資生堂 プロ経営者


(2021年3月4日メルマガより)


化粧品業界といえば、コロナ禍で大きく売上を落とした業界のひとつです。

なにせ日本の化粧品はアジア各国で人気が高く、インバウンドの爆買い対象になっていました。日本製で名前の知れた化粧品は飛ぶように売れるというバブル状況です。

ところがコロナ禍でインバウンド需要が消失してしまいました。

さらには外出規制もあり、メーキャップ商品の需要も大きく下がっています。

化粧品の分野では、3000億円の売上高がなくなってしまったといわれています。


資生堂が「TUBAKI」「uno」をリストラ


そんな中、化粧品メーカー日本トップの資生堂が大胆なリストラに踏み切ることを発表しました。

なんと、看板商品である「TUBAKI」や「uno」などを含む日用品事業を欧州系の投資ファンドに売却する方針です。

いくら苦しい台所事情だといえ、トップ企業が知名度の高い看板ブランドを手放すとは、思い切った決断です。

いったい何があったというのでしょうか。


株価は大幅に上昇


先ほど苦しい台所事情と言いましたが、実はそれほどではありません。

売上高9209億円(2020年12月期)は、前年比2割減で確かに苦しい。コロナ特損計上で、純利益も赤字です。

ただこの程度は想定内のはず。現預金が1300億円ありますし、自己資本比率は40%以上です。

のほほんとしていいわけではありませんが、大慌てする必要もありません。

むしろ、今回のリストラは、コロナ禍を契機にした、抜本的な事業再編への取り組みだと評価されています。

だから、売却の方針発表から、株価は大幅に上がりました。


低価格帯商品にはメリットがないと判断



この記事によると、今回売却するパーソナルケア商品群は、売上高約1000億円。資生堂全体の中では、9%ほどです。(2019年12月期のデータによる)

この商品群、ドラッグストアや量販店で販売する低価格商品で、激しい価格競争に晒されています。営業利益率は5〜10%程度とか。

ところが、売上高の46%を占める高価格帯の商品は、営業利益率20%を超えるということなので、儲かる上に、売上も大きい。

しかも、この高価格帯の商品は、世界に展開しています。

資生堂は、もともと日本国内よりも世界での売上が大きく、今後の方針も世界での販売強化です。

いくら日本国内での知名度が高いからといえ、これ以上、低価格商品を訴求するメリットはないと判断したのでしょう。


成熟する日本市場だからこその判断


それにしても国内トップの企業が日本国内でのシェアを捨てるというのだから、日本も魅力のない市場になったのだなあと寂しい気持ちになりますね。

しかし、これは言っても仕方がありません。

市場が成長し、規模が拡大している時であれば、赤字であろうがなかろうが、販促費をかけてシェアを取りに行くのが企業行動として正しいことです。シェアさえとれれば、あとから儲ける手段はいくらでもあります。

しかし、人口減少する市場では、シェアをとっても、儲けは限られてしまいます。

もちろん、成熟市場においてもシェアトップの企業にはアドバンテージがあります。やりようによっては利益も大きい。

が、激烈な価格競争に勝ち抜いてまで、リターンを得られるかというと、これは考えどころです。

資生堂の経営陣が、こりゃあかんわと判断したとしても、間違いだということはできません。


株式市場が評価するプロ経営者の手腕


資生堂の経営トップは、2014年から外部人材の魚谷雅彦氏です。

クラフト・ジャパン副社長や、日本コカ・コーラ社長、会長を歴任したいわゆるプロ経営者で、ヘッドハンティングで招かれました。

老舗の伝統的日本企業が、外資系で経営トップを務めたプロ経営者を招くというのも、思い切った決断に違いありません。

果たして、魚谷氏の株式市場の評価はすこぶる高く、コロナ禍の業績低迷にも揺らいでいません。

これは就任以来の思い切りのよさ、判断の速さを評価してのものでしょう。

魚谷氏が経営者になってから、インバウンド需要が爆発的な伸びを見せました。

外部環境は明らかに追い風だったわけですが、魚谷体制のもと、中国国内でのブランド認知活動、国内工場の増設などに取り組んだ結果、他の国内メーカーよりも恩恵をより多く受けることができました。

丁寧な接客が売りの資生堂ゆえ、人件費がかかりすぎるという課題には、ECを強化して、人件費削減に対応する姿勢を見せています。

株式市場からすると、老舗らしい頑固な経営スタイルから、変化しつつあるのではないかと期待させるものがあります。


合理的な判断を評価


要するに、魚谷体制は、株式市場の受けがいい。

この高い評価を受けて、自信を持って事業再構築に取り組んでいるようです。

意図は明白です。

パーソナルケア(低価格帯)商品からは手を引き、プレステージ(高価格帯)商品に力を入れる方向性です。

既に2019年の時点で、プレステージ商品の売上は約5200億円。全体の46%。営業利益率は20%超です。

儲からないし強くもない分野から撤退し、儲かるし強く戦えている分野に注力するのだから、理に適っています。

しかも将来性の薄い日本市場ではなく、将来性のある世界で戦う方針ですから、よりよい方向性です。

既に海外の化粧品メーカーを買収するなど布石も打ってきており、文句ありません。

株式市場が喜ぶわけです。


内部の人間にはできない判断と行動


優秀なプロ経営者のいいところは、こうした課題を明確な形で解決しようとするところです。

内部の者にはこうはいきません。

客観的な視点が持てないという面もあります。外部の者には明らかな課題や弱点が、内部にいるとよく見えないものなのです。

課題がわかったとしても、すぐに動けない要素が満載です。創業家の目も気になるし、OBや上司や先輩や、積み上げてきた歴史に配慮して、みんなが納得するような施策になりがちです。

皆が納得するということは、波風が立たない、変化が起きないということです。

それならまだましかもしれません。老舗企業の中には、人間関係に注力しすぎて、あいつが憎いとから言うこと聞くなとか、前社長をとにかく否定しろだとか、企業業績そっちのけの低次元の事例が見受けられます。

一時期の家電メーカー関連の暴露本を読んでみてくださいよ。そんなのばっかりですから。

それに比べれば、たとえ短期利益だとしても、明確に利益追求行動をとるプロ経営者の方が、よほどましだというものです。


長期目標は別の者が守ればいい


いや、プロ経営者は、短期業績ばかり追い求めるから、必ずしも長期的な発展につながらないという批判もあります。

それもその通りです。

が、そもそもプロ経営者に長期的な発展対策を求めるのが間違っています。

彼らは、人間関係の機微など無視してがしがし改革ができる人間です。個性も強烈です。プロ経営者が実績を上げたからといって、そのまま実権を渡してしまえば、その末路は悲惨です。

組織をずたずたにして弱体化を招いてしまい、結局、業績を急激に悪化させる人や、あるいはわがまま勝手をやるモンスターになってしまう人もいます。(その挙句、刑事事件を起こしたり、国外逃亡したり…)

つまり、その役割は短期リリーフに留めておくべきです。

あくまで永続的な維持を目指すのならば、長期的なビジョンを作り守る人と執行する人は分けておけばいい。

資生堂のような老舗企業の場合は、創業家が中心となって長期的な方向性を描き、そこから外れないように手綱を持っておかなければなりません。

では実際の資生堂はどうなのか。漏れ聞くところによると、魚谷氏は、着々と長期政権への準備しているといわれ、ガバナンスの不在※がささやかれているとか。

魚谷氏がモンスター化するかどうかはともかくとして、ガバナンス不在という点は懸念されます。

※ガバナンスの不在:経営者を含めた企業組織全体を運営するための統制が機能していないこと。例えば、一部の者の思惑で組織を動かしているような状態。


弱者の戦略をどこまで展開できるか


ただ今の時点で、魚谷氏の長期政権を取沙汰しても意味はありません。まだ方向性の成否が出ていないからです。

資生堂は、儲からない分野を切り捨て、海外市場に打って出る所存です。

ただし、利益率の高いプレステージ商品は、他の企業も狙う商品分野です。

それこそ、世界大手のグローバル企業が、その分野に照準を合わせてきています。

資生堂は世界レベルでみれば、売上高5位の企業です。

つまり弱者です。

弱者企業が生きていくためには、儲かる商品を手掛けているというだけでは脆弱です。

生き残るためには、基盤となる拠点が必要だというのが私の考えです。

どの顧客群か、どの地域か、どの販売チャネルかで、確実に勝てるという強みがなければ、いつまでも不安定な戦略を強いられます。

資生堂は、中国市場で強いということを頼みにするのでしょうが、あの市場は難しい。安定的にトップである外資系企業の例を知りませんし、政治的な思惑もよく働きます。

強固な顧客基盤をどこに定め、どのように作っていくのかが、今後の資生堂の存亡を握ると考えます。

魚谷氏が、どこに照準を合わせていくのか。