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雑誌のFLASHが、上記のような記事を掲載していましので、メモしておきます。

ちなみにカルロス・ゴーン氏は、1999年にルノーから日産に送り込まれてきました。当時、日産はいつ倒産してもおかしくないような状態でした。頼みの金融機関も不良債権問題で余裕がなく、ルノーに支援をお願いするしかなかった状況でした。

ゴーン氏は、ミシュランやルノーでコストカットの手腕を発揮した再建屋とみられていました。彼が日産でまずやったことは、若手を中心とした組織横断的なチームを作って、日産の再建策をまとめさせること。これが、日産リバイバルプランです。

その内容は、1兆円のコストカット、負債の50%削減、2002年までの黒字化など相当大胆なものでした。

日産リバイバルプランによる7つの施策


1.購買コストの20%削減、サプライヤー数の50%削減。それに伴う系列の解体。

2.国内5工場の閉鎖。労働組合とも折り合い。

3.販売組織の再編。ディーラー網を解体し、統合を進めた。

4.グローバル組織を再編し、グローバル展開を強化。

5.商品開発力の強化。

6.人事制度の改革。成果主義を導入し、若手でも実力のある者を抜擢できる体制に。

7.ルノーとの提携強化。グローバル展開の強化、および部品共有によるコスト削減策の強化。


単に出血を止めるだけではなく、V字回復の道筋をつけるための計画であり、それを短期間でやりとげた手腕は、期待以上のものがあったといえます。当時は、この上なく賞賛されたと記憶しています。


日産リバイバルプランが前倒しで達成されたのが、2001年のこと。その功績を買われて、2005年には、ルノーのCEOも兼任するようになります。

ゴーン氏に権力が集中し、それが今の事態につながったことはまた後の話です。

ともあれ、瀕死の日産を再建させた手腕は鮮やかでした。覚えておきたいと思います。


参考:カルロス・ゴーン事件が教える組織の腐り方