(2019年7月11日メルマガより)
動画ストリーミングサービスを提供するネットフリックスの勢いが止まりません。
全世界で1憶5千万人近くの有料会員をかかえ、150億ドル(約1兆6千億円)の売上を誇っています。
無店舗型レンタルビデオの店が、いつの間にか、全世界にその名を知られるようになり、大手映画会社を戦々恐々とさせています。
昨年は、米映画の最高権威であるアカデミー賞にオリジナル作品を送り込み、話題を集めましたが、同時に業界のエスタブリッシュメントたちから露骨な拒否反応をも引き出しました。
それだけ大きな存在になったということです。
DVDの宅配レンタルから始まった
ネットフリックスの創業は、1997年。ネットで注文を受けて宅配する形のレンタルDVDの店でした。
パソコンやスマホで注文をすると、自宅にDVDが送られてきます。DVDを観た後は、返却用封筒でポストに投函すると返却完了です。
料金は月定額のサブスクリプションモデルです。返却期限がありませんから、延滞料もありません。
(創業者が、レンタルDVDを返し忘れて高額の延滞料を払わされた経験に基づいて発想されたといわれています)
このシステムが当たり、爆発的な人気を博します。宅配DVDのビジネスは、日本では、ツタヤディスカスや、DMMが、真似して成功していますね。
ネットフリックスが優れていたのは、ネットで注文を得る仕組みなので、顧客データが収集しやすいということでした。
どんなDVDが人気があるのか。どのような顧客層は、どんなDVDを好む傾向にあるのか。
アマゾンと同じく、自動で顧客に好みのDVDをタイミングよく提示することができますし、さらには、こうしたビッグデータを蓄積し、武器にすることができました。
動画ストリーミングサービスで進撃
ネットフリックスは、2002年に株式上場して資金を得ると、2007年、動画のストリーミングサービスに乗り出します。
DVDを配送したり返却したりする手間がなく、その場で即時動画を視聴できるサービスは、ユーザーにとっても、事業者にとっても合理的です。
通信環境が整備されつつある今、DVDが動画配信に置き換わるのは、自然な流れです。しかし、レンタルビデオ店を運営するライバル会社は、店との共食いを恐れて手を出しにくい事情がありました。
無人の地を行くようなネットフリックスの快進撃はここから始まりました。
同社は、映画会社やテレビ局などから、番組を配信する権利を購入し、自社サイトでの配信を開始しました。
料金は月定額です。全世界でおおむね1000円程度。会員になると、すべての番組が自分のタイミングで見放題です。
アメリカではテレビは有料放送のケーブルテレビが主流ですが、1契約1万円以上になるのが普通です。その代わり複数チャンネルを視聴することができますが、ユーザーにとっては、興味のないチャンネルの分もあわせて料金を支払っていることになります。
そんなユーザーの不満を取り込んで、ネットフリックスは爆発的に受け入れられました。
「ゴミ収集業者」と嗤われる
当初は、映画会社もテレビ局も、ネットフリックスの登場を歓迎していました。
彼らにとって、過去の作品は、あまり使い道がありませんでした。そんな作品に、ネットフリックスは、高い使用料を支払ってくれます。
ある映画会社の幹部などネットフリックスのことを「ゴミ収集業者」と呼んで蔑んでいたほどですが、作品の数が多いと、その料金は年間数十億円となりますから、とても馬鹿にできた存在ではありません。大切な収益源です。
また近年、製作費が高騰するハリウッド映画は、コケる可能性が少ないシリーズものを多く手掛けるようになっています。
シリーズものをヒットさせるためには、過去作をなるべく多くの人に観てもらわなければなりません。
そんなとき、ネットフリックスのようなサービスは実にありがたい存在です。勝手に新作映画の宣伝をしてくれているようなものです。
ドラマも同じですね。ヒットドラマの第二シーズンが始まる際は、やはり過去作を観てもらいたい。
テレビ局は、昼間の時間に再放送するなどして盛り上げようとしますが、ネットフリックスはそれを補完してくれています。
まさにWIN−WINの関係が出来上がっていました。
ヒット作の作り方を習得
ところが、その間、ネットフリックスは、恐ろしいデータを蓄積していました。
なにしろインターネットにつながっているので、データを収集しやすい。
どんなユーザーは、どのジャンルの作品を好むのか?どんな俳優が好まれるのか?監督や脚本はどうか?
ユーザーが、視聴を中途で止める場面はどこか?どんな場面のどんなセリフは早送りされるのか?どのようなストーリー展開は好まれるのか?飽きられるのか?
全世界の膨大なデータを収集蓄積し、分析していますから、どんな映画会社よりも、ヒットする作品、好まれる作品を理解していることになります。
そんなネットフリックスが、自社でオリジナル作品を作ろうとするのは、自然な流れです。
何しろ、ヒットの方程式を理解しているのです。しかもその方程式はグローバルヒットだけではありません。特定のマニア層に受ける作品にも対応しています。
ハリウッド映画が、あまりにも万人受けするものに対応しすぎている現状、むしろネットフリックスは、作家性の強い尖った作品を手掛ける傾向にあります。
それが、ハリウッド映画への差別化となり、通の映画ファン、ドラマファンを惹きつけています。(優秀な演出家や俳優も惹きつけています)
連続ドラマ一気見の快感
同時に、ネットフリックスは、テレビ対応を進めてきました。パソコンやスマホで観るしかなかった過去から、いまは大きなリビングのテレビで観ることができます。
最近のテレビのリモコンには「NETFLIX」のボタンが設置されているものが増えてきました。これも同社の営業の賜物です。相当の費用をかけたのでしょうが、それ以上の恩恵があります。
リビングの主役であるテレビに進出したネットフリックスは、ことドラマに関する限り、テレビ局と肩を並べる存在となりつつあります。
そもそも新作ドラマを1週間に1度のペースで観る必要があるのでしょうか?
それよりも、全てが完結した後に一気見するほうが、合理的ではないか?
特にドラマは、続きが気になる終わり方をしますから、すぐに観たくなる需要に応えらえるのはアドバンテージです。
漫画もそうですね。週刊誌で連載を一話づつ追いかけるより単行本になってから読むという人も多いはずです。
ちなみに私は一気見が好きなタイプです。
そんなユーザーが増えてきたとすれば、テレビでドラマを観る人が少なくなったとしても、不思議には思いませんよね。
映画も同じです。少し待てばネットフリックスで観れるようになるのだから、わざわざ映画館に行かなくてもいいようなものです。
映画は動画配信で充分だと気付かれた
ここにきて、映画会社やテレビ局は、ネットフリックスがただのごみ収集業者ではないことに気づきました。
それは、人の作品を使ってヒット作の作り方を学び、優秀な演出家や俳優を集めて実際にヒット作を作り、従来のテレビ局から視聴者を奪う存在です。
さらにそれは、映画の祭典であるアカデミー賞にも作品を送り込み「映画は、必ずしも映画館で観なくてもいい!」と観客を啓蒙しようとする存在です。
一部の映画人は「おれは大きなスクリーンで観ることを前提に映画を作っているんだ!」と怒りの声を上げています。
また一部の映画人は「今の映画会社は万人受けを狙いすぎるので面白くない。むしろネットフリックスのほうが、好きにさせてくれる」と歓迎しています。
賛否両論あるものが、その後、時代のムーブメントに育っていくことが多いものです。
たぶん一部の映画はより体験型になり、大画面大音響効果を狙ったものになっていくのでしょうが、その他の多くは、動画配信で充分だとなるはずです。
もはや動画ストリーミングサービスは、無視できないところか、主要ジャンルの一つとして認められた存在になったといってもいいでしょう。
コンテンツの帝王ディズニーの登場
ネットフリックスの興隆に合わせて、多くの動画ストリーミングサービスが立ち上がってきました。
最大手は、アマゾンプライムビデオです。こちらはアマゾンプライム会員のためのサービスという位置づけですが、それでも多くの映画やドラマが見放題となっています。
アメリカではHuluも大手です。その他、ドコモのdTv、auビデオパス、U−NEXT、テレビ番組に特化したParavi、スポーツ専門のダゾーンもあります。アップルも参入を決めています。映画会社のタイムワーナーもそうです。
多くの追随者が現れるのは、トップ企業のネットフリックスにとっては歓迎すべきことです。裾野が広がると、トップ企業が最も恩恵を受けることになります。
しかし、世界最強のコンテンツ王国であるディズニーが動画ストリーミングサービスを開始したのは、影響が甚大です。さすがに危機感を抱かざるを得ないでしょう。
なにしろディズニーのコンテンツは強力です。
伝統的なディズニーアニメとその実写版はもちろん、近年、アニメ映画をけん引してきたピクサーも今はディズニー傘下です。
スターウォーズシリーズも実はディズニーの一員ですし、アベンジャーズで大当たりしたマーベル映画も、ディズニーが権利を買い取りました。
老舗映画会社である21世紀フォックスも最近、ディズニーが買収しました。
アニメからSFからヒーローものから名作映画までラインナップを揃えたのは、まさに動画ストリーミングサービスを開始するためだと考えられます。
つまり、ディズニーは動画配信サービスの価値と将来性を充分に理解し、本気で勝ちにきているということです。
今後、ディズニーは、ネットフリックスから自らの作品を引き上げていくと考えられています。
ディズニーのコンテンツは、絶大な人気を誇りますから、それがなくなってしまうネットフリックスにとって、大きな痛手となります。
苦しい立場に追い込まれるネットフリックス
私がディズニーの戦略担当者なら、他社のコンテンツの権利を買い取るようにします。
つまり、ネットフリックスオリジナル以外の作品はすべてディズニーで観ることができる体制を整えます。
こうなると、ネットフリックスはつらい。同社のサービスに加入する意味は、オリジナル作品を観るだけ、ということになってしまいます。
そんなこともあり、ネットフリックスは、オリジナル作品の制作に力を入れています。
現在、同社は85憶ドル(約9180憶円)をコンテンツ制作費に計上しています。ハリウッド映画でも100本作れる規模です。
良質なコンテンツが増えれば、会員の退会を食い止めることができるかもしれません。
それでも、ディスニーのコンテンツ群は強力です。
すでに確固たる世界観を持った作品群が多く、コアなファンがついています。これをしのぐ魅力を作ることは簡単ではありません。
こればかりは歴史的な蓄積がなせる業ですから如何ともし難い。
ディズニーは今回のサービスを開始する前に、スポーツ専門チャンネルや、ローカルなストリーミングサービスの運営を経験しており、技術的にも大きな問題はなさそうです。
となると、本気になったディズニーに太刀打ちするのはなかなか難しいということになってしまいます。
イマイチはっきりしないディズニーの戦略
もっとも、今回のディズニーの配信サービスは、ネットフリックスに比べて低価格に設定されています。
これは、オープン記念価格の意味合いでしょうかね。もともと儲かっている会社ですし、コンテンツも豊富なので、低価格でもやっていけるという余裕がなせる業でしょう。
安い価格設定ができるのはいいのですが、それがコンテンツ制作や仕入れに影響するとなると、残念です。いまのコンテンツの豊富さにあぐらをかいているということになります。
既に存在するディズニーオリジナルのコンテンツが観ることができる。というだけでは、コアなファン以外を取り込むのは難しいでしょう。
やはり、ネットフリックスなみの費用をかけて、他社の作品の配信権利を購入すべきですし、自社では独自ドラマを制作すべきです。
特に連続ドラマが必要です。動画ストリーミングサービスの醍醐味はドラマ一気見ですから、ここを充実させなければなりません。(←これは計画しているようです)
資金的背景でいえば、ディズニーの方が恵まれています。ネットフリックスは、毎年お金が足りなくて、それを借金で賄っています。どこかの国の財政のようですな。
体力勝負になれば、ディズニー、アマゾン、アップルが有利です。優位性を発揮できるところで戦うべきですよ。
それなのに、今の時点では、ディズニーは自社ファンだけを取り込めばいいと考えているように写ります。
独自路線をとるのがディズニーの特徴ですが、それにしても覇気がないと思えるのは私だけでしょうか。
新たな価値創造ができるのか
いっぽうのネットフリックスの戦略は、オリジナルコンテンツの制作ということで明瞭です。
同社の強みの一つは、世界展開をいち早く進めていることです。190か国以上で事業展開しています。
各地域の制作者の掘り起こしにも熱心です。日本でいえばアニメ制作に予算をつけて、オリジナル作品を作ろうとしています。
ネットフリックスは、ローカル作品といえども、世界展開することを基本にしていますので、そうした中から世界的なヒット作が生まれるかもしれませんし、著名な演出家や俳優が生まれるかもしれません。
同社の取り組みが、各地域のコンテンツ制作者を育成することにつながれば、それは文化的にも意義のあることですし、同社の地位の安定化にもつながります。
世界中で作られた作品が、一つのストリーミングサービスで観ることができて、しかも世界で受けるとなれば、これはディズニーにはないスケールの大きな価値創造だといえます。
ディスニーのコンテンツが画一的すぎてつまらない!と言われるようになるまで、ネットフリックスには、世界中の多様な価値観を背景にした作品群を生み出してほしいと思います。
アマゾンの取り組みは、もう少しラフです。各地域にけっこうな予算を配分しているようですが、著名人を起用しながらローカル展開にとどまっています。
日本人の作るものは日本で観られればいいや。という展開です。
アマゾンプライムの会員サービスなので、大きな方向性などなくていいという姿勢なのでしょうかね。
その場その場で対応するアマゾンらしい取り組みだとは言えますな。
このほか、アップルがどのようなサービス展開をするのかも未知数です。
ちなみにアメリカにおけるネットフリックスの視聴時間は、まだ10%程度(テレビ視聴時間の内)だといいます。いわゆる市場的影響シェア(10.9%)を超えるか超えないかというところで、これから存在感を示すシェアに入っていきます。
戦いはまだ始まったばかりです。
大いに競争して、ユーザーに恩恵を与えてほしいと思います。
《参考》
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