論語は最高の自己啓発
(2020年7月23日メルマガより)


今回も、孔子についてお話しています。

孔子の教えは、簡単なのに、説明するのが難しい。というのが、前回のメルマガのテーマでした。

なぜ難しいのかというと、孔子自身が、その思想をわかりやすくまとめて伝えるということをしなかったからです。

孔子は、学問とはすべて過去の書物から知恵を得て実践に活かすものであり、創作したり、付け加えることはしないという考えを持っていました。

だから、孔子の手になる書物はいまに残っていません。「詩経」「書経」「春秋」など編書や注釈書が残っているだけです。

その点、孔子自身の言動を記録した「論語」は、いきいきとその考えや人となりを伝えています。


■じつは「論語」じたい、孔子の死後400年かけて編纂されたものです。

孔子の教えを伝える儒家の教科書あるいは宣伝書として作られたものです。

その割には、時代もテーマもばらばらに、適当に孔子の言葉を並べただけに思えます。

編纂に400年もかかったのですから、その時代時代の編纂者の思惑や考えもあったでしょう。

儒家の中のそれぞれの派閥が別々に作ったものを無理やりくっつけたという側面もあります。

まあ、いろんな事情があったのでしょう。

しかし孔子が、体系的な教育をしなかったのだから、あえてバラバラに編纂された「論語」は、孔子の教育スタイルを表していると言ってもいいのではないでしょうか。


■それはともかく、今回「論語」を再読してみて、その面白さに引き込まれてしまいました。

「論語」を面白いと思うようになれば、もう歳ですな^^

いや、そんなことはありません。以前は、そこまでの読解力がなかっただけです。

今回、読んでみて、面白いだけではなく、実用的であることがよくわかりました。

そのあたりのことを書いてみたいと思います。


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「論語」を読んでいて感じるのは、おおらかな明るさです。

宗教書にあるような超越感も哲学書にあるような厳粛さもありません。

これはもちろん本書の主人公である孔子の楽天的なキャラクターによるものでしょう。

孔子は、自分自身を平凡な人間であると称し、誰でも努力し続ければ社会の役に立つ素晴らしい人間になれると説きます。

「論語」は、いわば、誰でもできる努力を続けることで、立派な社会人になることを目標とする書です。

努力、成長、成果というまるで少年漫画誌にありそうな前向きなメッセージがそこにあります。


孔子が広めようとした「徳治主義」


前回のメルマガでもお伝えしましたが、孔子は貧しい庶民の生まれです。

体系的な教育を受ける機会に恵まれず、すべて独学で古典から学びました。

孔子が生きたのは戦乱の世です。

平和で安心して暮らせる社会を作りたいと考える孔子の教えは、一派をなすほどの勢力となっていきました。

戦国において平和を望むのは孔子だけではありません。誰もが夢見ることでしょう。

力のある者は、武力によって国内を平定し、安定を築こうとします。それを中国全土で実現したのが、秦の始皇帝でした。

しかし、孔子は、武力によって平和をもたらすという考えではありませんでした。

彼が望んだのは、あくまで君主のよい行いや考え方である「徳」を広く知らしめることで、世の中を平和にしたいということです。

これを徳治主義といいます。


「論語」は、君子になることを促す書


そんな能天気なことで国が治まるか?

と誰もが思うでしょうね。

孔子の頃から、国を治めるには、厳しい法律や警察による取り締まりが必要だという考えがあり、そちらの方が主流でした。

同時代の人間から「無理なことを実現しようとしているやつ」と揶揄される様子も「論語」には記されています。

それでも孔子はキレることもなく、ブレることもありませんでした。

君主の「徳」が人々に浸透するためには、民衆側にも、それを理解できる教養が必要です。

孔子は、そんな立派な社会人のことを「君子(くんし)」と呼びました。

孔子の目標は、社会に多くの君子を育成し、徳による政治を完成させることでした。

「論語」とは、一般の人々が教養ある立派な社会人である「君子」になることを促す書でもあります。


政治家として失敗した孔子


孔子は、政治家として採用された国で、徳による政治を行おうとして失敗しています。

理由はまさに、臣下の者たちどころか、君主でさえ、徳のある政治というものが理解できず、自らの利益のためにしか動かなかったからでした。

明らかな時期尚早です。徳による政治を行うためには、世の中に徳の素晴らしさを理解する人々が多くいなければなりません。

それが君子を育成するという発想につながっていったようです。

実際のところ、孔子の目指すような社会を作ることは、至難の業ですし、できたとしても途方もない時間がかかります。

孔子自身も「君子にはなかなかお目にかからないね。君子になろうと努力する者に会えれば充分だ」などと発言しています。

それでも諦めたり、世を儚んだりしないのは、生来の楽天性によるものでしょうか。

晩年、政治家になる道が叶わなくなってからも、未来に理想の世を実現するために、君子を育成するための教育事業に身を捧げました。


孔子はとことん「いいひと」だった


そんな孔子の姿勢は多くの人々の心を捉えました。

政治家として大きな成果を上げられなかったにも関わらず、孔子のもとには多くの門人が集まり、相談する者が絶えませんでした。

門人の一人、子禽という者が高弟の子貢に尋ねています。「先生はなぜ、どの国に行っても相談が絶えないのでしょうか」

子貢の答えは「先生は、温良恭倹譲なので、自然と相談を持ち掛けられるのだ」というものでした。

温とは、にこやかで穏やかなこと。

良とは、素直でまっすぐなこと。

恭とは、丁寧で慎み深いこと。

倹とは、節度がありやりすぎないこと。

譲とは、謙虚でひかえめなこと。

要するに、孔子はとことん「いいひと」であったということです。

おそらく、もとから善良な人だったのでしょう。しかし、それだけではありません。

「私は生まれながらにして道理がわかっていたわけではない。古典から学んできたのだ」と言っているように、孔子じしんが、修養し、人格を高めることに努めていました。

なぜなら、徳による政治とは、君主の善性を広く浸透させることで社会を安定させるものです。

つまり、上に立つ者ほど「いいひと」であることを求められるのです。

もちろん、表面的な慇懃さや繕った親切は信用できません。(巧言令色鮮し仁)

「論語」には「死んでいく時に子供を託せる人」という言葉が出てきます。

それほど信用できる善人こそが君子であり、そんな君子たちが行う政治が徳による政治なのです。


自分の中の悪性を抑え、善性を育てる


ますますハードルが高く思えてきましたか^^;

「論語」には、「克伐怨欲(こくばつえんよく)を抑えることができればえらいものだ」という孔子の言葉も記されています。

克とは、他人を押しのけて勝ちたいという気持ち。

伐とは、功を誇りたい気持ち。

怨とは、人を恨んだり、妬んだりする気持ち。

欲とは、もっとほしいという気持ち。

これは、温良恭倹譲の逆で、人間のダークサイドを表したものです。

こうした人間が本来持つ悪性を完全に消し去ることはできないにしても、そこそこに抑えることが、人格を高めることにつながります。

「中庸(極端にならず、偏らないこと)の徳こそ最高の徳である」と孔子が言う通りです。


実は、孔子は、ずばぬけて身体が大きく(2メートル16センチ)、武術全般をこなす器用さをもっていました。

戦乱の世ですから、力自慢で世を渡っていくことも可能だったでしょうし、横柄な人物になっていてもおかしくありません。

しかし、生来の向上心が、そのような凡夫に留め置きませんでした。

自分の中の悪性をなるべく抑え、少しづつ善性を育て、徐々に人格を形成していったのが、孔子という人でした。


染み出すような善性


君子が、身につけている最上の徳が「仁」です。

「仁」は、孔子がその思想の中心に置いた概念でした。

弟子たちも、その他の人たちも、何度も「仁とは何か」孔子に尋ねていますが、まともに答えていません。

「言葉にできない」と言ってみたり「実行が難しい」と言ったり。

もう少し親切な時は「5つのことを広くやればいいよ」とか「人を愛すればいい」とか「礼にかなうことだ」とか断片的なことを言っています。

困った弟子が「誰それは仁者だと言えますか?」と具体的人名をあげて評価を求めていますが、ことごとく「仁者ではないな」と答えています。

高弟のほとんどが「仁者ではない」と評価されているのだから、いばらの道です。

結局、孔子は「仁とは何か」について明確な定義を残しませんでした。

われわれは類推するしかありません。


本来、仁という文字は、人が絨毯のような敷物に座っている様子を表しているらしい。

だから、じわじわと温まるように伝わる人間性を表しているようです。

そこから考えると、仁とは「とくだんアピールしなくても、周りの人に自然に伝わるようなその人の善性」ということができるのではないでしょうか。

要するに、仁者とは、孔子そのものです。


人を思いやる気持ちが「仁」につながる


孔子は「努力すれば仁に至れる」と明言しています。

それでも弟子たちは困惑するばかりです。

ある時、弟子たちにこう言っています。

「おまえたちは、仁をよほど高遠なことと考えているようだが、もっと身近なものだぞ。自分がしてほしいと思うことは、まず人に施しなさい。それが仁に至る道だ」

これは、前回のメルマガでお伝えした「礼」の精神そのものです。

周りの人を尊重し、慮る気持ちを形にしたものが、孔子のいう「礼」でした。

つまりすべての基盤にあるのが、人に対する思いやりです。まずは身近な人を思いやり、幸せな関係を作る。それを常に心がけ、繰り返すことが、心の中に仁(染み出るような善性の魅力)を形成していくのです。

孔子は難しいことは何も言っていません。「礼」が大切だといった時から「仁」に至るまで、ずっと同じことを言い続けているのです。

「論語」を読んでいけば、それがよくわかります。


現代日本でも、グローバル社会でも、孔子はモテる


孔子の教えは、その死後、アジア全域に広がっていきました。

ゴリゴリの法治主義では国が治まらないことを知った為政者たちが、徳治主義をも併用したからです。

その影響は、現代の日本にも及んでいます。

日本は、法治国家でありながら、徳治国家の部分も多分に残しています。

法律に反していないからといって、あるいは契約書に書いていないからといって、信義にもとるような行為をする人物は、信用されません。

会社でも能力主義、成果主義といいながら、多くの人から慕われるのは、徳のある人です。

いいひとというだけで、何も仕事ができないのは困りますが、逆に仕事はできるのに、克伐怨欲を全開にするような人は人望ゼロで報われません。

やはり日本社会には、孔子のいう「上にいる人は徳のある人であるべきだ」という考えが通底しているのです。


この点、宗教的に「契約は絶対だ」とする欧米の社会とは齟齬があるのでしょうか。

確かにグローバルビジネスにおいて、契約に関する意識の違いがトラブルを引き起こしたという話はよく聞きます。

契約書にないからといって、平気で人を出し抜くような行為がよくあるらしいですが、それは契約作成が甘かった側が悪いという論調です。

ビジネスする上においては、そこは気を付けなければならないことでしょうね。

ただ、欧米においても、仕事ができるだけの人がリーダーになれるわけではないようです。

やはり、人望があることが重要な要素です。どのような人が人望を得るのか聞いてみると、誠実で、他人に親切で、頼もしく、朗らかで、ユーモアがあり、リーダーシップがある人だそうで、何のことはない。孔子そのものです。

孔子のような人がモテるのは、世の東西を問わないようですな。


自己啓発書であり、実用書


自粛期間中に、読んでみた「論語」ですが、自分でも驚くほど、引き込まれてしまいました。

「論語」といえば、カビの生えた修身の教科書としか思っていない人が多いのではないでしょうか。

確かに私の持つ「論語」も赤茶けて、シミが浮いていました。

しかし、その内容は、実に豊かで、本質的、かつ現代的です。

自己啓発書は「論語」一冊で充分です。体系的でない分だけ、読むたびに発見があり、気づくことがあります。

さらに、現代の日本が、いまだ「論語」の影響下にあることがよくわかりました。

つまり、「論語」のメッセージを実践することは、現代の日本でも有用であるということです。

おそらく、目新しいスキルを急いで身につけるよりも、何十倍も実用的なものが、身につけられることでしょう。

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