少子高齢化
(2019年3月7日メルマガより)



デービッド・アトキンソン氏の著作「日本人の勝算」が話題ですね。


日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義
デービッド アトキンソン
東洋経済新報社
2019-01-11


私も読ませていただきましたが、実に多くのヒントにあふれた著作です。

おすすめいたします。


日本人が当たり前だとスルーしていることに気づかせてくれる


デービッド・アトキンソン氏は、1965年生まれのイギリス人です。私より一つ歳下ですね。

投資銀行ゴールドマンサックスの調査室長を務めた後、日本の美術工芸品等を修復する会社に入社し、現在はその社長です。

日本在住30年という日本大好き英国人です。

その独特の立場から日本社会に対して、鋭い切り口で提言をしてくれています。


外国人の日本論は、我々がふだん当たり前だとスルーしているようなことに改めて光を当ててくれて参考になることが多いのですが、この本もそうでした。

少子高齢化と人口減少という誰もが知っていて疑いようのない事実を起点に、日本経済や日本人を論じます。

いま日本が類をみないほどの勢いで少子高齢化と人口減少に向かっていることは、周知の事実です。

ところが、当たり前すぎて事の深刻さに無頓着になっているきらいがないでしょうか。あるいは怖すぎて目をつぶっている人が多いのではないでしょうか。

アトキンソン氏は、反応が鈍い我々に警鐘を鳴らしています。


人口が減れば日本は破綻してしまうかも知れない


日本は現在、世界第3位のGDP規模を持つ経済大国です。

ところが、人口がこのまま減っていくと、当然ながらGDPは下がっていきます。

もし人口が8千万人になると、現在のドイツと同等程度。6千万人に減ると、フランスと同等です。

このまま美しく没落していくのならまだいいのですが、老人ばかりが増えて、若者が増えないこの国が、破綻せずに維持していけるのか甚だ疑問です。

しかも日本はいまものすごい借金を抱えています。その負担は、少ない若者世代への贈り物です。

若い時の苦労は買ってでもしろ。といいますが、さすがにこれは買いたくないでしょう。相続放棄もできない。となれば、親の因果が子に報い。と言うべきか。

冗談ではありませんな。最終的には高齢者の資産を強制的に没収しようとでも考えているのではないか。と疑ってしまいます。


一人当たりGDPは最低レベル


先ほど、ドイツやフランスをひきあいに出しましたが、あちらと日本には大きな差異があります。

それは、一人当たりGDPの大きさです。

フランスの一人当たりGDPは世界12位。ドイツは21位です。(2016年のデータ)

これに対して日本の一人当たりGDPは29位。先進国の中でも最低ランクです。

要するに、日本のGDP規模が大きいのは、単純に人口が多いからです。一人当たりの生産性は、決して高くない。どころか先進国の中では際立って低い。

ということは、人口がドイツやフランスと同等になったら、GDP規模はさらに小さくなってしまうということです。

えらいことですな。


もっとも、そこに望みを見ることもできます。

日本の一人当たりGDPが低いのなら、それを上げる余地があるということです。

目いっぱいの生産性を発揮しているならそこに伸びしろはありませんが、日本は違います。

日本人が欧州の人に比べて劣っているというわけではありません。生産性を上げる工夫をしてこなかっただけです。


ちなみに、日本の人口が少なくなるのなら海外に市場を広げよう、という考えが当然あります。が、諸々のデータによると、生産性が高い企業でないと、輸出に取り組めないという因果関係があるそうです。(「日本の勝算」による)

だとすれば、やはり、1人当たりの生産性を上げる。ということに、日本が生き残るカギがありそうです。


高度経済成長時代の成功体験がぬけ切れていない


それにしても日本人の生産性が低いのには、どういう理由があるのでしょうか。

同書によると、世界の評価機関が認める日本の人材の質は世界第4位です。(フィンランド、ノルウェー、スイスに次ぐ)

人材の質はいいのに、生産性が低いって、それはやり方が悪いってことですよ。


同書の中でアトキンソン氏が指摘するのは、日本企業の経営の在り方が、高度成長期の頃と変わっていないことです。

戦後の奇跡的な経済成長は世界の語り草になっていますが、その主要因は人口増加です。

日本には爆発的な人口増加がありました。終戦時に7000万人超だったものが、2000年には1億2千万人を突破しています。たった55年で5000万人が増えたのです。

それはGDPも拡大しますよ。

その特殊な状況下において、産業界は豊富な人材を前提にした企業運営を行いました。

それが日本式経営といわれる「終身雇用」「年功序列」「企業内労組」であり、低廉な労働力をあてにした「いいものを安く作って売る」ビジネスモデルでした。

バブル崩壊以降、日本式経営は徐々に見直しされていきましたが、「安く作って売る」ビジネスは相変わらず王道と見なされています。

前回のメルマガでとりあげた吉野家も「安く作って売る」ビジネスの典型ですね。



皆が一様に「安く作って売る」ビジネスを続けると、価格競争の消耗戦になり、賃金は据え置かれ、デフレスパイラルに陥ります。

吉野家もすき家もあらゆる飲食店もコンビニも、低廉な労働者頼みのビジネスは、すべて高度経済成長時代のモデルです。

日本全体が未だそういう状態ですから、生産性も上がらないはずですよ。


生産性を上げる3つの要因


ではどうすれば、生産性を上げることができるのか?

「日本人の勝算」には、イギリスでの試みが紹介されています。

実をいうと、イギリスの一人当たりGDPは28位。日本の一つ上に過ぎません。

困ったイギリス政府は、生産性を上げる方法を諸機関に調査させて、3つの要因を導き出しました。

簡単に言いますが、その3つとは

(1)起業家精神

(2)設備投資

(3)人材投資

となります。イギリスはいま、この3つを促進する政策を行って、生産性向上を図っているそうです。


上の3つですが、(2)設備投資(3)人材投資はわかりやすいと思います。設備を増強すれば、一人ができる仕事量が増えますから、生産性は上がります。人材を教育すれば、やはり生産性は上がるでしょう。

ここで大企業の優位性が出てきます。中小企業はどうしても設備投資、人材投資に劣る傾向があります。

日本の場合、中小企業がある程度淘汰されて、規模の大きな企業に集約されなければならないといわれる所以です。


日本人に必要なのは「起業家精神」


では(1)起業家精神とはいかなるものか?

同書の中では「新しい発想を持って、既存の経営資源(人材、技術、資本)を組み直したり、新しい企業体系を作ったり、技術と組織、その他の資源の新しい組み合わせを構築すること」と書かれています。

つまり、新しい需要の発見や、チャネルの現出、技術の革新などチャンスを捉えて、経営資源を柔軟に作り変えることができる能力のことを指すものです。必ずしも起業しなければならないのではなく、既存企業の方でも持つことができます。

ここ重要です。日本人が苦手な部分だからです。


社会が変わってしまったためにビジネスがうまくいかなくなった。というのは、どの産業においてもあり得ることです。

私がお付き合いする中小企業の多くも、常に時代の流れと戦っています。

時代が変わると、顧客の要求も重要な技術も機能するチャネルも変わります。自分が所属する産業そのものがなくなってしまうことすらあります。

そんな時、どのように振舞うかが経営者の腕の見せ所です。

冨士フィルムのように写真フィルムそのものがなくなってしまった例は極端ですかね。しかしそれでもかの企業は生き残っています。

これからは自動車産業がなくなってしまうかも知れません。残ったとしても、相当変質してしまいます。だからトヨタは焦っていますね。

一つのビジネスが永続的に繁栄することはありません。企業の寿命30年説とはよく言ったものですが、今はもっと早い。何も変えないと、5、6年でダメになってしまうでしょう。


社会が変化すればチャンスも無数に生まれる


だけど、社会が変化する時には、チャンスも多く生まれます。

ガソリン自動車がなくなる替わりに、電気自動車が主流になろうとしています。それを狙って、テスラやダイソンなどの組み立てメーカーや、電池の開発メーカーが主役になろうと名乗りを上げています。

自動運転車が主流になれば、今度は、AIの開発企業や、配車システムの運営企業が産業の主役になるとみなされています。グーグルやアップル、マイクロソフト、アマゾン、ウーバーなどITオールスターズが鎬を削る産業になりそうです。

あるいは、宇宙開発しかり、生命科学しかり、次世代農業しかり、それぞれの分野で革新的な技術が生まれ、新しい需要が育ってきます。

そんな大きな変化だけではありません。無人コンビニが流行りそうだ、となれば、そこに関わる業者ががらりと変わるかも知れません。

働き方改革を進める上では、事務作業をAIに任せる必要があり、その移管のための専門業者が出てくるかも知れません。

それこそチャンスは無数にあります。誰だってわかるでしょう。


チャンスをものにする能力


ところが、このチャンスに対して日本企業の動きは非常に鈍いと言われています。

当然ながら、チャンスを見つけた、革新的な技術を開発した、というだけは業績になりません。

チャンスを見つけたら、それを成果にすべくビジネスを作らなければならない。そのために、経営資源(人材、技術、資本)を組みなおし、相応しい体制を作らなければならないのです。

どうも日本企業はこれが苦手です。現状の会社組織のままで新しいビジネスに対応しようとします。せいぜい少人数の新規事業部門を作るぐらいです。

これをアトキンソン氏は「組織を変えることを面倒がる」と表現しています。そうなんですね、日本人は現状を変えることを極端に嫌います。改善はしても、再編、組みなおしには抵抗します。

私はコンサルとして、現状維持圧力の強さを嫌というほど見てきました。まったくもって、みなさん頑固ですよ。

せっかく新規事業部門を作っても、兼任者数名と事務員のみという陣容で、既存部門と連携も協力も得られない、ではテストにもなりませんわな。

せっかくのチャンスをものにしようという意識が致命的に低いのです。


そこをいくと、欧米の会社は、チャンスの大きいところに大胆にシフトチェンジしようという姿勢があります。

既存の組織がやりたがなければ、会社を飛び出して自分でベンチャーを立ち上げようとします。

そしてそのベンチャーが育つと、既存組織がM&Aで回収する、ということを繰り返しています。

このダイナミックな動きこそが(1)起業家精神です。この繰り返しが、新しい成長産業を生み出し、社会全体の生産性を向上させていくことにつながっています。

確かに、新しいビジネスは欧米から来ることが多いですよね。。

翻って日本は、開業率の低さがしばしば嘆かれる事態となっています。


小さな会社は、万年ベンチャーみたいなもの


アトキンソン氏は「日本人は動きは鈍いが、一度取り組めば、驚くほどの完璧さでやってしまう」とも書いています。

お褒めいただき嬉しい限りですが、それって変化の激しい時代にはあまり活躍できない能力ですよね。

少なくとも、中小企業、零細企業は、小回りが利くことが強みです。万年ベンチャーのようなものではないですか。そんな小さな会社が、チャンスにアジャストするスピードと回転数で勝負しないでどうするんだって話ですよ。

私がそんなことを言っていると、知り合いの中小企業の創業会長さんは「(中小企業の経営者は)みんな歳とったからなあ。気力もないし、勉強もしとらん。たぶん7割は潰れるで」と仰っていました。(その会社は事業承継もうまくいって、成長を続けています)

まるで、元中日監督の落合博満氏が「阪神タイガースは今年もダメだよ。あいつら練習してないもん」と言うような口調でした。

なんとも情けない。小さな会社こそ戦略を身に着けて、瞬時に動く身構えをしておかなければなりません。足りないのは戦略です。

「戦略がなければ生き残れない」

と、伝えきれない私への自戒も込めて、そう言っておきます。


ちなみに「日本人の勝算」の中で、アトキンソン氏は「最低賃金をもっと上げよ」としきりに提言しています。

最低賃金の上昇は日本の全ての事業に影響を及ぼします。頑固極まりない日本の経営者も、法律で最低賃金を上げられてしまえば、今まで通りの「安く作って売る」やり方ができなくなります。

尻に火が付けば、さすがに「どうすれば儲かるか」新しい戦略を考えるようになるだろう。

というわけですね。

なんだか棒切れで羊を追いやるようなやり方ですが、そうしなければ日本企業は変わらない。というアトキンソン氏の見解です。真摯に受け止めようではないですか。