おすすめの書籍を紹介させていただきます。先日、何の気なしに読んでみて、感心した一冊です。巣ごもりで時間があるなら、ぜひ読んでください。
来年の大河ドラマの主役でもある渋沢栄一氏の著作です。
渋沢栄一といえば、明治期の産業振興に尽力し「日本資本主義の父」といわれた人物です。次の1万円札の顔でもありますね。
渋沢栄一は、幕臣として明治維新を迎えますが、財政通であることを買われて、明治政府の要職についた人です。
ところが、欧米に比して遅れた日本の産業を発展させるためには、経済の担い手である実業を興さなければならないと考え、自ら実業家に転じます。
しかし、新しい国家の建設に尽力する同僚たちからは「この大事な時期に、金儲けに走るとは怪しからん」と非難されてしまいます。
というのも、江戸時代の武士階層には「金儲けは卑しいものだ」という価値観があったようです。
渋沢は、そんないわれなき非難にめげることなく、実業家としての道を貫き、生涯470社もの会社を興しました。その中には、今に伝わる大企業がいくつもあります。
が、気になっていたのでしょう。その晩年に「実業は卑しいものではない。正しい利益追求は、社会のためになる」という考えをまとめたのが、この本です。
正しい利益追求とは何か
正しい利益追求とは、私利私欲を満たすものではなく、社会全体の利益を目指すものです。
どういうことか。
渋沢栄一は「論語」を読めばわかる、と言います。
「論語」とは、2500年前の中国の古典ですが、朱子学(儒学の一派)を通して、徳川政権の道徳的支柱とされていました。
明治期においても「論語」は推奨されており、子供のころに素読するのが普通でしたから、当時の人々の素養となっていました。
といっても難しいものではありません。
「嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人には親切にせよ。子どものころ親や先生に教わった人間として守るべき当然のルール。そうした『当たり前』の規範に従って経営も行っていけばいい」
と言ったのは、現代の名経営者である稲盛和夫氏ですが、これは、明らかに「論語」の教えるところです。
いわば、われわれは、何世代にもわたって「論語」を読むことで、日本人らしい価値観を綿々と受け継いできたのです。
なんと素晴らしい素養でしょうか。
渋沢栄一が言うのは、この日本人の基本的な素養を基盤に実業を行うことが、正しい利益追求につながるということです。
「論語」は利益を否定していない
「金儲けは卑しいものだ」という考えは、統治階層だった武士の特殊事情に則したものです。
階層上位にいる武士が金儲けに走り出したら、悪代官ばかりになってしまって、社会がむちゃくちゃになります。
いわば、当時の階級制度を乱さないための規範です。これが行き過ぎると、経済社会の停滞を招いてしまうわけで、その結果が幕末期の閉そく感につながっていきました。
もっとも「論語」には、「金儲けは卑しい」とは一言も書かれていません。「不正な手段で利益を得るべきではない」と書かれているだけです。
「論語」が統治に利用される中で解釈が変質していった一つの側面だといっていいでしょう。
日本人にとっての実業倫理
渋沢栄一は、日本人にとっての実業倫理、というテーマを追求し続けました。
資本主義はその制度として、利己主義に結びつきやすいものです。かといって規制ばかりだと、自由な活動が阻害されます。
自由な実業活動を営みながら、社会としての規律を守る知恵が必要です。
もちろん商人には商人の道徳があります。近江商人に伝わる「三方よし」など、長期的視野に立った素晴らしい理念です。
いっぽう武士出身である渋沢は、すべての日本人が持つ道徳観と実業活動を矛盾なく結びつけることが、日本の資本主義を健全に育てることになると考えました。
「論語と算盤」は渋沢栄一の講演録をまとめたもののようです。哲学書ではないので、必ずしも体系だっているわけでも、論理が完璧なわけではありません。
ただ、そこには、道徳と実業の結びつきを追求し続けた人間の肉声を聞き取ることができます。
道徳に鑑みるという方法を甘いと言ってしまうのは簡単ですが、それを実践し、途方もない実績を残した人間が、真摯に悩み、考えた内容を身近に聞くことができます。
昭和の戦後、高度成長期やバブル期を経て、日本人の倫理観が失われていると聞くことがあります。
儲けたもの勝ち。といった風潮も散見します。
こうなると、社会利益の追求を目指し、道徳と実業を結びつけようとした渋沢の範をもう一度、見直そうではないかと思いたくなります。
手元に置いて、何度も読み返したい本です。おすすめいたします。
なお、この本に触発されて、「論語」も読み返しています。こちらもあらためて読むと、面白いですよ。
長くなりますが、もう少し。
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