容でした。私もしばし自分のビジネスを考え直しました。

トヨタ、松下、連携強化

■トヨタと松下が連携強化。0.数%の株式持合い。といってもデカイ会社だから数百億円規模です。

■この提携は、自動車の電子化の動きに沿うものです。自動車といえば垂直産業の典型ですが、今後、水平産業化が進むことは明白です。いくらトヨタといえども、コンピュータの塊のような自動車をすべて自社でコントロールできるわけではありません。

トヨタの仮想的はデンソーだという話がありますが、自動車部品の業界でインテルのようなところが出てくるかも知れません。

新たな競争環境の幕開けです。トヨタといえども難しい舵取りを迫られます。

商品の位置を「シフト」することで新展開を図る

男性ターゲット チョコは“効能”で売る 疲労回復や動脈硬化予防

■チョコレートが突如、機能性食品となったようです。そういえば、コンビニに行けば、いわくありげな陳列がされています。集中力が高まるとか、ストレス解消になるとか。

もともとチョコレートは、興奮剤として使われていたという話もあります。子供のお菓子になったのは近年なのかも知れません。あまり知りませんが…

■商品の機能を変化させるというのは、商品を展開する方法としてよくあります。

例えば、普通は「最寄品」の商品を「買い回り品」にするとか(3000円の食パンなどはその事例ですかね)

逆に「買回り品」を「最寄品」としてシフトしなおすとかすることで、顧客ターゲットを変えることができます。

■このチョコレートの事例は、何にでも応用することができそうです。

あらゆる食品を「健康食品」にシフトしなおすことは可能でしょう。もしかしたら容易いかもしれない。

もちろん、健康食品にしたからと言って急に売れることはありませんが、商品開発のヒントになる話です。

たくさんの事業に関係して成功する人は稀

■今日の名言。

「私の経験によると、たくさんの事業に関係して財政的に成功したという人にはほとんど稀にしか会ったことがない。製造事業となると、成功した人はひとりもいない」アンドリュー・カーネギー

■鉄鋼王カーネギーの言葉です。さすがいいことを言っていますね。これこそ「一点集中せよ」という教えです。

■私もアイデアがよく出るタチなので、目移りします。アイデアを膨らませている時が一番楽しいかも知れない。でも、そこにとられる時間はマイナスです。アイデアは本業に活かすことでしか使ったらダメです。

■そんなことを言いながら、今日、本を読んでいると「アメリカには給与計算だけをするコンサルタントがいる」という文に出くわしました。あらゆる業種業界の報酬体系に精通していて、この業界のこの年齢、この評価ならいくらと基準値を出してくれるそうです。

業務の一部にフォーカスするスーパー・ニッチなコンサルティングです。

こんなのいくらでも応用できるじゃないか。と思って、ワクワクしながらアイデアを膨らませておりました^^;

迷った時は最終ユーザーに聞け

(2007年6月21日メルマガより)

■「小さな市場に特化して一点集中する」

これが、ランチェスター戦略にいう弱者の戦略のセオリーです。

6月2日のセミナーでは「集中できない人は"集中する能力"がない」と発言し、皆さんに動揺を与えたようです。
しかし、これは私が普段から実感していることでもあります。

頭で理解していても、いつまでも思い切ることができず、慣れ親しんだ儲からない事業をダラダラ続けてしまう。。。こういう方の煮え切らなさは、格別のものがあります^^;

これは「能力」の問題なんだと私が考える所以です。

今一度、自分はどういう市場に(製品に、売り方に)集中すればいいのかを考えるようにしてください。

■実は日本には小さな市場に特化して高収益を誇る会社がいっぱいあります。

特に「部品」に特化した製造業の強さは目を見張るものがあります。

世界を席巻する中国製品や韓国製品も、中身(使っている部品)は殆ど日本製だと言われるぐらいです。

今を時めくipodも、日本の部品技術がなければ実現は不可能だったそうですから。

■浪江一公氏の「プロフィット・ピラミッド」には、そんな高収益な部品企業の事例が多く記載されています。



一読をお奨めします。

キーエンス、ローム、ファナック、シマノ、ヒロセ電機、マブチモーター。。いずれも小さな部品に特化したために世界的な企業となりました。

彼らの多くは、他の企業が手がけないような難しい技術、面倒な技術にあえて挑戦し、狭い分野で"トンガッタ"技術を身につけ、圧倒的な競争力を持つに至っています。

いや、実際には、圧倒的な競争力を持てない分野からはすぐに撤退するという行動を繰り返しています。ロームにしろ、キーエンスにしろ、低価格の競合品が登場すれば、その事業をあっさり捨てるという潔さです。「価格競争するぐらいなら、やめたらあ!」というわけですね^^

■価格競争になれば、その事業を捨てる。。。ということは、次に取り組むべき事業分野を準備しているということです。

そうです。高度な技術力を誇る部品製造業者は、高収益で得たお金を次の事業の準備のための研究開発に使っています。複数の事業を準備しておいて、いざという時にはポケットから取り出すわけです。

まさに「高度な技術力」という強みを最大限活かしたビジネススキームではありませんか。(儲からない事業で粘るような無駄な金の使い方はしないということです)

■もっとも「高度な技術力」がない企業は、競争にしがみついていかなければ生き残れません。

安売りでもなんでもいいから、とことん土俵にしがみつく。

製品で差別化ができないのなら、市場を少し変えたり、地域をずらしたり、売り方を工夫したり。そういう努力が必要になります。

多くの企業は、実際には、そうしたマッチレースに参加せざるを得ない状況です。

だからこそ、ランチェスター戦略の存在意義もあるんですが。

■さいたま市にナガワという会社があります。こちらの状況はさらにシリアスです。

安売りでもなんでもして土俵にしがみつけるならまだいい方です。

こちらが主戦場にしていた市場は、長い間、縮小を続けていたのです。土俵そのものが崩れ落ちていくのです。

■ナガワは、工事用ユニットハウスのメーカーです。工事現場などにある簡易事務所を想像してください。あれを製造し、代理店に卸すか、工事の業者にレンタルすることで収益を上げていた会社です。

ところが、日本の国は構造的に土木工事や建設工事が減少してきています。特にバブル崩壊後には建設業の衰退は顕著でした。だから、周辺事業であるナガワの売上も伸びようはずがありません。

頑張ってシェアを上げようにも、市場の縮小の方が早いという凄まじい状況です。こうなってしまえば、ジタバタしても、浮かばれません。ナガワは、工事業者へのレンタル期間を延ばすなどの対症療法で現状維持を図るのが精一杯だったようです。

こういう事態に陥った時、企業者はどのように過ごせばいいのでしょうか。

■ナガワの場合、商売の原点である「最終ユーザー」に答えを探しました。

同社は、自社製品がどのように使われているかを調査します。すると、工事現場に行くはずのユニットハウスが、物置や子供部屋、道路沿いのラーメン屋などに転用されている例があることを知ります。

ユニットハウスは、窓もあって空調もつけられるものですから、普通の物置よりも、人が過ごしやすい空間となります。しかも、一から建築するよりもずっと低コストでできます。

この市場の小さな変異点に目をつけたことがナガワに成功をもたらします。

■最初はダメで元々と思ったのか、それともある種の確信があったのか。

果たして、個人向けにユニットハウスを売り出したところ、ヒットします。

展示場を拡張し、売上を拡大したところあたりから、本格的な事業化に取り組みます。

クリーニング店、クレープ店、たこ焼き店。ログハウス風の事務所。今では街でちらほら見るようになった簡易店舗がそれです。同社は、それぞれの用途に応じたユニットを開発していきます。

あるいは、消費者金融の口座開設受付所、工場の喫煙ルーム、危険物保管倉庫など、新たな用途開発を続けているようです。

おわかりだと思いますが、こうした新たなターゲット向けの商品は、工事用ユニットで競争を続けているよりも、ずっと儲かります。

売上と利益率。両方を得ることになったのです。

■迷った時は、最終ユーザーに聞け。

ピーター・ドラッカーも「組織の中にプロフィットセンターはない。すべては顧客のところにある」と発言しています。

ちなみに前述のローム、キーエンス、ファナックなどの部品企業も単に自社の技術力を磨いているだけではありません。

彼らは自社の部品を利用することでどのような最終製品が作られて、どう使われるのかに責任を持ついわゆる"コンサルティング・セールス"を標榜しています。

それは、単純なニーズを汲み取るということではありません。組み立てメーカーも気づかないような最終ユーザーの利益に責任を持つことです。

■ナガワも、最終ユーザーを直視せずに、代理店やレンタル動向だけを見ているばかりでは、座して死を待つばかりだったことでしょう。

現場を直視し、小さな変異点に着目する。これが、イノベーションのきっかけでした。

ピーター・ドラッカーは「変な客が来たら、それが本命の客だ」とも発言しています。

やはり事業発展のヒントは「最終ユーザー」に聞いてみることです。

島田紳助の研究

■今日の名言。

むやみに練習しない!

by島田紳助(NSC[吉本総合芸能学院]での講義において)

■「紳竜の研究」から。今日は、このDVDを見直していました。というのは、明日発行のメルマガのネタにしているからです。題して「島田紳助の研究」。明日読んでくださいね^^

■紳助の特徴は、怜悧な頭脳と同時に極端な慎重さだと思えます。小心だと言ってもいいでしょう。とにかく冷徹に状況を判断し、最善の策をとろうとする姿勢があります。大雑把に「行動してから考える」というところはありません。

■紳助は、戦略もなしに、とにかく頑張るという力任せの方法を諌めています。彼の考えは、漫才だけではなくビジネスにも通じる成功法則です。実際、様々なビジネスを立ち上げ成功させては止めるというゲームを繰り返しています。

■ただ心には満たされないものを抱えているようです。わりと心情を吐露する人なんで生々しく知ることができます。

成功者の告白ですな。

■メルマガでどこまで深く迫ることができるのか…ご覧下さい。

弱者には弱者の販売促進がある

(2007年6月7日メルマガより)

■今年の4月初めにアメリカの検索エンジン大手のグーグルが「テレビ広告仲介」事業への参入を表明しました。

手始めにアメリカの小さな衛星放送会社と組んで、広告配信するようです。

■グーグルの提供する広告は、セットボックスと言われる機械で視聴状況を把握し、視聴されただけ課金するシステムです。

視聴者の属性なども細かく把握することができるので、広告内容も選択することができます。

また広告主は広告枠を「オークション形式」で購入することになります。

まさに、インターネット広告の方式をテレビでやろうという試みです。

■報道などでは、このグーグルの動きを「テレビを含めた広告事業全体の制覇」「インターネット広告のみの事業体質からの脱却」などと解説されていました。

しかし、大前研一氏は自身のCS放送(BBT757)の中で「そんなことしたら、テレビ広告の効率の悪さがバレるじゃないか。だからテレビ局はそんな話には乗らないだろう」と一蹴していました^^

もしかしたら、グーグル側もそれを見越して、一種の嫌がらせでテレビ広告事業に参入しようとしているのかも知れませんね。

■もうかなり前から、テレビ広告という手段の効率性は問題視されています。

特に「弱者」と位置づけられる企業は、一般大衆全体を相手にする「マス・マーケティング」を行うわけではないのですから、テレビ広告に資金投入する意義は小さいはずです。

「弱者には弱者の販促手段があるはずだ」とセミナーでも言わせていただきました。

■「販促会議」2007年3月号に面白い事例が載っていました。

古い話(たぶん20年以上前)なのですが、雪印乳業が、粉ミルクの販売シェアを大幅に伸ばした時の事例です。


雪印乳業株式会社
雪印乳業
1961


その頃、雪印乳業は業界3位。上位の森永乳業、明治乳業に差をつけられていました。

当時の販促手段といえばテレビや新聞などのマス広告です。広告でイメージや機能を訴えて、消費者に認知してもらうという方法です。

ただ、儲かっている企業は、より多くの広告量を投入するので、3位企業としては逆転のきっかけがつかめません。同じ手段をとる限り、弱者は強者に勝てないのです。

■しかし、よく考えてみれば、赤ん坊のいる家庭は全世帯の1%程度です。テレビや新聞の広告は99%は無駄になっているということ。恐ろしく非効率な話です。

CRM(Customer Relationship Management)という概念は、この非効率さをなんとかしなければならんということで生まれたものです。

*情報システムを応用して企業が顧客と長期的な関係を築く手法のこと。詳細な顧客データベースを元に、商品の売買から保守サービス、問い合わせやクレームへの対応など、個々の顧客とのすべてのやり取りを一貫して管理することにより実現する。顧客のニーズにきめ細かく対応することで、顧客の利便性と満足度を高め、顧客を常連客として囲い込んで収益率の極大化をはかることを目的としている。(IT用語辞典 e-wordより)

もっとも現実には、顧客とのやりとりに存外な費用がかかり、結局マス広告の方が何も考えなくていいからマシだということにもなっていました。

■雪印乳業は、現場セールスの「赤ん坊の母親が使う粉ミルクの銘柄は、どうやら入院していた病院が使用していた銘柄と同じである」という情報に注目します。

市場調査部隊が、徹底したリサーチを行ったところ、その情報が正確であることを知りました。

同じことをやっていては勝てないのならば、違う方法に賭けてみよう。

そこで、業界の常識であったマス広告の予算を大幅に削り、浮いた数十億の原資を「病産院向けの販促費」に振り分けました。

(販促費の使い道については書かれていませんが、要するに、病院側への接待などに使ったのでしょうかね)

また、病院には試供品や哺乳瓶などを大量に投入し「お母さんに"使用銘柄"を周知すること」を徹底させました。

その結果、1年半ほどで、売上高1.5倍、市場シェア10%アップを勝ち得たということです。

■確かに、うちでも病院で使った銘柄をその後も使用していました。赤ちゃんが最初に飲んだミルクを変更することには抵抗がありますから。

今では、様々なメーカーが、産院で粉ミルクの試供品セットを無料配布しています。この販促方法は、今では、業界スタンダードになったということなのでしょうね。

この事例では、いち早く新しい販促方法を見つけ出した雪印乳業の勝利です。

もっとも、当時は、マス広告から販促方法を変えるという決断に、相当、社内の抵抗があったということですから、前例というのは強固なもののようです。

■弱者の基本戦略は「差別化」です。

販売促進においても、強者と同じことをしていたのでは、いつまでも弱者の立場から抜け出せません。

特に販売促進においては、まだまだ非効率な慣習的手段をとり続けている業界が多いと思われます。

究極のサービスが生まれるわけは

■今週の週刊ダイヤモンドは、リッツ・カールトンの特集をしています。

同ホテルは、極上サービスの代名詞ともなっています。そのサービスの内容とそれが生み出される秘密を記事にしています。

■ランチェスター戦略では弱者の基本戦略を「差別化」と定義しています。人のマネをしていたらダメだ、成功した人は必ずこう言いますよね。ランチェスター戦略セミナーなどでは差別化の様々な切り口を紹介しています。

ちょっと難しい話になりますが、差別化には戦略レベルのものと、戦術レベルのものがあります。ランチェスター戦略は戦略レベルのものを扱っているのですが、安易な戦術レベルの差別化の方が、分かりやすいし、面白がられる傾向にあります。例えば、ネーミングを変えたら売れ出してすべて上手くいったというようなストーリーに乗っけることです。コンサルは物語を作るのが上手いですから、こういう話には要注意ですな^^;

ところが、生半可な差別化は、逆に人真似になってしまうという矛盾を孕んでいます。どこがで効果があった差別化を安易にマネして、これが差別化戦略だ、と言っているような事例です。小手先の施策に気をとられていると、差別化のワナにはまってしまう危険があるんですね。

じゃあ、どうすればいいのいか。こういう言い方は精神論のようであまり好きではないのですが、結局、差別化に魂を入れるしかない。

ランチェスター関西メルマガにも書きましたが、究極の差別化とは、経営理念を持って、それを貫くことです。これが私の言う魂です。

「一儲けしてサッサと引退したい」と思っている人と「世の中の役に立ちたい」「この考えを広めたい」と情熱を燃やす人とどちらを応援したくなりますか?

最近、特に小手先のテクニックを伝えるよりも、経営理念をしっかりと持つ重要性を伝える方が企業のためになると感じています。

■そういう意味で、今回のリッツ・カールトンの特集は非常に参考になりました。彼らは、クレド(信条)カードをいつも身につけ、毎朝、それを読んで、内容や解釈を議論しあっているそうです。まるで、聖書を研究している人のようです。

またサービス品質を高めることが収益に結びつくことを数値的に把握し、指標を作っています。(この指標管理が重要なことは言うまでもありません)

「顧客を満足させ、感動させることが使命」だという根幹を従業員が繰り返し確認し、具体的な行動に結びつけるシュミレーションを常にしているので、彼らの行うサービスの品質が高くなるわけです。

彼らのマネジメントが多くの異業種に取り入れられている意味をおぼろげながら理解することができました。

国産ワインが伸張

■以前、ランチェスター関西メルマガでワインブームについて書いたことがあります。

今日の日経新聞に、国産ワインが伸びているという記事がありましたので紹介します。

■なんと、国産プレミアムワインは年2−3割程度は伸びているとのこと。

国産ワインの伸張の要因としては、「ユーロ高による価格高騰」と「国産ワインの品質の向上」があげられています。

ワインブームの折は、なんでもかんでも売れたものですが、今は、輸入高級ワインがメインです。ただ、ユーロ高により、価格が上がったため、さすがに手が出ないという情勢が出てきました。

そこへ日本のワイナリーの品質向上努力が実を結びつつある事情が重なったようです。メルマガでも書きましたが、品質向上は日本のお家芸です。実際、国際コンクールで日本のワインが受賞する例が増えているそうです。

■もうひとつ、世界的な和食ブームも後押ししています。日本食には日本のワインが合うというイメージがあり、輸出産業としても期待されています。

世界的にはもともとワインの需要が大きいだけに、日本酒よりも、国産ワインの方が大きなビジネスになる可能性があります。

一大産業になる予感があります。
プロフィール
komai 小

営業関連のコンサルティングをしています。
製造業や卸売業などの営業組織を強化する仕事を得意としております。

株式会社クリエート・バリュー代表取締役
NPOランチェスター協会理事
NPOランチェスター協会関西支部
NPOランチェスター協会認定インストラクター
中小企業診断士   販売士1級

コンサルタントになる前は、日本酸素株式会社魔法瓶事業部(現在のサーモス株式会社)で14年、営業担当をしておりました。
その時、廃業寸前の赤字だった事業部がわずかの期間で世界トップ企業になった経緯を体験したことが、経営コンサルタントになったきっかけとなりました。
当時、経験したことや見聞したことを物語風にアレンジしたのが、拙著『「廃業寸前」が世界トップ企業になった奇跡の物語』です。
面白い本なので、ぜひ読んでください(^^)

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