(2021年1月7日メルマガより)
映画「鬼滅の刃」が、興行収入320億円を超え、歴代1位になったそうです。
それまでの1位は、2001年に公開された宮崎駿監督のアニメ「千と千尋の神隠し」です。あの当時も、あまりのヒットに社会現象だといわれたものですが、今回はそれを超えたわけです。
しかも、「鬼滅の刃」は公開されてから3か月足らずです。この先、どれほど記録を伸ばすのかわかりません。
驚異の作品ですね。
「鬼滅の刃」はなぜ売れたのか
ただ、私のようなオジサンには、いまいちピンと来ない。
いったい「鬼滅の刃」という作品のどこにそれほど社会に受け入れられる要素があったというのでしょうか。
映画そのものは観ていませんが、一応、原作は読ませていただきました。が…。残念ながら分かりませんでした。
「鬼滅の刃」の原作漫画は、「週刊少年ジャンプ」で、2016年から2020年まで連載され、既に完了しています。
コミックは全23巻。累計1億部以上を売り上げており、ジャンプの連載漫画の中でも、大ヒットしたものの一つです。
大正時代の日本を舞台にしており、超常的な力を持つ「鬼」に肉親を殺された上、妹を鬼にされてしまった少年による妹を人間に戻すための闘いを描いた漫画です。
少年は、鬼を倒すための組織「鬼滅隊」に入り、一員となって闘います。
ところが鬼は、不死身に近い身体能力を持つ上に、個々が魔術のような力を持っているので一筋縄ではいきません。
人間としては、凄まじい修行で技量を高めた上に、仲間と助け合い連携しながら闘うしかありません。
このあたり「少年ジャンプ」の理念である「友情、努力、勝利」を強く意識させる王道の展開です。
敵の持つ不気味で厄介な能力も、ジャンプの先達である「ジョジョの奇妙な冒険」や「NARUTO」と似ており、既視感を覚えます。
要するに、典型的なジャンプの超能力バトル漫画だということです。
単純な善と悪との闘いではない
ただこの作品に独特の特徴もあります。
まず大正期の日本というこれまであまり取り上げられなかった時代を舞台にしているので、和装と洋装、刀と拳銃、馬車と機関車が共存する世界となっており、魅惑的です。
時代背景からか、耽美趣味的なテイストがあり、江戸川乱歩のようなグロテスクさも持ち合わせています。
ただし、暴力もグロもやりすぎない程度であり、安心して見ることができます。
さらに特徴的なのは、登場人物の心理や背景を執拗に描きこむことです。
主人公の少年や鬼滅隊の人々は、とにかく自分の気持ちや感情を表します。闘いの最中の、恐怖、痛み、希望など心の声が執拗に描かれます。時には、闘いの描写を停止して、過去のいきさつが長々と挿入されます。
これにより、彼らは超人ではなく、等身大の人物だと思い起こさせることとなり、感情移入しやすくなっています。
敵である鬼ももとは人間だったという設定ですから、人間としての歴史があり、感情があります。彼らにも悪に堕ちた理由があるわけで、それを丁寧に描くので、相対化されて憎めません。
つまり、善と悪の闘いという単純な図式ではなく、やむを得ない個性のぶつかりあいという構図となっています。
こういうところが、受け入れられた理由なんですかね。
もっとも、欠点も多く決して完璧ではない漫画です。既視感のある内容ですし、ストーリーが直線的でふくらみがない。画力が足りないのか、闘いのシーンの迫力がいまいちでない。
もっと展開が複雑で深みがあり、伏線回収がうまい漫画はあるし、比べるのは酷かも知れませんが「ドラゴンボール」世代としては画力が気になります。
これがアニメになると、欠点が払しょくされて、素晴らしい作品となるのでしょうか。観ていないので何とも言えませんが。
経済波及効果2000億円 仕掛けたのはソニー
ともあれ、「鬼滅の刃」は、漫画としても映画としても大ヒットしました。
特に映画は歴史的なヒットです。コロナ禍で他の目ぼしい作品がなかったという特殊事情があったにせよ、作品の力がなければこれほどヒットはしなかったでしょう。
コラボした缶コーヒーやレトルトカレーなども軒並み好調だというから、その影響は大きい。経済波及効果2000億円という試算もあります。
このヒットを受けて、注目されているのが、ソニーです。
実は、「鬼滅の刃」のアニメ化、映画化をはじめ、ビジネス全体を設計したのがソニーだったのです。
ソニーは2021年3月期の売上高予測を8兆3000億円から8兆5000億円、営業利益予測を6200億円から7000億円に上方修正しており、好調です。
株式市場の評価も高く、時価総額約13兆円は、日本企業全体の4位です。
各家電メーカーが、事業再構築に苦慮している時にいちはやくビジネスモデルをリニューアルし、ソニー復活を強く印象づけました。
ソフトウェアビジネスに注力
ソニーは、戦後すぐ1946年に東京通信工業株式会社として設立されました。設立10年ほどでソニーに社名変更したのは、海外進出を意識していたからです。
当初は「技術者の楽園」を目指していました。設立趣意書には、いたずらに規模を追求せず、ニッチ分野であっても、大手企業が手を出さないような難しい技術に挑戦する旨が書かれています。
そのビジョンの通り、独自の技術を発展させて、刺激的な商品開発を行いました。ソニーには、上司に反対されても隠れて研究せよ、という文化があったようで、独自技術の宝庫だったといいます。ただし、技術主導の商品づくりは、商品分野が多様にならざるを得ず、方向性を絞りにくかったかも知れません。
技術や商品に関する評価は高かったものの、規模や販売力に優る松下電器のミート戦略を受けて、業績的には苦労しました。
そこでソニーが志向したのは、ソフト分野の充実です。
ソニーは、オーディオやビデオレコーダーに強みを持っていましたが、そこで再生する楽曲や映像作品にビジネスを広げていきました。
1968年には、レコード会社であるCBSソニーレコードを設立。1989年には、アメリカの映画会社コロムビアピクチャーズを買収。1993年には、ゲーム事業に参入し、ゲームソフトの制作を開始しました。
家電分野全体に商品ラインナップを広げていくのではなく、得意商品のソフト分野にビジネスを伸ばしていったのです。例えば、ミュージシャンを管理し、楽曲を多く世に出すことは、得意のオーディオ製品やウォークマンの販売につながります。あるいは、映画制作会社が充実すると、テレビやビデオプレーヤーの販売拡大となります。
こうした垂直統合的なビジネス展開は、その後、アップルのビジネスに取り入れられていきました。スティーブ・ジョブズはもともとソニーに憧れていたそうですから。
バブル期、崩壊期を経て、多くの家電メーカーが業績を落とし、ソフトウェアビジネスから撤退してきました。しかし、ソニーだけは、ソフトウェアビジネスを諦めませんでした。
ソニーもバブル崩壊後には業績低迷し、事業再構築を余儀なくされました。その過程で、宝物のようだった内部の技術を多く手放したといいます。
大事な技術を放出してまで、ソフトウェアやエンターテイメントビジネスに注力するソニー経営陣を避難する声は少なくありませんでした。
が、その時の頑固な取り組みが、いまになって実を結んでいるのだから、企業業績というのは短期で図るものではありませんね。
ゲーム関連事業が業績を牽引
ちなみに、ソニーの今年半期(2020年4月〜10月)の業績をみてみると、
ゲーム事業 売上高1兆1127億円。営業利益2290億円。
音楽事業 売上高4080億円。営業利益877億円。
映画事業 売上高3674億円。営業利益565億円。
家電製品等 売上高8365億円。営業利益449億円。
イメージセンサ等 売上高5133億円。営業利益753億円。
金融 売上高8207億円。営業利益929億円。
となっています。
おおまかにいって、売上高の半分弱(46%)が、エンタメ関連で、従来の家電や部品は、33%程度です。
営業利益でみると、さらに顕著で、68%がエンタメ関連で、家電や部品は16%程度です。
特にゲーム事業は、営業利益の42%程度を占めており、その存在感が際立っています。
現在のソニーが、家電メーカーとはいえない姿になっていることを表しています。
ディズニーのライバルになる?
現在のソニーの勝ちパターンは、映画、アニメ、音楽分野でヒットコンテンツを生み出し、それをゲームにして拡大展開するというものです。
たとえば、ソニーのヒットコンテンツ「スパイダーマン」は、プレイステーション用ゲームとして、2000万本以上売り上げています。
ディズニー傘下のマーベルが、スパイダーマンの版権を買い戻そうと躍起になっても、ソニーが手放さない理由がここにあります。(過去、マーベルが経営危機に陥った時に、版権を売却した)
ディズニーが、アニメ映画のコンテンツをグッズ販売、テーマパーク運営、動画配信に展開するビジネスエコシステムを作り上げているように、ソニーのビジネスも、シリーズごとに1億台前後販売する怪物ゲーム機プレイステーションを最大限活用したビジネスモデルです。
ソニーは、プレイステーションのオンライン会員向けに定額サービスを提供しており、これが収益を押し上げています。継続課金ビジネスの点では、ディズニーの一歩先をいくものです。
もちろんディズニーは、売上高6兆7千億円を超えており、エンタメ事業としては規模が違います。ディズニーのような歴史的なキャラクターもいません。今のところ、ライバルとして認識されていないかもしれません。
しかし、ソニーの志向する形は明確で、拡大展開が可能です。近い将来、ライバル認定される存在になるでしょう。
ネットフリックスのビジネス
現在、ディズニーが強く意識しているのが、動画配信ビジネスを手掛けるネットフリックスでしょう。
ネットフリックスの売上高は約2兆円(2019年期)ですが、株式時価総額は、20兆円を超え、ディズニーに肉薄しています。
同社のビジネスモデルは単純です。動画配信サイトの会員収入がその収益です。そのため、ひたすら配信する映画やアニメ、ドキュメンタリー等を買い集め、自社でもオリジナル動画を制作しています。
収益の多くをコンテンツ獲得に費やすため、利益率は抑えられています。が、それでも最近は10%以上あります。
ディズニーは、自社で動画配信サイト「ディズニープラス」を立ち上げ運営するために、それまでネットフリックスに提供していた動画コンテンツを引き上げてしまいました。
ディズニーはアニメ作品だけではなく、スターウォーズシリーズやマーベルシリーズを抱えているので集客力のあるコンテンツだっただけに、ネットフリックスにとっては痛手でした。
自社コンテンツの重要性を痛感したネットフリックスは、制作に力を入れています。
同社は、世界中の制作会社にオリジナル作品の制作を発注しています。なにしろ、どの国のどんな作品が当たるかわかりませんから、とりあえず作って、主だった言語の字幕をつけて、配信するのが今の方針のようです。多様性のある作品群が同社の魅力となっています。
アニメ制作で競合
ネットフリックスは、日本のアニメに対しても力を入れています。日本のアニメは、海外でも評価されていますから、有望コンテンツです。
台所事情が苦しいアニメ制作会社としても、ネットフリックスの潤沢な製作費は魅力ですから、まさにWIN−WINの関係ができています。
ところが、ここが、ソニーと競合する部分です。
先にあげたように、ソニーのビジネスは、有望なコンテンツを生み出し、それをゲーム等に展開することです。
世界展開が可能なアニメ作品が、その有望なコンテンツであることは間違いありません。だから「鬼滅の刃」は、企画段階からソニー肝いりの作品だったようです。
ゲームとして2次利用するためには、コンテンツが上質であるだけではなく、できるだけ多くの人の目に触れて、人気作として認知されることが必要です。
だからソニーは、自社のコンテンツを自社配信サイトだけに限定せず、映画、テレビ、他社動画配信サイトなどに広く開放する政策をとっています。
しかしネットフリックスは、会員収入がほぼ唯一の収益源ですから、自社有料サイトの価値を高めなければなりません。そのためには、自社限定のコンテンツを増やすことが鍵になってきます。
その意味で、ソニーとは制作に対する姿勢が違ってきます。
ネットフリックスは、作品コンテンツの数を揃えなければならないので、制作会社を一定期間囲い込んで継続的に受領しようとします。アニメ制作会社としては、その期間の収入が保証される代わり、大ヒット作品となっても、受けとる製作費用は一定です。
これに対して、ソニーは長期的に売れるコンテンツが欲しいので、企画段階から二人三脚で取り組むスタイルです。利益は関係者で分配するので、売れれば売れるほど制作会社の収益も増える仕組みです。
どちらがいいかは制作会社の考え方によるでしょう。いや、両方が競うことで、アニメ制作者の待遇改善につながれば、日本の強みである産業が維持強化できることになり、いい傾向だといえます。
既存勢力が衰えるまで待たなければならなかった
かつてソニーといえば「弱者」企業の典型例のようでした。ランチェスター戦略セミナーでも、「弱者の戦略」といえばソニーを例に出すことが多かったです。
当時の強者は松下電器(現パナソニック)です。松下電器の強みは、その技術力に加え、全国に張り巡らされた専門店網を組織化しており、圧倒的な販売力を持っていることでした。
他社がどのような魅力的な商品を開発しようが、松下電器が似たような商品を作れば、結局、逆転されてしまいます。なにしろ、どんな商品も模倣する技術力と、圧倒的な販売力があるわけですから盤石です。
この当時の松下電器の「強者の戦略」は見事すぎて、文句のつけようがありません。
このためソニーは散々苦しめられたわけですが、日本の高度成長に乗り、規模拡大していき、いつしか従業員10万人以上を抱える超大企業になりました。
技術力のあるソニーは、トランジスタラジオ、トリニトロンカラーテレビ、ウォークマン、ハンディカムビデオ、プレイステーションなど産業史に残るヒット商品を生み出してきました。
本来ならば、どこかで分野を絞って強者となる「ミニリーダー戦略」をとるべきだったのですが、あくまで技術主導のものづくり力で勝負したいという旧来の勢力も強く、中途半端になってしまったようです。
ソニーに憧れていたアップルが、事業分野を絞り込んだうえで、IT、ソフト、製品を組み合わせた事業展開をしたのは、本来、ソニーがやりたかったことを具現化したということです。いま、世界ナンバーワンの企業に成長したアップルをみるにつけ、歴史の皮肉を感じます。
結局、ソニーが復活するためには、既存勢力がじり貧になってしまい「分野を絞らないとあかんな」と気づく時間が必要だったということです。
長い時間がかかりましたが、巨大企業が方向転換するためには、仕方のない時間だったのでしょうな。
ポスト・プレイステーションに「全集中」
いま、ソニーは、コンテンツを生み出し、とことん利用するビジネスエコシステムを作り上げ、形にしつつあります。
その象徴が「鬼滅の刃」の大ヒットです。ソニーがこのコンテンツをどのように展開し、収益を最大化していくのか、お手並み拝見というところですか。
ただ、将来に不安な部分もあります。これからのゲームは、オンラインゲームが主体になってきます。
ところが、ソニーの強みであるプレイステーションは、据え置き型です。通信機能が加速度的に高度化している現在、無用の長物になってしまうリスクがあります。
ソニーはスマホゲームの「フォートナイト」に資本参加するなど布石は打っていますが、つけ刃的な施策では心もとない。
なにしろ、ゲーム関連分野には、アップルやグーグルやマイクロソフトや、えげつない企業群が、食指を伸ばしており、プレイステーションが陳腐化するのを今か今かと待ち構えていますからね。
5G、6Gの時代に、据え置き機でなければならない理由をつくることができるのか、あるいはクラウドに移行しても、プレイステーションで築いた強みを維持できるのか、これらに答えていかなければなりません。
容易い課題ではありませんが、生き残るためには必要なことです。
「全集中の戦略」なんてノリでタイトルをつけて申し訳ありませんが、ソニーがどのように生き残り、成長していくのか、その戦略展開を大いに期待しながら見ております。
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