
トヨタ自動車が、高級車レクサスの定額利用サービスを始めるそうです。
ユーザーは、トヨタの高級車6車種から好きな車を選択できて、半年で新車に乗り換えることも可能です。
契約は3年間、月額19万4400円。(3年で約700万円)
レクサスのセダン新車が600万円ぐらいから購入できるそうですから、この金額をどう捉えるかは、意見の分かれるところでしょうね。
新車売り切りビジネスの否定
それにしても、トヨタまでもが定額利用サービスを始めるとは、時代も変わったものです。
自動車といえば、新車売り切りビジネスの最たるものです。
レンタカーやカーリースという形態があるとはいえ、ビジネスの中心となるのは、自動車メーカーごとに系列化されたディーラーによる新車販売です。
ところが、トップメーカーであるトヨタが、定額利用サービスを始めたわけです。これまでのビジネスモデルを否定する行為です。
そうですね。トヨタは、このまま新車販売ビジネスに頼っていたら成長できないと判断したのです。
自動運転車が普及すれば、カーシェアが当たり前になり、ユーザーにとって車を所有するメリットが小さくなると考えられます。
したがって自動車の絶対数が減ってしまいます。(社会的には適正数になります)
そんな時、いままでと同じように新車販売に頼るのは誰が見ても戦略ミスです。相当ブラックな販売会社でも売上を維持するのは困難でしょう。
だからトヨタの試みはしごく当然の方向性によるものです。
サブスクリプション(サブスク)とは
自動車だけではありません。いま、あらゆる業界で「所有から使用へ」移る動きが始まっています。
家も、家具も、家電製品も、衣類も、宝飾品も。これまで所有することが当たり前で、所有することこそステイタスだった品々が「必要な時だけ使えばいい」ものと認識されだしました。
ユーザーが負担するのは月々の使用料で、普通は購入するよりも小さな額で済みます。所有することをやめただけで、相当のコスト減になるはずです。
いっぽうのメーカー側は、当初の売上こそ減るものの、継続的に使用してくれるユーザーを確保さえできれば、ビジネスを組み立てやすくなります。新規顧客獲得のためのコスト負担もありませんから収益率は上がります。
こうした継続的なビジネスの形態をサブスクリプション(サブスク)といいます。
サブスクリプションとは、もともとは新聞や雑誌の定期購読や予約購読を示す言葉です。
しかし今は、その概念が拡大しています。
マイクロソフトを復活させたサブスクビジネス
サブスクの有効性を世に知らしめたのは、マイクロソフトの復活でした。
パソコン全盛時代、ウィンドウズというOSを擁していたマイクロソフトは我が世の春を謳歌しました。
ところが、検索システムのグーグルや、スマホ時代を到来させたアップルの登場によって優位性を喪失したマイクロソフトは勢いを失い、過去の企業になってしまった感すらありました。
そのマイクロソフトがいま俄かに復活し、株式時価総額では世界トップに踊り出しています。
その原動力となったのが、3代目サティア・ナデラCEOによるビジネスモデルの転換です。
それまでマイクロソフトのビジネスは、ウィンドウズという無料OSを入り口に、エクセルやワードやパワーポイントといった業務用ソフトを販売するというものでした。
ユーザーが、これらのソフトを購入すれば、永久に使うことができます。が、実際にはソフトは次々最新版が発売されるので、いつの間にか旧式化してしまって、買い替えが必要となります。買い替えには、もちろん新たな費用が発生します。
(パソコンにワードやエクセルが付属していることもありましたが、それはパソコン代金の中に含まれているというだけで無料ではありません)
これに対して、いまのマイクロソフトの主力商品は、月々(あるいは年間)の費用が発生します。
ただし最新版の追加購入はいりません。ソフトの中身はクラウド上(ネットの向こう側)にあり、それを使用する方式ですから、勝手にアップデートしてくれるので、いつも最新版を使うことができます。
エクセルやワード、パワーポイントなどを含むマイクロソフトオフィスには、無料版も用意されていますが、機能制限のない有料版は月1000円程度です。
ユーザーとすれば年間12000円程度で常に最新の業務ソフトが使用できてお得です。
マイクロソフト側としても、一定の継続収益が見込めます。それにクラウドにあるソフトを遠隔で使用してもらう方式なので、顧客が増えてもコストはそれほど増えません。
つまり利益率がいいのです。
顧客数が一定数を超えるまでは我慢が必要ですが、臨界点を超えると、とんでもなく儲かるビジネスであることをマイクロソフトが世に知らしめました。
既存ビジネスと競合してしまうサブスク
そんなにいいものなら、みなサブスクをやればいいやん。と思いますね。
その通り、日本企業もサブスクの可能性に気づいて、続々と参入しています。
しかもマイクロソフトのようなソフトウェア会社だけではなく、物理的な商品を扱うメーカーが参入しています。
トヨタの高級車使用サービスは上に書いた通りです。
パナソニックは、月額7500円で最新のテレビを3年ごとに使用できるサービスを開始しました。
ソニーは、プレステのユーザー向けに定額で追加機能を付加するサービスを行っています。
三菱商事は良品計画と組んで、家具の定額使用サービスを検討しています。
ただ悩ましいのは、売り切りビジネスから定額サービスに切り替える際に、一時的な売上減に見舞われることです。
顧客数が一定以上になるまでは、収益の低下に耐えなければなりません。
メーカーはそれでもいいかも知れませんが、販売会社にとっては、売り切りビジネスが無くなることは死活問題です。
パナソニックのテレビ定額サービスは、販売店の不興を買って、サービスの拡大もままなりません。
家電製品のダイソンが行っている家電品(ヘアドライヤー)の定額使用サービスは、家電小売店からの猛反発を受けて、宣伝できない状態だそうです。
トヨタの定額サービスが高額すぎてイマイチやる気が感じられないのは、既存の販売ディーラーの手前、わざとお得感をなくしたのではないかと思えます。
もともとの既存ビジネスをしっかり行っている企業にとって、サブスクビジネスへの取り組みはけっこうハードルが高いようですな。
ベンチャー企業の方が取り組みやすい
これに比べて、新興企業やベンチャーは、何のしがらみもなく取り組むことが可能です。
例えば、洋服の定額サービスの「エアークローゼット」という会社があります。
6800円で月3点まで交換可、9800円で無制限交換で洋服を使用することができます。
どんな服が送られてくるかは非公開ですが、個人アンケートをみたプロのコーディネーターが、それぞれに合う服を選んでくれます。
対象は、会社勤めの女性で、普段会社に来ていく服がコンセプトです。
あるいは、高級バッグの定額サービス「ラクサス」
こちらは月6800円で、高級バッグを持つことができます。
高級バッグを揃えるのが大変だろうなと思うのですが、実はこれ、ユーザーからの借り物も含んでいます。
高級バッグの持ち主から借り受けて、それを誰かに貸し出せば、元の持ち主にマージンを支払う仕組みとなっています。
ベンチャー企業には既存ビジネスがないので、それを侵食することがありません。だから思いついたらやり放題です。
洋服でいえば、スーツ、ネクタイ、礼服、ドレス、コスプレ用なんてのもアリかも知れません。
持ち物でいえば、高級時計、宝飾品、ビジネスバッグ、眼鏡、帽子など。既にあるかも知れませんが。
月8600円でラーメン食べ放題というサービスまであります。実際にサービスを受けてみると、苦行か!というぐらい食べ続けないと元はとれないそうですが^^;
いまは定額借り放題といえばキャッチーなので、ユーザーが集まりやすいという追い風もあるようです。
ただし参入障壁の低いビジネスですから、競合が多くなる傾向にあります。
だから同種のビジネスを維持させるためには、最初からギリギリの価格設定をしておくこと。および、ユーザーデータの収集蓄積分析に力を入れて、既存顧客の満足度を高めることがキモとなります。
安いんだからこの程度のサービスでいいだろうなんて考えていると、速攻、後発のメーカーに乗り換えられてしまいます。
単なる継続課金ではない
お分りかも知れませんが、サブスクを単なる継続課金ビジネスだと考えると、失敗します。
サブスクの最大の特徴は、顧客との距離が近いということです。
何しろ自社のサービスを継続して利用してくれる方と直接コンタクトが取り放題のビジネスです。
ユーザーの行動データを収集分析し、意見を直接聞くことで、ユーザー個々人にぴったりのサービスを提供できる可能性があります。
動画配信大手のネットフリックスは、顧客の行動データを大量に蓄積し、分析したうえで、オリジナル番組の製作配信に巨額の投資を行っています。誰を主演に、誰を監督にして、どのようなストーリーの番組を作れば、ユーザーが満足するかがわかるので、迷いがありません。
多様なニーズには多様な番組を揃えることで対応し、個々人ごとにおススメ番組を紹介しています。
最近では世界各国スタッフによる番組作りにも力を入れて、ボーダレスなニーズの取り込みにも挑戦しようとしています。
だからネットフリックスは、月定額の値上げを実施しても、ユーザーが増え続ける満足度を実現しているのです。
これはデジタルなビジネスだけに特有の特徴ではありません。物理的な商品のあるリアルなビジネスでも同じです。
IoTの技術を商品に組み込むとより効果的ですが、そうじゃなくても個客データの収集は可能です。
自社のサービスは顧客に合わせて改革改善できるし、顧客ありきのビジネスなので、無駄な在庫も発生しません。
結果としてより安く上質なサービスを提供できるというものです。
サブスクが提供するのは「こだわり」ではない
さらに踏み込むと、それは物理的な商品ですらありません。
サブスクが提供するのは、ユーザーが感じるところの便益や満足感でなければなりません。
家具の定額使用サービスを利用するユーザーは、家具が好きで好きでたまらない人なのでしょうか?
いや、そうではないはずです。
むしろ、自分で家具を選ばなくても不自由なく生活できる便益を求める人でしょう。
服も同じです。
服に強いこだわりを持つ人は、定額サービスを利用せずに、自分で商品を選ぶはずです。
定額サービスを利用するというのは、自分で選ぶ労力を省いても、周りの人たちからセンスがあると思われる程度の服を着ていたいと思う人でしょう。
だからサブスクを成功させるためには、低価格であるとか、品質がいいとか、デザインがいいとか、使い勝手がいいという前に、顧客の本来のニーズを満たし、便益に資するものでなければならないのです。
「1/3インチのドリルを買った顧客は、1/3インチの穴を買ったのである」とは、マーケティングの本質を示す言葉として有名ですが、まさにその本質に真正面から取り組むのが、サブスクというビジネスです。
日本企業の取り組みは中途半端
そう考えると、日本企業の取り組みはまだまだ中途半端だと言わなければなりません。
パナソニックのテレビ定額サービスは、新型テレビが3年ごとに使えるというサービスでしかありません。
本来のサブスクビジネスならば、ユーザーの視聴傾向を自動で分析して(目の動きや表情から関心度を解析して)お勧めの番組を録画するテレビを用意してほしいものです。
ユーザーごとに相応しいテレビも違います。スポーツ番組をよく観る人には迫力のある大画面と音響が必要ですし、ドラマが中心の人には全てのドラマを自動で録画してくれるテレビがいいでしょう。報道番組が中心の人には文字放送による解説が欲しいですし、ネット番組をよく観る人にはリモコンの中央にネットボタンのあるテレビを選び、外出が多い人にはスマホ連動テレビが便利です。
もっと言うと、テレビにこだわる必要もありません。スポーツが好きな人にはスポーツイベントを紹介し、映画が好きな人には最新映画のチケットを購入できるようにしてほしい。
釣りが趣味の人には釣り情報と必要な道具の提供。旅行好きな人には旅行番組とセットで実際のツアーの紹介もしてほしい。
せっかくサブスクビジネスに取り組むのなら、そこまでしないと価値を創ることができませんよ。
いやいや、天下のパナソニックのことですから、今はユーザーとの接点を作ることに注力し、布石を打っている段階です。3年後には、ちゃんと本質的なサブスクビジネスに取り組んでいるはずですよ。
と思いたいものですが。
アマゾンは究極のサブスクビジネスに取り組むのか
そう考えると、サブスクビジネスの最先端にいるのはアマゾンだと私は思います。
アマゾンは、家電品から家具から衣類から生鮮品からネット関連サービスから、あらゆるものを扱っています。
そして個人の膨大なデータを蓄積しています。
もしアマゾンが、家や部屋を扱うようになれば、生活に必要なものは殆どを揃えることができます。
部屋と、家具と、家電品と、水道光熱と、基本的な食糧と、衣服と、ネット環境と、スマホと、丸ごと定額で提供してくれればこの上なく便利です。
例えば最低限生活できる環境を10万円、15万円という定額で提供してくれれば、一般の人は生活を組み立てやすくなります。
もちろん中間層や富裕層にはもっと高いレベルの定額サービスを提供するわけです。
生活する中で、その人の好みが理解されてくれば、アマゾンの豊富なサービスの中から徐々にカスタマイズしていけばいい。
アマゾンプライムの動画や音楽、ゲームなども提供できるので、退屈することがありません。
なんていうと、貧困層を呆けさせて搾取する悪徳ビジネスに近づいていきそうですから、そうならないように注意することは必要ですよ。だから収入すべてを定額サービスに投じることは禁止です。
しかし、最低限の生活を保障されるということは人間の尊厳を守る上で大切なことです。
その上で、自分がやりたいこと、こだわりたいことに、計画的に投資して取り組んでいけばいいのです。
そこは定額ではなく、自分で慎重に選んで取り組んでください。
ともあれ、アマゾンは、究極のサブスクビジネスができる位置にある企業です。
とはいいながら、最近なにやらネガティブな話題が多いアマゾンですから、実現できるかどうかはわからなくなってきましたが。
後戻りできない大きなムーブメント
そんなわけで、サブスクがマーケティングの本質を実現するためのビジネスであることをご理解いただけたでしょうか。
いままでは理想としてわかっていても、実際には取り組めなかったことです。
それが近年のIoTおよびAI技術の進歩によって、可能となりつつあります。
本質的なことなので、後戻りはしないと考えます。
多くの企業が注目し、参入しようと考えるだけの大きなムーブメントです。
これからも注目していきましょう。
【参考】