電子漫画グローバル化


(2021年5月26日メルマガより)



電子図書館というサービスをご存知でしょうか。

読んで字の如し。図書館で、電子書籍を貸し出すサービスです。

電子書籍ですから、パソコンやスマホ上で、貸し出しの手続きを受けられます。返却もボタンを押すだけです。

いや、返却を忘れていても、返却期限を過ぎれば自動で閲覧できなくなってしまいます。

何と、合理的なサービスでしょうか。

電子図書館は、欧米で急激に規模を拡大しており、近々、紙の書籍を抜く勢いだということです。

ただ電子書籍そのものがまだ普及しきれていない日本では、例によって、電子図書館の普及も大いに遅れています。

日本は、出版社を中心とした出版流通の仕組みの完成度が高すぎたのでしょうね。完成度が高いほど、イノベーションが遅れてしまうという「イノベーションのジレンマ」に、みごとはまってしまった形です。


もっとも、電子書籍に拒否感のある層の存在も、普及を遅らせる要因の一つになっているのでしょう。

私のことですな。

紙の本でなければ、読んだ気がしない、頭に入ってこない、というのは、時代遅れもはなはだしい。

早く時代に追いつき、社会発展の妨げにならないように気を付けなければなりません。


大手出版社は業績回復


出版不況がいわれて久しいですが、事実、紙媒体の書籍や雑誌は、ピーク時の半分以下に減少しています。

(1996年の2兆6564億円に対し、2019年は1兆2360億円)

かといって、その分を埋めるほど電子書籍が増えているわけではありませんから、業界全体の業績は低迷してきました。

ところが、ごく最近については、大手出版社は健闘しています。

総合出版といわれる講談社、集英社ともに増収増益。小学館も売上高こそ横ばいですが、増益です。(2019年度)

講談社:売上高1358億円、営業利益89億円。

集英社:売上高1333億円、純利益98億円。

小学館:売上高977億円、経常利益55億円。

KADOKAWAは、全体の売上高は減らしていますが、出版事業の売上高1156億円は増収です。

業界全体でも売上高は、1兆5432億円。これは、前年比0.2%増。微増ではありますが、長年の減収に歯止めがかかったということは、ご同慶の至りです。

ちなみに、業界規模1.5兆円というのは、漁業・水産業や、工作機械産業と同じぐらいの大きさです。

※会社四季報 業界地図2021年版を参考にしました。
「会社四季報」業界地図 2021年版
東洋経済新報社
2020-08-28




電子書籍が、紙の落ち込みをカバー


出版業界が好調である要因は、電子出版の規模拡大です。

電子出版の売上高は、3072億円、全体の20%程度ですが、紙媒体が前年比4.3%減だったのに対して、電子出版は24%増。

ついに、電子出版の伸びが、紙の縮小幅をカバーできるレベルになってきたわけですな。

だから、いま大手出版社が取り組んでいるのは、電子出版の収益をいかに大きくするかです。

なにしろ、電子出版には、印刷コストも配送コストもかかりません。返品率も極小です。それなのに、紙の本とそれほど変わらない価格設定なので、儲かるはずです。

しかし、それだけではつまらない。出版社側は、さらなる利益の増大を図っています。

電子書籍の8割は、漫画だそうです。

テキストよりも、漫画の方が、電子出版に向いていたのですね。

それはともかく、漫画作品は、アニメ化やゲーム化、グッズ販売などに結び付けやすいので、これを放っておく手はありません。

すなわち、いま大手出版社が取り組んでいるのは、ヒットした漫画作品をアニメやゲーム、グッズに展開することにより、権利収入を得るビジネスです。

コンテンツを押さえるものは強い。権利収入というビジネスモデルに踏み出した出版社は、まさに金鉱脈を見つけた気持ちでしょう。


漫画のグローバル化を担う韓国勢


まさに順風満帆。出版業界の未来は、漫画とともに明るく開けている。。と思いたいものですが、そうでもないのがビジネスの難しさです。

漫画の電子出版にいち早く目を付けたのが、韓国の企業です。実は、日本勢は、かなり遅れています。

LINEとカカオ、チャットアプリを手掛ける2つの企業が、ウェブ漫画の覇権を争っています。

LINEマンガを展開するネイバーは、カナダの同業企業を約650億円で買収。

ピッコマを展開するカカオも、アメリカの同種企業を数百億円で買収する意向だということ。動くお金のケタが違います。


LINEマンガやピッコマは、日本にも進出し、2018年の売上ランキングでは、国内1位と2位です。

もっとも日本国内ではまだ日本勢にも逆転の可能性が残されています。なにしろ、漫画は日本のお家芸です。

ところが、世界レベルでみると、韓国勢の勢いはすさまじく「もう勝負ついたんじゃない?」とみる向きもあるほどです。

というのも、韓国のウェブ漫画アプリには、世界中の才能が集まり、作品を提供する流れが出てきています。

いつの世も、どの業界も、量は質を凌駕するものです。

作品数が多ければ多いほど、傑作が生まれる可能性も高くなるというものです。

正直に言って、画は下手な人が多い。大ヒットした「梨泰院クラス」(日本では「六本木クラス」に改名)なんて、素人レベルですよ。はっきり言って。

それでも話が面白ければいい、というのが、ウェブ漫画というメディアです。

さらに言うと、作家→ウェブ漫画アプリ→読者、という流れがシンプルで、日本の業界ほど既得権益を主張する利害関係者がいないので、作家により多くの報酬を払うことが可能です。

手軽で、単純で、報酬が高いとなれば、それは世界から才能が集まるはずですよ。


日本の漫画が電子化に遅れた理由


韓国勢のウェブ漫画アプリは、スマホで読むことに順応した結果、縦にスクロールして読むように作られています。

これをウェブトーン形式といいます。

ウェブトーン形式においては、縦読みしやすいような作画をしなければなりません。

これに対して、日本の漫画は、雑誌で読むように作られています。複雑なコマ割りで強弱をつける方法論は、雑誌の見開きで読むことを前提に作られたものです。(一説には、手塚治虫が発明した技術だとか)

日本の漫画をそのままウェブ漫画にすると、読みにくいものになってしまいます。

ウェブトーンは、上から下に流して読むものですから、複雑なコマ割りは邪魔になってしまいます。コマの大きさで迫力を演出することなどできません。

見開きページなどもちろん使えません。

強弱やメリハリを出すには、上下コマの余白の大きさを調整するしかありません。

それに、台詞も最小限にしなければなりません。スマホの小さな画面では、細かい台詞が多いとそれだけで負担になってしまうからです。

いわば、日本の漫画家が得意とする一つの技術が封じられた形ですから、雑誌連載を持っているようなプロは、そんな紙芝居みたいな漫画など書いてられんと思うでしょう。

ただし、コマ割り技術のない者にとっては、チャンスです。

ウェブトーン形式にも、それなりの技術や手法が必要です。

スクロールを前提とした場合の強弱の付け方、インパクトの出し方。台詞に頼らないストーリー運び。単調さを感じさせない山場の作り方。

ウェブトーン形式にいちはやく対応することで、人気作家になるチャンスが広がります。

なにしろ、ウェブ漫画の可能性はこれからです。大御所がでんと座って睨みをきかしているわけではありません。型にはめようとする編集者も少ないでしょう。

これから伸びる市場ですから、いまなら自分が第一人者になれるかもしれませんよ。

その広がりはグローバルです。しかも、収益配分が多いとなれば、こんなにおいしい市場はないと思います。

実際、日本の漫画家には勝てないと思っていた海外の人たちが、ここなら勝てるかも知れないと、ウェブ漫画に参入しているわけですが。


まだ逆転の目は充分にある


日本勢とすれば、危機感を持たなければなりませんよ。

しかし、いまのところ、大手出版社は、紙の漫画をそのまま電子化することにとどまっており、韓国勢の二歩も三歩も後ろを歩いている状態です。

先ほども言いましたが、量は質を凌駕します。

ウェブ漫画の需要が増えれば増えるほど、韓国勢の持つプラットフォームに作品が集まります。すると、その世界での手塚治虫や鳥山明が現れて、漫画文化の主導権を奪ってしまうかもしれません。

世界をリードしてきたはずの日本の漫画文化が、後退してしまうのは、気分的にも、ビジネス的にも、よろしくないことですよ。


なんて言いましたが、実をいうと、そこまで切羽詰まった状況でもありません。いまのところ。

漫画の市場規模は、日本国内では5000億円程度。それに比べて、世界の規模は1000億円程度だと言われています。

つまり、漫画は、未だ圧倒的に日本独自の文化であり、世界ではそこまで浸透していません。

むしろ、世界に漫画文化を広げることが課題であり、韓国勢が、ウェブ漫画を世界に広げてくれているのは、日本にとっても有難いことなのです。

いまは、漫画がスマホに順応することで、世界的になっていく端緒にあり、グローバル化元年という時期です。

とはいいながら、手をこまねいているのはまずい。ここで主導権を握っておくのは重要です。

何しろ、日本の漫画関連人材の層は厚く、世界展開においても、圧倒的な優位性があります。

いまなら、充分に、世界の漫画文化を主導する存在になることができます。


書籍の世界規模が15兆円程度だということですから、漫画の規模が1000億円というのは、いかにも小さすぎます。

グラフで見る世界の出版の現況と予想

日本を基準に考えると、4〜5兆円規模になってもおかしくありません。

そうなるとなかなかのものです。海外の新興テック企業が参入してくるでしょう。

スマホつながりで、グーグルやアップルが興味を示すかもしれませんし、アマゾンがちょっかいをかけてくるかもしれませんよ。

彼らが出てきてからでは面倒です。いまのうちに、世界戦略を描かなければなりません。

そのためにも、雑誌に特化した漫画手法は捨てて、グローバルメディアに対応した漫画を新たに育成していくことです。

ソニーあたりが、ウェブ漫画のプラットフォームを手掛けてくれると面白いのですがね。

これからの展開に期待しましょう。


小説も電子化に対応せよ


ついでに小説のことも。

小説も、紙から電子に移行する流れは変わりません。

その場合、スマホやタブレットで読むのだから、それに合わせた書き方にしていかなければなりません。

まずは縦書きをやめて、横書きに統一していくべきです。

縦書きの日本文学は、伝統として残っていくでしょうが、グローバル化のためには、また別の文学のあり方を志向すべきです。

自動翻訳の精度が上がってくると、日本語で書く小説も、一気に市場が広がります。

だから、これから小説を書く人は、翻訳ソフトに対応できる単純な文体にすべきです。単純な文体でも、ニュアンスを伝えられるように技術を磨いてください。

テキストだけで勝負しなければならないというわけではありません。

電子書籍ならば、写真や動画、音楽なども取り込むことができます。漫画を取り込むことも可能です。

そうした、コンテンツミックスを作品として創造できる才能が、これからの文学を担っていくのだと考えます。

人間に、物語を伝えたい、伝えられたいという本能がある限り、小説や漫画は生産され続けます。

ただその意匠を変えるだけですね。