jal再生
(2020年9月17日メルマガより)

テレビドラマの「半沢直樹」はご覧でしょうか。

7年ぶりに放送された人気シリーズの続編ですが、今シリーズも期待以上のドラマチックさで、大ヒットしています。

その「半沢直樹」はいま航空会社の再生を巡って展開していますが、これは現実にあった日本航空(JAL)の破綻と再生をモデルにしています。

2010年、JALは会社更生法の適用を受け経営破綻しました。

当時は民主党政権です。政府主導による自力再生が失敗した結果でした。

JALといえば、典型的な半官半民の会社でした。官僚の天下り先であり、有力政治家からのごり押しによる赤字路線を多く抱えていました。

社内では「国のいう通りしてきた結果だから、国が何とかしてくれる」と危機感がなく、むしろ労使闘争に熱心だったといいます。

多くの識者も、いくら会社更生法を適用しても、JALを再生させるなんて無理だろうと考えていたようです。

(過去50年で会社更生法を受けた会社が再上場した例は7%だそうです)

ところが、わずか3年弱でJALはV字回復し、再上場を果たします。これは再上場の最短記録でした。

もちろん、法的整理したのですから、莫大な借金の殆どはチャラになり、政府系金融機関からの多額の融資も与えられました。

しかし、破綻に至った原因が取り除かれない限り、再生できるはずがありません。

いったいJALに何が起きたのか?

ある意味、ドラマ以上に奇跡的な再生だったといえるでしょう。

今回は、次の2冊を参考に、JAL再生について書いてみたいと思います。



どうか最後までお読みください。

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なにが奇跡だといって、2010年代のJALの再生ほど奇跡的なものはなかったでしょう。

負債総額2兆3千億円を抱えて、戦後最大の倒産にいたったJALの内部は、複雑怪奇な状態でした。

政治家のごり押し路線。天下り天国。危機感のない社内。慢性的な赤字体質。複雑な労使関係。

まるで伏魔殿のようで、まともに再生するのは難しいと誰からも思われていました。

再建を任された京セラ名誉会長の稲盛和夫氏には、期待よりも同情の声が多かったものです。

ところが、ほんのわずかの期間でJALは、再生し、再上場を果たします。

あまりに鮮やかすぎて、未だに理解できないと思われているほどです。

いったいJALに何があったというのでしょうか。


JALはなぜ破綻したのか


日本航空(JAL)は、戦後間もない1951年、政府主導で設立された会社です。

日本の高度経済成長にあわせて規模拡大し、1980年代には世界トップの輸送実績を誇るまでになりました。

しかし、この時期に、JALの特徴的な問題が蓄積されていきました。

成長期に事業の多角化を進めるのは間違いではありません。JALも、ホテルなど関連事業に手を広げていきましたが、その投資計画は大甘なもので、赤字の温床となっていきました。

半官半民の会社ですから、官僚の天下り先となっています。社内の体質は文字通り官僚的で、機動性に欠き、計画の見直しも遅れたようです。

大物政治家によるごり押しの航空路線開通も頻繁にあったようです。

なにしろ空港の建設は大きな利権が見込める機会ですから、力のある政治家はそれを見逃しません。地元への利益誘導として、空港建設、航空路線の開通が横行し、そんなごり押しの赤字路線を多く抱え込まされました。

官僚による天下りと政治家のごり押しが繰り返される状況では、まともに経営する意欲も薄れてくるというものです。内部にいる人間が、自分の権利を守ることに執心するのは、無理のないことかも知れません。

山崎豊子の「沈まぬ太陽」に描かれたように、JAL内部では労働組合の力が大きく、しかも複雑でした。

沈まぬ太陽(一〜五) 合本版
山崎 豊子
新潮社
2015-03-20


労使協調を得意とする経営者を外部から招いた時期もありましたが、問題を複雑にしただけだったといいますから、一筋縄ではいきません。

それでも経済が成長しているうちはよかったのです。が、1990年になり、日本の経済が停滞するようになると、JALの業績にも陰りが見えてきます。

2000年代になると、海外での紛争や戦争が頻発するようになり、航空市場は冷え込みます。JALの業績は急激に悪化していきました。

JALは経費削減に取り組みますが、複雑な社内体制が邪魔したのか、いずれも不十分で、抜本的に業績を回復させるには至りませんでした。

そして2010年にとうとう破綻に至ってしまうのです。


法的整理


ドラマ「半沢直樹」では、主人公半沢の前に、政府主導のタスクフォースが大きな敵として立ちはだかります。

ところが、銀行団の協力を得られずに、タスクフォースの計画は失敗に終わりました。

実は、現実にも、当時の政権与党であった民主党前原誠司国交大臣肝いりのタスクフォースがJAL再建を目指しますが、同じく銀行団の信任を得られずに、頓挫してしまったという経緯がありました。

JAL再生に、1兆3千憶円もの借金をどうするかは喫緊の課題です。ありていにいうと、チャラにしないと再生できません。法的強制力を持たないタスクフォースがうまくいかないのは、ある意味、仕方ないことでした。

そこで会社更生法の適用に至ったわけですが、今度は法的強制性があります。

ドラマでは、債権放棄をあくまで拒否しようとする半沢ですが、実際は、ほとんどチャラにされてしまったのですな。

もっとも、借金がなくなったからといって、企業がピカピカになるわけではありません。

放漫経営の原因を取り除かなければなりません。

使いすぎている経費を絞るのは当然です。実際には、広げすぎた事業を縮小せざるを得ず、それに伴い多くの人員に辞めてもらわなければなりません。

かなりの人数を犠牲にしなければ、再生などできないのです。

しかし、そのためには、皆が正しく危機感を持ち、残った者も相当の痛みに耐える覚悟を決めなければなりません。

さらにいうと、リストラしたからといって、それで企業が良くなるわけでもありません。残った者が、前向きになり、困難に打ち勝つ意欲を持たなければ企業再生などできないでしょう。

皆が希望を抱き、一致団結して進んでいくには、強力なリーダーが必要です。

伏魔殿のようだった組織を引っ張っていけるような経営者はいるのか?

それが大きな課題でした。


稲盛和夫の登場


稲盛和夫氏は、1932年鹿児島の生まれです。鹿児島の大学を出た後、京都の化学メーカーに就職するも3年で退社。京都セラミック(京セラ)を設立します。

もともと会社を興したいという野心があったわけではなく、気持ちは一介の技術者だったようです。それがよかったのかも知れません。生来まっすぐな気質の稲盛氏は、儲けることが目的となってはいけない、それよりも「人間として当たり前を大切にする」ことこそが重要だと考えました。

すなわち「嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ」こうした当たり前を経営の指針としたのです。

この稲盛氏の考えの源流は、「論語」に書かれた孔子の思想にあり、儒教教育という形で薩摩藩に綿々と受け継がれたものだったと考えられます。

孔子は、皆が本来の善性を発現すれば、人間社会は豊かで幸せに満ちたものになると考えました。

これを経営に採り入れることは、いまでは「理念経営」といって、時間はかかるが機能すれば絶大な効果があると知られています。

しかし、日本人の多くが金持ちになりたいという単純な欲望を標ぼうして疑わなかった戦後から高度成長期において、理念などは抽象的なお題目だと思われていました。理念を大切にしようとした稲盛氏の経営手法は、実は先鋭的なものだったと思います。


そんな稲盛氏に、タスクフォースが行き詰った前原国交大臣が、JAL再生を依頼します。

京セラを一代で世界的企業に育て上げ、KDDI設立に加わり、三田工業をわずかな期間に再生した手腕は、賞賛されて余りあります。

しかし、それ以上に、既得権益にまみれたJALを一つにまとめるには、純粋に利他の心を持つ稲盛氏でなければ務まらなかったでしょう。

稲盛氏は、迷った末に了承します。

報酬ゼロでJALの会長に就任。まさに産業界への最後の恩返しという思いでした。


アメーバ経営


稲盛氏がJALに来た時、連れてきたのは、たった2人でした。

京セラの社員でさえ、もっと大がかりな再生チームを作って乗り込むと考えていたのですが、これは個人の仕事だから京セラには迷惑はかけられないと稲盛氏は考えたようです。

ただ稲盛氏には武器が2つありました。そのためのエキスパートを連れてきたのです。

その1つが、京セラが誇る「アメーバ経営」というものです。

京セラを創業した当時、経営の素人だった稲盛氏は、現行の会計制度に困惑します。

法律で決められた会計制度は、税金を決めるためと、投資家が投資の判断をするために作られたものです。

それが必要な制度であることは充分にわかるものの、もっと経営者が、経営状況を理解しやすいような制度はないものか。稲盛氏はそう考えました。

そこで社内の会計担当者と相談し、稲盛氏自身が求める会計のルールを作っていきました。

いまこの瞬間、会社は利益を出しているのか。どの部署が儲かっているのか、どの部署が足を引っ張っているのか。

それがわからなければ、各部署へ指示のしようがありません。発破もかけられません。1か月、2か月遅れで報告されても、遅すぎます。

そこで稲盛氏と会計担当者は、社内を小さなグループに分け、それぞれが儲けを出しているのか、いないのかが瞬時にわかる会計の仕組みを作り上げていきました。

この小さなグループのことを「アメーバ」と呼びます。

この会計報告は全社員に知らされるので、末端の従業員に至るまで、自分の所属する部署や自分自身が、どの程度経費を使い、どの程度利益を出しているのか、赤字なのかが、瞬時にわかります。

経費には、自分が直接使ったものだけではなく、普段意識していないものもあります。電気代や場所代やトイレの補修費や火災保険の費用など。これらを全て細かく分けて、各アメーバに振り分けていくのだから相当の手間です。

しかし、それをやらなければ、正確な経費と利益が出ません。

収入も同じです。営業が売上を上げたからといってそれがすべて営業の手柄ではありません。背後には、企画を立てた人も、商品を作った人も、交通費を清算してくれた人も、給与の評価をした人もいます。それぞれが収益を上げるために貢献しているのです。だから収益も細かく振り分けていかなければなりません。

実に途方もない作業ですが、それが公平に振り分けられると、従業員全員が会社に貢献していることが数字としてあらわされます。

従業員一人一人の当事者意識につながり、前向きな団結を呼び起こします。

経費を使いすぎているアメーバは何とか減らそうと努力するでしょうし、収入が足りないアメーバはどうすれば収入になるのかを考え行動しようとします。

その細かな積み重ねが、筋肉質な黒字体質の企業を作っていくのです。

それぞれが自らの権利を主張し、自分の使う経費は絶対必要だ、削減するのは別の部署でやればいいと勝手なことを言っている会社にとって、アメーバ経営は非常に効果があります。

まさにJALがそうでした。

JALが短期間に収益を改善し、V字回復したのは、アメーバ経営の導入があったといって間違いないでしょう。


フィロソフィー


もっとも、アメーバ経営の導入は大きな苦難を伴います。

収入の振り分け、経費の振り分けが公平だといいのですが、それぞれの部署はそう思っていないかも知れません。

うちの部署はもっと貢献しているとか、あそこの部署は優遇されすぎだとか言い出したら、社内がバラバラになってしまいます。

既得権を持っている部署にとっては収益構造を丸裸にされるのは避けたい話です。誰もが、いまの優遇を手放したくないからです。

そこで鍵となるのが、稲盛氏の美点である「利他の心」です。

稲盛氏は、人間は本来、善い心を持っていると説きます。自然な気持ちで、助け合おう、苦痛を分かち合おう、と皆が思えば、社会はうまくまとまるはずだ。

子供の頃にそう教えられた者も、大人になり、社会にまみれると、いつしか自分の権利ばかりを主張する利己主義者になっていきます。

もう一度、子供の頃の純粋な心を取り戻そう、というのが稲盛氏の教えです。


稲盛氏は、倒産直後のJALに乗り込むと、リーダー教育を始めます。

著名な経営者が何を話すのか、皆興味津々だったようですが、稲盛氏から語られるのは、ごく当たり前の道徳教育でした。

JALのエリート社員たちの白けた雰囲気が伝わりますな。

「何で今さら精神論を聞かされるのだ」と露骨に落胆してみせ、研修後の懇親会にも出ずにさっさと帰ってしまった社員もいたといいます。

それでも稲盛氏はめげませんでした。週4回、全16回のリーダー研修に、稲盛氏自身は週1で登壇し、語り続けました。(その他の回は、稲盛氏のビデオ講演など)

その鬼気迫る講義は、今のままではいけないともがくJALのリーダーたちに届いたようです。

3回目の講義後、懇親会で一人のエリート社員が立ち上がり、こう言ったそうです。「私がこれまでやってきたことは間違っていた。本当に申し訳ない。稲盛会長が教えておられることはすべて正しい。私たちがもっと早くこういう教育を受けていたら、JALも倒産することはなかっただろう」

この時からガラリと雰囲気が変わり、稲盛氏の周りには幹部たちが集まるようになったといいます。

誰か一人が口火を切らないと変われないというのももどかしいですが、多くの人が、心の底では、稲盛氏の説く「人間として正しい在り方」に共鳴していたのでしょう。


稲盛氏は、人間としての根本的な思想のことを「フィロソフィー」と呼んでいます。

これが2つめの武器です。

JALが独自のフィロソフィーを持てば、ブレずに一致団結できる。これは京セラでも同じでした。

京セラのフィロソフィーを参考に、JALでもフィロソフィーを作り、理念経営に舵を切ったのでした。

「フィロソフィー」と「アメーバ経営」を導入することで、JALは倒産前とは全く違う会社に変貌していったようです。

その後の自律的な組織の再生は、まさに戦後最大の奇跡というべきものでした。


理屈では理解できない奇跡


結局、稲盛氏がJALの会長だったのはたった3年です。その間に、JALは過去最高の営業利益を出し、倒産後に受けた融資もすべて返済、政府系機関からの出資分については3000憶円以上のリターンをもたらしました。

あまりのV字回復ぶりに、ライバル会社であるANAが「JALは政府に優遇されている」と非難の声明を出したほどです。

しかし、稲盛氏が就任した時は「再生など不可能だ」と言われていたのです。

パイロットからJALの社長になった植木義春氏は稲盛氏の会長退任会見で「稲盛会長から教えていただいたフィロソフィーと部門別採算性(アメーバ経営)を2本の柱として、謙虚に努力を続けてまいります」と語っています。

今年はコロナ禍により業績を落としていますが、それまでJALは安定した収益を上げ続ける会社となっています。


あまりにも出来すぎた話で、俄かに信じがたい思いが残りますかね。

多くの人もそう思っているようで、ある大手コンサルティング会社が、JAL再生を理論的に解析しようとしたのだが、解析不能だったとか。

しかし、これは実際に起きたことです。

われわれにできることは、稲盛氏の成し遂げたことを素直に受け止め、咀嚼し、経営の智慧として自らのものとしていくことです。

あれは特殊な例だと捨て置くのはあまりにももったいない。

その智慧を少しでも活かせるように取り組んでいきたいと思います。


もっと詳しい話を知りたい方は、こちらをお読みください。