コロナ禍は、多くの産業に多大な影響を与えていますが、スポーツビジネスも壊滅的なダメージを受けているひとつです。
東京オリンピックでさえ実現不明な状態ですし、プロスポーツイベントの多くが中止または規模縮小を迫られています。
ボクシングの世界も同じです。密集状態の避けられない興業イベントですから、コロナ禍の中ではなすすべがありません。
ただでさえ選手期間が短い競技、このような形で過ごさなければならない選手の不運は実に残念に思います。
井上尚弥の全盛期をコロナに奪われる?
キャリアの最盛期にあると思われる井上尚弥選手については、特にそう思います。
日本史上最強と誰もが認める不世出のボクサーは、今や、誰と闘っても負けるところが想像できない状態です。
現在、27歳。油の乗り切った時期です。
コロナさえなければ、2020年にもバンタム級を統一し、スーパーバンタム級に挑戦していたはずです。
2019年11月、埼玉スーパーアリーナで行われたWBSS決勝戦、井上は、歴史に残る激闘の末、元5階級制覇チャンピオンのノニト・ドネアを退けました。
大橋秀行会長(大橋ジム)によると、試合後の通路で井上は「楽しかったー」とつぶやいたそうです。
ドネアの強打で目の奥を骨折し、一度はダウン寸前まで追い込まれた試合を「楽しかった」とは、よくよくボクシングが好きな人です。
井上は常日頃「苦戦してみたい」と発言していましたが、その言葉がおごりでも強がりでもなく、本心だったということに鳥肌が立ちました。
この強靭なメンタルを持つ井上を、大橋会長は「1万年に1人の天才」と言っています。(大橋会長が現役時代「150年に1人の天才」と言われたことをもじった発言)
1万年って、人間の歴史より長いやないか!と突っ込むところですが、こと井上に関する限り、さもありなんと思わせるところがすごい^^
この人はどこまで歴史を塗り替えるのだろうと思ってしまいます。
ただ、井上は、35歳で引退することを公言しています。パフォーマンスが落ちてまで続けたくないというのも本音でしょう。
だとすれば、あと7年です。
限られた時間を、コロナで奪われる悔しさよ!仕方ないこととは言え、返す返す残念でなりません。
最後のビッグマッチを待つ村田諒太
オリンピック金メダリストにして、WBA世界ミドル級スーパーチャンピオンの村田諒太も足止めを食らっています。
村田も、コロナがなければ、PFP1位のサウル・アルバレスとのビッグマッチが実現していたかもしれません。
ちなみにPFP(パウンド・フォー・パウンド)とは、階級差をなくした場合、だれが一番優れているかを決めるランキングのことです。様々なボクシング雑誌や専門サイトが、PFPランキングを発表しています。
なにしろ、いまのボクシングは体重別で17〜18階級に分かれています。チャンピオンだらけでわけがわかりません。誰が一番なのか決めたくなるというものですよ。
サウル・アルバレス(メキシコ)は、スーパーウェルター級からライトヘビー級まで4階級を制したチャンピオンです。
とくにミドル級からライトヘビー級までは、同時にチャンピオンだった時期もあり、漫画のような離れ業をやってのけた超人です。多くのPFPランキングで1位です。(薬物疑惑はありますが)
1試合、数十億円は稼ぐ人気者ですから、その対戦相手も、大きなファイトマネーを見込むことができます。
金のこともそうですが、ビッグマッチをやりたいというのは、すべてのボクサーの夢でしょう。
村田には、その機会があっただけに、いまとなっては残念です。
キャリアの終盤、あと1、2試合で引退するだろう村田にとって、有終の美を飾りたい気持ちしかないはずです。
いま、村田は、もう一人の強者であるゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との対戦を模索しているといわれます。
はやくコロナが収束し、東京ドームでビッグマッチを実現してほしいものです。
キャリア終盤で評価を上げた井岡一翔
昨年末、日本人同士の大一番を制し、評価を上げたのが、ベテランの井岡一翔です。
井岡は、ミニマム級、ライトフライ級、フライ級、スーパーフライ級を制した4階級チャンピオンです。
歴史に残る名王者であることに間違いはありません。が、テレビ局の意向だったのか、安全な相手を選んで試合していると思わせる時期があり、実績に比べて評価はいまいちでした。
ボクシングのスタイルも守備を重視するものです。危険を冒して殴り合うような場面が少なく「試合には勝つが、面白くない」と思われていました。
その井岡に挑戦したのが、田中恒成です。ミニマム級、ライトフライ級、フライ級を制した3階級チャンピオンで、4階級制覇を目指して、井岡の持つWBOスーパーフライ級タイトルに挑戦したのです。
田中は、好戦的なスタイルで、スピードもあり、パンチ力もあります。派手な試合が多いので、人気があります。世界的な評価も高く、PFPにランクインしていることもありました。
この時、井岡は31歳、田中は25歳。若く勢いのある田中の方が、優勢だとみられていました。
ところが、井岡の守備的なスタイルがはまりました。
抜群のスピードでガンガン攻める田中に対し、ガードを固めて守る井岡のカウンターが見事に決まったのです。
カウンターの左フックを3度も決められ、田中は初めてのKO負けを喫してしまいました。
ボクシングにおいて守備が重要であることは、疑いようのない事実ですが、それをここまでまざまざと見せられた試合はありません。
井岡の地味な基本技術は、これほど高かったのかと、皆が驚きました。
井岡もベテランですから、あと何試合できるかわかりません。望むのは、世界的な強豪とのビッグマッチでしょう。
やはりコロナ収束後に、引退を見据えた数試合を行いたいと考えていることでしょう。
「金の亡者」であり続けるフロイド・メイウェザー
コロナ禍で停滞するボクシング興業ですが、一部、無観客試合を試す動きもあります。
しかし、観客がいなければ、会場が盛り上がりませんし、入場料収入がとれません。収入がなければ、ファイトマネーも上がりませんので、人気のあるボクサーほど、試合を行おうとはしません。
なにしろ危険な競技ですからね。安い報酬で、大けがなどすれば、一生の大損です。大金が稼げる機会を待とうとするのは、プロとして当然の合理的行動です。
しかし、そんな中、見過ごせない動きが広がっています。
およそまともなボクシングとはいえない試合が組まれ、ビッグマッチとして開催されようとしているのです。
元5階級制覇チャンピオンで無敗のまま引退したフロイド・メイウェザー(米)が、今月20日、有名ユーチューバーのローガン・ポール(米)と試合をする予定です。
メイウェザーは、PFPランキングで長期間1位だったエリート・ボクサーです。KOを狙わない守備的なスタイルで無敵でした。
現在、PFP1位のサウル・アルバレスも、メイウェザーに負けたのが唯一の黒星です。
試合が面白くないので、それを補うために、メイウェザーは、意図的に悪役を演じていました。
彼のキャラクターは「金の亡者」です。ボクシングは金のため。金のためならなんでもやる!と挑発を繰り返し、アンチを増やして試合を盛り上げました。
「倒されろ!」というアンチの合唱のなか、パンチをもらわないスーパーテクニックを見せて、判定勝ちに持ち込んでしまいます。アンチが悔しがるのなんの。でも、客が入るので、報酬も大きくなります。
なんとも戦略的なキャラクターづくりです。
ところが、メイウェザー、49戦無敗で引退したかと思えば、今度は、総合格闘家と試合をしたり、日本で那須川天心とエキシビジョンマッチをしたりして、大金を稼ぎ続けています。
金の亡者は、キャラクターではなかったのか!?
あげくに、ユーチューバーとの試合です。今度も、数十億円稼ぐのでしょう。
ユーチューバーの方がビッグマッチができる
相手となるローガン・ポールは、年収10億円ともいわれる世界的ユーチューバーです。
実は、彼がボクシングマッチを行うのは今回が初めてではありません。一昨年の11月、同じくユーチューバーKSI(英)と試合を行いました。
この試合、本物のボクシングのタイトルマッチを前座に回しての堂々のメインイベントとして開催されました。(KSIの判定勝ち)
さらに昨年11月には、マイク・タイソンのエキシビジョンマッチの前座で、人気ユーチューバーのジェイク・ポールと、NBAプレーヤーのネイト・ロビンソンが試合を行いました。(ポールのKO勝ち)
ボクシングの専門家からは「ボクシングは遊びじゃない」「冒とくしている」と怒りの声が上がっていますが、興業主はどこ吹く風です。
なにしろ盛り上がります。有名ユーチューバーともなれば、フォロワーが2000万人も3000万人もいるものですから、人が集まります。
そのうえ、ライブ配信でも稼げますから興業主とすればリスクが少ない。
ユーチューバー側も、動画の再生回数を上げることが目的ですから、ファイトマネーはそこそこでいいはずです。
とにかく大きなイベントがあれば、そこに向けてのトレーニングや煽り動画を配信することで、再生回数を稼げます。
ファンとすれば、いつも見ているお気に入りのタレントが、本物のボクシングの試合をするというので、それは感情移入してみるでしょう。
つまり、ボクシングに不足しているわかりやすい背景のストーリーが、ユーチューブだと簡単に作ることができるのです。
これはほかのスポーツ競技も同じでしょう。コロナ禍で無観客試合なのに黒字にできるイベントを既存のスポーツ競技はつくりにくい。ユーチューバーの力量に頼るしかないのです。
情けない事態には変わりありませんが、なぜこのようなことになったのか、反省することで、未来が開けてくるはずです。
モハメッド・アリが切り開いたボクシングのビッグビジネス化
思えば、ボクシングがこれほどビッグマネーが動くビジネスになったのは、モハメッド・アリの功績が大きいと考えられています。
「バンタム級のスピードを持つヘビー級ボクサー」として無敵だったアリは、試合前に、対戦相手を罵ることで有名でした。
およそスポーツマンらしくない態度と豊富な語彙で相手を罵り、挑発する行為は、マスコミの注目を集め、良識ある人々を怒らせました。
ついたニックネームが「マイティマウス(ほら吹き)」です。
あんな憎らしいやつ負けてしまえと、多くの人が思ったことでしょう。しかし、試合では危なげなく勝ってしまうのです。
まさに元祖ヒール。
もしアリの挑発行為がなければ、一方的な試合はまるで盛り上がらなかったはず。アリの行為は、試合前のストーリーこそ重要であることを知らしめたのです。
アリ以降、試合前の挑発行為は恒例行事となりました。挑発行為と試合はセットとなり、マスコミを巻き込んだ一大イベントになっていきました。
アメリカでは、面白い煽り言葉をつかえる者ほど人気が出ます。格闘技といえども、実力があるだけでは不十分で、英語を使いこなせなければなりません。客を呼べないからです。
ゴロフキンのような実力者がいつまでも脇役に回らなければならない理由がここにあります。
が、いまは時代が進みました。アメリカには、英語を話せない人も大勢います。メキシコ系やプエルトリコ系など、ボクシングファンが多い層は、むしろスペイン語を話します。
彼らに試合前のストーリーを伝えるにはどうすればいいのか?
ボクシングビジネスで最も大きな課題の解決のヒントを示したのが、ユーチューバーの活躍です。
SNSを最大限使いこなし、固有のファンを持つユーチューバーが、ボクシングの技術はまるで未熟でも、プロをはるかに凌ぐイベント開催を可能にしたのです。
情けなかろうが、どうであろうが、この事実から学ばないとボクシングビジネスに未来はありません。
強いだけでは試合をさせてもらえないボクサー
これからのプロボクサー、プロ格闘家、プロスポーツ選手は、キャラクターを自ら立たせることが必要になってきます。
もちろん、アスリートとしての実力があってのことですが、プロである以上、興業を成立させなければなりません。
実力よりも、キャラクターが広く浸透し、人気のあるボクサーの方が、興業の主役になってくるはずです。
例えば、現在のWBAバンタム級チャンピオンは、ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)です。
オリンピックで2大会連続金メダルを獲得したという実力者で、一部マニアからは「井上に勝つ可能性があるのはリゴンドーしかいない」と噂されているほどです。
ところがこの人、まったく試合を盛り上げる気がありません。強い相手には徹底して打ち合わず、しょぼい判定勝ち狙いの試合をしてしまいます。
だから試合に勝っても「あんなのプロの試合じゃない」と対戦相手にも、興業主からも文句を言われる始末です。
かといって、試合前に面白いことを言って盛り上げるトークの技術もありません。
全くもって、困った実力者なのです。
井上に匹敵するという実力がありながら、業界から完全スルーされているのはそのためです。
既に、プロボクシングは、強いだけではスターになれない世界なのです。
プロ格闘家は、自身のキャラクターを訴求せよ
プロは試合で魅せるものという考えもあるでしょうが、徐々に格闘技界も変わってきています。
引退した元ボクサーたちが、続々とユーチューブデビューして、ボクシング人気を盛り上げています。
彼らのエキシビジョンマッチ(非公式試合)は、しばしば正式のボクシングの試合よりも、注目を集めます。
アベマTVが、意欲的にそうした試合を放映して、視聴者数を稼いでいます。
朝倉未来、朝倉海兄弟のように、収入的にはユーチューバーの方が本業だと思える人気格闘家もいます。
ボクシングでも、WBAライトフライ級チャンピオン京口紘人は、積極的にユーチューブを配信し、キャラクターを訴求しています。
プロ格闘家のこうした試みを笑ってはいけません。
これも挑戦です。
人気者がいてこそ業界が盛り上がり、ビッグマネーが動くようになり、アスリートの居場所が確保されるというものです。
いや、アスリートはまず実力、SNSをする時間があれば練習せよ、というのであれば、業界が彼らのキャラクターを浸透させるための仕掛けを積極的にしていくべきです。
業界主導であれば、教育番組のようになってつまらないかな。
やはり、アスリート側がそれぞれ工夫して、自分の売り方を訴求していくべきですね。プロのユーチューバーと組んだりして、面白い配信を試みてください。
業界も変わってきている
日本では、2月11日、井上尚弥も参加するチャリティイベントが開催されるそうです。
ボクシングの現役チャンピオン、元チャンピオンが多数参加し、エキシビジョンマッチを行います。
そこには、東京オリンピック代表のアマチュアのエリートボクサーも参加するとか。プロとアマが一同に会するイベントなんて、いままでなかったはずですよ。
プロとアマのトップ選手同士が練習試合とはいえ、拳をあわせるなんて、ワクワクするじゃありませんか。
これも業界が危機感を持ち、進化しようとしている証左です。
コロナという奇禍を、機運に変えていかなければなりません。