きっかけは、コロナウィルスのパンデミック化です。中国発祥のウィルスの責任を中国系住人に課す短絡的な姿勢が、差別や暴力という形で発露されているのです。
それが、中国系のみならず、韓国系や日系や、アジア系全体への差別につながっているようです。
時折り、アジア系の人が、道端や地下鉄などで暴力を振るわれる動画を目にすることがあります。
加害者は、白人だけではありません。黒人が暴力を振るう場合もあります。
さらにいうと、アジア系の中でも力の弱い女性に被害が集中しています。
つまり、マイノリティが、さらにマイノリティを差別し、攻撃する形になってしまっています。
なんともやるせない。
きっかけは、トランプ前大統領が繰り返した「チャイナウィルス」という発言だったといわれていますが、それはあくまできっかけに過ぎません。
バイデン政権になっても、それが収まらないのは、アメリカ社会にもとからあった差別意識に火がつき、顕在化してしまったからだということができるでしょう。
長引くコロナ禍で、たまった鬱憤を吐き出す手段として、アジア系への差別や攻撃がなされているという図式です。
特定の誰かや何かに責任を押し付ける心性
コロナ禍で、意識下にあった攻撃性があらわになったのは、我々も同じです。決して他人事ではありません。
どうも人間は、圧迫されると、誰かを攻撃したくなる心性を持っているようです。
この記事↑まったくその通りだと思います。
長い長いコロナ禍のなかで、我々は、行き場のない憂鬱さや憤りを抱え続けてきました。
たまったストレスを、知らず知らず、他人を攻撃することによって、解消しようとしていなかったでしょうか。
屋形船が悪い、ライブハウスが悪い、夜の街が悪い、パチンコが悪い。。。あるいは、感染した個人が悪い。
まあ、コロナウィルスの正体がわからなかった初期の頃はまだいいとして、正体が見えだした今でも、確たる証拠もなしに、若者が悪い、大阪が悪い、とやっています。
言うまでもなく、大切なのは、この状況を克服することであり、いま誰かを悪者にして溜飲を下げることではありません。
そんなことで溜飲を下げていたら、正確に問題や課題を追求することができなくなってしまいます。
この件に関しては、徹底した事実の追求でコロナ感染を抑え込んだ台湾の姿勢を見習わなければなりません。
台湾は、感染者の足跡を詳細に調査しながらも、個人のプライバシーは守り、マスコミに「防疫に必要のないゴシップは誰も流してはいけない。必要な情報は、すべて中央感染症指揮センターが発表する」と釘を差しています。
対立を煽るリーダーは世界中にいる
誰かが悪い、諸悪の根源はあれだ、などと決めつけるのは、思考停止状態です。
しばしば、我々は、そんな思考停止状態に陥ってしまうので、注意が必要です。
気を付けなければならないのは、政治家や経営者やリーダーら、優秀な人の中には、そうした我々の心性を利用しようとする者がいることです。
不安定な国の統治者は、国民の不満をそらすために、他国や自国内のマイノリティを悪に仕立て上げるようなやり口をよく使います。
第一次大戦後のドイツで「困窮の責任はユダヤ系住民にある」と煽り、マジョリティの圧倒的な支持を取り付けたナチス政権が、その典型です。
そんな昔の極端な事例。。と思われるかもしれませんが、似たような政治手法を臆面もなくとっている政治家は今でも存在します。
中央アジアや中近東、アフリカなど不安定な地域では、独裁政権が多くあります。北朝鮮もそうですね。独裁国家は、他国に責任を押し付け、国内問題を無効化しようとする傾向があります。
国際社会で責任ある立場であるはずの中国や韓国も、反日を煽りすぎです。両国とも、自国の不安定な情勢の矛先を反らそうとして反日を利用してきたので、今さら、抑えきれなくなっているのでしょう。
ナチス政権への反省から良識的で成熟した民主主義政治を心がけていたはずの欧州でも、不安定化が進む国では、独裁的な姿勢をあからさまにして上記のような施策を行い国民の支持をとりつけるリーダーが登場し始めています。
世界のリーダーを標ぼうしてきたアメリカでさえ、対立を煽る大統領が選挙で選ばれたのだから、第二次世界大戦から70年以上経ち、世界はあの時の反省を忘れつつあるのかもしれません。
いや、日本でも同じです。コロナ禍、「夜の街が…」「大阪株が…」と発言し、責任の在処を一方向に誘導しようとする都知事のやり方は、いかにも短絡的です。
「自分に矛先が向かないように、他の何かを悪者にしよう」って、「いじめられないように、他のやつをいじめよう」みたいなもので、踊らされる国民が、いちばん馬鹿にされています。
そこまで大きな話でなくても、「誰かのせいで悪くなっている」という決めつけは、真の原因や問題を隠してしまい、課題克服につながらない思考法です。
だから、悪いのはこいつだ、なんて決めつける意見を言う人がいれば、安易に乗せられないように、警戒したいと思います。
ガス抜きだと意識しなければ問題はこじれる
いや、私だって、そういう思考から逃れられていません。
いままで、安易に、誰が悪い、何に責任があると、決めつけたことがなかったかと言えば、嘘になってしまいます。
ストレスが溜まって、心が弱った時、つい、責任を特定の誰かや何かに押し付けて、心の負担を軽くしようとしてしまうことがあります。
そんなの誰でもあることだ。他人の悪口を言って、ガス抜きをするぐらいいいじゃないか、という声も聞こえてきます。
そうかもしれない。仲間うちでガス抜き程度に軽口をいう程度なら大きな罪はないでしょう。
しかし、これはガス抜きだということを自分で意識していなければ、問題はこじれます。
言うまでもなく、特定の誰かや何かに責任を押し付けても、問題は解決しません。むしろ、問題と向き合う機会を奪ってしまい、真因をわかりにくくさせてしまいます。
それをわかっていなければ、いつまでたっても、問題を抱えたまま、鼻先でごまかし続けなければなりません。
問題を単純に捉えなおすのは、行動のため
われわれコンサルタントは、問題を構造的に捉える訓練をしています。
中小企業診断士試験が、ひどく広範囲なのは、問題を総合的に、複層的に捉えるために必要な知識だからです。
誰かが悪、何かが善、などという二元論まがいの思考は、本来、コンサルタントには馴染まないものです。
しかし、あえて、短絡的な姿勢をとることもあるので、注意してください。
というのも、問題を理解しただけでは解決になりません。課題を設定し、それを解消しなければなりません。
つまり行動を促さなければなりません。
どうすれば人は動くのか?
その方法については、コンサルタントによって様々でしょうが、私の場合、課題を一つに設定し、行動の方向性を絞るやり方を使います。
迷うことは行動を鈍らせます。迷うことなく目標達成に邁進するためには、他の選択肢を消し去ってしまうことです。
「孫子」も組織が大きなパワーを発揮するのは、勢いを一つの方向に向けた時だと言っています。
便宜上、これしかない、という目標を設定して、その達成に全力を尽くしてもらうわけです。
とどのつまり「これだけやれば、問題が解決できる!」という決めつけであり、チームの力を最大限引き出すための方便であるものの、結局は、煽っていることとなります。
その分、われわれは責任重大です。
動機が間違っていれば、詐欺師と変わりません。皆を煽って、壺を売らせるような真似もできてしまいます。
稲盛和夫さんのように「動機善なりや、私心なかりしか」と常に自分自身に問い続けなければ、ダークサイドに堕ちてしまいます。
コンサルタントが「これさえやれば、うまくいく!」「〇〇が9割!」とキャッチーな言葉を掲げる時は、あえて言っていると思ってください。
表面の言葉は短絡的でも、中身はちゃんと構造的、複層的に思考できる人が殆どです。
「ランチェスター戦略コンサルタント」などと、一つの手法を看板にするのは、自分の売りを際立たせるためであって、本気で、これですべての経営課題に対応できると思っているわけではありません。
とは言いながら、一部には、つけ刃的に一つの手法だけを習って、短絡的な指導しかできない人もいるみたいですけどね。
そこは、利用する方に見極めていただきたいところだと思います。
偉い人に安易に躍らせられないようにしよう
それよりも、もっと注意しなければならないのは、動機が善ではなく、私心で、人々を扇動する輩がいるということです。
対立を煽って、片側の支持を取り付けようとする者。
誰かを悪に仕立てて、組織の不満のはけ口にする者。
夢を信じ込ませて、長時間労働に追い込む者。
飴と鞭をちらつかせて、利用しようとする者。
すべて、欲求や感情に流され、複雑なことを考えたくないという心性を利用されてしまっています。
逆に、誰かをヒーローだと信じ、全ハンドルを任せようとする心性も、短絡的で危険です。
確かに、煽られて乗せられるにせよ、だまされるにしろ、何かをひたすら信じて突っ走る高揚感、陶酔感は、気持ちのいいものです。
それだけに危険だといえます。
すべては自己責任だと言ってしまえば月並みですが、騙されるにしろ、乗せられるにしろ、利用されるにせよ、すべては自分の選択の結果です。
私は、煽られて踊らされた末に、こんなはずじゃなかったという情けない思いをしたくありません。(今まで、何度もありましたが…)
だから、偉い人の話を鵜呑みにせず、自分の頭で考える癖をつけたい。
どの程度までできているかはわかりませんが、その気持ちだけは忘れないでおこうと思います。